表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/49

孫を娶らば倒していけ



 ギルスは着流しの偉丈夫である。

 かつては大陸に名を轟かせた大剣豪だったが、誰も彼もがギルスよりも弱くなってしまったために剣の修行に飽きて、山の庵で隠居をしていた。


 畑を開墾し魚を釣り世捨て人のように暮らすギルスを、山のふもとの町の人々は大剣豪ギルスではなくて、昔何かしら悲しい出来事があったので山に籠っている、野菜作りが上手な優しいお爺ちゃんだと思っていた。

 それぐらい、山籠もりをはじめて長かった。


 フラウリーナは己を鍛えるためにそんなギルスを探し出して、弟子入りを申し出た。

 二度ほど追い出されたフラウリーナだが、めげなかった。

 どうしても強くなりたいのだというフラウリーナに、三度目に門をたたかれてギルスは折れた。


 そのころはまだ眠り病が治ったばかりで腕も足も細かった幼いフラウリーナに、鍬で畑を耕すように命じ、一日休憩せずにそれができるようになると、滝を登らせ、背中に石を背負わせて水汲みや薪拾いをさせた。


 どうせそのうち泣いて帰るだろうと思われていたフラウリーナだが、その意思は背中に背負った石よりも重く硬かった。


 そんな修行を三か月、すっかり足腰が丈夫になったフラウリーナは剣を持つことを許された。

 ギルスの元で暮らすこと二年。

 滝を駆けのぼり、石を背負って山を駆けまわり、一瞬のうちに畑を開墾するフラウリーナに、ギルスは最後の試練を与えた。

 

 山の中を逃げ回るギルスを探し出して、一本、木刀でその体を打つことができれば修業は終わり。

 大剣豪の弟子を名乗っていいということになった。


 ギルスは逃げ回った。徹底的に逃げ回った。

 何故ならフラウリーナに一本とられたくなかったのだ。

 ギルスは生まれてから今まで、剣にしか興味のない男だった。

 

 剣の道場の息子としてうまれて、誰にも負けたことがなかった。負けないことがギルスの生きる意味だった。

 だが――その強さに驕っていたのだ。

 仕官したハルトルート辺境伯家で竜騎士リンドに出会い、勝負を挑み一度負けた。


 すぐに辺境伯家を出奔し、只管に修行に励んだ。強い者がいると聞けばどこにでも出向き、勝負を挑み勝ち続けた。勝負に勝てば相手の武器を勲章のように奪う。


 荒くれ者のギルスと呼ばれていたギルスが大剣豪と呼ばれるようになったのは、隣国との戦にどの軍にも所属しないまま馳せ参じて、隣国の勇将ヴァルザドを打ち取ったからである。


 背中に獲物を沢山刺したギルスは、荒くれ者のギルス、武器狩りのギルスから、大剣豪ギルスと呼ばれるようになったのである。

 リンドに再び戦いを挑み、今度は引き分けた。

 それからも何回も勝負をしたが引き分け続けた。

 

 ハルトルート辺境伯家の獅子と竜――とまで呼ばれたギルスだが、ある時突然姿を消した。

 深い理由などはなかった。しいて言えば、髪に白髪を見つけた。

 その程度のものである。


 剣は極めた。散々戦った。後続の剣士たちも育てた。

 もう十分だなと思い、隠居をして十数年。

 突然現れたフラウリーナは、若い頃はそれなりに恋愛をしたものの結局は独り身で、山の中で孤独に暮らしていたギルスにとっては――まさしく、孫のようなものだった。


 最初は迷惑だと思ったものの、その一生懸命な姿を見ていると、可愛くて仕方なくなってしまったのである。

 だから、最後の試練と言いつつ、合格させる気などなく、ギルスは山の中を逃げ回り続けた。


 けれど、フラウリーナはギルスをついに見つけ出し、その脛に一太刀あびせたのである。


「……リーナ、合格だ」

「ありがとうございます、ギルス様!」

「リーナ……リーナちゃん、おじいちゃんの元からいなくならないでおくれ……!」


 礼を言うと荷物をまとめて立ち去ろうとするフラウリーナに、ギルスは泣きながら追いすがった。

 齢六十。こんなに情けない姿を見せたのははじめてである。

 

「ギルス様は今でもとってもお強いですわ! ご隠居など勿体ない! ローゼンハイム公爵家においでくださいまし。父や母は喜んでギルス様を雇いますわ」

「しかし、俺はもう年だ」

「まだまだ現役ですわよ、ギルス様。私、旦那様のために鍛えておりますの。強い女になって、旦那様を手に入れるつもりですのよ。そうしたら公爵家に戻りますので、待っていてくださいまし」

「リーナちゃん……っ! わかった、この爺、リーナちゃんの子を抱っこするまで耄碌している場合ではない!」


 そんなわけで、ギルスは公爵家の食客として働いている。

 公爵夫妻は伝説の武人を喜んで受け入れて、兵士たちの教育係の地位に据えた。

 そんなわけで、ローゼハイムの騎士団は現在王国最強と呼ばれ始めているのだが――長く公爵家を留守にしていたフラウリーナはそんなことは知らない。


 フラウリーナの頭を撫でたり頬をすりつけたりと久々の再会を堪能していたギルスは、フラウリーナに対するものとは全く違う厳しい眼差しをレイノルドに向ける。


 そして、剣を抜いた。


「おい、若造」

「……なんだ、爺」


 レイノルドもギルスと同じぐらいに人相を悪くしながら答える。


「なんと無礼な若造だ! 貴様のような――なんというか、リーナちゃんよりも十歳も年上の目つきの悪い素直さも欠片もなさそうな男にリーナちゃんはやれん!」


「ふん。何を馬鹿なことを。フラウはすでに俺の物だ」


「え、ええ……や、やだ、いやですわ、レノ様ったら!」


 突然の俺の物宣言にフラウリーナはきゃあきゃあ言って、ギルスの額に青筋が浮かんだ。


「リーナちゃんを娶りたくば、この爺を倒してからにしろ! 剣士ギルス、貴様のようなひょろ長い若造にはまだまだ負けておらん!」


 決闘である。

 公爵家から出てきたフラウリーナの両親は「あらあら」「これはすごい」と言いながら顔を見合わせ、使用人たちもも何事かと出てくるし、ギルスに指導されている兵士たちも固唾を飲んで見守り始める。


 かくして――フラウリーナをかけた元大剣豪と元天才魔導師の決闘の幕が切って落とされたのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