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26 王宮

約束の時間を過ぎても、呼び出し主はまだ現れない。

王城内の庭に誂われた四阿の下。

じっとしていても汗ばむ季節になった。

それでも私はじっとテーブルに座ったまま、待つしかない。


「リーゼリン」

さらに随分とたってから、従者を連れた兄のデロス第二王子が現れた。

まったく悪びれた様子もないその言葉を、私は立って頭を下げて迎える。

ゆっくりとデロス第二王子が席に着く。

「座って良いぞ。リーゼリン」

「ありがとうございます」

私は席に着いたが、視線は上げない。


魔道具が使われたのだろう。周囲の温度が下がったが、快適とは到底言えない。

私はじっと第二王子の言葉を待つだけだ。

「ケインと仲が良いそうだな。それから……ライト男爵とも」

「ケイン兄さまには気にかけて頂いておりますが、ライト男爵はただの級友にございます」

リーゼリンは何とか平静を装い答える。

「級友……それにしては、その者の工房に入り浸っているようではないか。他にもレッツ共和国の天槍とライト工房の経理と」

「偶然にございます」

ライト工房は巨額の利益を生み出し、制作を受け持つ下請け工房も、元となった魔道具や魔術式の権利者達にも還元されているため、大きな経済的なうねりが王国から諸外国へ波及している。

「ふん……やはり、あの女の娘だけある。金の匂いを嗅いで色香で誑し込んだか」

「母様のことを侮辱しな――」

亡くなった母への暴言に思わず抗議した瞬間、リーゼリンはテーブルごと吹きとんでいた。


「何か言ったか」

デロスは椅子に座ったまま、上げていた足を組みなおした。

彼のスキルは「将王」。

将軍の中の王であり、個人の戦闘能力も高く、軍事においては最強のスキル。テーブルごとリーゼリンを地に這いつくばらせるなど、造作も無い。足を少し上げるだけでことたりた。

「か、はっ」

息が苦しい。声が出ない。

「そのまま大人しく這いつくばっておれ。学園も辞めて大人しく王宮に居るがよい。我が代には、そうだな、有力な貴族か家臣に降嫁させてやろう。何、降嫁先には困らんぞ、その頃には我は武によってこの大陸全土を統べているだろうからな。おまえのような妾腹の王女でも、大王の妹としてなら引く手あまただろう。よいか、申し渡したからな」

そう言ってデロス第二王子は去って行く。

暑さが戻って来るがリーゼリンは少しも熱を感じられず、必死に息を整えようとするだけだ。リーゼリンの侍女が慌てて駆けよって介抱を初めた。



「リーゼの見舞いに行く」

そう告げたケイン・ブレイズ王子を側近が止めた。

「ケイン殿下。治療は終わっております」

「そんなことはわかっている!」

「此度のことはデロス第二王子からの警告でございます。おやめ下さい」

「だから、そんなことは分かっている!」

ケインは学園での飄々とした態度からは信じられないほど怒り狂っていた。

「今はご自重なされませ。そうなさるべきだと、ご自身でもお分かりのはず」

「それはわかっている! だが、それでは、リーゼが……」

ケインは苦悩していた。

リーゼリンとデロス第二王子の会談は、つまりケイン自身への警告でもあるのだ。


王国では王の後継は、余程の事が無い限り長子が王を継ぐ。そろそろ立太子の儀式を行って、次の王を決めるべきなのだが……


今この国に有力なスキルを持つ王子は三人いる。

ゾロク・ブレイズ第一王子は、天を冠するスキル「天剣」を持つ。武人としては最高峰だが、本人は王になどなりたくないという。


第二王子デロスのスキルは「将王」。軍勢を率いるならば、これほどのスキルはないだろう。スキルに王が入っているため、彼本人も自分が次王になるのだと思っている。ただし性格は激しやすく選民思想と領土的野心が旺盛なため、それを(いと)う者も多い。


