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綺麗好きなレノ様



 公爵家には帰らずに、フラウリーナはレイノルドと共に王都の宿に一晩泊ることにした。

 

 といっても、もう真夜中である。

 アルルカン邸から外に出ると、草も木々も寝静まり、星と月だけが空にまたたいているような静かな夜だった。


 邸宅から離れると、ようやく人心地ついたようにフラウリーナは息を吐きだした。


「悪いことをしているみたいで、ドキドキしましたわね、レノ様。悪いことをしているのはシャルノワールだと思いますけれど」


「お前は姿を隠せないだろう。一人でどうするつもりだったんだ?」


「こう見えて私、とても強いのです。潜入も得意なのですわ。見つかったら力業で逃げ出そうかと思っておりましたけれど、見つからない自信もありましたのよ」


「お前なら、できそうなところがな……何とも言えないな」


「レノ様、一晩泊っていきましょう。王都の視察もしたいのです。でも、この時間に空いている宿はありますでしょうか」


「普通の宿はしまっているな。連れ込み宿ならあいている」


「連れ込み宿とは」


「男女がそういう目的で過ごす場所だ」


「そ、そうですのね、望むところですわ……!」


 レイノルドの案内で、王都の中でもまだ賑わいのある酒場の並ぶ通りに向かう。

 精霊と契約するために旅をしていたフラウリーナだが、基本的には品行方正である。危ない場所には近づかなかったし、もちろん酒場などにも用がない。


 宿がない場所では野宿をすることもあったが、宿がある街では夜はきちんと眠った。

 一度死にかけているフラウリーナは、その生活も健康であることを心掛けていたのだ。


 だから、肉の油の匂いや、酒の匂いであふれる人相の悪い男たちが闊歩する通りをレイノルドと共に歩いていると、好奇心よりも恐れを感じる。

 

 好奇の視線が肌に刺さる。それ自体はあまり気にならない。見たいものは見ればいいのだ。

 例えば男たちに絡まれたとして、フラウリーナは勝つ自信がある。腕力でも。それから、魔法でも。

 

 だからこの恐れというのは――悪い場所に立ち入ってしまったとでもいうような、罪悪感である。


 レイノルドは涼し気な顔で、女連れか、いいご身分だな兄ちゃん――などと、からかってくる酔っ払いたちに視線も向けずに、酒場の並ぶ通りから一本脇道にそれた路地にある建物へと入った。


 魔力を込めた石である、魔石の明りに照らされた看板は濃い桃色の文字で『ご休憩』『ご宿泊』と書かれている。

 扉を開き足を踏み入れると、ぎしっと床が軋んだ。

 入口から入ってすぐのエントランスは質素なものだ。宿の受付があり、受付には小さな観葉植物が置かれている。


「朝まで一泊。部屋はあいているか?」


「あいてるよ。料金は先払いだよ」


 受付で煙管をふかしている枯れ枝のような老齢の女性に金を渡して鍵を受け取って、レイノルドは二階にあがっていく。

 気恥ずかしさを感じているのはフラウリーナばかりで、レイノルドは冷静なまま。

 受付の老女も客の対応は日常なのだろう。レイノルドとフラウリーナにまるで興味を持っていないように、紫煙を吐き出していた。


 ぎしぎしとうるさい階段をあがり、二階の廊下を進んで奥の部屋にレイノルドは入って行く。

 フラウリーナもそのあとを追った。

 安宿に泊まった経験はあるが、フラウリーナが泊まったことのあるどの宿とも違う。

 

 何がとはうまく説明できないが、雰囲気のようなものだろうか。

 床も壁も天井も木製で、明りが少ないせいで四方には濃い闇が溜まっている。


 部屋の中も同じで、ランプに炎を灯しただけでは暗いままだ。

 レイノルドが光玉を天井に浮かべるとやっと、部屋の内装が確認できる程度に明るくなる。


 扉に鍵をかけているレイノルドを尻目に、フラウリーナはきょろきょろと部屋を観察した。


 狭い部屋だ。ベッドが一つある。それから、洗面台などの水回り。

 ベッドもまた簡素なものだが、一人用よりはやや大きい。


 あの老女が掃除をしたりシーツを洗っているのだろうか。それとも他にも人を雇っているのだろうか。

 

 ベッドを見たせいか急な眠気を感じる。

 ふぁっとあくびをして、ベッドに座ろうとするフラウリーナの腕を、レイノルドは掴んだ。


「待て。汚れている可能性がある」


「宿のベッドなのですから、汚れてはいないのではありませんの?」


「信用できない。あの婆さんが、まともに人を雇って掃除をするとは思えない」


 レイノルドが指をパチリと弾くと、くたっとしていたベッドのシーツがパリッとする。

 白くなったシーツをまじまじと見つめて「レノ様は便利ですわね」とフラウリーナは感心した。


 精霊さんたちの力を借りればフラウリーナにもできないことはなかったが、宿のベッドをわざわざ綺麗にするという発想はなかった。


「辺境でお会いした時はキノコ塗れになっていたのに、すっかり綺麗好きになりましたのね。いい傾向だと思いますわ」


「忘れてくれ。お前の記憶から、消去しろ」


「頭からキノコがはえているレノ様も素敵でした」


「フラウ。忘れろ。今の俺が、お前のレイノルドだ。以前よりは多少は、マシになっただろう」


 ベッドを綺麗にして満足したらしく、レイノルドはベッドに横になった。

 フラウリーナもレイノルドの隣に寝転がる。

 

 夜明けが近づいて来ている。気恥ずかしさや緊張よりも、眠気と疲れが勝った。



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