彼女の街 ③
10分ほどで目的地に着いた。
閑静な住宅街である。
少し奥まった一角に、順子の家はあった。
翔太が車を止め、どうぞ、と促してくれたので、先に降りる。
家を眺めながら、自分が見ることはないだろうと思われた家に、また、不思議な感覚が襲ってきた。
ここに、順子は住んでいた。
笑い、泣き、怒り・・・。
自分の知らない順子を全部見てきた家だ。
そのうちの、どれくらいの時間を、自分への想いに浸ってくれていたのだろう。
物を作るのが好きだった順子らしく、あちこちに手作りのものを飾っている。
いつも、何かを作っていたい、とうれしそうに話す順子を思い出して、懐かしい気分が湧いてきた。
「どうぞ、入ってください」
玄関の扉を開けると、線香の香りがまだ新しかった。
それは、ここの住人が、つい最近、旅立ったことを物語っている。
翔太に言われるまま、中へ入り、玄関からすぐの和室に入ると、祭壇が組まれている。
女性が一人、いらっしゃいませ、と奥から出てきて、挨拶をした。娘の綾乃だとすぐにわかった。
どこか雰囲気が、順子に似ている。
祭壇には、笑顔の写真が飾られてあった。
順子の笑顔。
相変わらず笑っていたのだな、と懐かしくなる。
あの頃よりも少し老けたようだったが、それでも変わらず笑う順子の写真をじっと見ていた。
「あの、どうぞ、座ってください」
薦められるまま、座布団にすわり、ずっと黙っていたが、ふと思い出して、雅史はやっと口を開いた。
「あの・・・お参りさせてもらっていいですか」
「はい、是非。母も喜びます」
手を合わせ、顔を上げたとき、目に飛び込んできた、二つの白い小さな入れ物。
このうちの1つを、俺に持って帰ってくれということなのだな、と雅史は思った。
まだ、腹が決まったわけではないが、来る前よりは持って帰りたいという気持ちが強くなっている。
それは、自分ではよくわからなかったけれど・・・、きっと、順子を愛していたということなのかもしれない。
いや、今も、ずっと、愛しているということなのかもしれない。