レノ様への恩赦
やがて、国王フェルラドが玉座へと現れる。
レイノルドは平静そのものだった。興奮剤など飲んでいないので当然なのだが。
シャルノワールの視線がちらちらと、レイノルドに向けられている。
予定なら今頃は、大広間からいなくなっているはずだったのだろう。
皆でレイノルドを捜索し──イリス姫に襲い掛かっているレイノルドを見つける。
そんなことになれば恩赦どころではない。
再び辺境で蟄居となるか、それとも姦通罪で投獄されるか。王家の姫を汚したとあらば、処刑をされる可能性もある。
至極単純な画策だ。だが、策とは単純な方が成功しやすいのだと、老兵たちは言っていた。
「難しいことをやれって命令すると、大体失敗するからなぁ」
「簡単で単純なほうが、成功率が高いのだ。戦においても同じだ。難しい隊列など覚えさせたら、立ち位置ばかり気にして死ぬ」
「策なんて馬鹿馬鹿しい。正面突破が一番だ。力こそ正義だからな!」
「それはその通りだ」
などと語り合う老兵たちに、レイノルドが頭を痛そうにおさえていたのが微笑ましかった。
レイノルドを救い出し、少しだけでも気持ちを与えられて、そのそばにいることができた。
とても、幸せだ。
「フラウリーナ、レイノルド。前へ」
王の隣にいる侍従が、フラウリーナたちを呼ぶ。
フラウリーナとレイノルドは、大広間の中央の、人混みの中にできた道を歩いて玉座の前まで進んだ。
レイノルドは膝をついて、臣下の礼をする。
フラウリーナは膝を曲げてスカートをつまみ、淑女の礼をした。
フェルラドがいい王なのか、それとも悪い王なのか、フラウリーナにはよくわからない。
シャルノワールの悪行を放置しているのだから、悪人なのではとも思う。
けれど大きな戦争を起こさずに、人々の暮らしは安定している。
だとしたら悪人ではないのかもしれない。
どちらにせよ、やることはもう決まっている。
「レイノルド。辺境でのお前の評判は耳にした。オルベリクからも報告があった。お前は辺境の人々を救い、英雄として敬われているそうだな」
「いえ、私は何もしていません。全ては、聖女フラウリーナの力です」
「そうか。フラウリーナ。お前は精霊たちを従えて、精霊竜と契約をしたそうだな。美しく神々しい竜の姿を見たというものが多くいる。私はまだ目にしていないが」
「ルヴィアはあまり人前に姿を出したくないようなのです。特に権力のそばに近づくと、よくないことが起こると心得ているのですわ」
それは実際その通りだ。
もしフラウリーナがフェルラドに従いその力を王家のために振るうようなことがあれば、ルヴィアはフラウリーナとの契約を破棄するだろう。
いや、それはわからない。
もしかしたら最後まで寄り添ってくれるかもしれない。
ルヴィアは案外優しいのだ。口は悪いが。
「お前が精霊竜と契約したのは本当か? 今ここで、証明してみせよ。でなければ、人心を惑わした者として、処罰しなくてはならない」
「もちろんそれはかまいません。ですが、陛下。先にレイノルド様の罪への恩赦をいただきたく思います」
「先に?」
「ええ。──この国には嘘つきが多くいるものですから。私、陛下のことも信用できませんの」
「不敬な!」
「そのような口を陛下に向かって聞いていいと思っているのか!」
「恩赦を与えてもらう立場にありながら、陛下を嘘つき呼ばわりするなど!」
フェルラドの玉座の側には、シャルノワールとディルーグとウィルゼスが、その傍に侍っている。
不敬だとフラウリーナを叱責する彼らを、フェルラドは片手で制した。
レイノルドは顔もあげない。
まだ恩赦を与えれていないのだから、レイノルドの発言は許されていない。
ここで、フェルラドと渡り合えるのは、フラウリーナだけである。
「先ほどの、イリスに対するお前の態度を見ていた。気が強いのだな、フラウリーナ。私は気の強い女は嫌いではない」
「まぁ、ありがとうございます、陛下。残念ですけれど、私が愛しているのはレイノルド様だけですの。レイノルド様と出会った七歳の頃、陛下が私に求婚してくださったのなら、考えなくもなかったですわ」
「よく回る舌だな、フラウリーナ。だが、口は災い。お前はまだ若い。己が全能だと思わないほうがいい。かつてのレイノルドがそうだったようにな」
「レイノルド様は素晴らしい方でしてよ。少なくとも、嘘はつきませんわね。誰かさんたちと、違って」
フラウリーナは艶やかに微笑むと、シャルノワールたちに視線を送る。
「陛下、あまりにも無礼ではありませんか。レイノルドの罪を許してやると言っているのに……!」
「発言を許可した覚えはないぞ、シャルノワール。フラウリーナが精霊竜と契約をしたのだとしたら、精霊竜の剣もその手にあるのだろう。精霊竜の契約者のみが与えられるという、国を滅ぼすほどの力を持った剣を」
「もちろん、持っておりますわ」
フラウリーナは堂々と、そう口にする。
それから、愛らしい仕草で小首を傾げて「見たいのですか?」と尋ねた。
「陛下、先に、レイノルド様に恩赦を。私の願いは、それだけですのよ」
「あぁ、いいだろう。レイノルド、お前の罪を許そう。証明書を、こちらに」
フェルラドが命じると、フラウリーナの元に罪を許すという内容が書かれた証明書が届けられる。
フェルラドの直筆の証明書を受け取って満足したフラウリーナは、膝をついたままだったレイノルドの手を引いて、立ち上がらせた。
「これでいいか、フラウリーナ。レイノルド、よく戻ったな」
「はい、陛下」
「精霊竜をここへ──と、言いたいところだが。フラウリーナよ。嘘つきとは、なんのことだ?」
フェルラドは、敵なのだろうか、味方なのだろうか。
やはりよく、わからない。
全てを理解している上で、そんなことを言うのか。それとも、何も分かっていないのか。
どちらなのだろう。
「久々の王都を満喫していたところ、不思議な噂を聞きましたの。大神殿では聖水がいただけるとか。その聖水には、どのような病気をも癒す力があるのだとか」
「さて、なんのことか。知っているか、ディルーグ」
「は、はい。もちろんです。それはシャルノワール殿が精霊竜の封印されしクリスタル地底湖から汲んできてくださる、精霊竜の加護を持つ聖水です。シャルノワール殿の魔法で清めて、瓶に。危険を冒してまで民のために、シャルノワール殿はクリスタル地底湖まで足を運んでくださっているのです」
嘘である。
『嘘じゃな』
ルヴィアも呆れたように、フラウリーナの耳元で呟いた。
ここまでわかりやすい嘘をつかれると、フラウリーナも唖然としてしまう。
「ま、まぁ。それはそれは。私はかつて、レイノルド様に眠り病を治すためのお薬を作っていただきましたの。その薬のおかげで、ここまで生きながらえましたわ。だから、聖水なんてものがあると知り、驚いてしまって」
レイノルドが軽く指を弾くと、ふわりと、聖水の瓶が現れる。
フラウリーナはそれを、恭しくフェルラドの前に掲げた。




