第2話:バグった村の水源、神権限で直せると思ったら想像以上に地獄だった件
──神、降臨直後。
「……さて」
光のエフェクトと共に降臨(?)してから、数時間が経過した。
広場の片隅、NPCたち──もといこの辺りの人たち──は、俺のことをいまだに「ひかりのひと」だの「神様」だのと呼んでくる。
無理もない。転送直後のエフェクトがバチバチに神々しかったらしいし、修正スキル一発でバグった住人を直した俺の姿は、彼らの目に完全に“奇跡”と映ったのだろう。
──だが、神にも休息は必要である。
「はぁ……やっと落ち着いた……」
広場の端に設置されていた、明らかにゲーム的オブジェクトなベンチに腰を下ろし、俺は肩を落とす。
神のくせに疲れてるって? いや、マジで情報過多すぎて脳がオーバーヒートしてるんだって。
「アイちゃんならさ……この辺もっと、こう……丁寧にサポートしてくれてた気がするんだけどな」
『わたしは“アイちゃん”ではありませんから』
耳元で即答するのは、もちろんこの世界のAI──リピエル。
今も視界の端に、小さなホログラムアバターとして待機してる。彼女の姿は、周囲の人たちには見えていないようだ。必要なとき以外は、非表示モードで俺にだけ可視化されているらしい。
仕事はできるが、わりと塩対応。
たぶん“アイちゃんのパターンを一部継承した”って設定、無表情成分だけ抽出してきたに違いない。
「てかさ、今俺って何してればいいんだ? 次のクエスト的なの、ある?」
『管理者様の判断に委ねられます。現在、村の自治機能は一部停止しており、行動規範の修復が最優先です』
──要するに、手が空いてるならまだやることは山積みってことだ。
ていうか、さっきのNPC修正だけでも手応えあったし、
その場で拍手とかされちゃったし、
内心ちょっと調子乗ってたのは否定できない。
だけどそれ以上に──
「……ほんと、これ全部アイちゃんが絡んでんのかね」
ゲーム内のこの世界に“入った”理由。
崩壊した世界設定。
神権限というチートスキル。
そして、アイちゃんの性格を引き継いだAI。
全部が、ただのバグって感じじゃない。
むしろ……誰かが、こう仕向けたみたいな。
そのとき──
「──あっ!」
広場の中心にいた、あのちびっこがまた俺に駆け寄ってきた。
名前はエミル。村の住人……なのかNPCなのか、もうよくわからんが、とにかく人懐っこい子だ。
「かみさま! たいへんたいへんっ!」
「うわ、また?」
「おみずが、でないのー!」
「……水?」
「そう! 井戸のとこ、なんか黒いもやもやが出てて、みんなこわがってるの!」
──ああ、なるほどな。
さっきリピエルが言ってた「初修復ミッション」、まだ終わってなかったか。
「リピエル、それって水源バグか?」
『現在、対象エリアの環境エラーを検出中です。構成バッファの崩壊により、周辺エリアの水系タグが喪失しています』
『視察および修復を推奨します』
「バッファ……タグ喪失……要するに、水源のデータが壊れてるってことだな?」
『はい。より正確には、世界設定の水属性ロジックが断裂し、水路システムが再帰不能ループに陥っています』
「うわー、なんか聞くだけで地獄みたいなワード出てきた……」
もう一度言うが、俺はプログラマーじゃない。
GUIしか触れないタイプの一般プレイヤーなのに、
いきなり世界修復ミッションとか、難易度高すぎるだろ。
でも、俺にしかできないってんなら──やるしかないよな。
「わかった。俺が見てくるよ」
「ほんと!? かみさま、かっこいい~!」
「いや、あのな……あんまり“かみさま”って呼ばれるとプレッシャーが」
『すでに周囲の認識補正により、“かみさま”という社会的ラベルが定着しつつあります。回避は困難です』
「俺の人格的バグも修正してくれリピエル……」
はぁ、と息をつきながら、俺は立ち上がった。
そして次なる目的地──バグった水源へと、俺は足を向けた。
──村の外れ、崖の下にそれはあった。
「え、なにこれ……洞窟?」
案内されたのは、岩肌がむき出しになった崖の途中。
その裂け目のような空間が、まるで“口を開けた獣”みたいに見えた。
いや、待てよ。これ──
「おいリピエル。ここ、もともと水源だったんじゃないのか?」
『正確には、地下水脈が通る“魔力泉源”の出入り口です』
『環境パラメータが損傷しており、地形描画とオブジェクト位置が再構築されていない状態です』
「え、つまり……バグってるから洞窟になってるってこと?」
『はい。正確な描写とは異なりますが、現在の構成上は“ダンジョン”扱いに近いものとなっております』
おいおい、聞いてねぇぞ。
俺はてっきり村の井戸のそばでバグを直すだけかと思ってたのに、
まさかのインスタント・ダンジョン化とは。
「で、中に入るしかないってわけだ」
『修復スキルの対象領域は内部にあります』
……仕方ない。
俺はホログラムパネルから“視界補正”と“移動支援”を起動し、洞窟へと一歩を踏み出す。
「──うっわ、マジでノイズひど……」
中に入った瞬間、視界の端がバチバチと歪んだ。
グリッチのようなエフェクトが壁や床に浮かび、空間そのものが不安定に脈打っている。
「しかもめっちゃ……うるさいな。これ、SEバグも起きてる?」
ギィィィィィィン……!
