18 リーゼリン
リーゼリンは今日もその魔道具内の魔石を眺める。淡い琥珀色をした透明な宝石の中には、髪の毛ほどの細い銀色の魔道回路がキラキラと輝き巡っている。宝石の中に宝石で出来た糸を張り巡らせたような。その整然とした光の配線は、芸術的な美しさだ。
自分でも何度か挑戦したが上手く出来ない。錬金術を持つ自分ができないことを加工のスキルで行うなんて!
腹が立つのだが、それでもまた見入ってしまう。
彼女は第七王女だ。継承権は低いものの学園に入学した王族として、最低限の行事や社交も行わなければならない。学園に留学している他国の王族との交流や王国内の有力貴族の子弟など、さすがに気を使う。ケインが一緒に参加してくれても、一人で応対をしなければならない場合もある。
そんな時、そっとそれに触れる。ドレスの隠しポケットにそれを忍ばせているのは、自分と侍女だけが知る秘密だ。
王族としての義務を果たして自室に戻り、侍女の淹れる紅茶を飲みながらしばしその魔道具を眺める。
ジョウ・ライト男爵。
不思議だわ。こんなに繊細な物を作るようには見えないのに。この魔道具といいあのカフェのような研究所といい、見事な出来栄えだ。
そこでリーゼリンはあのカフェと間違えた時の一連のことを思い出して、腹が立つやら恥ずかしいやらで頬を染めるが、それもなぜか嫌な出来事では無かった。
魔道具第一号を献上してくれたのだから。
何かプレゼント……いえ、褒美をとらせなければならないわ。
そう、これはあくまでも褒美なのよ。
「何がいいかしら」
貴族の子女ならば刺繍したハンカチかしら。
でも、私は苦手だし……
でも、異性に渡すならば。
でも、それって特別に親しい相手によね。
いろいろ考えて、リーゼリンは一人頬を染める。
「どうしよう、何がいいのかしら」
そう呟きながら、刺繍が得意な侍女がいて時間もやりくりできることを考えている。
「献上品への褒美。あくまで褒美として。でも、最初の魔道具を私にくれた……」
そんなリーゼリンを見る侍女の目が、優しくなっていることを彼女は知らなかった。
学業と社交の時間の合間を縫うように、リーゼリンは刺繍をした。刺繍上手の侍女に教えられながらだが、元々苦手なこともあって思うようにいかない。
早く渡したい。完成するまでカフェ、ではなくジョウ・ライトの魔道具研究所へ行くのを控えようかとも思ったが、あの時間は今ではリーゼリンに取って大事な時間となっていた。
兄ケインはいつも女子生徒を連れ歩いていると思われがちだが、本当は人の中心にいるよりも少し離れた位置から皆を眺め、ゆっくりと過ごす方が好きな人だ。
気心の知れた者達が和やかに過ごしてたり、とりとめのないおしゃべりを聞きながら、本や新聞を読むのが好きなのだ。あの場所にはそれがあり、加えて美味しいコーヒーも飲める。
ケインは幼い頃からリーゼリンを気にかけてくれていて、そんな優しい兄が心から寛いでいるのを嬉しく思っていた。
あのライト工房は自分にとっても、癒される場所だ。チルノさんとミーミシアと三人でお茶をしながらのおしゃべりは楽しい。そして、あのジョウ・ライトだ。
彼は新しい魔道具のことでうんうん唸ったり、突然ぱあっと顔を輝かせたりする。
「ここはカフェではないのに。魔道具工房なのに」
などと言いながら、美味しい飲み物とお菓子を振舞ってくれる。驚いたことに、彼の作るケーキもまた絶品なのだ。
ケイン兄さまが絶句して、これもレシピを登録するべし、と叫ぶほど。時間が無いから面倒だと言うジョウに、ならば私が代理でしておくと言わしめた。王族が男爵の代理をするなど知られたら問題になるかもしれないが、おかげでレシピが販売されて宮廷料理人が作れるようになった。
ただ、やはりなぜかジョウの作る物の方が美味しい。気がする。
今日も兄がいて、チルノさんとミーミシアさんがいて、そしてジョウがいる。
息のつまる王宮しか知らなかったリーゼリンにとって、ここは大切な場所になっていた。
「リーゼリン殿下。どうぞ」
ジョウが紅茶のポットとカップをテーブルに置く。
侍女が毒見をしてから頂く。
ようやく出来上がった刺しゅう入りのハンカチ。
今日こそ、渡さなくては。
「リーゼリン殿下? どうですか、頑張ったのですけど」
黙っている私にジョウが声をかけて来る。
「えっ。あ、そうね。美味しいわ、ジョウ」
「ふふ。良かった」
柔らかに笑うジョウ。
今だわ、美味しく淹れた褒美に――
「ジョウくん、わたちも飲みたい!」
「ちょ、ミーシャ」
元気に手を上げるミーミシアさんと窘めるチルノさん。
「あー。はいはい。ちょっと待ってね」
仕方ないという顔で二人に飲物を用意するジョウ。
もう、ミーミシアさん!
ああ、また渡せなかったわ。