第3話:管理空間、バグまみれ。なのに次の依頼が届いた件
「……いやもう、意味わかんない」
戻ってきた村の広場──正確には“あの崖下のダンジョン”から、ホログラム転送で帰還してすぐ。
俺はしばらく地べたに座り込んで、ため息をつき続けていた。
体力が減るような戦闘はなかった。
けれど、精神的ダメージはデカい。
バグまみれの空間。識別不能の獣型存在。
システムごと拒否される“神権限”。
……マジで、バグ修正どころの騒ぎじゃなかった。
「リピエル、あれ……マジで“自然発生”のバグじゃないよな」
『因果タグの検出が不可能である以上、発生源の特定は困難です』
『ただし構成上、通常のエラーでは発生しえないコード密度と暗号化構造が観測されました』
要するに、“誰か”が仕込んだ何かってことか。
……いや、また言いかけたけど、やめとけ俺。
“黒幕”とか、“裏に誰かいる”とか、そういうのに逃げるのはまだ早い。
確かにおかしい。でも今は、それより先にやるべきことがある。
「水源が壊れてるままだと、村の生活ルーチンが全部止まるんだったよな?」
『はい。既に一部住民の行動スクリプトにデグレードが発生しています。
本来は3日に1回の食料取得が、4日に1回に低下するなどのズレが確認されています』
「ゲーム的なサボり方するなNPC……」
でも、放置してると崩壊が進むのは確かだ。
何より、“彼ら”は俺のことを“神様”って信じちゃってる。
──その信仰、維持するなら、やれることはやるしかない。
「じゃあ、次の手段は──」
そのときだった。
──ピコン。
視界にホログラム通知が出現する。
【新規依頼:観測区#04-B「ラズ連絡網」より緊急通知】
【受信者:管理者/仮設拠点:アヴァロン旧領・村エリア01】
「……は?」
リピエルが、すかさず補足する。
『観測区04-Bは、現在ほぼ全域が封鎖中のバックアップ制御区画です』
『一般プレイヤーや運営AIのアクセスは不可能な状態です。……本来は』
「“本来は”って、つまり」
『何者かが、外部からの通信チャネルを開きました』
『この村の“観測者”から、あなたへ直接の呼びかけです』
──観測者。
プレイヤーでも、住人でも、AIでもない。
その存在を、俺はこの世界でまだ──一度も“意識”したことがなかった。
「ちょっと待て。観測者って、ログインユーザーとかじゃなくて?」
『いえ、“ログイン”という表現では説明が不正確です』
『この世界に対し、“上層からアクセス権限を持つ存在”の通称です』
「上層……?」
『通常の操作階層では到達不能な、メタレベルの監視階層。
管理者であるあなたでさえ、通信を受けるのみでアクセスは不可能です』
「それって……」
──もしかして、俺をこの世界に巻き込んだ“何か”と同じ階層の存在?
……いや、だから! そうやって何でもすぐに深読みするのやめろ俺!!
「で、その観測者から……“緊急依頼”?」
リピエルが静かにうなずくような動作をし、通知ウィンドウを展開する。
──【緊急レポート:構造損傷ログ】──
■発信元:観測者番号不明
■ログ内容(抜粋)
『管理空間より:第六演算塔の“管理者席”にて無人異常が発生中。
推定侵入経路は、神域コードバイパス。再現不可。
該当領域への接続を急ぐこと。早期対応推奨』
「……え、なにこれ」
まるで、俺が“座ってるべき席”が空いてるから戻れって言われてるみたいだ。
でも俺、そんなとこに座った覚えはないんだけど?
リピエルが補足する。
『第六演算塔は、この世界の運用基盤の一部。管理者の操作履歴が記録される制御階です』
『あなたがかつてログイン中にアクセスした形跡は、存在しません』
「なのに、“俺の席”が存在してるのか?」
『そうです。これは、神権限登録時に自動生成されたものと推測されます』
……待て。
それってつまり──
俺がこの世界に入った“最初から”、そうなるように設計されてたってことじゃ……?
