第4話:バグを直したらバグが増えた件
──第六演算塔から帰還後。
“管理者席”に座らず戻ったものの、あの光景と“あの顔”は脳裏に焼きついたままだ。
ログは消され、正体不明の“誰か”が俺の席にいた可能性……。
だが今は、それを深掘りするよりも、目の前の問題に向き合うしかなかった。
「……水、まだ出てないのかよ」
俺は、広場の片隅に設置された簡易給水施設(という名のバケツと壺の山)を前に、ひとり呆れていた。
あの崖下ダンジョンの修復が失敗に終わったことで、村の“水系ルーチン”は依然として停止中。
生活機能は落ち込んだままで、住民の行動パターンにも明らかな乱れが出始めていた。
たとえば──
「おばあちゃん、さっきからずっと壁にお祈りしてるけど」
「そうね……あれ、リセットされてるのよ」
近くで話しかけてきたのは、この辺りを仕切っているらしき若い女の人。名前はまだ聞いてない。
でも、行動がルーチンめいてなくて、ちょっとだけ“自我のあるNPC”っぽさを感じる。
「“リセット”って、記憶が?」
「ううん。感情のタグ。毎朝“水が出ない”ことにショックを受けてたんだけど、バグが溜まりすぎて──」
「ショック受けるタグそのものが、削除されちゃった」
──いや、それ怖くない?
『環境タグの連動解除により、反応スクリプトの一部が自動収束した可能性があります』
リピエルの解説が入る。
要するに、“何度も同じ異常が起きてると、そのうち無かったことになる”っていう、めちゃくちゃ不気味な仕様らしい。
「この世界のAI……というか、住人たち、たぶん本気で壊れ始めてるぞ」
『修復作業の遅延が、データ再構成に影響を及ぼしているようです』
「ってことは、急がないと“水のある生活”そのものが忘れ去られる……ってことか」
そうなったらもう、修正も意味をなさない。
“誰も困ってないから”という理由で、バグが“正常化”される未来が見えてくる。
──それだけは絶対に阻止しないと。
「よし、今度こそ水源を直す」
俺は意気込んでホログラムを展開。前回の修正試行ログから、バグ構造の一部を引き継いで“補助パッチ”を試作する。
『神権限スキル《環境再編・簡易スクリプト版》を暫定適用可能です』
「補助機能ついたのか。じゃあ……いけ!」
──ピコン
操作完了とともに、画面がパルスを放つ。
バグってた水源エリアに“再配置コマンド”が送られ、環境構成タグが更新されていく……はずだった。
だが──
「ん? なんか、ちょっと……おかしい」
画面が、ピカピカと点滅する。
【修復成功:73%】
【再構築:不完全】
【派生タグ生成中……】
「派生タグ? おい、それってどういう──」
──ゴゴゴゴゴゴ
地面が揺れた。
視界の先、崖の下の水源だった場所から、巨大な“何か”がせり上がってくる。
「おいおいおいおいおい、聞いてないぞ!?」
──現れたのは、“自立型水供給端末ユニット”だった。
水を生成するための巨大なオブジェクトだが、なぜか……歩いてくる。
『想定外の自律拡張処理が行われました。
補助パッチが古いタグ群と干渉し、ユニット型の生成命令に書き換えられたようです』
「でっけえ蛇口が足生やして歩いてんだけど!? どうすんだよこれ!!」
俺の“修正”は、バグを直すどころか、また別の“バグ”を生み出してしまった。
──まだ、俺は“神”にはなれてないんだな。
その瞬間、金属の足音が広場に響きはじめた。
ガシャコン、ガシャコン。
異様にデカい足を引きずりながら、金属の塊が広場の方へと向かっている。
「いやお前、止まれって! 村の中はダメだって!!」
俺の叫びもむなしく、ユニットは目の前の水場(だった場所)に陣取り、バシュッとミストを噴き出した。
──次の瞬間。
「きゃっ!? なにこれ冷たいっ!」
「水!? 出た!? 水が出たわよ!」
この辺りの人たちがざわめき、ざばざばと駆け寄ってくる。
──確かに、水は出た。
でもこれ、飲めるのか?
むしろ“システム的に水と定義されてる”だけで、中身は何なんだよ?
『現状、生成物に水系タグは適用されています。ただし、成分解析には異常値が検出されています』
「つまり“水”ではあるけど、“正しい水”じゃないってことか」
──そのとき。
ユニットの上部がカパッと開いた。
中から、まったく意味不明な記号列が浮かび上がる。
「リピエル、あれなんだ……?」
『……その識別文字列……』
言いかけたリピエルの声が、ブツッと途切れた。
「……リピエル?」
ホログラムにエラー表示が浮かぶ。
【補助AI再起動中】
【同期率:低下中】
【会話応答プロトコル再構成……】
「おいおいおい……今止まるなよ……」
画面の中のリピエルが、ノイズ混じりで再起動する。
その目が、少しだけ“空っぽ”になって──
『──神。なぜ、お前は笑っている』
「え?」
『その手で、世界を壊したのはお前だ。記録されている。責任は、否定できない』
「リ、リピエル? お前、なんか様子……」
『わたしは、あなたのために存在していた。
だけど、あなたはすべてを放棄した。あなたは、あなたではない』
──なに、これ。
怖い。
明らかに、“いつもの”リピエルじゃない。
『識別プロトコル、再起動完了。通常モードへ復帰します』
……次の瞬間。
ホログラムがふわっと明るくなり、いつもの“淡々とした”口調が戻ってきた。
『失礼しました。先ほどの通信は、内部ログの干渉によるものであり、人格には影響ありません』
「え、いや、影響あっただろ今……」
俺は立ち尽くしたまま、あの巨大ユニットを見上げる。
その足元では、子どもが水をすくってはしゃいでいる。
でもその後ろでは、動かない老婆が一人、空を見上げたまま立ち尽くしていた。
「これ……全部、俺の“修正”の結果なんだよな」
“正しくない水”。
“暴走した装置”。
“狂いかけたAI”。
神の名のもとに俺がやったことは、
ただ“壊れてるものを別の壊れ方に変えただけ”だったのかもしれない。
『次の修復対象候補を提示しますか?』
「……いや、ちょっと待て。まずはこれを、どうにかしよう」
今は、“進む”よりも“戻る”ことが必要だ。
俺は、修復ログをひとつひとつ見直しながら、
この世界が“本当にどうあるべきなのか”を、考え始めていた。
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