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21 チルノ

一人になれる場所を探して、ボクは図書館に来ていた。

ここなら中は静かだし、話しかけられることも無いだろうと思っていたら。

「あれ。チルノ君、一人? どうしたの?」

入館手続きのカウンターにライト君がいた。

「え、あの。ちょっと本でもと思って。ジョウ君は調べもの?」

誤魔化すための問いにジョウ君は言った。

「うん。さっきチルノ君にうちの工房に入らないかって聞いたけどさ。実を言うと既にかなりヤバいんだよね」

「えっ。ヤバいって、資金繰りとか?!」

あんなに稼いでるのに?

「ううん。財務処理がヤバイんだ。支出入やら諸経費の支払いとかさ。他国は通貨も違うし、税金もその国ごとに違うでしょ。かなりの部分をギルドに任せてるけど、もはやうちの工房の案件だけで一杯になっちゃてて、迷惑かけてるんだ」

「そ、そうなんだね。うん、ライト工房の商売は、個人工房のレベルを遥かに超えてるよね」

そういうとジョウ君は、ちょっと遠い目をして言った。

「王都に辿り着いた時の全財産が金貨数枚だったことを考えると、信じられないくらいだよ」

「えっ。そんなに貧乏だったの?!」

父と母はボクの我儘を許してくれて留学費用を用意してくれたけど、金貨数枚ってことはない。

「夜逃げみたいなもんだったからなあ」

そう言ってライト君は苦笑している。

「夜逃げしてブライトネス王立学園に?」

わけが分からないよ。

「そう、天与の儀に分析と加工を授かってね、そしたら」

そこで司書さんに声をかけられた。

「二人とも。お話の続きは図書館の外でしてくださいね」

「あ、すいません!」

「すいませんでした。チルノ君、外で話そう」

二人で謝って図書館を出た。



「俺は新興のライト男爵領で生まれたんだけど、魔物の暴走侵攻(スタンピード)で廃領になっちゃってね。赤ん坊の頃だから何にも覚えてないけど、その時に両親は死んじゃって、身寄りもなくて。寄り親貴族のゲベック家の養子になったんだ」

「そう、だったんだ……ごめんなさい」

「ううん。気にしないで」

ジョウ君はなんてことないように言うけど、大変な思いをして来たんだな。


「それでね、夜逃げっていうのはね」

ジョウ君は学園内の庭のベンチに座ると話し出した。

幼い頃から酷使されて、結果を出したのに実子が現れたら虐げられて、挙句の果てに外れスキルだって言われて廃嫡されて数枚の金貨で放り出されたこと。

王都に辿り着いて働き口が無く、勉強して学園に入学。

今は魔道具で人々の生活を豊かにして、学生ながら国内外に大きな影響を与えている。

ボクは言葉が出なかった。

ジョウ君は貴族の生まれで、裕福な環境で暮らして来たのだと思ってた。


「正直に言うと。儲かりすぎて、これでいいのかって思うんだ。このまま続けててもいいのかなって」

「えっ。どうして?!」

ボクは驚いた。沢山お金を稼ぐことに疑問を持っているってこと? どうしてそういう考えになったのか知りたくなった。

「魔道具は随分評価して貰ってるよ。財産も増えた。でも、全く新しい物を産み出したことは無いんだ。既存の魔法陣魔法や技術を分析して、組み合せて、小さく効率良くしただけだ。本当に称えられるべきは、初めに生み出した人だよ。俺は誇るべきものが無いよ」

「そんなことないよ!」

思わず大きな声が出てしまった。

「チルノくん?!」

「ご、ごめん。急に大きな声出して。でも、ジョウ君が魔道具にしたからこそ、知識や技術が活きたんだよ。ちゃんと使用料も払って、その人達もお金を得てるじゃないか。作ってる人、流通する人にも」

「それは……」

「技術や知識を魔道具にして世に送り出したことで、生活が豊かになって、大勢の人にお金が渡るんだよ。そしてそのお金が循環して経済が発展するんだ。これって凄いことだよ。ボクの家はレッツ共和国で商会をしているんだけど、お父さんが言ってた。作る人売る人使う人、みんなが豊かになって幸せになるのが良い商売だって」

「作る人売る人使う人……三方良しみたいだ」

「三方良し?」

「あー。ある国の商人の心得でね。商売をして売り手と買い手が満足するだけじゃなくて、社会も良くなるのが良い商売だっていう教えだよ」

「そうなんだ! 携わる人全員にいいってことだよね」

「うん。そうだよ」

「三方良し。うん。覚えたよ!」

異国でもお父さんと同じ考えの商人がいるんだと思うと、すごくうれしくなってボクは父の事を話した。とても素敵なお父さんだけど、母には頭が上がらないこと。儲かっていない工房の立て直しを手伝ったり、飢饉の村を支援して救ったこともある。自慢の父親だ。


