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王都の実情



 精霊竜ルヴィアは美しい女性の姿に、そして精霊たちは愛らしい少女の姿に。

 それぞれ精巧な彫刻に姿を変えて、大神殿には飾られている。


 大神殿の前には長く行列ができている。

 フラウリーナとレイノルドはフードを目深に被り、髪や顔を見られないようにしながら行列に並ぶ。


 まだ朝も早いのに大神殿に並ぶ人々が求めているのは、薬である。


 かつてレイノルドが宰相として政に関わり、魔導士として城の研究所を預かっていたときは、薬とは神殿ではなく診療所で手に入れるものだった。


 開発した薬を製剤所で量産し、各地の診療所へと降ろす。

 患者を診察した医師は、それぞれの状態に応じた薬を処方するのである。


「申し訳ありませんが、少し、お聞きしたいのですが」


 レイノルドと行列の一番最後尾に並んだフラウリーナは、先をゆくご婦人に問いかける。

 ご婦人は疲れた顔をしていて、正気のない顔に、瞳だけが妙に輝いている。


「なんですか?」


「ここにくれば、薬が手に入ると聞いて遠方から来たものです。私たちの子供が、病気で」


 顔を隠しているフラウリーナたちにご婦人は不審そうな表情を浮かべた。

 けれど、フラウリーナの子供が病気だという言葉にやや表情を和らげる。

 もちろん、嘘だ。

 嘘をつくのは心が痛むが、情報を得るためだ。仕方ない。


「そうなのね。私の子も、そうなの。数週間前から咳が止まらなくて、熱も、上がったり下がったりを繰り返しているのよ」


「それは、心配ですね」


「ええ。あなたの子も?」


「はい。高熱が、数日続いています。どうにかしたくて、王都まで来ました」


「ここまで来たのなら、もう安心ね。大神殿では、万病に効く聖水をくださるの。それを、毎日飲ませれば病は治るのよ」


 ご婦人は、聖水を信じているようだ。

 フラウリーナは、シャルノワール邸の地下室で見た光景を思い出す。

 聖水とは、やはりあれのことなのだろうか。


 あんなものを、万病に効くと言って配るなど。


「数週間前から具合が悪いのですよね? もう、飲ませたのではないですか?」


「ええ。飲ませているわ。でもまだ、治らないの。聖水がまだ足りないのよ。それから、祈る気持ちも。精霊竜ルヴィア様に祈るために、心付けをもっと支払わないと……きっと足りなかったのよ。ありったけのお金を、持ってきたわ。きっとこれで、娘の病気も治るわ」


「……ご婦人、お聞きしたいのですが、以前の王都では診療所で薬を購入できたようですが、今は」


 レイノルドが尋ねると、ご婦人は呆れたように目を細めた。


「何も知らないのね。診療所で売っていた薬は、追放された宰相様がお金を稼ぐために売っていた偽物よ。本物は、シャルノワール様が作り出してくれた、精霊竜様の加護のある聖水よ。診療所に行く人なんてもういないわ」


「……そうなのですね。教えてくださり、ありがとうございます」


 レイノルドは淡々と礼を言った。

 それから「もしかしたらお嬢さんは、肺炎なのではないですか。肺炎には、クワトロースの葉の水薬が効くと、私たちの故郷では言われていますよ」と付け加える。

 ご婦人は訝しげな顔をして「ご親切にどうも」と、感情のこもっていない声で言った。


 フラウリーナは今すぐに、聖水などは詐欺だと声だかに叫びたい気持ちになった。

 その気持ちに気づいたのか、レイノルドがフラウリーナの手に自分の手を重ねる。

 軽く力を込めて繋がれた手に、ささくれだった気持ちが落ち着いていく。


 それでも、やはり苛立ってしまう。


 レイノルドの功績を、フラウリーナを助けてくれた、そして多くの人々を助けた彼の知識を、シャルノワールは全て消してしまいたかったのか。

 それも、醜い、詐欺行為で。


『妾の祝福じゃと。笑わせる』


 フラウリーナの耳元で、ルヴィアの小馬鹿にしたような声も聞こえた。

 人間は愚かだと言いたげだった。


 ルヴィアは過去、人々の争いに巻き込まれて眠りにつくことを選んでいる。

 彼女は、人間に対して攻撃的でもなければ、友好的でもない。


 何年経っても人間は変わらないと言いたげな口ぶりだった。


「こちら、おいくらですか?」


「何をおっしゃいますか、奥様。シャルノワール様のお作りになってくださった聖水は、王国民の皆様への施しです。お金など、いただくはずがありません」


 神殿の中に入り、ずらりと並んだ地下室で見たものと同じ瓶を受け取ることができたのは、並び始めて数時間後のことだ。

 でっぷりと脂肪を蓄えた神官は、肥えているせいで年齢がわからないが、まだ若そうにも見える。

 レイノルドが耳元で「ディルーグだ。神官長の息子。シャルノワール派の男だ」と教えてくれる。


 ディルーグから瓶を一本受け取って、フラウリーナは微笑んだ。


「ありがたいことです。さすがはシャルノワール様。けれど、噂に聞きました。毎日飲ませても、効果がない場合があるのだと。私、遠方から来ましたので、王都までたびたび聖水をいただきに来ることはできません」


「多くの民が、聖水を必要としています。もし、何本もほしいというのなら、それはあなたの心がけ次第です」


「わかりました」


 フラウリーナは、逡巡したふりをして、それから必死に決意をしたように、噛んでいた唇を開いた。

 それから、金貨の入った袋を取り出す。

 そっとディルーグに差し出すと、ディルーグは慈愛に満ちた──と自分では思っているのだろう、胡散臭い笑みを浮かべて、フラウリーナに数本の瓶を袋に入れて渡した。



 

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