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嵐の後で



 嵐が過ぎ去り、明るい朝が来る。

 風は分厚い雨雲を吹き飛ばした。倒木と大量の落ち葉と枝とどこから飛んできたのかわからない樽と桶。

 そんな爪痕だけを残して、空は風雨や雷なのことなど素知らぬ顔で真っ青に晴れ渡っている。


 嵐の被害を確認しながら、フラウリーナはレイノルドを連れて街まで歩いた。

 久々に長距離を歩くというレイノルドはまだ細長い印象はあるものの、足取りは軽くふらつきもない。


「皆様、ご無事でしたの?」


「あぁフラウリーナ様、無事でしたよ!」

「フラウリーナ様とレイノルド様のおかげです!」

「街を守り、嵐を予言してくれるなんて、本当に、神様のようです」


 小さな町も、家は吹き飛ばされることなく無事だったようだ。

 家畜たちは家畜小屋に入れられ、風で飛ぶようなものは倉庫にしまわれた。 


 窓や扉は補強されて、屋根も無事だった。

 折れた木や、一部が崩れた煉瓦の壁などはあるものの、被害は最小限に抑えられたようだ。


「おい、フラウ」


「はい、旦那様!」


 昨日、フラウリーナを抱きしめて眠ってくれたレイノルドの態度は、少し変化している。

 フラウリーナをフラウと呼ぶようになり、外に出ることも嫌がらなくなった。


 いつも不機嫌そうだったが、その瞳はやや穏やかさを取り戻しているように見えた。

 見えたのだが。


 困惑と苛立ちに彩られた底冷えするような低い声がフラウリーナを呼ぶ。


「なんだこれは」


 レイノルドの前にあるのは、石を切り出して作った石像である。


 小さな街の中心。共同井戸のある広場の中央に、堂々と立っている石像は、立派な男性の姿をしている。

 長い癖のある髪、風に靡くローブ。片手には杖を持ち、鋭い瞳が人々を見据えている。


「気づいてしまわれましたか。それはレノ様ですわ」


「やはりか」


「はい。街の人々が偶像崇拝をしたいというので、私が設計図を描いたのです。私の愛するレノ様の像。とても精巧にできておりますわね。杖を持っていただいたのは、魔導士感をよりあげるためです」


「フラウ」


「はい!」


「今すぐ壊していいか」


「駄目ですわ、レノ様! 町の方々が一生懸命作ってくださったのですよ。ちなみに、この英雄レノ様の像はこの近辺の町や村各所にあります。皆、心の支えが欲しいのですわね」


「……妙なものを支えにするな」


 英雄レノ様像の前で言い合いをする二人を、いつの間にか町人たちが取り囲んでいた。

 拝まれ、感謝され、貢物を貢がれる。

 フラウリーナの両手は食べ物でいっぱいになり、レイノルドの両手はお布施でいっぱいになりそうになった。


 裕福な町ではないので、お布施はフラウリーナによって丁重にお断りした。

 なんせフラウリーナは公爵家の娘なので、金銭的には少しも困っていないのである。


「皆さんありがとうございます、食べ物はとてもありがたいですわ。辺境の作物はとても美味しいですわね」


「女神様にそう言っていただけると、本当に嬉しいです」


「女神様か、それとも聖女様と言えばいいのか」


「ありがたい。ずっとこの町にいてください」


 できればフラウリーナもそうしたいと思った。

 フラウリーナとしては、レイノルドと一緒にいられればそこがどこであろうと構わないのだ。


 食べ物をもらったお礼に、レイノルドが魔法で邪魔な倒木をどけて、崩れた煉瓦の壁を修復すると、町の人々は喜んで、さらにレイノルドを拝んだ。


 微笑んだりはしないものの、礼を言われて満更でもなさそうなレイノルドの姿を見ていたフラウリーナは、屋敷に帰る道すがら、尋ねることにする。


 小道には落ち葉がたくさん落ちていて、まだ濡れている。

 レイノルドが滑って転ばないように、フラウリーナはその手を握ってひいている。

 レイノルドの足取りはゆっくりで、フラウリーナもそれに合わせて歩いていた。


「レノ様、宰相に戻りたいとは思いませんの?」


「思わない」


「そうですのね。では、王都に戻りたいとは思いませんの?」


「今更戻ったところで」


「レノ様を貶めた連中を、ギャフンと言わせたいとは思いませんの?」


「報復などしない。子供でもあるまいし。俺は負けたのだ。それだけだ」


「レノ様はとても優しくて、優秀で素晴らしい方なのに、どうしてなのでしょう」


「人付き合いが苦手だった。愛想笑いも、世辞も、友人を作ることさえ無駄だと思っていた。気づけば、俺の周りは敵で溢れていた」


「レノ様の采配は、とても平等だったとお聞きしましたわ。派閥に阿らず、悪いことは悪いと断じた。それで救われた方も多いのです。帰りを待つ人々も、多くいますのよ」


 レイノルドが宰相だった時の方が、ずっとよかったと言う人々も多い。


 レイノルドは厳しく、判断に情を挟むことがなかった。

 そのせいで辛酸を舐めたものもいたものの、真面目に働くものたちは、賄賂の横行する今の中央の政治を嘆いている。


「どのみち、俺にはもう何もないのだ。元の地位に戻ることなど不可能だ」


「そうでしょうか」


「お前は、地位のある男のほうがいいのか」


「とんでもない! 私はレノ様が無一文であろうと、頭に髪が無かろうと、お腹が出ていようと、レノ様だけを愛しておりますわ」


「髪はあるし腹も出ていない」


「ふふ、そうですわね。今のところは、そうですわ」


 フラウリーナは子供のように、レイノルドと繋いだ手をぶんぶん振った。

 レイノルドは迷惑そうな顔をしたものの、その手を離そうとはしなかった。



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リーナって呼ぶのかフラウって呼ぶのかどっち!?
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