どうしてあなたに伝えられるだろう
感情とは、ままならないものだ。
いつだってフラウリーナの中でレイノルドは、夕闇に輝く一番星のように輝いている。
愛しているけれど――愛されたいとは思わない。
ただ、レイノルドの幸せを望んでいた。
彼の傍に誰もいないのならば私がいよう。
不遇な中にいるのならば、私が助けだそう。
レイノルドが再び光の中にいられるように。
そしてもう十分フラウリーナはレイノルドから気持ちを貰った。
だから、自由になってほしい。
かつて奪われた愛を彼が取り戻すことができたら――。
きっとそう遠くない未来、自分は消えてしまうのだ。
呪いと共に、消える。
レイノルドがイリスの元に行ったら、フラウリーナはもう二度とレイノルドに会わずにいなくなるつもりでいた。
ローゼンハイム家には手紙を残してある。
ルヴィアを受け入れたことにより、人としては生きられなくなった。
跡取りはレイノルドに。彼が再婚するのなら、その相手を大切にしてほしい。
両親にはありがとうとさようならを。
レイノルドにはありがとうを。
フラウリーナの部屋を探ればその手紙は出てくる。
大切な人たちの前で血を吐き無残な姿を晒すのならば、人ならざるものになってしまったと嘘をつき、消えてしまおうと考えていた。
無様な姿など、晒したくない。
レイノルドには馬鹿な女だと思っていて欲しい。
自分勝手で強引で馬鹿な女だった。嵐のように現れて、嵐のように――通りに道にあるものをすべてなぎ倒して、去っていったのだと。
「……っ」
言葉が喉に詰まる。
呼吸ができずに、吐き気とともにせり上がってくるものがある。
「ぅ……けほ……ッ」
体をくの字に折り曲げて、口を押えた。
愛し合う直前の淫靡な雰囲気はかき消えて、目の前が黒く染まっていく。
隠そうとしたのに、隠せない。
精霊さんたちの力を使ったり、ルヴィアの力を使うと、よけいに反動が起る。
口の中に鉄錆の味が広がった。
口を押えていた両手の指の間から赤が流れ落ちて、シーツにぱたぱたと落ちる。
赤い染みが、じんわりと広がっていく。
「フラウ……!」
レイノルドが背中を撫でる。
見せろというように手を外される。掴まれた片腕が痛い。
遮るもののなくなった口から、咳き込む度に赤いものがこぼれて飛んで、シーツを汚す。
息苦しさに生理的な涙があふれた。
「これが、代償か? ルヴィアを受け入れた代償か! お前は命を削られているのか!?」
「違います……っ、違うのです、違う、から……どうか、放っておいてください……!」
レイノルドの腕から逃れようと、フラウリーナは暴れた。
知られたくなかった。見られたくなかった。
今までずっと、隠すことができていたのに。
『愚かな女じゃ』
いつの間にか、ルヴィアが部屋に現れていた。
ルヴィアの傍には七つの精霊さんたちの姿がある。
いつもはまんまるい低反発の姿をしている精霊さんたちは、今は光る球のような形に変わって、ルヴィアを神々しく照らしていた。
『フラウリーナ、お主は余計なことをぺらぺらと喋るくせに、肝心なことは何も言わん』
「ルヴィア。知っているのなら教えろ。お前はフラウを宿り木として、その命を吸っているのか」
『なるほど。そういう考え方もできるのじゃな。妾は宿り木の命を吸う害獣じゃ。しかし、フラウリーナがそれを望んだのじゃ』
「何故だ! 魔力など必要ない。そんなことは俺にはどうだっていい。今更、虫のいい話だろう。俺はお前を邪険に扱っていたのだから。だが……今は、お前を愛している。フラウ。お前が以前のお前のままでも、俺はきっとお前を愛していた」
荒い息をつくフラウリーナの体を、レイノルドは抱きしめる。
落ち着かせるように背中をさすり、絞り出すような声で言う。
「……ありがとうございます。私は、幸せです。初恋の人に、そんな風に言っていただけるなんて」
「ルヴィアとの契約を今すぐ終わらせろ。そんなものはお前には必要ない」
「必要なのです。……害ある獣が、再び宿り木に戻らないために」
「ルヴィアがか」
『妾ではない。妾とて好きでフラウリーナの体を蝕んでいるわけではないのじゃ。確かに妾を受け入れれば、命は削られる。お主と同じじゃ、レイノルド。グルグニル家の男は四十までは生きられない。フラウリーナも同じ……ではあった。つい最近まではな』
レイノルドは目を見開いて、フラウリーナの瞳を覗き込んだ。
「……フラウ。お前は、俺に何かしたのか? フラウ、答えろ。ルヴィアとの契約が必要だったのだな、お前には。そしてそれは、俺を救うためだった。俺の中にも害獣がいたのか? グルグニル家の嫡男は総じて魔力量が多い。魔導師として大成をしてきた。それは、グルグニル家の血に、何かの獣が混じっていたからか。命を糧に、我が家は繁栄をしたのか」
「レノ様は察しがよすぎるのです。気づいても、気づかないふりをしていただきたかったのに……!」
赤く染まった口をぐいっと腕でふいて、フラウリーナは詰るように声を荒げた。
レイノルドの胸を押したけれど、その細い体はびくともしなかった。




