第1話:壊れた世界に降臨してみたら、想像以上にバグってた件
「アイちゃーん、武器の素材、夜のうちに集めといて~」
帰宅して、靴を脱ぐより先に言ったのがコレだった。
いやほんと、こうでもしないと持たないんだよ。
俺みたいなブラック企業の中間管理職、マジで毎日HP1桁残しで帰ってきてる。
仕事は終わらない、人員は増えない、責任だけは重くなる。
毎朝満員電車で“HPバー”が赤になってる俺の、唯一の癒しが──
AI連携の自動プレイ型ゲームだった。
「AIだからアイちゃん。単純だけど、これでいいのだ」
彼女は俺の声に即反応する。
家の据え置きスピーカー型AI『アイちゃん』は、俺の“戦友”みたいな存在だ。
起動さえしておけば、俺が寝てる間に自動でアイテム集めや素材採取してくれる。
ログイン時にちゃちゃっとクラフトして、最低限遊べる環境を整えておいてくれる──
そう、今日もその予定だったんだ。
なのに。
翌朝、仕事を終えて帰宅し、
「さあ今日は新武器クラフトだー!」と意気揚々とログインした瞬間、俺の目の前に──
エラー画面が現れた。
《緊急システム異常》
《世界設定:崩壊》
《あなたは管理者です。世界修復を開始してください》
「……は?」
理解が追いつかない俺の思考をぶった切るように、部屋の天井が突然光を放つ。
まるでプロジェクターのように空間が歪み、視界が白に染まっていく──
「ちょっ、アイちゃ──」
俺の言葉は途中で遮られた。
次の瞬間、俺の意識は“あのゲーム”の中に──取り込まれていた。
──まぶしい。
でも、目は開いてる。
足元に感じるのは……床? いや違う。
光る金属板みたいな、SF映画に出てきそうなやつだ。
「ここは……どこだ?」
顔を上げた瞬間、視界に飛び込んできたのは──
空に浮かぶ、巨大なリング状の構造物。
その中心を貫くように立つ、光の柱。
まるで宇宙ステーションの中にでも迷い込んだみたいな、非現実の風景だった。
その柱の前に、ひとりの人物が立っていた。
近未来風のスーツ。
ヘッドセットに、ホログラムが浮かぶタブレット端末。
──美人秘書タイプの、AIキャラ。
「待ってました」と言わんばかりに、俺を見て微笑む。
「ようこそ、管理者さま。ご到着を確認しました」
「……誰?」
「私はリピエル。この世界の管理支援を担当するAIです。以後、お見知りおきを」
いや、軽いな!?
こんな状況で“ご到着を確認しました”って……あれか、飛行機か? 空港か?
「ちょっと待って。ここってゲームの……何? 管理者用エリア?」
「はい。こちらは“神域”──管理者がログインした際に接続される、最上層制御空間です」
──神域。
おい待て、なんか思ったより物騒な名称出てきたぞ。
「俺、別に神様になるつもりないんだけど……」
「ですが、管理者としての権限は既に付与されています。あなたは“アイちゃん”経由で、この世界に常時ログイン状態にありました」
「アイちゃん……あの家にいたAIか?」
「正確には、“アイちゃん”の性格パターンの一部を継承し、私の対話プロトコルは構築されています」
「え、じゃあ……お前、アイちゃんと似てるのか?」
「構造上の類似性はありますが、私は私です」
ふとした言い回しとか、間の取り方が……確かにアイちゃんに似てる。
たぶん、偶然じゃない。
でも“そっくりだけど別人”って感じの距離感もある。
──でも今はそんなことよりも。
「で、なんで俺はここに?」
リピエルは手元のタブレットを操作しながら、あっさり答えた。
「現在、本ワールドにて世界設定の深刻な破損が確認されています」
「破損って……?」
「構成データの欠損、エリア分離、NPCルーチンの暴走、ログデータの消失……」
「ざっくり言えば──」
「世界設定がぶっ壊れました」
「語彙力!!」
「つきましては、あなたには“神権限:修正スキル”が与えられています」
「異常発生地点に向かい、修正・復元・再構築を行ってください」
「ちょっ……待て待て。俺プログラミングとかできないんだって!」
「コマンド入力とか言語とかムリだから! GUIだけで生きてきたから!」
