ようこそローゼンハイム家へ
安らかな眠りについている老兵たちを、いつもお世話になっている兵士たちが抱えて公爵家の敷地内にある兵舎へと戻っていく。
元々ローゼンハイム公爵家は武力に優れているというわけではなかった。
公爵家としてそれなりに兵士は有していたし、兵士たちは公爵領を魔物や盗賊たちから守り、治安維持に努めていた。
有事の際は戦に出なくてはいけないが、王国は今の所平和で隣国との戦争や内乱の気配もない。
魔物の脅威にさらされているせいで、戦争をしている暇がないとも言える。
ともかくローゼンハイムの兵力はごく普通。突出したものは何もなかったし、公爵家の敷地内に兵舎もなければ訓練施設もなかったのだ。
老兵たちがやってきてから、ローゼンハイム公爵が急遽作ったものである。
公爵は元々温厚な人柄で、色々あったせいか娘に甘い。
フラウリーナをこよなく愛する伝説の老兵たちの住み心地がいいように、公爵家の資金を使うことをためらわなかった。
フラウリーナがどこで何をしているのかは風の噂程度しか知らないが、各地で修行をして、修行をするついでに人助けをして、精霊たちを集めるついでに人助けをしているらしい。
その噂が聞こえてくるたびに、フラウリーナちゃんは元気にしているのだなぁと、公爵はにっこりしていた。
そんなフラウリーナと縁のある御仁たちだ。もちろん二つ返事で食客として受け入れた。
気づけば軍事力が増強されていたし、気づけば大砲などが製造されていたが、まぁいいかと思っている。
公爵はフラウリーナのことを信じているのだ。
娘が元気であれば、公爵にとってはなんでもよかった。娘にとって大事な人ならば、公爵にとっても大事な人だ。
「いやぁ、強いね、レイノルド君。さすがは天才魔導師だよ」
「その節は娘の命を助けてくれて、ありがとう、レイノルドさん。公爵家へようこそ。どうぞ、実家のようにくつろいで行ってね」
老兵たちとの騒動が収まると、公爵夫妻はレイノルドとフラウリーナを客室に案内した。
そして、使用人たちに命じて豪華な食事と酒を用意して振る舞った。
ソファに座ったフラウリーナはレイノルドにピッタリくっつき、レイノルドは特に嫌な顔をしていない。
「お母様、レノ様と私は結婚しますので、実家のようにではなくて実家なのですわ」
「まぁ、そうだったわね。フラウリーナ。不束な娘ですがよろしくお願いします」
「レイノルド君が公爵家を継いでくれるのなら、一安心だ。娘と、ローゼンハイム家をよろしく頼むよ」
「……お久しぶりです、お二方。俺のことは知っているでしょう、そんなに簡単に受け入れてしまってもいいのですか?」
「もちろんだとも。君は娘の恩人だ。悪人な訳がない」
「ええ。それにフラウリーナがあなたを選んだのだから、私たちは祝福するだけよ」
「ありがとうございます、お父様、お母様! 私、幸せになりますわね! 明日から忙しいですわよ、レノ様。挙式の準備をしませんと」
「……公爵、奥方様。感謝します」
「急にしおらしくなったなぁ、レイノルド君。いつも通りでいいんだよ」
「そうよ。さっきの、よかったわよ。フラウは俺のものだ……というやつ。あの調子でお願いするわね」
「……今思うと、かなり恥ずかしいのですが」
「素敵でしたわ、レノ様!」
久々に食べる料理人が腕によりをかけた料理である。
公爵が用意した酒はどれもこれも最高級品で、昔話に花を咲かせながら、知らず杯が進んだ。
「でもまさか、レイノルド君ほどの人が中央から排斥されるとは思わなかったよ。何度か陛下に直談判してみたのだけれどね、陛下は数の暴力には勝てないとおっしゃっていた。それだけシャルノワール派の者が多かったようだね」
「俺を守ろうとしてくれたこと、感謝いたします」
「それはもちろんだよ。君がいなければ、フラウリーナはここにいないのだから」
「本当にそうですわ、レノ様。私の命はレノ様でできているのです」
「……薬を作っただけだ。命を、誰かに捧げるようなことを言うな、フラウ」
「まぁ、レノ様! 心配してくださっていますの? 私はいつでも元気はつらつですわよ。レノ様よりも若いですし」
「そうだな。俺はお前よりも十も上だ。お前より先に死ぬ。……グルグニル家の男児は、短命なのです。場合によっては、フラウに悲しい思いをさせるかもしれません」
「そんなのわからないじゃないですか、レノ様。きっと大丈夫です」
「そうだよ、レイノルド君。それにね、いつ誰が、どんな理由で死んでしまうかなんて誰にもわからない。だから、あまり悲観してはいけないよ」
「そうよ、レイノルドさん。少なくとも私たちの方が先にいなくなるのだから。フラウリーナの傍に誰かがいると思うと、安心して旅立つことができるのよ」
公爵夫妻もフラウリーナも、グルグニル家の血筋についてはあまり気にしていないようだった。
そんなことよりも婚礼の準備をしよう。レイノルドの服を作ろう。部屋はどうしようかと。
楽しそうに笑いながら、これからのことを話し合っていた。