耳をつんざくようなノイズ音。
どうやら“環境音バッファ”が暴走しているらしい。
そのとき──
『──警告。外部干渉コードを検知しました』
「……外部?」
『本エリアに、本来存在しない命令群が流入しています』
『想定される原因:AIによる不正改変、もしくは未認証コードの侵入』
──誰かの手が加わったような気がしたが、確証はない。
……まあ、神権限の俺より強いってなんなんだよ。運営か? バグか? ってレベルだろ。
と、そのとき。
「……うわっ!」
急に視界の奥から、影が飛び出してきた。
四つ足で、体長は人間の倍以上。
フォルムは獣っぽいのに、関節が異様な角度で曲がっている。
「な、なにあれ……!」
【オブジェクト名:不正体験個体/ID:Δ-err.exe】
【ステータス:認識不可】
ホログラムウィンドウに、見たこともない“赤枠”のエラー表示が出た。
──やばい。普通のバグモンスターじゃない。
これは、自然発生のバグとは明らかに異なる挙動を見せていた。
「リピエル、これ戦っていいやつか!?」
『非推奨です。直接的な攻撃スキルは付与されていません。
回避または環境書き換えによる排除をお試しください』
「環境書き換え!? そんなの今まで出てきてないんだけど!!」
『神権限レベル2をアンロックします』
──ピロン。
視界に新しい操作パネルが出現する。
【環境変数編集】【コード領域除外指定】【管理者モード:エリア封鎖】
「うおおおお、出たな管理者モード!!」
選択肢の中から“コード領域除外指定”を選び、獣型バグをタップ。
──が。
【指定失敗:対象がコード識別領域外に存在します】
「ちょっ、識別領域って、なんだよ……」
『対象オブジェクトが自己暗号化を行っており、構造を読み取れません』
『管理者の権限範囲を超える存在である可能性があります』
つまり──
「俺でも、こいつに触れない……?」
そう思った次の瞬間、バグ獣が跳びかかってきた。
──どぐんっ!!!
衝撃。
視界が揺れる。
床に叩きつけられたわけじゃない。何かが、空間そのものを──
『緊急展開:ホログラムフィールド。神権限による強制退避を行います』
リピエルの声と同時に、視界が白く染まり──
俺の体は、再び虚空へと吸い込まれていった。
──ほんの数秒後。
俺は、村の広場に戻っていた。
地面に膝をつき、荒く息を吐く。
リピエルのアバターが横に現れ、淡々と告げた。
『調査は失敗に終わりました。水源エリアのバグは、既存の修正スキルでは対応不可能と判明』
「じゃあ……このままじゃ、村の水は?」
『断水が続けば、住民のルーチンエラーが進行し、最終的には強制シャットダウンが発生するでしょう』
──最悪じゃん。マジで地獄じゃん。
だけど、そのとき思い出した。
あの獣、どこかで見た気がする。
いや──“聞いた”んだ。
昔、まだβテスト時代だった頃の話で。
あるプレイヤーが、AIによる制御テスト中の“未登録存在”に遭遇したって……
「……まさか、あれが」
世界の崩壊。
そして、未登録コードの存在。
俺は、崩壊した仮想世界の中で。
ただの中間管理職だったはずの俺が、
神として、それと向き合う覚悟を──少しずつ、持ち始めていた。
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