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嘘つきには相応の報復を




 フェルラドは肘掛けに肘を置くと、足を組んで頬杖をつく。


「フラウリーナ。神殿で配られる聖水に、病を癒す力や魔を払う力があると民が信じるのはよくある話だ。声を大にして糾弾するものでもあるまい。言うだろう、信じる者は救われる――とな」


「ええ。存じ上げておりますわ。私の両親も、私の病が癒えると信じ公爵領まで温泉をひきましたもの」


「お前はその両親を責めるのか?」


「ありがたいと思いこそすれ、責める気持ちなど微塵もありません。もちろん、聖水を信じるのは信じる者の自由。ですが、私が見過ごせないことが一つございます」


「それは?」


「それは――ルヴィアが、怒っているということですわ」


 シャルノワールたちは明らかに、青ざめて焦っている。

 今頃は、レイノルドを再び追放する時間だったのだろう。

 しかし実際は、その罪を皆の前で詳らかにされているのは彼らだ。


「黙れ、フラウリーナ! 神殿に罪をきせ、私に罪をきせるつもりか!? レイノルドと結託して、国を簒奪しようとしているのだろう! 私たちに、復讐をしようと……!」


「お前たちに、復讐? 俺は罪を犯したのだろう? 罪を犯し、許された。――何故、復讐をする必要がある? 復讐をする必要があるとしたら、それは俺が無実であり、お前たちが嘘つきである場合。それを認めるのか」


「詭弁だ、犯罪者め。女連れだからといい気になるな」


「そうだ! 恩赦を与えられたばかりの身で、陛下の御前で厚かましくも口を開くなど!」


 ディルーグとウィルゼスの声からも焦りが感じられる。

 フラウリーナは瓶をレイノルドに渡して、優雅な仕草で両手を広げた。


「陛下が見たいとおっしゃっていたルヴィアを、皆様にお見せしましょう! 私がルヴィアと契約したのは、国のためなどではありません。全てはレノ様と結婚するため! 見世物にするなど不本意極まりないことです。ですが、ルヴィアが名前を騙られて怒りに満ちているのなら――私はその怒りに、こたえなくてはなりません!」


 ミシミシと、大広間が震える。

 テーブルから皿が落ちる。燭台の蝋燭の炎が揺れる。グラスが割れて、耳障りな不協和音を奏でた。


 ルヴィアが現れるときにこのような異常は起きない。

 小さな精霊さんたちが大広間の至る所でぽんぽんと跳ねて、大広間を震わせ不穏な風を起こしているのだ。


 風は大広間の天井を空高く巻き上げる。

 外れた天井からは夕暮れの空がぽっかりとのぞく。その空を隠すようにして、純白の美しい竜が現れる。

 神々しい光が大広間を満たす。

 貴族たちは床に座り込み、シャルノワールたちは肩を寄せ合う。


「ルヴィア! あなたに問います! 病を癒す聖水などが、この国にありますか?」


『そのようなものはない。妾の名で嘘を騙る者たちに、今ここで神罰をくだしてやろう』


 フラウリーナの問いかけに、ルヴィアはよく響く声でこたえた。

 

 怒りに満ちた荘厳な声音だ。

 実際ルヴィアは怒っている訳ではない。人の営みに関わりたいと微塵も思っていないのだ。

 関わろうが関わるまいが人は生きて死ぬ。

 ルヴィアが関わると、その圧倒的な力によって人の運命が歪む。


 だから関わらないことを選んだ。見守ることを選んだ。

 けれどフラウリーナの説得によって、姿を見せてくれている。

 

