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地下室の薬



 シャルノワールの足音が完全に遠ざかって行ったのを確認してから、フラウリーナはレイノルドと共に地下室に降りる。


 姿隠しは、姿を隠せても音を隠すことはできない。

 完全に消えたわけではなく、きちんとそこに質量もある。

 細心の注意を払いながら、音を立てないように階段を降りた先には灯りがなく、右も左も分からないぐらいに真っ暗だった。


 光の精霊さんに照らして貰うと、そこは魔道具の倉庫のようだった。


 様々なものが保管されているが、ひときわ数が多いのは美しい瓶である。

 瓶には無色透明な液体が入っていて、アルルカン家を示すラベルが貼ってある。


「この瓶は何でしょう。……聖水と、書いてありますが」


「聖水、ね」


 レイノルドはその一本を手にして、確認するように軽く振った。

 それから、片手をかざして透明な液体を、薄青色へと輝かせた。


「……これは、ただの水だな。聖なる力が付与されたものなら、白く輝く。薬草が入っているのなら緑に。魔力を帯びていれば紫に。しかし、そのどれでもない。ただの水」


「水のボトルを、聖水と?」


「よくある詐欺だ。シャルノワールは元々は庶民だ。魔法の力をかわれて筆頭魔導師までのし上がった男ではあるが、この家を見る限りはずいぶんと羽振りがよさそうだからな。シャルノワール・アルルカンの名前で、病が癒える水だとでも言って売っているのだろうよ」


「あら……筆頭魔導師様ともあろうお方が、ずいぶんと小ずるいことをしますのね」


「お前の父と話をしたが、俺が元々手をかけていた研究室は閉鎖されて、新薬の開発もされていないらしい。その変わりに、魔法で病が癒えるだの、神殿での祈りが体を癒すだの、聖なる水だのと、妖しげな商売が蔓延っているそうだ」


「そうして、シャルノワールはお金を稼いでおりますのね」


「おそらくはな。何故陛下が、そのような腐敗を放っておくのかはわからんが……陛下も、金がかかる薬の研究などよりは、水だの祈りだので王国民を騙したほうが利益があがることに気づいたのかもしれんな」


「酷い話です」


「水や祈りやら魔法やらは、元手がかからんからな。病が悪化すれば、心付けが足りなかったのだと言ってさらなる寄付を求めたり、聖水が足りなかったのだと言って更に買わせたり。一度騙すことができれば、楽に儲けることができる」


 レイノルドの言葉は静かだが、その奥には激しい怒りが内包されているようだった。

 正義感が強いというわけではない。

 薬の開発に携わっていた人間として、そうした詐欺が許せないだけだろう。


「レノ様のお薬は、どうなりましたの?」


「どうやら、最近ではあまり出回っていないようだな。国をあげて、聖水や神殿での祈りや、神官の癒やしの魔法やらで病が癒えると嘘をつけば、人々はそれを信じる。薬は高価だが、祈りの方が安価だ。治らないがな」


 半信半疑だったが、これが証拠だと、レイノルドは手の中の瓶を元の箱の中に戻した。

 地下には木箱がびっしりと積まれている。この中のものが全部嘘の聖水なのかと思うと、フラウリーナは全ての瓶を割りたくなった。


 しかし、侵入した形跡を残すわけにはいかないので、それはしなかった。


 地下室の奥に進むと、テーブルの上に美しい細工の瓶が置かれている。

 こちらの瓶には透明な液体ではなく、毒々しい赤い色の液体が入っていた。

 それを手に取ろうとするフラウリーナの腕を、レイノルドは掴んだ。


「レノ様、これは」


「これは、見覚えがある。俺が作ったものだ。所謂、身体強化剤だな」


「ええと、それは一体なんですの?」


「一時的に、体の中の魔力を増幅させるものだ。凶悪な魔物の討伐などに持って行って、使用する。だが、副作用があってな」


「副作用」


「あぁ。効果が強い薬はその反動も大きい。飲み過ぎれば、興奮して我を忘れて見境をなくす。そちらの効能ばかりがもてはやされるようになり、作るのをやめた。醜悪だからな」


「そちらの効能……?」


 レイノルドは先程から言葉を濁している。

 フラウリーナは意味がわからず、レイノルドの顔を見あげた。

 光の精霊さんがともしてくれるぼんやりとした光に照らされたレイノルドは、どの角度から見ても美しい。


 無精髭も素敵だったなと思いながら、返答を求めてじっと見ていると、レイノルドはフラウリーナの腰を引き寄せて、耳元に唇を寄せた。


「っ、や……」


「フラウ。みなまで言わせるな。つまりは、媚薬だ」


「びや……?」


「媚薬も知らないのか。魔力増幅薬は、一過性に体を激しく興奮状態に陥らせる。魔物と戦うための薬だからな、興奮は戦闘で発散できるものだが、そうではないときに多量に摂取すれば、抑えきれない興奮が全て性欲へと変わる」

「……っ」


 フラウリーナはレイノルドの体から離れようと、胸を押した。

 レイノルドはぱっと手を離して、人の悪い笑みを浮かべる。

 からかわれた。からかうレノ様も素敵だ。


 けれど、うっとりしている場合でもない。乱れた呼吸と整えて、赤く染まった顔を手で冷やして、それからフラウリーナは小瓶に視線を向ける。


「これで、レノ様に恥をかかせるのでしょうか。どうやって?」


「さぁな。だが、まぁ、なんとなく察しはつく。晩餐会でこの薬を俺に飲ませて、誰かを襲わせるつもりなのだろう」

「誰かを……?」


「あぁ。貴族が時々使う手だ。姦通は投獄罪。こういった薬を飲ませて、妻以外の者と不義を働かせる。その現場に押し入って、不義密通をしたのだと大声で吹聴して邪魔な者を排除するのだ」


「つ、つまり、レノ様、私以外の女性と……そんな……そんなことはさせません」


 フラウリーナは瓶を手にしてその蓋をあけた。

 それからレイノルドが止めるまもなく、その瓶の中身を一気に飲み干した。



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