少しだけ強引な尋問
レイノルドは上着を脱ぐと、乱暴に床に放り投げる。
タイを緩めてシャツのボタンを外し、長い髪を結っていた紐を解いた。
美しく着飾っていたレイノルドから、退廃的な魅力のある服を着崩したレイノルドに変わり、フラウリーナは高鳴る胸を押さえた。
胸を高鳴らせている場合ではないのだ。
落ち着けと、自分に言い聞かせる。
本当ならば今頃は、シャルノワールたちをやり込めることができた勝利の美酒などを誰かと、酌み交わしていたはず。
レイノルドにはおそらくはどこかの部屋でレイノルドを待っているはずのイリスの元に行ってもらい、フラウリーナは勝利の美酒と失恋の痛手を、どこかの誰かと一緒に味わっていたはずだ。
どこかの誰かというのは、フラウリーナには社交界に友人や知人がいないのだ。
だが一人ぐらいは、フラウリーナに付き合ってくれる者がいるはずだ。多分。
シャルノワール派だったものたちがどうするのか、フェルラドがどうするのか。
そんなものを酒の肴にして、高みの見物をするつもりでいた。
どこにあるのかさえわからない、深い森の中の屋敷の一室に連れ込まれるなんて全くの想定外だった。
「フラウ。あれだけ俺と結婚すると大騒ぎをしていた癖に、今度はイリスの元に行けとは。大人をからかって遊ぶと痛い思いをする」
レイノルドのそばに光の球がいくつも浮かんでいる。
それは天井まで浮き上がって、白から橙色に変化をした。
薄暗い部屋を照らす橙色の灯りは優しいが、フラウリーナが感じているのは緊張と焦りだ。
雲の上に寝そべっているようなふかふかのベッドの上で上体を起こして、慌てて首を振る。
「からかってなどおりません。でも、私はレノ様に幸せになってほしくて」
「俺の幸せを決めるのは俺だ。言ったはずだ。今更イリスのことなどどうとも思わないと。たとえ不幸になろうとも、それは自分で選んだ選択だろう」
レイノルドはベッドに膝をつく。
それから、起き上がっているフラウリーナの腰を抱くようにしながら、慎重にベッドに押し倒した。
体を包むようにして上に覆いかぶさっているレイノルドは、背が高く以前よりもずっと肌に張りがあり、肉付きもよくなっている。
肋骨が浮き出るような骨と皮ばかりの体から、今は細身だが筋肉の硬さがある。
不実を責めるような、それでいて全てを見通すような赤色の澄んだ瞳と視線が絡み合う。
「イリスの姿を見た後から、お前の様子はおかしかったな。ただの嫉妬ならばいい。だが、違うな、フラウ。お前は何を考えている? 話せ」
「わ、私はただ、レノ様に幸せになっていただきたくて……」
「いつものお前なら、怒りに満ちたレノ様も素敵。情熱的に求められると過呼吸で倒れてしまいますわ……などと言うところだろう。あれらの過剰な言葉は演技だということぐらい、気づいている」
「演技では……」
「俺が共に過ごした少女は、大人しく思慮深く物静かだった。人はそう変わらない。変わろうと思っても、変われるものでもない」
もちろん、フラウリーナの中にはその部分が残っている。
けれど、変わったのだ。レイノルドに恋をして、フラウリーナは変わった。
ただ何もできずに静かに死を待つ日々から解放されて──救いたい相手が。
救わなくてはいけない相手が、できたのだから。
「私は、レノ様のことが好き。ずっと、恋をしておりました。その気持ちには嘘はありません。レノ様には幸せになってほしい。この気持ちも本当です。レノ様とイリス様は、少し、すれ違ってしまっただけですわ。今からでも、遅くはないと思います」
「余計な世話だな。いいか、フラウ。確かに過去、俺はイリスに求婚をした。そろそろ身を固めるべきだと考えていた時期だ。イリスからの好意には気づいていたし、俺も、憎からず思っていた。元々俺は感情が薄く、燃えるような愛などは感じていない。ただ、なるようになった。それだけの話だ」
「そ、そうですね、そうなのです。……だから、レノ様は今からイリス様の元に」
「俺たちが結ばれる前に、俺は辺境送りとなった。いくらでも、回避する方法はあったはずだ。大人しくしている必要もなかっただろう。イリスへの愛を貫くのなら、彼女をさらい、どこかに二人で消えることだってできた。……だが俺は、それをしなかった」
一つ一つの事実を確認するように、レイノルドは続ける。
「俺は選んだんだ。辺境の地で一人で余生を送ることを。恨む気持ちが全くなかったとは言えない。だが、それ以上に人間に嫌気がさした。それは俺の選択だ。そしてフラウ。罪を犯したと皆に言われて、薄汚れた館で閉じこもっていた俺の元にお前は来た。どんな酷い態度をとっても、お前は逃げなかった」
「酷い態度など、取られておりません。レノ様は、いつも優しくて」
「あの状況で、そう思えるのはお前ぐらいだろう。フラウは俺の元に来ることを選んだ。イリスはシャルノワールと結婚することを選んだ。彼女に同情する必要はあるか? 自分の行動の責任は、自分で取らなくてはいけない」
「でも、イリス様はまだ、レノ様のことが好きです」
うまく、呼吸がつげない。
喘ぐように、最後の抵抗のようにそう伝えた。
イリスはきっと考えている。酷い夫の元から、本当に愛していた人が助けてくれるのだと。
「知ったことか。もう、興味もない。それよりも、だ」
レイノルドは冷たくそう言って、じっとフラウリーナの顔を見下ろした。
フラウリーナは両手を胸の前で組んで、動けないでいる。
足が、絡み合っている。腹が、布ごしに触れ合っている。
鼓動が伝わってくる。フラウリーナの鼓動はいつだって大きく速く、レイノルドのそれは落ち着いている。
「シャルノワールたちのことも、イリスのことももう終わった。お前をここに連れてきたのは、誰かに邪魔をされたり、お前が逃げられないようにするためだ。俺には気になることがある」
「気になること……」
レイノルドの指が、フラウリーナの体の曲線を伝うようにドレスの上から触れる。
心臓の上でその指は止まった。
「言っていたな、フラウ。奇跡には代償があると。お前の体には、魔力は空だった。外界からの魔力に体がおかされて、眠り病になるぐらいに弱っていた。いくら体を鍛えても、生まれつきの魔力はどうにもならない」
「だ、だから私は、ルヴィアと契約を……」
「その空の器に精霊たちやルヴィアの力をねじ込んだのだ。元々魔力になれることなどできない体に、強大な魔力を押し込んだ。その代償は、なんだ。どうしてそんなことをする必要があった」
「代償などありません」
「奇跡には代償がある。お前はそれを理解しているから、あんなことを口にしたのだろう」
どんな言い訳も、レイノルドは受け入れるつもりはないようだった。
密やかな声が鼓膜を揺らす。指先が、心臓の上から再び動いて、体の曲線を撫でる。
「今の俺には興奮剤が効いていてな、フラウ」
「そんなもの、飲んでいません……」
「イリスに食ってかかるお前があまりにも可愛くて、あの場で食べてしまいたいぐらいだった」
どくどくと、心臓の音がうるさい。本当は今すぐこの場から逃げ出したい。
確かにフラウリーナは奇跡には代償があると言った。だが、あの程度の言葉に引っ掛かりを覚えるとは、考えていなかった。
レイノルドの優秀さを、フラウリーナはみくびっていた。
首筋に触れていた指先が、フラウリーナの唇を撫でた。