 それはルヴィアが、フラウリーナのことを信じてくれているからだ。


「ま、待て、お待ちください、精霊竜様……! 人には、信じるものが必要です! 聖水を、皆が信じているのです!」


『黙れ、小物が。小賢しいことする。妾の名を騙っていなければ、見過ごしたものを』


 何本もの光の柱が、大広間に空から落ちる。

 それは夜空から落ちる星のように、大広間に風穴をあけた。

 人々の悲鳴があがる。光の柱の中で精霊さんたちがふわふわ浮いて遊んでいるが、誰もそれに気づいていないようだった。


「私の病を癒したものは、レイノルド様の薬です。先人たちの残してくれた薬草の知識。レイノルド様のそれに対する深い造詣。そういったものが、病を癒す薬となるのです。ルヴィアのもたらす奇跡などではありません。もしそんなものがあるとすれば、そこには必ず対価がある」


 奇跡には、対価がある。

 何の犠牲も支払わずに、奇跡が手に入るわけがないのだ。


『愛の精霊よ』


 ルヴィアの呼びかけに、愛の精霊さんがぽんぽん跳ねながら姿を現した。

 まんまるい精霊さんは愛らしい少女の形となる。

 それから慈愛に満ちた微笑みを浮かべると、光の矢をシャルノワールたちに向かって放った。


 愛の精霊さんの矢に射貫かれたシャルノワールとディルーグとウィルゼスは、お互いの顔を見つめ合う。

 それから、きつく手を握り合う。愛の精霊さんが満足げに、ぽんぽんとハートを飛ばした。


『死では甘い。痛みでは甘い。互いのことで心が満たされれば、悪心も起きん』


「愛の虜囚となれば、間抜けな策も考えつかなくなりますわ。私がレノ様への愛に満ちているように!」


「ディルーグ、ウィルゼス……お前たち、ずいぶんと可愛い顔をしているのだな……」

「シャルノワール様、素敵です……」

「シャルノワール様……!」


「お三方とも、改めてお聞きします。たとえば――愛するシャルノワール様がご病気になられたときに、聖水を飲ませようと思いますか?」


「とんでもない!」

「そんなただの水、飲ませたところでどうしようもない!」


「シャルノワール様。愛するお二人がレイノルド様のお立場になったとき、あなたはどうしますか?」


「もちろん。冤罪をかけられたのだとしたら、どんな手段を使っても助け出します」


 まるで悲劇の主人公を演じるかのように、シャルノワールたちは互いをかばい合う。

 演劇の幕をおろすように、フラウリーナはスカートを摘まんでお辞儀をした。


「――というわけですわ、陛下。ご理解いただけましたか?」


「あぁ。理解した。それがルヴィアの力か」


 動揺する貴族たちの中において、フェルラドはまるで意に介していないようだった。

 フラウリーナは真っ直ぐにフェルラドを見据える。

 何もかもを理解しているようなのに、何もしなかった。

 ただ見ていたというのは、罪ではないのか。


「陛下。レノ様の冤罪も、シャルノワールたちの罪も知っていたのでしょう?」


「さてな」


「何故レノ様を不遇の身に? 何故シャルノワールたちの罪を、放置したのです?」


「フラウ。やめておけ」


 レイノルドにもうやめろと止められて、フラウリーナは首を振った。

 全てはフェルラドのせいなのではないのか。フェルラドの一声で、止められることもあっただろう。


「ですが!」


「フラウリーナ。私はお前たちの親ではないのだ。善悪を指摘し、お前たちを守ることはしない。国は、児童学園ではないのだからな。レイノルドの研究は、確かに正しい。だが、金がかかった。その金は、人々の税だ。レイノルドは正しいことをしていた。だから、いくら金をつぎ込もうが、それはレイノルドにとっては当然のことだっただろう」


「はい。陛下。……俺は、いえ、私は、自分の正しさを信じていました。宰相という特権を使用し、自分の研究費用に金を割いていたのです。誰にも文句を言わせなかった。自覚があります」


「お前は一人で全てを行えると妄信していた。他者の言葉を聞き入れず、多くの敵を作った」


「その通りです」


「シャルノワールには仲間がいた。だがそのうち、地位に溺れるようになり、くだらない方法で金を稼ぐようになった。金は一部の者たちの懐を潤した。だが、それと同時に聖水は、妄信する者たちの心や体を救った。病は気からという言葉もある」


