12 魔導研究会
学園生活が始まり二週間たった。
俺は放課後に学園内をぶらぶらしてた。
今週から課外活動への勧誘が解禁されて、部活動の見学が始まっている。課外活動は必須ではないが、課外学習として単位になるので、真面目な部活動しかない。
いろんな部活があるが運動系はパスだ。
中庭を通って学術研究棟に向かう。そこに魔道具の製作研究もしている「魔導研究会」があるので入部したいからだ。
ホームルームで貰った資料によれば、「魔導研究会は学園設立から存在する。優秀な人材がここに所属し、王立魔術師協会に多数の先輩方がいる由緒正しき名門クラブ」とある。
王立魔術師協会の文字を見ると不安になるな……
歩いていると中庭のベンチに二人の生徒が座っていた。一人はあのちょび髭の授業で一緒のチルノ君と、もう一人はクラスメイトの元気っ子ミーミシアさんだ。二人とも友達だったのか。
元気が無いのが気になるが。歩いてくる俺にミーミシアさんが気がつき、チルノ君も顔を上げる。
「こんにちはミーミシアさん。チルノ君」
「ジョウくん。こんにちは」
「はわっ。こんにちは」
「あれっ、チーちゃんってジョウくんの知り合い? わたちは同じクラスなんだよ」
チルノだからチーちゃんなのかな。
「うん。ライト君とは魔導演算の授業が一緒で、助けてもらったんだ」
「そっかあ」
「二人は友達だったんだね」
「うん」
「ところで、二人とも元気なさそうだったけど、どうしたの?」
気になったので聞いてみた。
「実はミーシャと武道部へ見学に行って……」
チルノ君の説明によると、ミーミシアさんは武道部に行った。チルノ君はマネージャー希望だ。これはもしや「他国の人間などお断りだ!」とか、天槍というレアスキルに嫉妬した部員達に酷いことを言われたとか?!
「大歓迎してくれたのですが、ミーシャが強すぎて……」
「天槍」持ちの彼女だ、大歓迎だったのだが誰も相手にならず、指導顧問の上級槍術スキルの先生まで倒してしまったそうだ。
「先生が、うむ、きみに教えることはもう無い。師として満足だ、と」
練習道具は好きな時に使っていいし、他校との試合の時だけ参加してくれたら、それで単位はあげる。もちろん大武道大会には師として全力で応援すと言われたそうだ。
顧問の先生の言い様に笑ってしまいそうになったが、ミーミシアさんにとっては残念な結果だろう。彼女は既にかなりの強さのようだ。天の付くスキルと鍛え合うのは同じく天付きじゃないと無理かもしれない。
「それでミーシャと文科系のクラブに入ろうかなって。どこにしようか相談してたんです」
「ジョウくんはどこかクラブへ入る?」
「俺は魔導研究会へ見学に行くところなんだ。来る?」
「うーん。わたちはやめとくよ。チーちゃんは?」
「ごめんなさい。ボクも遠慮するね」
二人はもう少しここで相談すると言うので、俺は二人と別れて研究棟へ向かった。
少し後、俺は二人と同じくベンチで黄昏れることになった。
「分析と加工のスキルだろ。ダメダメ。うちは真面目に魔導を研究しているんだよ。本気で魔道具作ってるんだ。部費として二〇万ギル持って来たら考えても良いけど」
デジャヴュというやつ、じゃないな。
「分析も加工も役に立つスキルなんです」
「そんな外れスキル二つが役に立つわけないだろ。うちはブレイズ学園設立から存在するんだ。優秀な人材がここに所属し、王立魔術師協会にも多数の先輩方がいる由緒正しき名門クラブなんだよ」
クラブの紹介文を書いたのコイツだな!
「雑用からでも。お願いします」
「うちは魔導大会や魔道具製作コンテストにも参加しているんだ。本気でやってるクラブなので。マネージャーもいて間に合ってるよ」
雑用でも素材手配とか勉強になるだろうし、とにかく入部して実力をつけてと思ったけれど、マネージャーまでいるのか。
コイツも果てしなく禿げちまえと思いながら、俺はとぼとぼと歩き。ぼんやりしていたので中庭を通ってしまって、チルノ君とミーミシアさんに合流してしまった。
二人はどのクラブにしようか悩んでいるが、俺は魔導研究会がダメなら、無理にクラブ活動をする必要は無いかな。
「わたち、チーちゃんと一緒にクラブしたいな」
「でも、それだとミーシャが」
どうやら文化部だと会計スキルのチルノ君はいいけれど、ミーミシアさんがすることがなくなってしまう。
武術系以外の運動部か。俺も一緒に課外活動の資料を見てみる。
この世界はスキルがあるから単純な競技は盛んではない。例えば陸上競技。もちろん技術は必要だけど、足の速いスキル順に勝負が決まってしまう。それでは詰まらないので、スキルだけではない複合要素を持った競技になるが、武道は結局対戦試合だからなあ。
「わたち、芸術にも挑戦ちてみようかな」
言いながらも表情からしてあまり乗り気ではないようだ。
それにだ。大武道大会に優勝して帰国後には騎士団へ入団を目指している留学生が、芸術部でいいのだろうか。水球の要素も取り入れた陣地取り競技をする水着姿のミーミシアさんは、ぜひ見てみたいがっ。
「なあに? ジョウくん」
そんな不埒なことを考えていた俺を、ミーミシアさんが曇りなき純粋な眼でこちらを見ている。
すいません! そんな雑念持って。お詫びに、何かいいアドバイスをしなければ!
