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シャルノワールの画策



 レイノルドが、戻ってくる。

 その言葉は、晴れた空から唐突に落ちてくる雨粒のように、イリスの胸に落ちた。

 

 広がるのは甘美な喜びである。

 夫の手前隠さなくてはいけない感情だ。イリスは笑顔の仮面を貼り付けることを心得る。


「王国で、聖女と名高いフラウリーナ・ローゼンハイムより、レイノルドを婿にしたいと陛下に手紙がきた」


「フラウリーナ……眠り病だった、魔力のないご令嬢ですね」


 声が震えそうになる。

 膝から下の力が抜けて、崩れ落ちそうになってしまう。


 湧き出た気持ちは、激しい嫉妬だった。


 だって、ずるい。

 イリスはレイノルドと結婚できなかったというのに。

 魔力のない女が、レイノルドと結ばれるなんて。


 イリスは外の世界をあまり知らない。

 家から出ることは滅多になく、静かな日々を過ごしていた。社交界にもあまり顔を出さない。

 レイノルドがいなくなり、イリスは元の、不貞の子だと自分を蔑んでいたイリスに戻ってしまっていた。


「あぁ。君に相談があるんだ、イリス」


 シャルノワールは不機嫌さを消して、にこやかに笑うと、イリスを二人の部屋へと連れて行き、人払いをした。


「シャルノワール様、相談とは……」

「フラウリーナは精霊竜と契約を果たした聖女、といわれている。人伝てにしか伝わってこないのは、彼女が陛下からの登城の命令を無視し続けていたからだ」

「まぁ……それは、無礼なことです」


 イリスは眉を寄せた。

 話したこともない相手だが、嫌悪の感情が膨らんでいく。


「フラウリーナが聖女であれば、王配となるべきだ。陛下はフラウリーナを第二妃にしたいと考えている」


「けれど、レイノルド様と結婚を……」


「そこで君に頼みたい。私には陛下の望みを叶える義務がある。謀反を企てたレイノルドが、聖女と結ばれるほど危険なことはない」


「はい……」


 なにをさせられるのだろう。

 不安と僅かな期待を感じる。

 シャルノワールはフラウリーナの結婚を阻止しようとしているのだ。

 よくないことだ。けれど、嬉しい。

 国王の、王家の命を聞かない女など、レイノルドに相応しいわけがない。


「陛下はレイノルドの罪を許すため、二人を晩餐会に呼ぶつもりだ。酒と料理が振る舞われる」


「レイノルド様の罪は許されるのですか?」


「あぁ。あれからもう何年も経った。レイノルドは爵位を剥奪されて、辺境で十分反省をしただろうと陛下は仰せだ」


「よかった……」


「晩餐会で、レイノルドに興奮剤を盛る。魔力が多いほど効き目のある薬だ。君は姿を隠して、城の休憩室で待て。レイノルドが中に入ったら、扉を閉める」


「で、ですが、それでは……」


 イリスはシャルノワールの妻である。

 夫から不義を働けと言われて、簡単に頷くことなどできない。


「私のことは気にしなくていい。君は、私とは白い結婚だったと。レイノルドの帰りをずっと待っていたと言うんだ。既成事実をつくり、私がそれを見つけて皆を呼ぶ」


「そんなこと、私には……」


「全ては陛下の、この国のためだよ、イリス」


「……ですが」


「私は身を引き、君とレイノルドは結ばれる。フラウリーナは陛下の花嫁となる。これが、国のためには一番いい形だ」


「お兄様からの命令なのですか?」


「あぁ」


 イリスが分かりましたと頷くのを見て、シャルノワールは満足気に頷いた。


 イリスを部屋に残して、シャルノワールは家を出た。


 王都の貴族街にある家から、街の酒場へと向かう。

 皆で酒を飲むような大衆向けの酒場ではなく、個室で密談のできる高級な場所である。


 階段を登り、二階の角。昼間だというのにカーテンが閉められていて薄暗い。

 葡萄酒のボトルがテーブルにはおかれている。先に部屋で待っていたウィルゼスが立ち上がる。


「どうだった?」


「姫は簡単に嘘を信じたよ。我妻ながら、心配になるぐらいの単純さだ。まだレイノルドを想っているせいもあるだろうけれどね」


「そうか、それはよかった!」


 ウィルゼスも、レイノルドの帰還が気に入らないと考えている。

 レイノルドを追放した中心人物のうちの一人だ。

 シャルノワールはレイノルドの帰還を知らされて、すぐにウィルゼスに連絡をとっていた。


 再び追放するため、二度と貴族社会に顔を出すことができないようにするために、どうするのかを話し合った。


 イリスに話したことは、嘘である。

 国王からはなにも命じられていないし、イリスをレイノルドに渡すつもりもない。


「温情を与えられる大切な場で、他人の嫁を獣のように貪る。その姿を皆に見られるほどの恥はない」


 くつくつ笑いながら、シャルノワールは言う。

 イリスには悪いが、一時夢を見れるのだから幸せだろう。

 シャルノワールの妻になりながら、レイノルドに思いを寄せている罰だ。


「花と喩えられたレイノルド様の、落ちぶれた姿だな。過去の恋が燃え上がり、禁忌を犯す」


「姦通罪は、死罪だ。貴族ならさておき、今はただの人であるレイノルドが王家の血筋のイリスと通じたとあっては、うまくいけば……消し去ることができる。投獄か、再び追放になるか」


どちらにしても、レイノルドの立場はより悪いものになるだろう。

 酒を酌み交わし二人は笑い合う。

 晩餐会が楽しみだと。


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