いざ敵の本拠地へ
レイノルドは過去、シャルノワールに罠に嵌められている。
シャルノワールだけではなく、シャルノワール派の貴族たちにではあるが。
「レノ様を貶めたものたちに本当はやり返したいのです、私」
「そんな子供じみたことはしなくていい」
「でもでも、のこのこ晩餐会に顔を出して、何かしらレノ様に不幸が訪れたら私はとても耐えきれません。シャルノワールに殴りかかってしまうかもしれませんもの」
「お前はどうしてそう武闘派なんだ。爺どもに影響されすぎだろう」
「おじさまたちは力こそ正義だと教えてくださいましたわ」
遠く、ドーンドーンと、魔道砲が空気を震わせている。
レイノルドが改造して軍艦に搭載した魔道砲は、海賊船など一撃で沈めることができる代物である。
きっと今頃、レオニードは船の上でガハガハ笑っていることだろう。
一時期レオニードに弟子入りしていたフラウリーナも、敵船を沈めた時には腰に手を当てて高笑いをしたものである。
「何かしら悪事を画策していないか、偵察して調べるのです。何もなければよしですが、レノ様になにかしようとしているのなら、この私が許しません」
「……余計なことはするな、フラウ。晩餐会の間、注意を払っていればい。そう何度もはめられる俺ではないさ」
「それはそうかもしれませんけれど」
フラウリーナは、うん、と頷いた。
「信じておりますわ、レノ様」
「あぁ」
とはいえ──やはり、じっとしていられない。
フラウリーナはその日の夜、レイノルドが眠っているのを確認すると部屋から抜け出した。
シャルノワールの家があるのは王都だ。ルヴィアで駆ければ数刻である。
屋敷を探り戻ってくるまでには十分に時間がある。
「ルヴィア、誰にもみつからないように高く高く飛んでくださいまし」
『お主は人の言うことを聞かない女じゃな。余計なことをするなと言われていたはずじゃ』
「でもやっぱり気になりますもの。レノ様を守るためなら石橋を叩いて渡らないぐらいの気持ちでいないといけません」
『忍び込むのか』
「もちろんです」
公爵家の屋上でルヴィアに乗り込んで、フラウリーナは力強く言った。
「レノ様はたいへん頭がいいのですが、頭がよすぎるからでしょうか、少し迂闊なところがあります。強者の余裕というものですわね。その油断を支えるのが妻の役割です」
「誰が迂闊だって?」
「れ、レノ様!? 大変、見つかってしまいましたわ! ルヴィア、早く出発を!」
唐突に、レイノルドがフラウリーナの前に現れた。
転移魔法が使えるレイノルドは神出鬼没だ。忘れていた──わけではないけれど、よく眠っているので大丈夫かなと思っていた。
どちらが迂闊だという話である。
「止めても無駄ですわよ、レノ様! 私、行かなくてはいけませんの!」
「お前は暴れ馬か。公爵夫婦がお前を自由にさせていた理由がよくわかる。いや、俺もそろそろ理解するべきだな。お前がいうことをきかないことを」
「そんなことはありません。私は聞き分けはいいほうです。でもほら、レノ様のこととなればなんでもできるというだけです」
「あぁ、分かっている。だから俺も共に行く」
「え……あ、だめです。だめ!」
「なぜ?」
「イリス様がいらっしゃいますもの……! 愛の力でレノ様が忍び込んだことがバレてしまうかもしれませんわ」
「俺とイリスの間にそんなものはない」
レイノルドも共にルヴィアに乗り込むと「行くぞ」と短く言った。
『妾の上で痴話喧嘩をするでない』
「ルヴィアは痴話喧嘩を知っていますのね?」
『遥か昔は人と共に暮らしていたのじゃ。それぐらいは知っておる』
夜の空を、高く高く、ルヴィアは飛んでいく。
鳥よりも、浮遊魔法よりもずっと速い。雲に紛れると、ルヴィアの姿は夜に隠れた。
「いいか、フラウ。お前が俺を心配しているように、俺もお前を心配していることを理解しろ。お前は気付けば崖の下に落ちていそうな危うさがある。人の身に……魔力のない、魔力に馴染めないお前の身に、精霊や精霊竜を宿して無事なのか? 何か、副作用的なものがあるのではないかと、疑っている」
「私は元気ですわよ、レノ様」
変なところで察しがいいのだ。
フラウリーナは内心どぎまぎしていた。確かにレイノルドのいう通りではあるのだが、それはできれば伝えたくない。
レイノルドは知らないままでいてほしい。
フラウリーナがルヴィアと契約しなくてはいけなかった、本当の理由などは。
王都近郊でルヴィアは姿を消し、レイノルドの転移魔法でアルルカン屋敷の裏手に移動した。
姿隠しの魔法をレイノルドが自分自身とフラウリーナにかける。
姿隠しの魔法はイリスが得意だったそうだ。イリスの魔法を調べて、レイノルドは自分も使えるようにしたそうだ。
壁をすり抜けることができる精霊さんたちに頼んで、内側から窓の鍵を開けてもらう。
精霊さんたちはぷにぷにの体を器用に変形させて、鍵を上手に開けてくれた。
中に入り音を立てないようにしながら進んでいく。
時刻は午後零時前。屋敷の中はしんと静まりかえっているが、一部屋だけ明かりがついている場所がある。
壁に張り付くようにしながら明かりが溢れている部屋に近づいていく。
一階の奥にある部屋である。
あかりは部屋の床を橙色に光らせていた。どうやら地下室に誰かいるようだ。
姿は消せても音は消すことができない。地下室に向かおうとするフラウリーナを、レイノルドは抱きしめるようにして押さえつけた。
ついでに喋らないようにだろう、口も押さえつけられる。
息苦しさを感じながらもごもごしていると、地下室から誰かが出てくる気配がする。
部屋の隅で身を潜めている二人に気付いた様子もなく、地下室から出てきた男は上機嫌で口元に笑みを浮かべていた。
「ふふ、せいぜい恥をかくといい、レイノルド。二度と皆の前に顔を出せないように……いや、投獄されるか。ふふ、あはは、最高だ……!」
男はシャルノワールである。フラウリーナはシャルノワールの顔をよく知らない。関わることなどほとんどなかったからだ。
しかし、その言動からきっとシャルノワールだろうとすぐに知れた。
まさか侵入者がいるとは思っていないのだろう。
それだけ今まで、レイノルドを追い払い、地位を手に入れて、ぬるま湯に浸かるような生活をしていたのだ。
敵がいなければ警戒心が薄れるものである。
シャルノワールがいなくなると、レイノルドはフラウリーナの口から手を離した。
フラウリーナはぷはっと息をつくと、何も言わずに地下室の扉を指差した。




