春眠、夏眠、秋眠
季節は春になった。
暖かい陽気に包まれて、ご主人は楽しそうだ。
でも、わたしは一切外に出られなくなった。
ブーツの季節が終わったのだ。
わたしは陰干しをされて、ブーツ専用の除湿剤を入れられて、その上、型崩れ防止のために新聞紙を縦に丸めて入れられた。
そして、専用クリームで十分油分を補ってもらって艶々の肌になった時、靴箱の棚にしまわれた。
春眠、夏眠、秋眠の時がやって来たのだ。
冬が来るまでわたしの出番はない。
ただひたすら眠って、靴箱の中で冬が来るのを待つしかないのだ。
でも、眠ることはできなかった。
「行かないで」とも言えずジェンと別れたあと、わたしは涙が止まらなかった。
いや、止められなかった。
専用の除湿剤が吸い取っても吸い取っても効果がないほど泣き続けた。
そのせいで、せっかく塗ってくれた専用クリームがべとべとになってしまった。
それからあとは、靴箱が開いてご主人の手がわたし以外の靴に伸びるのを泣きながら見送り続けた。
パステルカラーのパンプスやお洒落なハイヒール、時には軽やかなスニーカーが春のお供に出かけていった。
汗ばむ陽気になると、色鮮やかなパンプスやお洒落なサンダルが元気よく靴箱から飛び出していった。
そして、少し涼しく感じ始めた頃、シックなパンプスや大人びたハイヒールがしとやかにお供をするようになった。
わたしは自分の出番がないことが辛かったが、それ以上にジェンとの別れが辛くて尾を引いていた。
だから、季節が移ろっても涙が止まることはなかった。
ジェンのことを思うと、次から次へと溢れ出してきた。
泣いても泣いても涙は枯れなかった。
その日も泣いていた。
もう永遠に履いてもらえないのではないかと悲嘆にくれていた。
ところが、突然、靴箱の扉が開いて、ご主人の手が伸びてきた。
どうしたのだろう? と思う間もなく、わたしは掴まれて、靴箱から外に出された。
「あら?」
わたしを見たご主人が信じられないというような表情を浮かべた。
溶けたクリームでベトベトになっているのに目を疑っているようだった。
更に、中に手を入れた時、ご主人の顔は驚きに変わった。
湿気でジメジメしているなんてあり得ないと思っているようだった。
「専用の除湿剤を入れておいたのに……」
ご主人はがっかりしたような顔で除湿剤と新聞紙を取り出したあと、大きなため息をついた。
それでも、放っておかれることはなかった。
クリームと湿気を丁寧に拭きとったあと、陰干しのためだろうか、玄関の日陰になっているところにわたしを置いた。
その時、冷気を感じた。
もうすぐ冬が来る……、
その瞬間、わたしが外に出る季節がやって来たことを知った。
ほっとした。
すると、顎が外れそうなほど口が開いて特大のあくびが出た。
体中の眠気がすべて出て行くようなあくびだった。
覚醒したわたしは空に向かって大きく背伸びをした。
ジェンと別れた心の傷は癒えていなかったが、でも、落ち込んでばかりはいられない。
可能性はゼロではないのだ。
どこかで偶然会うことだってあるだろう。
前向きに考えなくてどうする。
わたしは両頬をパンパンと叩いて体と心に気合を入れた。
ジェンとの再会を信じるのだ!
強く強く自らに言い聞かせた。