27 ゾロク・ブレイズ第一王子
「久しぶりだね。元気にしていたか」
王宮の庭で剣を振っていたゾロク・ブレイズ第一王子は、汗を拭きながら笑顔を弟に向けながら言った。
「ゾロク兄上、お時間を頂きありがとうございます。ですが、まったく元気ではありません」
ケイン・ブレイズ第三王子は神妙な面持ちで答える。
「それはいけないな。うん。ケインも剣を振るか? 剣は良い。無心で振れば良い気分になれる」
「天剣である兄上にご指導いただけるのは有難いですが、剣を振っても私の憂いは解消しません」
「それは残念だ」
「兄上、お話があります」
「……聞かなきゃダメか?」
「どうかお願いいたします!」
「はあ。わかった」
テーブルに腰かけて合図をすれば、使用人達が飲物と菓子を持って来た。
「ゾロク兄上。どうか王となって頂けませんか。私が宰相としてお支えします」
使用人達がテーブルを離れると、ケインはいきなり本題を切り出した。
「その話は……」
ゾロクは視線を外した。
いままで散々に言われて来たのだ。王になれと。
ケインはデロス王子のこと、そしてリーゼリンを見舞った時の事を伝えた。
「デロスがそんなことを。それはいかんな」
三日前、デロスがリーゼリンを呼び出したことは知っていたが、詳細を聞いてさすがにゾロクも顔色を変えた。
「ですから兄上、このままデロス兄上が王になればブレイズ王国は対外戦争を起して国は疲弊します。ゾロク兄上が王と成り、私を宰相にしていただければ、平和に豊かにしてみせます」
ケインは熱心に王国の未来を語ったが、ゾロクの答えは意外なものだった。
「戦争はなぜだめなんだい?」
「え。それは多くの国民が」
「ブレイズ王国の周辺国家には紛争中の非友好国もある。それらの国に今のところ強大なスキル持ちはいない。それなら将王が王になり戦争を行う。気は進まないが王家の血を引く天剣の私が軍の旗頭になる。そうすれば勝率は高いのではないか」
「しかし、多くの民の血が」
「ケイン。将来、敵国に軍事に有効なスキル持ちが現れ、この国に攻めてきたらどうなる?」
ケインは頭を打たれたような衝撃を受けた。
平和に経済を持って発展させることこそが良い道だと思っていたが、ゾロクの意見も一理あった。
もしも他国で将王スキルが王になり、軍を天剣持ちが率い、経済スキル持ちが宰相になったら。その国は好機とみて攻め込んでこないか、という問いだ。
「その時は、多くの民の血が流れ、国は奪われるでしょう……」
簡単なことだった。こちらに有利なスキルがそろっているうちに攻め込んだ方が、将来的に攻められて失われる命よりも少ない。
「ケインの性格もスキルの力もわかる。平和も良いと思う。だが王となる者はただの善人では務まらないんじゃないか」
「それは……はい」
「千の死で将来の数万の死が防げるなら千人に死ねと命じる。それが王だろう。デロスはそれを危惧してるんじゃないかな。リーゼにした事はよくないが」
そこでケインは理解した。
デロスがなぜ自分の天経済民スキルを利用しないのか、ただ愚かだと思っていたが、ようやく理解した。自分が宰相になっても、デロスが望む道を共に行かないとわかっているからだ。
「私は天剣だ。嫌だけど戦争があった方が存分に腕を振るえるな。剣として王国の道具として何にも考えないですむ。王でなければ難しいことも考える必要はない」
ゾロクは言う。王にはなりたくないが、天剣スキルで王国に貢献する責任ならば、果たさなければならないと。
「デロスが王になり、ケインが宰相として国を豊かに発展させて、その金で強化された軍に私が居ればどうだ? 三兄弟の絆で結ばれたブレイズ王朝は強大な国になるんじゃないか」
それはケインにとって恐ろしい誘いだった。
その提案が実現可能だと解ったからだ。
「王になればその道を選ばないというのも可能だ。なにせ決めるのは王なのだからね。でも、将来の危険性よりも価値のあるものを築く自信と覚悟はあるか? 私を王にして、自分は宰相としてただ国を富ますだけで良いと思っているならば、それには乗れないよ」
完全に見抜かれていた。
「……申し訳ありません。私の考えが足りませんでした」
ケインは項垂れるしかなかった。
落ち込むケインにゾロクは優しく肩を叩いた。
「そう落ち込むな。リーゼリンのことで頭に血が上ったんだろう」
「はい……」
「デロスもやりすぎだ。無体なことは決してするなと言っておくから。リーゼリンの将来で希望があれば私を通すのだ。必ず良いようにする」
「ありがとうございます」
ケインは深く頭を下げる。
リーゼリンについての憂いは解決したが、完全な敗北だった。
「ケインも大変だな」
ケインが去った後、ゾロクは側近のタルカ・デリモス侯爵令息と話していた。
「意地の悪い。あのように言われたら、ケイン殿下も仕様がないでしょう」
タルカは幼い頃からの友人でもあって、言葉に衣を着せずに言った。
「しかしだ。宰相になりたいにしろ、王になるにしろ、覚悟がない者には闘いの場にも上げない方が、本人にも周囲のためにもなるだろう?」
「それは自分のことですよね」
「あー、えーと」
「あなたには王としての資質がございます」
「そんなものない」
「王となって、いえ個人としてでもいい。成し遂げたいことはないのですか」
「あればもっと頑張れるのかな」
ゾロクは天剣スキルのために、武においては敵が居ない。王族であるので暮らしも何不自由することも無い。
「結局はどうなろうと、個人であれば自分の天剣スキルで何とかなると思っているのでしょう? だからこそ、何をするのも気力が沸かない」
さすがに長年の側近である。ゾロクの心を理解していた。
「……私だって、何かあればいいとは思うんだけどね」
「ケイン殿下はどうされるのでしょうね」
あまり責め続けてもと思ったのか、タルカは話題を変えた。
「こういう時には遮二無二抗って、前に進む気概があった方がいいのだが。まあ、私が言うことじゃないけどさ。それに」
「それに?」
「どうしてケインは気が付かないんだろう。デロスが王になって他国に侵略して大領土を得るなんて、現実的ではない。精々が昔から揉めている二か国を得て終わりさ」
「えっ。先ほどはそのようなことは言ってなかったですよね」
「大陸全ての国を攻めとってもなあ……」
「どういうことでしょうか」
「とにかく、私が口出しすることでもない。それより、タルカ。さっきのリーゼリンのこと、無体なことはするな将来については本人の希望に沿うようにと、デロスに伝えて来てくれ」
ゾロクはデロスの王位継承に異を唱えてはいないが、臣下となったとしても、その影響力は無視できない。デロスとしても丁重に扱わねばならない存在だ。
「二か国で終わりっていうのは?」
「いいからいいから、ほら」
問いかけるがゾロクは応えない。
仕方なくタルカは、ゾロクがケインと約束したリーゼリンのことをデロス王子に伝えるために去った。
奇しくも同時刻、リーゼリンはジョウの工房を訪れていた。