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新婚初夜未遂



 浴室で己を磨きに磨き上げ、ついでに精霊の皆さんをひっぱったりモニュモニュしたり、みょんみょんしたりして緊張を和らげたフラウリーナはレイノルドの待つ寝室に向かった。


「レノ様、お待たせしましたわ! レノ様のために隅々まで磨きあげてきましたの! そしてこの日のために用意してまいりました、花嫁衣装ですわ! とくとご覧あれ!」


 シャラランと、フラウリーナの背後で光の精霊さんが星を撒いている。

 愛の精霊さんがハートを撒き散らすので、フラウリーナは二人を鷲掴みにするとぎゅっと握りしめた。

 フラウリーナの手の中で、二人の精霊さんが「ぱー」「うー」と言いながら大人しく消えていく。


 フラウリーナの言葉通り、フラウリーナは公爵家が全力で仕立てた美しい婚礼着を着ている。

 くびれた腰や、豊かな胸、女性らしい体つきを強調するような体の線に沿ったデザイン。

 生地にはフラウリーナが動くたび、オーロラのように光の粒子が舞い散る錯覚を覚えるような光沢がある。


「レノ様、レノ様! 見ていいんですのよ、あなたの嫁の晴れ姿を! ほら、ほら!」


「……そんな姿で寝るのか、お前は」


「だって今日は記念すべき結婚一日目、新婚初夜ですもの。婚礼儀を着るのが礼儀というものですわ」


 ソファに座ってアロマ煙草の煙を吐いているレイノルドは、眠そうに欠伸をした。

 フラウリーナの婚礼儀については、ちらっと見ただけで特に感想はなかった。


「その姿はまともな結婚相手のために取っておけ。明日にはここを出ていけ、フラウリーナ」


「嫌ですわ! 私はレノ様と結婚をするのです」


「……お前は、俺に好きな相手がいるとは考えないのか?」


「え……あ……」


 光り輝くような輝きに満ちていたフラウリーナの表情が一気に曇る。

 もちろん考えていないなんてことは、あるはずがない。


「お屋敷の惨状と、レノ様の姿を見たら、誰もそばにいないことぐらいは分かりますわよ。で、でも、他に好きな方がいますの……? な、なら、仕方ありませんわね……レノ様が幸せなら、私はそれで」


「急に殊勝になるな。そんな相手はいない。キノコに寄生された男に恋人がいるわけがないだろう」


「レノ様……」


 フラウリーナはうるうるしながら、レイノルドの膝の上によいしょとまたがった。

 それから、ぎゅっと抱きつく。


「では何の問題もありませんわね。娶ってくださいまし」


「切り替えが早いな」


「切り替えの早さには定評がありますわ。レノ様がキノコに寄生されていてよかった。寄生されていても寄生されているっていう意識がありますのね。人体の神秘ですわね」


「あの程度の魔生物いつでも追い払える。そうしなかっただけだ」


「ご無事で何よりでしたわ。レノ様の窮地を察するのも嫁の務め。レノ様、その……少し元気が出たようで、よかったですわ。口数が増えましたもの」


「……残念なことに」


 フラウリーナはレイノルドにピッタリとくっついて、体をすり寄せる。

 あの時の、森の香りがする。それから、フラウリーナの持ち込んできた石鹸の香り。

 フラウリーナと同じ香りだ。


「清潔なお部屋と、栄養と睡眠。それから魔力回復薬があれば、レノ様はもっと元気になりますわね」


「……フラウリーナ。離れろ。お前には恥じらいがないのか?」


「レノ様は、恥じらう女が好きですの?」


「男に慣れていると理解してもいいのか?」


 どこか皮肉げな笑みを浮かべてレイノルドが言う。

 フラウリーナは一瞬悩んだ。はいといいえ、どちらの答えが適切なのだろうと。


(不慣れな女はお嫌いなのかしら……レノ様は大人だもの。色々面倒だと思われるのかもしれないわね……)


 とすると、男慣れしている女を演じるべきだろう。


「わ、私……そ、そうですわ! レノ様一筋の私ではありますけれど、レノ様のために色々と殿方についてお勉強はしましたもの。これでも結構男性たちから人気が」


「お前が弟子入りした師匠たちからか」


「え、ええ、ええ、まぁ、可愛がっていただきましたわ」


「へぇ」


 感心したように、それから小馬鹿にしたようにレイノルドは言った。

 フラウリーナの知るレイノルドとは、これはもちろん七歳の時の記憶だが、優しくて穏やかで、愛想をどこかに落としてきてしまったような無表情ながら、ふとした瞬間に口元に微笑みを浮かべてくれるのが魅力的な、綺麗なお兄さんだった。

 今のレイノルドは、退廃的で不健康で、妖しい魅力に満ちている。


「レノ様、素敵……どちらも好き……!」


 レイノルドの魅力を噛み締めるフラウリーナの体が、一人でにふわりと浮かび上がる。


「ひぁ……っ」


 フワッと浮かんで、ぽすんと落ちた。ベッドの上である。

 婚礼着が花のようにシーツの上に広がっている。何が起こったかわからずに、フラウリーナはぱちぱちと何回かまばたきを繰り返した。


 そのフラウリーナの顔に、影が落ちる。

 レイノルドの伸びた黒髪が、フラウリーナの顔に触れる。

 体の上に覆い被さるレイノルドの体はやつれて細く骨張っている。

 それでも、フラウリーナよりは大きい。元々背が高いのだ。骨格も違う。


「っ、あ……」


「慣れているのなら、遠慮をする必要はない。お前の誘いに乗ってやる」


「……っ」


 フラウリーナはぎゅっと目と閉じた。

 もちろん嬉しい。けれど同じぐらいに緊張する。


 恥ずかしい。少し怖い。だって何せ初めてなのだ。慣れているわけがない。

 フラウリーナは自分の全てをレイノルドに捧げると決めて生きてきたのだから。


「……なんてな。無理はするな、お嬢様。子供はさっさと寝る時間だ」


 体の上の重みが不意になくなったと思い目を開くと、レイノルドはフラウリーナの上から退いて、ベッドの端にごろんと横になった。

 そのまま体を丸めるようにして、動かなくなる。


「レノ様、私……大丈夫です。何をしていただいても、大丈夫なのですよ」


「いいから寝ろ。明日には出ていけ。わかったな」


「いやです」


 フラウリーナはそれ以上何も言わないレイノルドの背中にピッタリとくっついて目を閉じる。

 やっぱり、レイノルド様は優しい人だと思いながら。



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