かといって俺に出来ることと言えば、分析と加工でどうにかできるのか?
「はーあ。わたち、クラブなんてやめとこっかなあ」
伸びをするミーミシアさん。
胸を張っているようなもんだから。こう、強調された部分が、すごい。
「なあに? ジョウくん」
ミーミシアさんが再び曇りなき純粋な眼でこちらを見ている。
すいません! そんな雑念持って。お詫びに、何かいいアドバイスをしなければ!
「ミーミシアさん。少しでいいので、槍の演武見せてもらってもいいかな」
俺に出来ることと言えば分析と加工しかない。
ふと思いついたのだが、運動を分析ってできないだろうか。
「ミーシャ。ジョウ君ならきっと、何かいいアドバイスくれるよ!」
チルノ君。そう期待されるとこまるんだけど。
「わかった! わたちの天槍、見せてあげるね!」
それから見せて貰ったミーミシアさんの槍捌きは見事だった。邪な目でみることなど忘れるほど。風を斬る音が違う。感動するくらいの動きだった。
けれど、俺は分析スキルで動きを追う。
人間の動きは関節と筋肉で行う体重移動。ある程度までは数学的なデータに置き換えて、捉えられる筈だ。モーションキャプチャーのように、体の各部の立体的な動きをトレースするよう意識する。
するとミーミシアさんの動きは見事だけど、気がついたことがある。
「ミーミシアさん。スキルを使わずに槍を使ってみてくれないかな?」
「はえ? スキル無しで?」
ちょび髭の授業で思ったことがある。黒板に書き間違えたが、その時は魔導演算スキルはどうしていたのか。魔導演算スキルを使っていれば、計算間違いなどすぐわかっただろう。
スキルには常時発動型や意識して使う時に有効にしたり、あるいはオフにできる事に気がついた。たぶんスキルが一般的なこの世界では当たり前のことなんだろうけど。
ミーミシアさんのように武術をする人は、常時スキルを発動させているようだ。では、意図的にスキルを使わずに動いたらどうなるか。
「え、あれ~。そっか、こんなだったっけ?! え~」
充分すごいけど、さっきよりは動きが鈍い。
「ミーミシアさん。そのまま、天槍スキルを使ってた時の感覚を思い出して動いてみて」
「んん? やってみるね」
おお。動きが変わった。さっきより良くなった。
「もう一度、今度は天槍スキルを使って」
「わかった! ん! これ面白い!」
うんうん。いいぞ。
スキルなしで動くことで無駄な動きを認識する。そしてスキルを使って高度な運体を再現する。再びスキルを使う。そうするとスキル無しで高度な動作をした上に、スキルでさらに動きを極めていく。
そうなると天槍スキルも修練が進むから、それを基にまたズレを修正して……とループする。
「す、すごいよミーシャ!」
「あははっ。これ楽しい! ジョウくん! ありがと!」
ミーミシアさんの動きがさらに良くなっていく。
はしゃぐ二人だが、俺は思っていた。天の付くスキルはやはり別格だと。
この方法だと、一人でどんどん強くなれる。天槍スキルの修練が進めば、動作をさらに極めていける。不足するのは体力や戦闘経験だけ。鍛錬を積めば積むほど強く、まさしく天に至るスキルだ。
「あははっ」
笑ながら槍を振るうミーミシアさん。
それを嬉しそうに見守るチルノ君。
楽しそうな二人を見ているうちに、俺も元気が出て来た。
そうだ。
魔導研究会に入れなくてどうだというんだ。
面接の時に研究補助費は約束して貰ったし、どこか研究場所を借りて一人で魔道具の研究をしてみるのはどうだろうか。
うん。課外活動は自分で研究会を作ろればいい!
さっそく学務課に聞きに行こうと決めた俺だった。