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艶々ぴかぴかレイノルド様



 フラウリーナの言葉を聞いているのか聞いていないのかわからない、いまだにベッドの上の住人になっているやる気のないレイノルドの腕を引っ張って、フラウリーナは湯浴みに誘う。


 今までレイノルドにはお風呂を用意してくれる人もいなかった。

 お可哀想なレイノルド様。私が全てお世話をして差し上げますからね……!

 と、気合十分。愛情十分。すでに浴室は準備済み。


 浴室もひどい有様だったが、精霊の皆さんたちに頼めば風呂を新品のようにピカピカにしてお湯を沸かすなどあっという間のことである。


 トランクには必要なものを詰め込んできていて、ローゼンハイム家の秘蔵の入浴剤も石鹸も洗髪剤も持ってきている。

 フラウリーナはこれからレイノルドの妻になるのだ。身綺麗にするのは大切だと、一番いいものを詰め込んできた。


「レノ様、お風呂に入りましょう、レノ様。私、お身体を洗って差し上げますわね。安心してくださいまし、私の花嫁修行は完璧ですのよ。なんでもできてしまいますわ」


「風呂ぐらい自分で入れる」


「でも、レノ様」


「わかった、入ればいいんだろう。……仕方ない」


「はい、レノ様! おかゆも食べられましたし、睡眠も取りました。夜はもっと豪華なお食事を準備しますわね!」


 浴室によたよたと向かうレイノルドの後を、フラウリーナは着替えやタオルを持って追いかける。

 全てこの屋敷を漁りに漁って、見つけ出してきたものだ。

 精霊の皆さんによる浄化で、タオルも服も新品のように清潔になっている。


 レイノルドはここに来た時には、しばらくまともに暮らしていたようだ。

 けれど長らく続く辺境での孤独な生活で、徐々に生きる気力を削がれていったのかもしれない。


 やはりもっと早くレイノルドの元に来るべきだった。


(でも……完璧な花嫁になるのに時間がかかってしまいましたもの……)


 中途半端な状態でレイノルドの元にきて、迷惑をかけたくなかった。

 約束したのは十八歳だからと自分に言い聞かせて、すぐさまレイノルドを追いかけていきたかったのを我慢していたのだ。

 それに──。

 レイノルドには伝えたくない事情もあった。


「ではレノ様、ゆっくりしてきてくださいましね。私、それはそれは豪勢な食事を用意して待っておりますから! それから胃腸を守るお薬も飲みましょうね。魔力枯渇を起こしているといけませんから、回復薬も持ってきましたのよ。安心して私に身を委ねてくださいましね」


「………………フラウリーナ」


「はぁい!」


「悪いことは言わない、明日には公爵家に帰りなさい」


「きゃー! レノ様の命令口調も素敵! 嫌ですー!」


 喜びながらもフラウリーナははっきりと拒絶をした。

 レイノルドは黙り込んで、フラウリーナから着替え一式を受け取って、さっさと浴室に消えていった。


 一人になったフラウリーナは再び調理場に向かった。

 テーブルの上に、ぽこぽこと精霊の皆さんが現れる。

 みんな大体丸くてプニプニしている。全員で身を寄せ合って「ぱやー」「ぴきゅー」と鳴いている姿は、珍しいブドウに見えなくもない。


 今のレイノルドにはともかく栄養が必要だ。

 レイノルドが入浴しているうちに、夕食の準備をしておきたい。


「皆さん、私の幸せを喜んでくださっておりますのね。ありがとうございます! 私とても幸せです。でも……」


 精霊の皆さんがぽこぽこと出現させた食材で料理をはじめながら、フラウリーナはぶつぶつ呟いた。

 今のところ、レイノルドには迷惑がられている。

 それでも離れる気はないのだが。


「私、レノ様に元気になって欲しいわけではなくて……レノ様は今のレノ様で、今のままの自然体のレノ様でいいのです。私を愛してくださらなくても、私がその分レノ様を愛しておりますもの。ここで二人で穏やかに暮らしていければそれで……」


