晩餐会での再会
王都にある城に顔を出したのは久々である。
フラウリーナにとっては病気が治る前に来たきりで、レイノルドにとっては追放される前は自宅よりもずっと馴染んだ場所だった。
着飾ったレイノルドは美しく、まさしく王国の花というほどの華やかさである。
以前は美しいばかりだったが、そこに年齢を重ねた分だけの重みのようなものが加わっている。
「ここにいる誰よりもレノ様は輝いておりますわね。小石の中に一粒だけ混じり込んだお星様のようです」
「そう思っているのはお前だけだ、フラウ。俺に注がれているのは好奇の視線と、憐れみの視線のみだろう。公爵家の令嬢であり、今や聖女でもあるお前の隣に並び立てるような男ではない」
「何をおっしゃいますの? レノ様が私の隣に並んでいるのではなく、私がレノ様の横に存在させていただいているだけですわ。レノ様という尊い方の前に添えられている私。サーモンのムニエルの横に並んだパセリのようなものです」
「逆だ」
「逆ではないです。レノ様がサーモンで、私がパセリです」
「違う。俺がパセリだろう」
「パセリは私です。私はパセリが好きなのですわ、レノ様。サーモンよりもパセリが好きなので、レノ様がパセリだとしても私はパセリが好きなのです」
「譬え話だ、フラウ。俺はパセリではない」
パセリの取り合いをしながら、腕を組んで大広間に向かう。
確かにフラウリーナたちに向けられている視線は、檻の中の珍しい動物に向けられるそれと同じだ。
フラウリーナに話しかけようとちらちらと見てくる者も多いが、隣のレイノルドを見ると視線を背ける。
この場において、レイノルドを連れたフラウリーナに話しかけることは、シャルノワール派に反旗を翻すことと同じである。
この数年間で、それほどまでにシャルノワールとその派閥にいる貴族たちは力をつけていた。
「レイノルド様!」
そんな中で、レイノルドの元に駆け寄ってくる者がある。
それは、イリス姫だった。その隣にはシャルノワールの姿があり、堂々と、正面から真っ直ぐに、レイノルドの元へと近づいてくる。
フラウリーナはレイノルドの腕にぴったりとくっついた。
路地裏の野良猫のようにシャルノワールとイリス姫を威嚇しようとするフラウリーナの様子に、レイノルドは薄い笑みを浮かべる。
幼い嫉妬だとからかわれた気がして、フラウリーナは心を落ち着けるために息を吸い込んだ。
ここで、フラウリーナがやるべきことは──。
「レイノルド様、お元気そうでよかったです。私、ずっと心配しておりました。あなたがご無事かどうか」
「お久しぶりです、イリス姫」
フラウリーナには目もくれずに、イリス姫は儚げな表情でレイノルドを見上げる。
内心で、嘘つきだとフラウリーナは不貞腐れた。
もし本当に心配をしていたのなら、シャルノワールと結婚などしなかったはずだ。
彼はレイノルドを追放した張本人である。自分の愛した人を追放した男を、恨むことはできても愛情など抱けるはずがない。
「これはこれは、レイノルド殿。よくもまあ、戻ってこられたものだ。隣国と通じ国の簒奪を企てるなどの大罪を犯し蟄居の身でありながら、フラウリーナ様との婚約とは。君の優れた容姿は、女性を騙すことに長けている」
「シャルノワール、しばらく見ない間にずいぶんと羽振りがよくなったようだな」
「筆頭魔道士だからね、私は。然るべき待遇を受けているだけだ」
「レイノルド様、おかえりをずっと、お待ちしておりました。もうあれから何年も経ちました。お兄様はあなたの罪をお許しになります。レイノルド様はお変わりないのですね、ずっと、美しいままです」
今にもレイノルドの手を取ろうとしそうなイリスとレイノルドの間に、フラウリーナは体を滑り込ませた。
そして、広間にいる皆に注目されるように、声を張り上げる。
「まぁ、イリス様! レノ様は私の夫になる方ですわ! そのように気安く話しかけられては困ります!」
「……私は、その」
「シャルノワール様とご結婚なさったのですよね? それともレノ様にまだ未練があるとでも? イリス様、レノ様は私を選んでくださったのです。あなたは昔の恋人かもしれませんが、もう出る幕などありませんのよ!」
「そんな……私はただ、話がしたくて」
「積もる話など何一つありませんわ! 私はずっと、レノ様は無実だと信じておりました! 今も、信じております!」
高笑いする勢いでイリスを愚弄して、フラウリーナは宣言をした。
会場がざわつく。シャルノワールがひどく呆れた顔をして、フラウリーナを見下した。
なんだこの馬鹿な女はという視線だった。
それでいいのだ。
フラウリーナは今、高慢で考えなしの女を演じている。
イリスに嫉妬した嫌な女だ。
皆の同情が、イリスに集まることを期待している。イリスの夫は今から裁かれるが、イリスに罪はないのだ。
「わ、私だって、ずっと……シャルノワール様との結婚はお兄様に命じられて……!」
「まぁ! 望まぬ結婚だったと! お可哀想なイリス様!」
「フラウリーナ様。政略結婚とはよくあることです。夫婦の間のことは夫婦にしかわかりません。イリス、いい加減にしないか」
シャルノワールに咎められて、イリス姫はびくりと体を震わせた。
「ごめんなさい。つい、心にもないことを言ってしまいました」
とりなすように謝罪をすると、それから気を取り直したように、城の使用人から酒の入ったグラスを受け取った。
「レイノルド様、せっかくまたお会いできたのですから、乾杯をしませんか? お兄様がいらっしゃるまでは、まだ時間がありそうですし」
「それでは、お言葉に甘えて」
「私もいただきますわ」
「お前は駄目だ、フラウ。酒はいけない」
フラウリーナもグラスを受け取ろうとしたが、レイノルドに止められてしまう。
おそらくこのグラスに、地下室の薬が入れられているのだろう。
といっても、瓶の中身はただのイチゴ水に変わっているので、何の意味もないのだが。
それぞれのグラスの酒を飲み干した。フラウリーナはオレンジジュースだった。
シャルノワールの瞳が、満足気な光を帯びる。
「陛下がお出ましになられる。それでは、これで。行こうか、イリス」
「は、はい。レイノルド様、本当に、お会いできてよかった」
あからさまに恋する女の瞳でイリスはレイノルドを見つめると、名残惜しそうに離れていく。
シャルノワールの周りには、神官長息子のディルーグや、宰相を継いだウィルゼスが集まっている。
それ以外にも、中央政治を司る錚々たる貴族の面々が、シャルノワールに声をかけては離れていく。
きっと、人々から騙し取った金をばら撒いて、人心を掴んでいるのだろう。
「もうすぐ出番だ、フラウ。しかし、いつになく機嫌が悪かったな」
「……レノ様。……興奮剤を飲んだレノ様は、イリス姫を襲うのですわ、きっと。昔の恋に、火がつくのです」
「くだらん画策だな」
「画策ではないかもしれません。私は、レノ様の幸せをいつだって願っておりますわ」
フラウリーナは微笑んだ。
「私は、嫉妬深くて嫌な女です。ですので、ご自分のお気持ちに正直になって、かまいませんわ」
イリス姫の元へ行っても構わない。
彼女はこれから夫を失うのだ。きっと、不遇な立場になるだろう。
イリス姫を救えるのはレイノルドだけかもしれない。
そして、そのほうが、レイノルドのためではないのかと、フラウリーナは思う。
レイノルドは不機嫌そうに眉を寄せて、返事をしなかった。




