31 事件の後
「リーゼ! 大丈夫なのか!」
学園長室に飛び込んで来たケイン・ブレイズはリーゼリンを抱きしめた。
「はい。ケイン兄さま」
「良かった。良かった!」
ケインは安堵して力が抜けたのか、よろめくようにリーゼリンの隣に座った。
室内にはジョウ、リーゼリン、ミーミシア、チルノが傍にいる。副学園長と警備主任も居て、もちろん部屋の外には警護の者が居た。
「何が起きたのか説明してくれるかい」
ケインはリーゼリンが襲撃を受けたが無事だとしか聞いていなかった。
「ケイン殿下。私からお話しましょう」
副学園長が淡々と事実を述べた。ある派閥の末端の学生達が侍女を内通者にして護衛達を遠ざけ、王女を派閥のパーティへと強制参加させようとした。またジョウ・ライトを襲撃しようと計画していたこと。ジョウ自身によって撃退されたこと。
デロス兄上は――ケインは言いかけて口を噤んだ。ここで名前を出すのが憚られたからだ。
「ジョウ・ライト男爵。リーゼを救ってくれたこと、ケイン・ブレイズは深く感謝する。ありがとう」
ケインはジョウの手を取ると頭を下げた。
「ケイン殿下。頭を上げてください。当然のことをしただけです」
ジョウは今まで見たことない表情をしていた。戦場に征く王国士官達に見るような、静かに内面に闘士を秘めた顔を。
「ケイン殿下。王宮内のことを教えてくれませんか」
「……ジョウ、巻き込んですまなかった。説明する。皆、私とリーゼリンとジョウだけにしてくれないか」
副学園長と警備主任は素直に退出したが、この人払いに異を唱える者が居た。
「わたち、ライト工房の警備主任だから聞ききます!」
「え、ミーシャ……」
慌ててチルノがミーミシアの袖を引くが、止まらなかった。
「リーゼリン殿下はライト工房の従業員さんだもん! わたち警備主任だから、知っとかないと!」
「ありがとう、ミーミシアさん」
リーゼリンの言葉にチルノも意を決したようだった。
「殿下。ボクもライト工房の関係者です。経営に影響があることです。聞かせてください」
「……今から話すことはブレイズ王家に関することだ。危険な情報でもあるが覚悟はあるかね。そして二人は特に本国にも一切情報を漏らさないと誓えるか」
「はい! わたち、帰ったら騎士団長になるけど、今はケイン工房の警備主任だからしゅひぎむ? ちゃんとできます」
「ボクは、機密情報は絶対に漏洩しません」
「……わかった。少し長くなるが聞いてくれ」
ケインは側近に飲物の手配頼むと、深々とソファに腰かけた。
ケインはまず王位継承にも関連することを話した。国家の最高機密だが、これを話さねば今回の事件がなぜ起こったのかを説明できないからだ。
ゾロク第一王子が王位を継ぐのを嫌がっていて、デロス第二王子が王位を狙っている。デロス王子は古い血統を重んじ、旧体制を維持したい古い貴族達が後ろ盾となっていて、他国への侵略領土拡大を行うだろうと目されている。この大陸全土を支配する野望をもっていることを。
ケイン自身は経済に関するスキルを持つ。財務省長や宰相となって経済発展で国を豊かにしたいが親族の力は弱く、デロス王子の侵略政策と相容れない。また国の経済政策に関われば、旧弊を打破してもっと自由に活動したい豪商や新興貴族達がケインの後押しをするだろう。特に躍進著しいライト工房と親しいので、デロス王子陣営にとっては、疎ましい存在になっている。
「それらを忌避したデロス第二王子が、私を制するためにリーゼリンを脅したのだ。今日、私はゾロク兄上と会っていたんだ。ゾロク兄上はデロス第二王子を諫めて、リーゼリンに無体なことをしないようにさせると約束してくれたが……派閥の末端の学生達が暴走したのだろう。王族を誘拐などありえんが、元は私への警告だ。それにリーゼもジョウも巻き込んでしまった。本当にすまなかった」
再びケインは頭を下げた。
「わたち、その第二王子、ゆるせない!」
「ほんとうに酷いです」
話を聞いたミーミシアとチルノがデロス王子への憤りを顕にした。
「ケイン兄さまは悪くないです。こうして私も無事でしたから」
「しかしリーゼ……」
「ゾロク兄上が注意してくれるのでしょう? ならばこんなことはもう起きないかと思います」
「確かにその通りだが……」
デロスの王位は第一王子がデロスの王権を支持することが前提だ。だからこそ、デロス王子はゾロク王子に配慮しなければならない。
「侍女の証言もある。生徒達の身柄も抑えた。王族への襲撃と判断されれば関わった一族は全て処断される。これだけ大事になれば、今後はライト工房に手出しをされることはないだろう……ジョウ?!」
ずっと黙って聞いていたジョウの目が、らんらんと光るように自分を見据えていた。
もしジョルド・ブリヴァム学園長がここにいたら、その眼を見るのは二度目だと言うだろう。面接の時の、不当へ抗う意思を見せた。あの時の目をしていると。