「チルノ君、ありがとう。急にお金が増えて狼狽うろたえてたかも。これからも俺に出来ることをするよ。大金にはちょっと慣れないけどね」

お父さんの話しを聞いてくれた後で、そう言って苦笑するジョウ君。

彼の手助けをしたいと思った。

でも、ボクは……


「チルノ君は、卒業後はお父さんの商売を手伝うの?」

「えっ」

「三方良しの商人の立派なお父さんの後継ぎとして、見分を広めて人脈を得るために学園に来たのかなって」

「お父さんの跡は……その……」

ボクはお父さんが大好きだ。

跡を継げたらどれだけ嬉しいことか。


「ごめん。何か事情があったら無理には聞くの悪いよな。ごめん。素敵なお父さまでいいなあっと思っちゃって」

ボクは、はっとなった。

「ごめんなさい! ジョウ君の生い立ちを聞いたばかりなのに!」

なんて馬鹿なんだろう。

そんな彼に家族の自慢をするなんて……

「えええ。謝らないでよ」

「で、でもっ」

「いい話を聞けて本当に嬉しいんだよ。ありがとう。よし! 三方良しの魔道具作りをもっと頑張るか!」

そう言ったジョウ君は本当に嬉しそうで、とてもいい笑顔をしていた。


「ジョウくんは。どうして魔道具を作っているの?」

今更だけどボクは聞いてみた。

苦労した生い立ちを聞いたら余計に気になった。もうお金も充分あるのに、どうしてそんなにまで頑張って魔道具を作るんだろう。


「それはさっきチルノ君が言ってくれたよ」

「ボクが?」

「魔道具で生活が豊かになるってこと。俺さ、分析と加工スキルを。有難いことにそれを活かす知識も授かったんだ。それを一番活かすのが魔道具だと思う。だから魔道具で人々の生活が便利になって、豊かになったら嬉しい。その為に俺は魔道具を作ってる」

「うん。素晴らしいことだよ」

「ありがとう。あと、ね。身分制度とか既得権益を守ろうとするだけのやつらに負けたくないってのもある。分析と加工って凄いスキルなんだぜって証明してやろうって」

そう言ってジョウくんは笑った。



「魔道具で人々の生活を豊かに。三方良しの精神」

ボクはジョウ君の話を思い出しながら、下宿先に戻った。

いい話を聞けた。

お父さまを褒められてとても嬉しかった。


でも、寂しさもある。

ボクがやって来たレッツ共和国は、このブレイズ王国と比べれば万人に開かれた国だ。ミーシャの出身州のように貴族がいる所もあるけれど、共和国憲法と共和国法には従わないといけない。自由や平等を共和国の理念に掲げている。だけど女性が職人集団や商会の長になるのは、それこそミーシャのように天位スキルを持っていないと、まだまだ難しい。


ボクの父は大きな商会をしている。

経理スキルで手伝いはして来たけど、後継ぎは弟だ。そうなるとボクに出来るのは商会に利をもたらす人と結婚すること。

お父さんは「そんなことしなくていい。何かしたいことを見つけて頑張りなさい」と言ってくれる。でも、お祖父ちゃんや母は、有力者との婚姻で商会へ貢献するよう望んでいる。留学先で良縁を探すようにと言われた。

それが嫌でボクは男子生徒のような格好で学園に居る。

でもこのままでいいのかな。


「あれ?」

ジョウ君の話を思い出して、急に思った。

ボクは娘だから継げないって思ってたけど、そもそもボクに跡を継ぐ実力あるかって考えたら、到底足りないってことに。

女性だから跡を継げないとかって、関係無かった。

だって経理スキルを磨くこともまだまだ足りてないのだもの。

急に恥ずかしくなったけど、その時、自分がどうしたかったのかが分かった。


ボクは経営管理スキルで商会の財務を正しく把握管理して、お父さんが経営判断をするのを手伝えたらいいなって思っていたんだ。

お金を人を幸せにする事業へ使って欲しいから。


「ボクは馬鹿だなあ……何がしたいかって、ちゃんとあった!」

心の中でもやもやしていたものが一気に晴れた気分だ。

後継ぎがどうとか。女性だからどうとか。

そんなのボクは元々関係なかったんだ。


自分の経理スキルをもっと磨かなくちゃ。

有難いことにその機会をジョウくんが誘ってくれている。

三方良しの魔道具だ。

このチャンスを逃すなんて!

お父さん、ボク、頑張りたいこと見つけました!



「チーちゃん。おかえり!」

「ただいまミーシャ。さっきはごめんね!」

部屋に戻るとまっさきにミーシャに謝った。

「ううん。わたちね、よくわかってなかったよね。ごめんなさい」

ボクがジョウ君の工房を出た後、ミーシャはケイン殿下とリーゼリン殿下に説明を受けたそうだ。


「いいんだ。ボクね、やりたいことあったんだ! 見つかったんだ!」

「そうなの?! なあにチーちゃん。教えて!」

「ミーシャ。ボクね。将来は三方良しの、携わる人皆が幸せになるような商売の手伝いがしたい。だからジョウくんの工房で働いて、もっと勉強させてもらいたいんだ」


「さんぽうよし?? わからないけど、みんな幸せなら、きっといいことだよね! わたち応援する!」

その時、ボクはひらめいたことがあった。

「ミーシャも! 手伝ってよ!」

「わたちも?」

ミーシャのことだ。彼女は武芸を習う部活に参加できずに、自己鍛錬はしているが暇を持て余している。彼女の帰国後の立場を考えれば、ボクの考えが大いに有効な筈だ。

「うん。ミーシャもだよ」

ライト工房の価値とこれからのことを考えれば必要だ。

ボクはミーシャに説明した。

「わかったちーちゃん! わたち、騎士団長になる前に、それになる!」

「さっそくだ。ジョウ君に売り込みに行こう! ボクは着替えをするね!」

「きがえ??」

ミーシャは首をかしげていた。

「うん。この服はもういいんだ。ボクはボクだもの!」

「なんだか分かんないけど、うん、わかった!」

さあ、ジョウ君にプレゼンテーションに行こう!

お読みいただきありがとうございます。

投稿は、朝、昼、夕方(時間は多少変わります)になります。

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