三人目はケインだ。

彼のスキルは「天経済民」。彼もまた天位スキルを持つ。彼が王になれば王国の経済は発展し、民も苦しみなく安心して暮らすことができるだろうと言われる。経済も軍事もバランス良く王国運営全般を良く治め、最も王に向いたスキルであるが、彼の母親は側妃で後ろ盾が弱い。既得権益を我守する貴族達が多い中では、十分に力を発揮するのは難しいと見られている。


王としては長子のゾロクが跡を継ぎ、それをデロスとケインが支えてくれるのがもっと良いのだが、そのゾロク本人に王位を継ぐ意思がないので困っていた。

第二王子デロスを王にすれば、王国は軍拡と他国への侵略路線を歩むだろう。ケインでは旧勢力の貴族に足を引っ張られ、改革を行うには難があるが、そろそろ王太子を決めなければならないのだが……


「結局は私の問題なのだな」

ケイン自身は王になるつもりは無かった。出自を考えれば、自由な身の方が充分にスキルを活かせる。

「王位などとんでもない。私は皇族臣下として、王国の経済を発展させ、王国民の生活を豊かにすることに専念したい」と普段から公言してきた。


だが王位を求めるデロス王子は、このスキルと学園のジョウ・ライトのスキルが、あの魔道具を産み出す力が結び付くことを恐れたのだ。

他国にまで及ぶライト工房の経済力をケインの陣営に組み入れられれば、それは大きな力になるとしてケインを王位につけたがる者達も多い。いや、実際に水面下ではその動きがある。古い既得権益にしがみつく者達を排除したい新興貴族や豪商たちだ。

だからこそデロスも警戒した。直接ではなくケインが大切にしている妹リーゼリンを介して警告したのだ。


ケイン本人は抑えがたい怒りに震えていた。

なぜライト工房を王国に取りこまない!

ジョウは押さえつけずに優遇して、自由な研究環境を整えた方が良い。そして陞爵させてリーゼリンを降嫁させれば良いのだ。

本人同士が憎からず思っているのは明らかで、ジョウはきっと妹を大事にしてくれる。そうすれば、さらに王国に莫大な富をもたらしてくれる。便利な魔道具が民の生活を豊かにする。それが最も国のためになるというのに。


もちろん懸念はある。

王家がジョウに武器の開発を強いるかもしれないことだ。

しかし、それをさせずにライト工房を活かすために自分が間に入る。

王は次兄で良い。政治や経済は自分にまかせてくれれば良いのだ。臣として他国への侵略よりも安全に国を発展させてみせる。


だが、自分の血を誇り過ぎる傲慢なデロスは、冒険者上がりの男爵家など認めず、測妃腹の自分が臣下として腕を振るうことも認めない気だろう。王として私を臣下にした経済的発展ではなく、己のスキルでの戦果を誇ろうというのだ。


「ただの学生、というわけにはいかないのか」

ケインはのんびりと学園生活を送りたかった。

ジョウ・ライトは興味深い男だ。彼を利用しようとは全く思っておらず、産み出される魔道具を見るのが面白かった。魔道具の登録を薦めたのは、普及すれば人々の生活が良くなるという気持ちからだった。


あのライト工房と称する溜まり場で、コーヒーと雑談の他愛無い時間が心地良かった。何より妹のリーゼリンが、つんけんしながらもジョウ達といる様子がとても楽しそうで、それが嬉しかったのだ。

そしてジョウが助手の約束を守った時のリーゼリンの顔。あれほど幸せそうなリーゼを初めて見た。母親の違う妹だが、兄としてあれほど嬉しいことは無い。


「リーゼの見舞いに行く」

スキルが人の人生を左右し、翻弄する。それは平民も王族も同じ。王族はそれが政治権力争いにも発展し、たくさんの人々が巻き込まれる。今までそれを避けるために生きていた。

自分が甘かったのだ。

「ゾロク兄上に、訪問のご都合を伺う使者を出しておいてくれ」


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