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はじめての夜



 粥を食べたせいで本当に満腹だったのか、レイノルドはほとんど食べなかった。

 それでも、一口食べては「美味しいな」と感想を述べてくれる。その本質は以前のまま。優しいままなのだとすぐにわかって、フラウリーナは嬉しくなった。


 食事を終えるとレイノルドを新しく用意した夫婦の寝室へと連れていった。


 元々王家の所有する避暑地だった館である。

 王都からは辺境までは遠く、更に辺鄙な場所にあることから長い間使われなかった館を、罪を犯した貴人を流刑にするために使用するようになったのだ。

 

 過去には、浮気をした王妃や暴虐な振る舞いをした王太子などが閉じ込められてきた場所である。

 二階の角部屋は狭かったが、もっと広くていい部屋が沢山ある。


 埃まみれだった調度品も絵画もベッドも、磨けば光る。

 どれもこれもが質のいいものだ。経年劣化は多少あるものの、元々高級な品々は傷みにくい。


 広い部屋の中央、絨毯の上に置かれているのは天蓋付きのベッドである。

 フラウリーナの生まれ育った公爵家にあったものと同じぐらいに、立派なものだった。


「今日からここが夫婦の寝室ですわ、レノ様」


「……別の部屋で寝ろ」


「どうしてですの? 夫婦とは一緒に寝るものです」


「俺はお前を妻にすると言ったつもりはない」


「約束しましたもの」


「口約束だろう」


「約束は約束ですわ。約束を破ると、ギザギザガザミのトゲを千本飲むのです」


「……飲めばいいのだな」


「そんなことをしたら死んでしまうので絶対駄目です!」


 食事の残りは、精霊のみなさんたちが、ぷぎゅぷぎゅ言いながら食べてくれている。

 精霊の皆さんは片付けもしてくれるので、あとはお任せしてフラウリーナはレイノルドを寝室にあるソファに座らせた。


「はい、レノ様。アロマ煙草です。気持ちが落ち着きますわよ。魔力も安定しますし、元気になります」


 ささっと、美しい銀の筒を取り出して、レイノルドの口に突っ込む。


 レイノルドは確かに王城で働いていた時、アロマ煙草を常備していた。

 魔力量が多すぎるレイノルドにとっては必需品だったのだ。

 

 魔力とは不安定なもので、使いすぎれば体調を崩し、定期的に使用せずに溢れさせれば体調を崩す。


 特殊な薬草で作られたアロマの詰まったアロマ煙草は、魔力を安定させてくれるものだった。


「あぁああレノ様、格好いい……! とてもお似合いです、アロマ煙草を吸うレノ様……! 目に焼き付けておかないといけませんわね……!」


「……なぜ、知っている」


「レノ様がアロマ煙草を吸うことを? それはその……遠くから、時々見ておりましたので」


 フラウリーナの語尾がするすると小さくなった。

 羞恥に染まる頬を隠すようにしてくるっとレイノルドに背を向ける。


「私も湯浴みをすませてきますわね! 綺麗に磨き上げてきますので、そ、その、ご安心を……!」


「そのまま別の部屋で寝ろ」


「レノ様、まさか私がまだ若いからと気遣って……? 大丈夫ですわ、私もう十八歳。嫁ぐのに最適な年齢です!」


「そういう意味で言っていない」


 レイノルドは深々と頭を振った。

 フラウリーナは鼻歌まじりに部屋を出ると、ぱたんと扉を閉めて、扉を背にしてずるずる座り込んだ。


「はぁ……」


 小さく息をつく。

 それから真っ赤に染まった顔を両手で隠した。

 

 フラウリーナはレイノルドに恋をしている。

 七歳の時からずっと。心に星が宿るように、レイノルドはフラウリーナの生きる希望になった。


 誰も自分を愛さないと思っていた。

 両親と静かに、残りの短い人生を生きていくのだと思っていた。


 七歳のフラウリーナは気づいていた。

 自分の命が長くないことに。眠りの感覚は深く長くなってきている。

 どうにも──自分は、この世界には馴染まないみたいだ。


 ──神様はきっと、間違えて私をお母様の元に遣わしてしまったのだろう。

 お母様はもう子供を産めないのに。かわいそう。ごめんなさい。私が子供で、ごめんなさい。


 そのころのフラウリーナは両親が大切にしてくれるほどに、罪悪感を溢れさせていた。

 フラウリーナにはそれが罪悪感という気持ちであるとは、よくわからなかった。

 ただ、ごめんなさいを心の中で繰り返していた。


 フラウリーナはおとなしい子供で、自分に自信がなく、いつも両親の陰に隠れていたし、あまり話さず一人で本を読んだり、人形で遊んでばかりいた。


 そんなフラウリーナを、レイノルドは真っ当に生きられるようにしてくれた。

 優しい声も、森のような香りも。

 それから、体に注がれた甘い果実のような魔力も。

 忘れたことなど一度もない。その魔力の底にあった──呪いとしか形容できないものも。


「レノ様は、大丈夫。これからもっと、幸せになっていただかなくては……頑張るわね、私」


 本当は、少しは、恥ずかしい。

 一緒に夜を迎えること。覚悟はできているけれど、フラウリーナにとっては初めての、好きな男と過ごす夜なのだ。


 自分の全てをレイノルドに捧げる。

 フラウリーナの愛は身勝手で乱暴で、誰にも止められない暴馬のようなものだった。

 それをフラウリーナは自覚している。

 人生は一度しかないのだから。

 

 ──愛のために生きるのだ。



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