 そもそも病は悪なのかと、フェルラドは言う。


「病で死ぬのならそれは運命ではないのか。薬で癒し、一年でも二年でも多くの時を生きることが果たして正しいのか。私には、わからない。どうでもいいことだ。だから――そのような些少の罪をわざわざ、私が直々に、詳らかにしたりはしない。それは、私の役目ではない。お前たちの役目だ」


「それは怠慢というものですわ」


「そう見えるのならそれでいい。だが、私が何もせずとも、お前たちが悪を断じただろう? それのなにがいけない。国で起る問題を解決するのが臣下の役目だ。自浄作用が働かなくなれば国は腐敗して終わりだ。私はそれでいいと考えている。全てを私一人で行えるなど驕った考えは持ち合わせていない」


 それは、そうかもしれないが。

 フラウリーナは二の句が告げなくなる。

 何もしない国王だと侮っていたが、思った以上に老獪なのかもしれない。


「フラウリーナ、ルヴィアの力をお前は民の為に使うだろう。私が命じなくともな。だが、私の為に働くのなら、国はもっとよりよくなるはずだ。それをしないと言い切るのは、お前の怠慢ではないのか?」


「……それは」


「それは詭弁でしょう、陛下。お気持ち、十分理解しました。フラウはまだ若い。あまり虐めないでください」


「レイノルド。お前は大人になったのだろうな。中央の政治に戻っても構わないが」


「いえ。それは結構です。――ローゼンハイム公爵領は、独立ができるぐらいには豊かでして。その豊かな領地を更に発展させるのが、私の役割だと考えています」


「それは、独立をするという脅しか?」


「そう思われても結構です。今やローゼンハイム公爵領は国内最高と言ってもいいほどの武力を有しています。シャルノワールが排斥をした薬師や医師も抱えています。そして、私とフラウがいる。精霊竜と精霊たちに祝福されている地です」


「あぁ、そうなるな」


「ですから、いつでも独立が可能――という事実を申し上げているだけです。もし陛下が力によって無理矢理フラウを手に入れたり、精霊竜を手中に収めようと思うのならばという話ですが」


 そんなことになろうものなら、きっと老兵たちが黙っていないだろう。

 そしてレイノルドも、もちろん。

 言外に、レイノルドはそう伝えている。

 

「互いに良好な関係でいたいものですね、陛下。ルヴィアは血を好みません。母なる神は子供たちの争いを望んでいない。――さて、そろそろお暇させていただきたく思います。シャルノワールに飲み物の中に入れられた、興奮剤が効いてきましたので」


 レイノルドは手の中の瓶を掲げると、手で握り潰すようにした。

 瓶はあっけなくその手の中で青く燃え上がり、跡形もなく消えていく。

 

「レノ様、興奮剤は……」


「正直、今ここで私の愛らしい妻を貪りたいぐらいなのです。そのような姿を衆人に晒したくはありません。いや、違うな。私の愛らしい妻の、愛らしい姿を見せたくないというほうが正しいか」


「お前はずいぶんと、世俗的になったな、レイノルド。もう、さがっていい。独立をさせないように、お前たちには優しくしなくてはいけないことがよくわかった」


「おわかりいただいて、ありがたく思います」


「レノ様、あの、レノ様……っ」


 レイノルドはフラウリーナを引き寄せた。首筋に唇にふれて、その耳元に囁く。


「帰るぞ、フラウ。ルヴィア」


 精霊さんたちがあつまって、ルヴィアの周りをふわふわと飛び始める。

 ルヴィアは頭をさげた。フラウリーナを抱えたレイノルドがふわりと浮き上がり、ルヴィアの背に乗る。


 玉座からフェルラドは静かに立ち上がる。

 その口元には満足げな笑みが浮かんでいる。

 

 シャルノワールたちは手を取り合って、空に舞い上がり小さくなっていくルヴィアの姿をいつまでも見つめ続けていた。



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