17 ひみつのカフェ
「ジョウ。しばし付き合ってはくれないか」
ある日の放課後、俺はケイン殿下から話しかけられた。
「今日はお一人なんですか? これは珍しい」
もちろん護衛も従者もいるが、取巻く令嬢達が居ない。
「ははは。一人でいることはあるよ」
「天変地異でも起きなければよいのですが」
「くくく。言うではないかジョウ」
よく絡んでくるので、これくらいの会話はできるようになった。
「私は放課後に用事がございまして。あまり時間は」
「ジョウは最近すぐに居なくなるが、いったい何をしているんだ? 寂しいではないか」
授業中に無駄に俺に話しかけて来るし、令嬢達に取り囲まれているのに、そんなことは無いと思うんだけど。
「課外活動の準備です」
「ほう。それは魔道具を制作するためか?」
「はい」
その言葉に近くにいたリーゼリン殿下が反応した。
先日の魔道具製作の時から、ちらちらとこちらを見て来るんだが。
「忙しいとは思うが、たまにはどうだろうか」
そう丁寧に言われると無下には断れない。ケイン殿下は言葉は軽いが王族として偉ぶることが無く、気さくでおおらかだ。ご身分もあって態度には気を付けているが、大事な級友の一人だ。
「わかりました。お供いたしましょう。どこへいくのですか?」
「嬉しいな。うん。学園の敷地内にお洒落なカフェらしき施設が作られている、という噂を聞いてね」
「え? カフェですか。学生食堂や学生寮の喫茶スペースではなく?」
「ああ。秘密のカフェだ。場所を調べて令嬢達をエスコートして驚かせようと思ってな」
「ケイン殿下……」
なんだ、それで一人だったわけか。
「学園に問い合わせたのだが、そんな施設は無いと言われてな。秘密裏にオープンを計画しているのか、それとも教員用で隠しているか。なんにせよ、おもしろそうだろう?」
「そんなカフェが。確かに面白そうですね」
この世界にもコーヒーや紅茶はある。
学食や寮のもいいけど、俺は自分で淹れて飲んだりもする。最近拘りの豆と淹れ方を覚えた。実のところ、コーヒーが俺の分析に重要な転機をもたらした。
「リーゼ。一緒にどうだね」
えっ、まさかリーゼリン殿下を誘うの?
「……行きます」
えっ、来るの?!
「今度はこっちの方へ行ってみるか」
俺、ケイン殿下、リーゼリン殿下の三人で学園内を歩く。お供も連れてぞろぞろと。ケイン殿下は俺に喋りかけて来るのだが、リーゼリン王女殿下はちらちらと俺を見るだけだ。
歩いていると中庭に通りかった。ベンチにはチルノ君とミーミシアさんが居た。
「あ、ジョウ君……ケイン・ブレイズ王子殿下。リーゼリン・ブレイズ王女殿下」
チルノ君が、二人の王族を見て慌ててベンチから立って礼をする。隣に居たミーミシアさんもぴょこんと立って礼をした。
「やあ。楽にしてよ。チルノさんとミーミシアさんだったね」
ケイン殿下はこういうところは偉ぶらないなあ。
リーゼリン殿下もこくりと頷いて挨拶を返した。
「ジョウくん、どこ行くの?」
「ああ、ジョウはね。私の探索に付き合ってもらっているのだ。ふふ。幻のカフェを求める探索行だ」
「幻のカフェ?!」
「学園の敷地内に秘密のカフェがあるらしいのだ」
「「おもしろそう!」」
二人も同行することになった。
幻のカフェ。
探索行の果てに辿り着いた先、小さな森の中にそれは存在した!
「おお。見つけたぞ! ここに違いない! うーむ。何時の間にこんなカフェが。素敵な庭に小ぶりだが木の温かみを感じさせる建物。趣深くてとても良いな」
ケイン殿下は上機嫌だ。
「わー! かわいい! 素敵だね、チーちゃん!」
「うんうん。お庭もいいね。妖精さんが住んでそう!」
二人も喜んでいる。
「素晴らしいわ。一幅の絵のよう。とても素敵ね。ああ、お庭を眺めながらお茶をしてみたいわ」
リーゼリン殿下も褒めている。
ここが噂の幻のカフェだと?!