視界の端に、一瞬だけチラッと──誰かの顔がよぎる。
けど、そこには何もいなかった。
俺は、無意識に口を引き結び、ホログラムに手を伸ばした。
「分かった。依頼、受ける」
通知が、静かに光を放って消えていく。
──神の修復任務は、まだ始まったばかりだった。
そのとき、視界に走る光──転送通知が現れる。
「って、またかよ! 待て! 準備──」
言い終わる前に、視界が白く弾けた。
もはやおなじみとなりつつある“神域エフェクト”で俺の体は瞬間転送され、次に意識を取り戻した時には──
「……ここは、塔?」
目の前には、無機質なスパイラル構造の階層空間が広がっていた。
吹き抜けのドーム状ホール。その中心には、浮遊型の操作端末がくるくると回転している。
壁一面には不規則に並ぶ記録パネルと、数百を超えるノード接続のライン。
まるで、サーバールームを“神殿”風に描いたような光景だった。
『こちらが、第六演算塔の最下層──“管理者席”エリアです』
俺の隣にホログラム状態で現れたリピエルが、いつもよりほんの少しだけ、慎重な声を出している気がした。
「で、“無人異常”ってのは、どこで起きてるんだ?」
『そちらを……ご覧ください』
リピエルが示した先。
そこにあったのは──椅子だった。
たったひとつだけ、空中に浮かぶ“空席”。
何の変哲もない、シンプルなデザインの金属製チェア。
でもそこには、見えない圧のようなものが漂っていた。
「うわ、なんか……やばい」
俺の脳内に、“座るな”という本能的な拒否感が走る。
『本来ここには、あなたのIDが座標登録されるはずでした』
『ですが現在、“別の何か”が一時的に座標を上書きしていた形跡があります』
「は? 誰か、勝手に俺の席に座ってたってこと?」
『はい。ただしそのログは消去済み。ログイン履歴も上書きされており、追跡は不可能です』
──おいおい、怖すぎだろ。
しかも、俺の“神権限”と同等レベルでアクセスできる存在が、勝手にここを使ってたって……
「ねぇ、それ、俺の代わりに“神”やってたって可能性ある?」
『現状では断定不能ですが、神権限での操作ログが“欠落している”こと自体が極めて異常です』
うわああああ。なんだよもう。
世界設定ぶっ壊れてんのに、神席まで“なりすまし”とかあるのかよ……
「リピエル、セキュリティどうなってんだセキュリティ」
『それを構築すべき存在が、あなたなのです』
「うわああ、責任押し付けられたぁああ!!」
そのときだった。
──カッ
目の前の操作端末が、一瞬だけ激しくノイズを走らせた。
次の瞬間、端末のスクリーンが“別の顔”を映し出した──
「……は?」
スクリーンの中央。
そこには、笑っている“俺の顔”があった。
いや──“俺にそっくりな誰か”が、画面の向こう側でこっちを見て、ニヤッと口角を吊り上げたのだ。
『映像データ:存在しません』
『対象:ログ未登録/構造:存在不定』
『表示:認識タグ非対応』
画面が一気にブラックアウトする。
「い、今の……俺じゃないよな? なあリピエル!?」
『……確認不能です。映像データは、再生終了と同時に強制削除されました』
いや、でも確かに見た。
あの顔──俺に似てた。でも、明らかに“俺じゃない”。
俺を見て、“見下すように笑った”それは──
「なあ、リピエル。もしかして俺って──」
『──カットします』
突然、リピエルが割り込むように言った。
『今の発言は、未定義カテゴリへ接触するリスクを含みます。
これ以上の思考接続は、管理者脳領域に過負荷を与える可能性があります』
「……マジで、そういう制限あるんだ」
思わず笑った。
でも、その笑いはどこか、ひどく空っぽで。
(“俺に似た何か”が、先回りしてこの世界にいた──?)
この世界、マジでどうなってんだよ……。
俺は、まだ神を名乗るには程遠い。
でも、きっとそれでも──
「修正は、俺の仕事だ。……やれるとこまで、やるさ」
操作端末の前に立ち、修復スキルを展開する。
第六演算塔の“席”には、まだ誰も──本物の“俺”さえ──座っていない。
この世界を“直す神”としての、最初のログが、いま刻まれようとしていた。
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