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2 自由

金貨数枚というしょぼい手切れ金のみで、二度とゲベッグ家に関わらないことを誓わされて放り出された俺は、途方に暮れていた――わけではない。さっさと街道馬車に乗り、今は隣町の宿屋の一室に入ったところだ。

ここまでくれば一安心。

「俺は自由だ!」

ベッドの上に寝っ転がり、天井へ両拳を突き上げる。

危なかった。ダブルスキルホルダーだと言われた時はどうなるかと思った。


俺は養子だった。

ゲベッグ家の寄子のライト男爵家の生まれで、まだ赤子だった俺に記憶はないが、両親は魔物の暴走侵攻(スタンピード)により死亡。係累も無く土地も荒廃して、ライト男爵は勃興して僅か数年で廃領になってしまった。


ゴレンには本妻に長らく子供が出来ず、当時存命だった先代当主の命令で遺児である俺を養子にした。本妻は離縁して実家に帰り、俺は子爵家の継嗣として教育された。

養育は乳母と家庭教師任せが普通なので、ゴレンはまったく関わらずだったが、それなりの扱いはされてきた。

ギーズという実子が見つかるまでは。


ゴレンが随分前に隣領へ行った時、踊り子に手を出して出来ていた子らしい。年は一五歳。ゴレンと同じ髪と目の色。スキルも同じく「剣士」。

庶子とはいえ実子に後を継がせたい気持ちはわかる。その踊り子ノーラを貴族の養女にしてから後妻として、ギーズと一緒にゲベッグ家に入れた。


良い関係を築きたいと思っていた。充分に配慮もしたつもりだ。けれど親子は実に嫌なやつらで、浪費を繰り返すは、ゴランと一緒に俺を継嗣から引きずり落そうとする。まともな使用人達はどんどん解雇され、ゲベッグ家での俺の待遇は酷くなり、ついには階段から突き落とされた。


「階段から突き落とされるって、俺は乙女ゲーのヒロインかよ」

目が覚めてふと出た言葉が、これだった。そして悟った。自分が異世界に転生していたことに。


階段から落とされた怪我がきっかけで、俺は前世を思い出したのだ。

名前や家族のことは思い出せないのだが、見知った知識などは覚えているから不思議だ。

何となくだが前世はごく普通の独身男性で、病死か事故死だったようだ。

チートは無かったが前世知識のお陰で、後継ぎなのだからとさせられていた仕事は随分と楽になった。といっても、過労死してしまいそうなブラックさは変わらなかったけど。


そんな生活の中、俺は家を出て生きるべく準備をしていた。

そして、ようやく俺は自由になったのだ。

まず行きたいところは、決まっていた。



「本当に、何もないんだな」

空は良く晴れていて、真昼の双子月が白く見えている。

俺は小高い丘の上から荒涼とした土地を見下ろしていた。

ここにはかつて小さな男爵領があった。叙爵されて男爵となった実父が王の承認を得て与えらた土地だ。

隣国まで続く荒野が在り、魔獣の潜む森林地帯に接していてゲベッグ領からは狭い渓谷を通る道が一つあるだけの辺鄙な場所だ。

開拓を進めたが、魔物が爆発的に増えて人々の集落を襲う「暴走侵攻スタンピード」でこのライト領は滅びた。


木の傍に小さな墓石がある。

俺はその表面に手をやった。まだまだスキルを使いこなせていないが、石の状態を分析し、加工で表面を整えて綺麗にする。

前世の両親のことも、今世の実の両親のことも覚えていないが、ずっとここに来たかった。

お供えを置いて手を合わせる。亡くなった人達の冥福も祈った。


俺は養子になり改名されてジョージ・ゲベッグ子爵令息となっていたが、今日からは元の名前のジョウ・ライト男爵を名乗る。

ライト男爵領は廃領となったが、爵位そのものは俺が継いでいる。


先代当主である義理の祖父は、旧ライト男爵領をゲベッグ家がいつか復領させて支配できるようにと、俺に継承させる手続きをしていた。

あの領内経営も解っていない浪費家のゴラン達では、領地拡大など永遠に無理だと思うが。

むしろ禄でもない散財をして領民を困らせないように、先代から仕えている執事のタルボットに後事を頼んできたが……


ゴランたちはゲベッグ家から俺の籍を抜けば、ただの平民となって路頭に迷うと思って哂っていた。だから俺がライト男爵であるのは言わないでおいた。

ジョウ・ライト男爵と元の名に戻る届け出も済ませた。書類上のことだが俺にとってはこの世界での本当の名で、ここが唯一の自分のルーツだ。この荒廃して人々の営みなど消え失せたここが、俺の故郷なのだ。


荒地を眺め、俺は考える。

何故転生したんだろう。

前世の記憶があることに何か意味があるのだろうか。

怪我で思い出しただけで、ただの偶然なのだろうか。

前世の家族はどんな人たちだったんだろう。

この世界での両親はどんな人だったのか。


この世界はスキルや魔法を基にした魔法陣魔法や魔道具があって便利だが、身分や貧富の差がある。

良い魔道具は高く、厳しい暮らしの人もいる。


俺の知識を活かせば魔道具を改良普及させて、多くの人々の生活を豊かにできるのでは。

それは僭越な考えだろうか。転生者の俺がこの世界に影響を与えていいのか。そもそも、これから向かう場所では暮らすだけで精一杯かもしれない。


その時、風が吹いた。

それは俺の髪と頬をなでるように過ぎ去っていった。


不思議と心が落ち着いた。

今から考えすぎても仕方ない。

俺は自由なんだ。


「行ってきます」

丘を下る。

頼れる係累は居ない。

僅かな金貨と外れと呼ばれるスキルが二つだけ。

でも、足取りは軽かった。

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