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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

下駄箱

作者: 壱原 一

借りている部屋の玄関に、薄型の下駄箱がある。


壁に浮かせて作り付けられ、外装は白い化粧合板。棚板が奥へやや下がっていて、同じく斜めの棚の背板に、靴底を立て掛けて靴を収める仕組みだ。


下駄箱の底と玄関の床の間には、こぶし大の高さが空いている。床の素材はクッションフロアで、いかにも汚れを目立たせない茶と黒と黄土色のまだら模様で暗い。


このクッションフロアの上へ、赤黒いムカデめいた虫が、下駄箱の下の空間から這い出て来たことがあった。


部屋は中層階なのに、どうやって入ったのか不思議だ。


当のムカデめいた虫を逃がした後、クッションフロアに這いつくばって下駄箱の下を覗き込むと、下駄箱の下の突き当たり、床と壁との直角の繋ぎ目に、隙間が開いていると分かった。


通気のためか、建材の節約か、小指の太さほどの高さの開口が、下駄箱の端から端までぽっかりと開いている。


意識を凝らせば、ほんのり空気の行き来を感じられる気がしてくる。けっこう奥行きのありそうな隙間だった。


そこに何かあるように見える。


白く薄く平らな物。


紙だろうか。


知らぬ内に郵便物やレシートなんかが入り込んでいるのかもしれない。ゆくゆくこの部屋を去ってから、誰か他の人に見付けられたらばつが悪い。まして個人情報が記載されていたらなおさらだ。


手を差し込むには狭すぎるので、ちょうど下駄箱に仕舞っていたマイナスドライバーを持つ。


ドライバーの先を物に当て、クッションフロアに押し付けて、ずるずるずると引き出すと、三つ折りのA4用紙が入る長形3号封筒ほどの長方形の紙が現れた。


土埃に煤けているものの、漂白された白い紙で、一般的なコピー用紙に見える。


上を向いている面は無地で、長辺は山折りの背が見えており、厚みや透け感からするに、数枚かさねて背面へ三つ折りされていると分かった。


裏返すと短辺も同様に折り畳まれていて、つまり四辺が中央を包むように閉じている体裁。


白い長方形の紙の上そんな体裁なものだから、皺ひとつない紙面や端正な折り目も相まって、まるで式辞やらの奉書紙、あるいは祝儀香典の外袋、ないし御札といった辺りの儀礼的な物々しさが連想され、やや鼻白んだ気分になった。


偶然入り込んだとは思えない。意図的に入れられた物だろう。


思い付くのは、貸主なり管理会社なりが賃借の平穏無事を願って御札を…くらいだが、それにしては表に何も書いておらず、下駄箱の下、壁の奥の床へ押し込めるなんて妙だ。


降って湧いた珍奇に引かれ、止せば良いのについ紙を開けて後悔した。


きっちり折り畳まれた数枚の白紙の中に、黄ばんだセロハンテープで留められた、人毛らしき短めの繊維の束が少量おさまっていた。


思い掛けない気色の悪さに勢い顔が歪む。


ひたひたに満ちたどぶへ片足を突っ込んだ心地だ。


捨てるなり、管理会社へ届けるなり、お焚き上げするなりと過ぎったが、既に突っ込んだどぶを掻き回すようで躊躇われ、かと言って元へ戻すのも、どぶへ浸かったままに感じられて得も言われぬ不快だった。


取り敢えずネットの知見を参照すべくスマホを取らんと部屋へ向けて立つ。同時にずるずるずるとクッションフロアを擦る音がする。


端に何かを押し当てられ、ずるずるずると引かれるように、下駄箱の下、壁の奥の隙間へ、正に戻りゆく紙が見えた。


すうすう空気が行き来して、よほど覗き込みかけたが、頑として覗き込まなかった。


万一のぞいてしまったら、今度こそ自らどぶへ両足を突っ込むようなもの。


下駄箱の下から持ち主が、ずるずるずると引き戻す絵面が制しようもなく想像され、その都度あたまで否定しつつ、下駄箱をやたら見ないよう心掛ける生活を続けている。



終.

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