フラウリーナの秘密
ルヴィアの主はフラウリーナである。
けれど今のルヴィアは、レイノルドに従っていた。
どこに向かっているのか、フラウリーナには皆目見当がつかなかった。
フラウリーナの目論見としては、シャルノワールたちの罪が詳らかになり、レイノルドの無実と聖水の嘘が貴族たちに知れ渡る。
フェルラドが然るべき処罰をシャルノワールたちに与えて、レイノルドが中央の政治に戻れる。
そして、長年の思い人であったイリスと結ばれて、めでたしめでたしになるはずだった。
レイノルドはもう立ち直っている。
彼の幸せを願うなら、やはりイリスとのやり直しが必要だろう。
そのためにフラウリーナは、レイノルドに呆れられるような子供じみた高圧的な態度でイリスを小馬鹿にしたのだ。
あれは──王家の血筋をもつ姫に対しては、あり得ない言動だ。
根は真面目で常識人なレイノルドからしてみれば、醜悪に映っただろう。
それに、レイノルドの心の奥底にはイリスに対する情熱があるはずなのだ。
屋根裏で見つけた彼の手記は、イリスとシャルノワールが結婚した年で途絶えていたのだから。
だからきっと、レイノルドは怠惰な死を選んだ。
フラウリーナが求めているのはレイノルドの幸せである。
自分勝手で一方的で暴虐な愛は、レイノルドが幸せになればそれでいいのだと、他のことはどうでもいいのだと言い切ることさえできる。
他のこととは、自分自身のことも含まれる。
もちろん、胸は痛む。
愛情を感じれば、心がざわつく。甘い陶酔で満たされる。
けれどそれは、長く続くものではない。
フラウリーナは強引だった。強引にレイノルドを叩き起こし、連れ出して、無理やり元々のレイノルドに戻した。
そのあまりの強引さに、レイノルドは優しいから付き合ってくれているだけかもしれない。
これからイリスは不幸になるだろう。
シャルノワールたちは投獄される可能性もある。
あとはフェルラドの判断になる。あの場ではどちらにも与しない態度を貫いていたが、今後のことはわからない。
シャルノワールたちにかけた魅了は数日で解ける。
正気に戻っても不本意な相手と愛し合った記憶は残るのだから、罰は、あたえることができただろうが。
それより先のことは、フラウリーナたちの関与できないことだ。
彼らがもし再び罪を犯してフラウリーナたちに刃を向けるというのなら、ローゼンハイムは独立をすると、フェルラドは考えるだろう。
聡明な王であれば、それは避けたいはずだ。
どの道あとは、流れに身を任せるしかない。
そしておそらくは不幸になるイリスの元へレイノルドが遠慮なく行くことができるように。
フラウリーナは、立ち回る必要があった。
先を待たなくてもいい。今で構わない。
フラウリーナはレイノルドよりも早く。とても、早く。この世界から、いなくなってしまうだろうから。
レイノルドを任せたとルヴィアには伝えてある。
ルヴィアは優しいから、フラウリーナがいなくなった後もレイノルドや、ローゼンハイム領を守ってくれるはずだ。
「……レノ様、イリス様の元へと向かってくださいまし。イリス様もきっと、シャルノワールに騙されていたのです。同じ女として、哀れに思いますわ」
「今更、何故そのようなことを言う?」
ルヴィアの背の上で、自分を抱きしめるレイノルドの胸をフラウリーナは押した。
あの場から、あのような嘘をついてレイノルドが去るとは思わなかった。
あの場にはレイノルドの家族もいた。恩赦を与えられたのなら、心置きなく家に帰ることもできる。
会話を交わすこともできただろうに。
せっかく、レイノルドを取り巻いていた様々な問題が解決したというのに。
あの場から去る必要は、なかった。
レイノルドはどこか苛立ったような表情をしていた。
ルヴィアが下降していく。たどり着いたのはどこかの森の中にぽつんと佇んでいる、知らない屋敷だった。
どこなのか、フラウリーナにはわからない。
ルヴィアが庭先で消えて、レイノルドはフラウリーナを抱いて草の生い茂る荒れ果てた庭に降り立った。
レイノルドが降りるとすぐに、生い茂る草や屋敷を囲う蔦がざわざわと一人出に動き出して、人の通る道と入り口を露わにさせる。
「ここは、過去、俺が使用していた研究所。誰にもこの場所は伝えたことがない。一人になりたい時に来ていた場所だ」
「レノ様、あの、どうして」
「放置されて長い。だが、幸い誰にも荒らされていないようだな。廃墟には、獣や野盗が棲みつくものだが、蔦が家を隠していたのだろう」
扉をくぐると、数々の本や、研究機材や素材などが積まれているリビングルームが顔を出す。
埃と蜘蛛の巣だらけのその場所をレイノルドが通り抜けると、すぐに屋敷の中は掃除したてのように清潔に、美しくなった。
階段をあがり、寝室に辿り着く。
簡素なベッドが一つ置いてある。ただ眠るだけに使っていたような部屋に見える。
埃を被ったベッドが一瞬で新品のように美しくなった。
そのベッドの上に、フラウリーナはどさりと降ろされた。