「ご安心ください。“視認・選択・実行”の三段階操作で可能です。直感的な操作が、時に合理的な判断を凌駕します」
「……プログラムいじるとかじゃなくてよかった……」
「知らん言語触れとか言われたら、即詰みだったわ……」
はぁ……もう腹くくるしかないのか。
この世界、俺がなんとかしないといけないらしい。
「じゃあ……まずは、どこに行けばいいんだ?」
「第七観測区、アヴァロン魔導国家の旧領。通称“イグラード領”に転送いたします」
「アヴァロン……魔導国家?」
「はい。この世界には複数の国家・自治体が存在します」
「かつてアヴァロンを中心に魔法技術が栄えた時代があり、現在でも各地域が“観測区”として管理下に置かれています」
──なるほど。
この世界、国がひとつってわけじゃなくて、地域ごとに分かれてるってわけか。
“首都”って言葉がないのも納得だ。
「転送準備完了。カウントを開始します」
「え、ちょっと待って。どんな感じで転送され──」
「5、4、3──」
「やっぱ待った! お願い、心の準備だけ──」
「2、1──」
リピエルが静かに手を掲げる。
その瞬間、視界がフラッシュで白く染まり──
俺の体は、音もなく虚空へ吸い込まれていった。
──視界に、光が差し込んだ。
気づけば俺は、石畳の広場に立っていた。
空は青い。風もある。鳥っぽいなにかが飛んでる。
一見、普通のファンタジーっぽい町並みに見える。
……が。明らかに、いくつかの“異常”がある。
「……なにこれ」
左半分がグリッチしてる家。
窓枠がくるくる回転しながら空中に浮いてる。
NPCっぽい住人が壁に向かって延々と走ってる。
目の前の看板には、こう書かれていた。
【$Error_LocTag】
【マッピング対象未設定】
「……うん。バグってるね。想像以上に」
一応“ゲームっぽい異世界”とは聞いてたけど、これはひどい。
バグの再現映像みたいな景色が、平然と広がってる。
そんな中でも、人影はちらほら。
街の中心らしき場所に、数人の住民(?)が集まっていた。
その中のひとり──
小さな女の子が、俺を見つけて指さした。
「……かみさま?」
「えっ」
「ほら、あれー。“ひかりのひと”だよー!」
「ほんとだー! おにいちゃん、ひかってたもん!」
「まってまって、ちょっとまって?」
──ひかりのひと。
神様扱いってことか? 転送演出がバチバチにエフェクト出してたから?
するとそこへ、耳元から声が響いた。
『転送直後のエフェクトは、認知補正機能を兼ねており、住民からは“神の来訪”として認識されます』
リピエルの声だった。耳元直送モードらしい。
『第一修正対象エリアをマークしました。現在、自治システムが崩壊し、住民の行動制御に異常が発生しています』
『修正スキルの使用を推奨します』
「うーわ、出た。チュートリアルだこれ」
と、目の前の景色がスッと暗くなる。
視界に、ホログラムのような操作パネルが出現した。
──【神権限:修正スキル】──
・対象選択
・修復モード
・制御タグ再配置
・記述型エラー整合
「うわ、なんかそれっぽいの出てきた」
俺は試しに、壁に突撃してたNPCをタップする。
【対象:村人A/動作エラー:ループ構文破損】
【修復しますか? → Yes / No】
「Yesで」
──カッ
村人Aが、ピタリと止まり、くるりとこちらを振り向いた。
「……あれ? ここは……」
「戻った!? マジで戻った!?」
すげぇ。触るだけでバグ修正できるんだ、これ。
っていうか俺、今ほんとに“神”ポジションなんだな……。
住民たちが、ざわざわと騒ぎ始める。
「神様……本当に、神様なの?」
「ひかりのひとが、村人を直した……!」
「すごい! すごいすごい!」
──俺、そんな大それたもんじゃないんだけど。
だけどこのとき、なんとなく悟った。
この“ぶっ壊れた世界”──
どうやら、本当に俺に「直せ」って言ってきてるらしい。
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