俺は盛り上がる四人をよそに愕然としていた。
「本当に素晴らしいわ。見なさいジョウ・ライト。あなたは加工の腕はいいわ、そうね、まあそれは認めてあげてもいいわ。でも! ああいう素晴らしい空間を作る才能はないでしょう。見なさい、あの木材の自然な風合いを活かした佇まい。素敵な庭との調和。なんて眺めなのでしょう。ジョウ・ライト。あなたもこの素晴らしさを参考にして、精進するがいいわ!」
リーゼリン女王殿下が何故か自慢気に言ってくる。
「あー。その。お褒め頂き光栄でございます」
俺はそれだけ言うのが精いっぱいだった。
「何を言って? なぜあなたがお礼を言うの?」
きょとんとしたリーゼリン殿下。
だってここ、俺が分析と加工スキル全開で全力リフォームした一軒家「魔道具研究所ライト工房」ですやん!
「ぶふっ。ふ、わ、わっはっは。リーゼのあの、あの時の顔、あっはっは」
ケイン殿下は思い出しては吹き出している。一方のリーゼリン王女は、その度に真っ赤になった顔で睨み何故か俺を睨みつけるが、涙目なのでむしろ可愛らしいと思ってしまった。
「中も素敵ですね。かわいい!」
「このソファ、ふかふか~。わたち、これ気に入った!」
チルノ君とミーミシアさんは上機嫌だ。
学園から借りたこの一軒家はあまりにもボロボロだったので、加工スキルで綺麗にしたのだ。木材の加工もできるから、形を整え表面も綺麗にした。やり出したら熱中してしまって、外観は高級木材風で落ち着きのある家になった。
研究の合間に休憩する部屋も綺麗に作ったし、テラスも作った。そこから見える外の庭は園芸系のスキルを持った集まりの園芸クラブの人達にも手伝ってもらった。
そういえば、その園芸部の人が「まるでお洒落なカフェみたいだね」って言ってたな。
……あ、その言葉が広まったのか!
「ふんっ。ケイン兄さま。おしゃれなカフェというからついて来たのに。何も出てこないじゃない」
今日の王女殿下は一級のフラグ建築士というやつか。
「まあまあリーゼ。それなら用意させるから。しばらく待っていなさい」
お供の方に命じて用意させるのだろう。それだと時間がかかるな。
「ケイン殿下。私が休憩に飲んでるコーヒーでよろしいですか? それならばご用意できます」
「おお、それは助かるね。ふふ。リーゼ、飲み物も出て来るぞ。ふっはっはっはっ」
そんな言い方して……ますますリーゼリン王女から睨まれてるんですけど!
「お願いします」
俺はコーヒーを入れたサーバーとカップをお供の方に渡す。砂糖壺とミルクを入れたピッチャーも。検査も毒見も必要だから、給仕はお供の方にお願いする。
「いただくよ、ジョウ」
「……いただくわ」
窓に面したテーブル椅子に座る王子と王女。
「はい、どうぞ」
さすが美形王族兄妹、絵になるなあと思いつつ返事をする。
「お、これはすばらしい」
「あっ。美味しい」
一口含んだ二人が、ぱあっと笑顔になった。
益々絵になるなあ。
「ありがとうございます」
ケイン殿下はそのまま笑みを浮かべている。
リーゼリン殿下は慌てて表情を取りくつろっているが、一口飲んでのあの笑みは思わず現れたものだろう。本当に美味しいと思ってくれたようだ。
嬉しく思いながらチルノ君とミーミシアさんにもコーヒーを渡す。
ミーミシアさんは、「おいしい!」と言って砂糖とミルクたっぷり入れたものを。
「味わい深いです」
チルノ君は砂糖だけを入れたものを。
せっかくなので、お供の人達にも飲んでい頂いたら大好評だった。
「ジョウ君。やっぱり、ここはカフェだったの?!」
チルノ君、違うから。
「わたち、ここなら通いたいな」
ミーミシアさん、ここはカフェでも運動クラブでもないよ。
「ジョウ。いったいどこの豆だ? どうやって煎れた? 王宮でもなかなか味わえないような味だよ。味に深みがありながらまろやかで香りも良い。焙煎とブレンドの妙か。見事だ。そういったスキルではなかっただろうに」
お供の方も頷いてくれている。