「ケイン殿下。それでは将来においての懸念が全く解消されていません。このまま王権を得ればデロス第二王子は、ケイン殿下も私の工房も、抑えつけられるか力を削ごうとして来るのでは?」
「ああ。その懸念は充分ある」
「それに他国へ侵略戦争を始めるのでしょう? それでいいのですか?」
「それは……しかし、ゾロク兄上に言われたのだ。今、戦争を厭えば将来の王国の安全に危険があると」
「将来の危険?」
ケインはゾロク王子との話をした。
未来に敵国に強力なスキル持ちが発生したらどうなるか、強力なスキルが王族にそろっている今こそ戦いを起す時ではないかと。
ジョウはしばらく考え込んでいたが、ふうっと溜息をついて言った。
「ケイン殿下。しっかりしてください。大陸全土の支配なんて不可能ですよ」
「しかし、王家にこれだけのスキル持ちが揃ったのだ。私も戦争は嫌だが、紛争中の敵対国もある。将来の禍根を絶つには」
「はい。せいぜい今争っている二か国を攻め滅ぼすくらいですよ。それ以上は無理です」
「なぜだ?」
「ケイン殿下、しっかりしてください。大陸全土を侵略なんて、どれほど兵士を必要とし、それを失うか。それに、大陸全土をどうやって統治するんですか?」
「あっ――」
ケインは驚きと自らの不明に絶句した。どうして気が付かなかったのか。
天経済民のスキルがなくても、わかることだったのに。
「ケイン殿下ならわかりますよね。どれだけ有能なスキル持ちの武官文官を集めても、数が足りません。支配地で登用したとしても、ブレイズ王国に忠誠を誓わない者もいるでしょう。戦争に勝ったとしても抵抗勢力は残るから、それへ援助する者もいる。治安維持に軍団も、その統率者も必要です。それから戦争で疲弊した新領土の国民に援助し、立ち直らせなければならない。どれだけの人員と金が必要か。数十年かかる国家事業です。まあ、それまでに支配地に有力なスキル持ちが現れて独立戦争が起きているかもしれませんね。将来の禍根を絶つために大戦争なんて、むしろ将来の禍根を今作るようなもんですよ」
「ああ。その通りだな……」
なぜ気が付かなかったのか。
天経済民のレアスキルを持っているからと慢心していたか。冷静に考えればジョウの言う通りだった。
「お兄さま」
「……情け無い。私のスキルで一国の経済を思うままに出来ると、なんという思い上がりをして。そんな単純なことに気が付けなかった……」
「元気を出してください。ケイン殿下。王族に失礼な言かもしれませんが、あえていいます。俺はあなたのその純粋なところが好きなんです。強力な経済系スキルを持つ者が金に聡いがゆえに、金の亡者に鳴り果ててしまうことはよく聞く話です。ですが、ケイン殿下は違う」
ジョウは落ち込むケインを力付けるように言った。
「ジョウ?」
「実のところ、俺はすでに大陸有数の金持ちです。魔道具の利権もあって、かなりの権力を持ってもいる。お金って怖いですよね、性格が歪みそうだ。そんな時身近にいたのが、ケイン殿下です。あなたは投資もされていますが、お金が儲かることを喜びとするのは、事業を通して人々が働き口を得たり、生活が豊かになることが嬉しいからです」
「ああ、そうだな。その通りだ」
「新しい儲け話を思いつくたびにニヤニヤされていますが、結果に人々の幸せがともなって、それが嬉しくていい顔をされている。そんな方が傍にいるから、俺も歪まずにこれた」
「そんな風に思ってくれていたのか。何だか面はゆいが、嬉しいことだ」
「はい。ですから、ケイン殿下はそのまま、経済で人々を豊かにして喜ぶ日々を送ってください」
「ああ。しかし、それではだめなのだ。それだけでは」
「はい。家族を守り、人々を豊かにするためにも、覚悟を決めてください。戦う策は俺が考えます」
ケインは震えた。
ジョウはデロス第二王子に抗うと決めたのだ。
「わかった。覚悟はしている」
「ありがとうございます」
「しかし、どうやって?」
その言葉にジョウはニヤリと笑って言った。
「ライト商社は王都にあります。だからその税は王都に収めています。巨大な金額です」
「ああ。波及する経済効果も計り知れない」
「それが無くなったらどうでしょうね。まずはブレイズ王国から、ライト商社を無くしてしまいましょう」
「なにっ?!」
ケインは驚きの声を上げる。リーゼリン、ミーミシア、チルノからも上がった。
「ジョウ。あなたの大切な工房を閉じてしまうなんて!」
「わたち失業しちゃう??」
「ジョウ君。ライト工房を締めちゃうの?!」
ライト工房の面々を見渡して、ジョウが言った。
「大丈夫。それに関して、全員に協力して欲しいことがあるんだ。特にチルノさん。ぜひとも協力して欲しいことがある」
「えっ。ボク?」
「うん。スターランス商会の協力が是非ともね」
そしてジョウは新しい構想を話した。