「ぷぎゅあお」


「頑張りますわね、私!」


 精霊の皆さんが何を言っているのかさっぱりわからないが、フラウリーナは努力と根性と愛の力で察した。

 多分、頑張れフラウリーナちゃん! と言っているのだ。きっと。


 美しいテーブルクロスに花瓶に大輪の薔薇。燭台に蝋燭、カモミールティーにインゲンのスープ。

 サーモンのムニエルにパン、エビのカクテルにデザートのイチゴのタルト。

 

 夕食の準備ができる頃、レイノルドは湯浴みを終えて出てきた。

 

 無精髭は変わらず、癖のある髪も海藻みたいに体にへばりついていたが、よろよろの服を着替えただけでかなり綺麗になっている。

 ただしボタンを閉めるのが面倒だったらしく、前は大胆に開いていた。


 不健康に薄っぺらい胸板に、肋が浮いている。


「レノ様、なんて大胆なお姿……私、おかしくなってしまいそうですわ……!」


「お前の目は腐っているのか。……フラウリーナ」


「はい、旦那様!」


「久々の風呂、気持ちよかった。その……ありがとう」


「れ、れれレノ様が、私にお礼を……っ! ツンの後のデレ、威力が高すぎますわ!」


「……お前はもう少し落ち着いて会話ができないのか」


「レノ様を前に落ち着いてなどいられませんわ! お夕食の用意しましたのよ! お粥だけではいけません、しっかり食べないと元気がでませんものね。お食事の後のお酒もあります、アロマパイプも用意しましたのよ。全てはレノ様に気持ちよく過ごしていただくために」


「……さっき、粥を食ったばかりなのだが」


 レイノルドは薄っぺらい腹を押さえていう。

 骨ばかりが目立つ体だ。肉が削ぎ落とされているような。

 

「食べたと言っても、小鳥のご飯ぐらいの量でしたわ」


「……久々だったからな」


 フラウリーナはレイノルドの手を引っ張って、粥よりは豪華な食事が用意されているダイニングへとつれていく。

 美しく整えられたダイニングには、燭台の蝋燭に火が灯り、全体的に豪華な花で飾り付けられている。


 椅子をひいてレイノルドを座らせて、フラウリーナはその頭を鼻歌混じりに布でふいた。

 レイノルドの前には芳しい香りの紅茶がいれてある。

 

「ふふ、レノ様の髪は艶々で綺麗ですわね。とても伸びましたのね。昔はもっと短かったです」


「切るのが面倒でな。洗うのにも、時間がかかった。洗い始めると汚れが気になる。四回は洗った」


「洗わなくてもレノ様は綺麗ですわ」


「それはないだろう」


 実際、レイノルドが風呂から出てくるまでには小一時間以上の時間がかかっている。

 レイノルドは粥を食べたばかりだというが、あれから数時間。もう日が暮れはじめて、薄暗いダイニングにともる蝋燭の炎が、なんとも言えない幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「綺麗になりましたわ。レノ様の髪を拭けるなんて、生きててよかったです」


「……それはよかったな」


 レイノルドは疲れたように言う。緩く癖のある腰まで伸びた黒髪を、フラウリーナはリボンで結ぶ。

 食事の時に邪魔だろうと思ったからだ。


「今は栄養をとらなくてはいけませんよ、レノ様。その前にお薬を飲みましょうね。胃薬と魔力回復薬ですわよ。はい、どうぞ」


 フラウリーナは公爵家から持ってきた、美しいビンに入った薬を取り出すと、レイノルドに手渡した。

 レイノルドは瓶を受け取ってしばらく考えた後、諦めたように一息に飲み干した。


「……これでは、健康になってしまうな……」


「健康、最高ですわ! 健康が一番です。レノ様は私よりも十歳も年上なのですから、いつまでも元気でいていただきたいのです」


「我が家は代々短命の家系だ」


「愛の力で伸ばしますわ。寿命を」


 フラウリーナは力強く言った。それから椅子に座っているレイノルドの隣にピタッと寄り添うように座った。


「レノ様、はい、あーん」


「自分で食う」


 二度目のあーんは、残念ながら拒否されてしまった。




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