「豆は王都に専門店が有ったので、複数の産地の豆を選びました。それらを焙煎してからブレンド、つまり混ぜました。酸味と苦味を抑えた味にしています。お気に召して頂いて嬉しいです」
「喫茶のスキルも持っていたとはね」
「いえ、持ってませんから。豆と焙煎方法を分析しまして、魔導コンロで丁寧に煎りまして、加工で……」
「分析?! そんなのでたらめすぎるわ!」
王女殿下がちょっと切れぎみに言ってくる。
もともと分析は外れスキルと評価されている。図書館の書物でも有用例が出てこない。調べてみて俺の分析は普通じゃないとわかってきた。
確かに一般的な分析の使い方ではない。既にコーヒーについて有用なスキル活用が出来ている。実のところ、俺はコーヒーを美味しく入れようとして分析のさらなるコツを掴んだのだ。
豆の状態を分析して選び。
焙煎も抽出方法も時間も、分析をした。
前世のコーヒーの知識を基に分析した。
産地や特性、焙煎など。
この世界で飲んだコーヒーの味も参考に。
外れスキル「分析」。
確かに苦労はある。分析はあくまで分析するだけ、どうしてそうなるのかという解析は、自分でするしかない。それに、分析するための基準が始めは掴めなかった。
正しい物差しが無いのに、長さを測るようなものだった。
しかし、コーヒーを淹れていて、ふと気がついた。
分析スキルを上げるコツは、クロスワードパズルじゃないかって。
まず自分の知っている知識で測って埋める。
僅かでもいい。推測しながらでもとにかく埋める。そうすると、そこを基準に他の知識が埋まっていく。分析が外れスキルとされてきたのは、この最初の知識がほとんど無いからだろうし、基準が無いか、曖昧だからだ。俺には前世で得た知識があるし、科学的な基準も知っている。
そして、埋まったその知識そのものに分析をかける。スキルではない自分の知識で、解析をする。そこが肝だった。
そうすることで、分析の精度が深く精緻になっていく。
それを繰り返す。
あの感覚は、おそろしく楽しい。
情報というドアが次々とバンバン開いていって、そこに新しい景色を見るようだった。
「この家とコーヒーで、ジョウの分析と加工が素晴らしいのは良く分かった。どうだろう、出資するので王都に店を出すのは」
「ケイン兄さま?!」
王族が出資の店かあ。大繁盛間違いなしじゃん。
ちょっと心惹かれるけれど。
「真に有難きお言葉ですが、すいません。ここで魔道具を研究したいです」
「そうか。残念だが。確かにその方がいいか。面白い魔道具を作ってくれそうだ」
「はい。頑張ります」
「仕方ない。コーヒーはここに通って飲ませてもらおう」
えっ。ちょっと。
「ジョウ・ライト! 私は、紅茶も飲みたい」
え、王女殿下も何言ってるんですか。
「ボクもいいですか?」
「わたちも来たい!」
ミーミシアさんとチルノ君まで。
「ふふ。ほら、人気店になること間違いないだろう。それほどのスキルをジョウはもっているのだ。ジョウの分析と加工は本当に素晴らしいスキルだ。人をこんなに楽しく笑顔にする。素晴らしいスキルだよ」
外れと言われ続けた。
それをケイン殿下はここまではっきりと称賛された。
「ありがとうございます……あちらの研究室は危険な物もありますから、入室しないでください。それでよければ、こちらの部屋はいつでもどうぞ」
「この学園に入って良かったよ。ありがとう。ジョウ」
ケイン殿下がうんうんと頷いている。
「やった! ありがとうジョウ君!」
「ありがとう! ねえ、チーちゃん。わたち、お菓子も食べたい」
「うん。お邪魔するんだから、お茶菓子はボク達がジョウ君の分も持ってこないと」
「うん、そうする!」
喜ぶチルノ君とミーミシアさん。
王女殿下もさすがに声は上げないが、満足なようだ。
コーヒーサーバーのような魔道具ってどうやったら作れるだろう。
それ以外でも皆が喜ぶような、もっと良い魔道具を作れないだろうか。
俺はそんなことを考えていた。
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