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公爵家での快適な暮らし



 公爵夫婦の手厚い歓迎のあと、公爵家の巨大な風呂にレイノルドは浸かった。


 グルグニル家の風呂に比べて倍ぐらいに大きい風呂は、さながら神殿、もしくは共同風呂である。

 白いつるりとしたタイルと、石造りの湯船。浴室の中に植物まではえている。

 水や湯は、魔道と技術を合わせて開発が進んでおり、王国の中心では楽に手に入るようになっているが、それにしても巨大である。


「昔、お父様とお母様が私の病気を癒そうと、ローゼンハイム公爵領にあるベルデネット山脈の温泉地から、薬湯をひいたのです」


「あれは、病は癒えないだろう。せいぜい疲れが取れる、肩こりや腰痛が多少マシになる程度だ」


「レノ様は温泉にまでお詳しいのですね」


「病気が癒えるなどと銘打っている詐欺が多い。飲むと病が癒える水などありはしない」


 悠々と湯船に浸かるレイノルドの傍に、湯浴みの手伝いの為の薄手の服を着たフラウリーナがちょこんと座っている。

 一緒に入る入らないで一悶着あったものの、一歩も引かないフラウリーナに折れて、今の状況に落ち着いている。


 旦那様の背中を流すのは妻の役目らしい。

 咎めるのも拒絶するのも疲れたので、フラウリーナの要求については大抵のことは受け入れた方がいいのだとレイノルドはつくづく思い知らされている。


 別に、嫌というわけではないのだ。

 心情的に、やや禁忌を感じるだけである。


「そうなのですね。この水を飲むと病が癒えると言って、高値で売っている人がたまにいましたわ。旅をしている時に見かけましたの」


「詐欺だな。買わなかったか?」


「買いはしませんでしたわ」


「病を癒すのは薬だ。それも万能ではない。傷を癒す、病気を癒す、命を繋ぐ。……これは、魔法ではできないことだ。そう都合のいい魔法はない」


「そうですわね」


 魔法は万能だと思われがちだが、そんなことはない。

 フラウリーナの従えている精霊たちと精霊竜が魔法の源であり、その属性は限られている。

 ごくまれに、イリスのような特殊な魔法を使える者がいることはあるが、レイノルドの魔法でさえ属性の組み合わせである。


 その中に、病気を癒したり命を繋だりすることは含まれていない。

 自己治癒力を高めて多少の傷を癒すことはできるが、指先にできた軽度の切り傷程度のものだ。

 腕や足を失えば繋げることはできないし、致命傷を負った場合は助けることなどもちろんできない。


 だからだろう、命については、商売にされがちである。

 病を癒す水、温泉。そんなものを高値で売る詐欺はあとをたたない。


「レノ様は詐欺を見破るために温泉についても詳しくなりましたの?」


「詐欺に命を預けて、治せる病も悪化させる者がいるからな。薬を開発していた身としては、見過ごせるものではない」


「レノ様は真面目で正しくて、優しい方ですわね」


「お前がそう思うのならそういうことにしておこう」


 かつてのレノルドに対する評価は、口うるさい、融通がきかない、煙たい、怖い。

 そんなものばかりだった。だが、気にしてはいなかった。

 おまけに研究室や仕事場に度々訪れるイリスについて、快く思っていない者も多かった。

 公私混同している。姫君が仕事の邪魔である――などと、苦情を言われたこともある。


 あの頃の自分は、果たして本当にイリスを愛していたのだろうか。

 正直、よく思い出せない。辺境に籠り数年、シャルノワールからイリスと結婚したという手紙を貰ったときは、手紙を燃やして、何もかもが嫌になったことを覚えている。


 イリスを奪われて悲しかったから――というわけではない。

 何もかもを自分から奪うシャルノワールの人間味を全身に浴びせられて、人というのはここまで醜悪になれるのかと、生きることが嫌になったのだ。

 

 レイノルドは人に対して、怒りや嫉妬を感じたことがあまりない。

 それはレイノルドが優秀だったからという理由からではない。


 他者に興味がなかったのだ。薬の研究や日々の仕事で忙しく、それ以外のことはどうでもよかった。

 人が何をしていようが、誰に褒められようがどんな成果を出そうが、それはレイノルドにとっては関係のないことだった。


 そこまで俺が憎いのかと、うんざりしてしまったというのが正しい。

 今はイリスに対しては、何の感情も抱いていない。会いたいとも思わない。

 愛を囁いたような気もするが、今となっては若気の至りだ。


 今のレイノルドは、フラウリーナを愛らしいと感じている。

 はじめこそなんだこの女はと思ったものだが、ここまで一途に健気に想われては、悪い気はしない。

 いつまで生きられるかわからないが、残りの人生はフラウリーナに捧げようと思うぐらいには、フラウリーナに絆されていた。


「レノ様、頭を洗いましょう。それからお背中をお流ししますわね」


「……あまり無防備にしていると、襲うが、いいのか」


「え、ええと、はい、もちろん、もちろんかまいませんわ……! 私、いつでも大丈夫ですのよ」


 好きだ好きだと言う割に反応が初心なところも、可愛らしいと思う。

 レイノルドは「冗談だ」と言って笑った。


 髪を洗って背中を流して貰うのはとても気持ちよかったのだが、フラウリーナの細い指や手首、豊満な胸やくびれた腰が目に入る度に落ち着かない心持ちになる。

 もうとっくに枯れ果てたと思っていたが、自分も男なのだなと、心の中で苦笑した。





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