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帰還命令



 王都からの使者が手紙を届けに来た。

 王家の紋が入っている手紙をレイノルドの前で開いて、フラウリーナは嬉しい悲鳴をあげた。


「レノ様、見てくださいまし。陛下から私とレノ様の結婚の承諾をいただけましたわ!」


「……どういうことだ?」


「レノ様、追放中の身でしょう? ですから、一応陛下にお許しを頂かなくてはと思いましたの。これで正式に夫婦になれますわね」


 ソファに座るレイノルドにぴったりくっついて、フラウリーナは言った。

 手紙の文面をレイノルドに見せる。


 レイノルドは眉間に皺を寄せながら目を通して、じろりとフラウリーナを睨んだ。


「フラウ。ここに、公爵家に戻るように書いてある」


「まぁ! 本当ですわね。嬉しさのあまり見落としてしまいましたわ。ええと、レイノルドの罪を許し結婚を認める代わりに、両名は公爵家に戻るように。フラウリーナは聖女として国を支え、レイノルドにはフラウリーナの護衛騎士の役割を命じる……?」


「つまり、中央に戻り王家のために働けという意味だな」


「レノ様。命令は、無視できますわ。王家に背き、戦争をいたしましょう」


「血の気が多いな、お前は。そんなことをする必要はない」


 レイノルドは手紙を綺麗に畳んで封筒に戻した。

 それから、不安に揺れるフラウリーナの瞳を見つめて、その髪を撫でる。


「中央に戻りたくないのかと聞いてきたのは、このせいか。ある程度は予想していたのだろう?」


「……ええと、はい。……こうなるのではないかとは思っておりましたわ。私、一応これでも、精霊姫とか聖女とか呼ばれておりましたの。陛下からの呼び出しも幾度か受けていて、黙殺していましたのよ」


「それは賢明な判断だな。陛下は合理的で、狡猾だ。お前を手元に置くために、呼び出しにこたえたらそのまま手つきにされていただろう」


「絶対嫌ですわ……! 私は、レノ様のものです、レノ様だけの」


「あぁ。わかっている、フラウ」


「はぅ……っ」


 優しいレイノルドにまだ慣れない。

 もちろん嬉しいのだが、心臓が跳ねて照れてしまう。


「レノ様の魅力のせいで、私の寿命は縮んでしまいそうですわ」


「不吉なことを言うな。フラウ、それについてだが」


「レノ様の魅力について?」


「寿命についてだ。グルグニル家の男は短命だと以前言っただろう。それは誇張でも冗談でもない」


「……短命の家系とおっしゃっていましたわ」


 フラウリーナは神妙な表情を浮かべて頷いた。


「あぁ。男は四十になるまでには死ぬ。必ずな。とはいっても四十だ。結婚をし子を作るには十分な時間がある」


「王国の民の寿命は、六十です。四十は早すぎます」


「そういう血筋なのだろうな。俺は二十八。お前といられる時間は、あと十年もあればいい方だ」


「そんなの、わからないじゃないですか。それが病であれば、私が必ず救ってさしあげます。レノ様は六十まで生きて、子供と孫たちに囲まれて素敵な余生を過ごすのです」


「……だといいがな」


「公爵家に、一緒に戻ってくださいますか? 結婚式をあげて、ローゼハイム公爵家を継いでくださいまし」


 フラウリーナの言葉には、何の澱みもなかった。

 当然のようにレイノルドの言葉を受け入れ、早すぎる死の予言に泣くこともなく、輝く瞳で病から救うのだという。


 レイノルドが早々に諦めてしまったことをできると言い切った。


「フラウ。俺はお前を変な女だと思っている」


「はい。褒め言葉です」


「何故俺のような男がいいのか、今もまだ理解できない」


「レノ様がいいのです。理由は散々お伝えしました。けれど、今は理由なんていりません。私の心が、レノ様が愛しいと叫んでいるのです」


「……俺を連れて歩けば、お前は白い目で見られるかもしれない」


「レノ様以外の視線など、気になりません。レノ様の目に映る私が美しく可憐で可愛い女であれば、私はそれでいいのです」


 骨ばった指先が、フラウリーナの頬から首筋にかけて、くすぐるように撫でた。

 一気に顔が赤くなり、フラウリーナは目を伏せる。

 レイノルドの健康さを取り戻しつつある美しい顔が、すぐそばにある。


 フラウリーナはレイノルドが好きだ。好きだからこそ、触れられると恥ずかしい。傍にいると照れてしまう。

 体の奥にある、恥ずかしがり屋でおとなしい少女だったフラウリーナの本質を、撫でられているような気さえする。


「お前と共に、公爵家に行こう。騎士として、俺はお前を守る。この命が続く限りは」


「だ、旦那様として、愛してくださる方が嬉しいです」


「あぁ。そうだな。いつの間にか、お前から目が離せなくなっている。これは、愛なのかもしれない」


 ふと、レイノルドはイリスにも愛を囁いたのだろうかという疑問が、脳裏をよぎった。

 フラウリーナはその疑問を心の奥の箱の中に押し込めて、鍵をかける。


 今でもレイノルドは、イリスを想っているのだろうか。

 だって、イリスとシャルノワールの結婚を知って、生きるのを諦めてしまったぐらいなのだから。


「あ、……ん……ッ」


 答えの出ない悩みに気もそぞろになったフラウリーナに気づいたのか、レイノルドにやや乱暴に唇を奪われる。

 はじめての口付けは、唐突で乱暴だった。


 逃げられないように首と後頭部を大きな手で押さえつけられて、腰を抱かれる。

 驚いて逃げようとしたけれど、重なった唇は離れていかない。

 

 レイノルドの唇は柔らかい。濡れた感触に、息苦しさに、フラウリーナは体を緊張させた。


 驚きに見開いた瞳を閉じると、遅れて羞恥心と喜びがやってくる。

 触れ合う体温だけが全てになってしまった世界で、自分の鼓動の音だけがやたらと大きく響いた。


「ふ、……ぁぅ……」


 開けというように、唇の間を舌で辿られる。

 おずおずと唇を開くと、レイノルドの薄くて大きな舌が口腔を満たした。


 味わうように、口腔内を舌先が撫でる。

 まるで本当に、食べられているみたいだ。

 体温があがっていく。芳しい魔力の味がする。


 幸せなのに、何故か心が切なくて、目尻に涙が滲んだ。

 フラウリーナはレイノルドの背中に腕を回した。あと幾度、満ち足りた日々を過ごすことができるだろうと考えながら。




 

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