シャルノワール・アルルカン
◇
国王フェルラド・グリーフィスに、シャルノワールは呼び出されていた。
謁見の間ではなく、城の奥にある応接間である。
レイノルドを追放してから、シャルノワールは王の右腕として働いてきた。
レイノルドがいなくなった穴を埋めるように、である。
王の相談役の宰相には、もともとレイノルドの部下であったが、シャルノワールに追従してレイノルドに反旗を翻したウィルゼスがついている。
ウィルゼスとシャルノワールは王に次いで城での権力を有するようになった。
それはシャルノワールが、フェルラドの妹姫であるイリスを娶ったことも大きい。
イリスとレイノルドが恋仲であると、シャルノワールは知っていた。
レイノルドを追放するまでは、シャルノワールはレイノルドの全てに嫉妬していたのだ。
彼の持っているものが欲しかった。知恵も、名声も、立場も、恋人ですら。
魔法の才能のみで今の地位についたシャルノワールは、魔法も知識も家柄もその立場も、全てが自分の上をいくレイノルドが羨ましくて仕方なかったのである。
だが、幸いなことにレイノルドには人望がなかった。
賄賂は受け取らない。情に訴え頼んでも、冷酷ともいえるほどに正しい判断をする。
世辞は通じず、人付き合いを嫌う。冗談も通じない。
そんなレイノルドを煙たく思う貴族は多かった。
レイノルドさえいなければ、優遇されていただろうものたちが多くいたが、レイノルドはそういったものたちを目ざとく見つけて、王から遠ざけた。
最初は些細な悪口から始まった。酒の席でのことだ。
ウィルゼスが「レイノルド様は真面目すぎる。一緒にいると疲れるし、それに冷たい」と言い出した。シャルノワールが悪口に乗ると、共に飲んでいた友人たちも自分もあいつが嫌いだと言い出した。
そして、追放計画が始まったのである。
レイノルドの落ち度を探すことは難しかった。どれほど見張っても、何も責め立てるようなことは出てこない。
ならば証拠をでっち上げて、仲間を作り、証言をさせようということになった。
果たしてそれは、成功した。
レイノルドは無実の罪で追放されて、レイノルドのいなくなった城は肩の荷が降りたように生きやすくなった。
追放の悲報に悲しむイリスに近づいて、優しくした。
表向きはフェルラドからの命令でイリスはシャルノワールの妻になったことになっているが、それはイリスが望んだことだ。
そうするように、シャルノワールが仕向けたのである。
おそらくフェルラドはシャルノワールたちの計画に気づいていたのだろう。
気づいた上で、レイノルドを守らなかった。
共犯だと思っていたがイリスにシャルノワールとの結婚を命じた時には、何度か「本当にいいのか」と尋ねていた。
暗に、この男はやめろと言われている気がした。
フェルラドの本心は知らないが、少なくともウィルゼスのような仲間ではないと考えている。
だからフェルラドについては警戒していたし、呼び出しを受けた今は体が緊張している。
何を言われるのか、皆目見当がつかなかった。
フェルラドは四十の坂を登り始めたばかりだが、若々しい偉丈夫だ。
堂々とした体躯を立派な椅子に沈めて、足を組んでいる。
礼をして部屋に入ったシャルノワールに、目の前の椅子を示して「座れ」と命じた。
「シャルノワール、イリスとはうまくやっているか?」
「はい。私はそう思っています。イリスはよく私を支えてくれています」
「それはよかった。イリスは夢見がちなところがある。年の割には幼いだろう? まぁ、うまくやっているようで何よりだ」
「イリスは、素敵な女性ですよ、陛下。ありがたいお言葉です」
シャルノワールはにこやかに答える。
フェルラドの言う通りだ。レイノルドに絶望を与えたくて、イリスを娶った。
だがイリスは、いまだにレイノルドが迎えにきてくれることを心のどこかで信じている。
悲劇のヒロイン気取りでいる節がある。すぐに泣き、自分の不幸を嘆くのだ。
時折、気が滅入った。そんな時は別の女性を抱いた。
シャルノワールは若く、見た目も悪くない。その立場は女性を惹きつけるものだ。
こんなことなら──精霊姫に求婚するべきだった。
噂によれば、全ての精霊を従えて、精霊竜までもを従えたという、フラウリーナ。
本当か嘘かは知らないが、公爵令嬢ならば身分も悪くない。
公爵領では聖女と言われ崇められている。
だが、王の呼び出しに応じず、突然姿をくらませたという。
「本題だ。ローゼンハイム公爵令嬢から手紙が届いた。レイノルド・グルグニルと結婚をするので認めてほしいという内容だ」
「レイノルドと……!?」
「あぁ」
「レイノルドは、追放されています。罪人と結婚など」
「状況が変わった。レイノルドは辺境の町を救い、今では英雄と言われているようだ。辺境伯の耳にもその噂が届くほどに」
「まさか! 何かの間違いでは」
「間違いではない。レイノルドはグルグニル家からは除籍されている。ローゼンハイム家に婿入りする形となるが、その婚姻を認める」
「しかし、陛下。レイノルドを、元の地位に戻すおつもりですか?」
「それはレイノルドの心掛け次第だ。どちらにしろ、フラウリーナの力は欲しい。本当は、私が妃にと思っていた。勘づかれてしまったのだろうな、逃げられた」
話は終わりだと、シャルノワールは退室を許された。
部屋から出たシャルノワールは、奥歯を噛み締める。
レイノルドがいなくなり徐々に薄らいでいた嫉妬心が、再び蘇ってくるようだった。
フラウリーナの噂は知っている。
眠り病を患っていた魔力なしでありながら、精霊を従え、精霊竜を従え、奇跡を起こせるのだという。
欲しいに決まっている。
そんな女をレイノルドが手に入れるなど、許せない。
壁を殴りつけたい衝動を抑える。
どうにか手に入れる方法はないものかと考えながら、シャルノワールは帰路につく。
恥晒しにも戻ってくるというのなら、二度と中央には顔を出せないぐらいの恥をかかせてやると思いながら。




