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運命の相手は塩対応



 癖のある黒髪、魔力量が多い者の特徴である深紅の瞳。

 王城で宰相をしていたころのレイノルドは城を歩くだけで侍女たちが目眩を起こして倒れると言われているほどの美丈夫だった。


 立てばムーンダリア、座ればルビーローズ、歩く姿はクリスタルリリィという言葉は、レイノルドの姿を見た吟遊詩人が作り出したぐらいである。


 そんな麗しの宰相閣下だったレイノルドは、今は全く当時の面影がない。

 不健康な顔をした、というか寄生キノコに寄生された、寄生男である。


「レノ様! まったくお変わりありませんわ、いつもながらに麗しいお姿ですわね!」


 寄生男の顔を覗き込んで、フラウリーナは黄色い声をあげた。

 恋は盲目とよく言ったものだが、フラウリーナの茜色の瞳は恋する女のそれに変わり、全身からぽこぽこと沢山のハートを散らしている。


「お前の瞳は節穴か。ともかく、俺は眠い。勝手に屋敷に入ってくるな」


「ちゃんと入りますって宣言したのです。それに私、十八歳になりましたのよ、レノ様!」


「さわがしい」


「十八歳になったらお嫁さんにもらってくださると約束してくださいましたわ。私、それを糧に今の今まで生き続けてきたのです。この残酷な世界のなかで、心が折れなかったのは全てレノ様のおかげ」


 フラウリーナは潤んだ瞳で、いじらしい仕草でレイノルドを見つめた。

 レイノルドはベッドに寝転んで、深く瞳を閉じて完全に眠りにつこうとする姿勢になっている。

 フラウリーナのことは、いないものとして扱おうとしているようだった。


「レノ様、具合が悪くていらっしゃいますのね。私が来たからにはもう安心ですわ。まずはこの不健康なお部屋をなんとかしましょう。このエリンギは栽培しておりますの? 食料?」


「食うな。毒だ。俺はこのヴェノムマッシュルームと共に永遠の眠りにつくつもりだから、帰ってくれ」


 実際、ヴェノムマッシュルームに寄生されてから人間が生きていられる時間は、二十四時間程度である。

 レイノルドは眠くて仕方なかったし、後数時間もすればこの腐った世界とおさらばできるのだと、怠惰に考えていた。


「まぁまぁ! レノ様、不安に思うことはなにもありませんのよ。私が来たのですからまかせてくださいまし。私、きちんと花嫁修業をしてまいりましたの」


 フラウリーナはベッドからひらりと飛び降りると、キノコ部屋の中央に可憐に降り立った。

 フラウリーナを中心として、清浄な空気が部屋に満ちる。

 彼女の足元には月と星の形をした幾何学模様が浮かび、踊り子のように優雅に伸ばした両手には全てを浄化する光があつまる。


「浄化の光よ!」


 ぱぁああっと光が溢れて消える頃には、部屋の中は掃除人が百人がかりで掃除したぐらいに綺麗になっていた。

 つるつるぴかぴかに磨かれた床に、壁。かび臭さもなくなり、外が見えないぐらいに曇っていた窓も透き通るほどに綺麗になった。


 ぐちゃぐちゃだったベッドもすっきり綺麗に、レイノルドの頭からはえていたキノコも消え失せた。

 レイノルドは本日、フラウリーナの豊かな胸により圧死しかけ、長年の不摂生により餓死しかけ、寄生キノコにより寄生死しかけていたのだが、命の危険がフラウリーナの登場で脱兎のごとく逃げていってしまった。


「余計なことをするな、女」


「レノ様に名前を呼ばれてしまいましたわ……嬉しい……! いい声すぎて、耳が幸せ……!」


 フラウリーナは部屋の中央で感激に打ち震えながら身をよじる。

 それからふと部屋を見渡して、床にがっくりと崩れ落ちた。


「私としたことが……なんてこと……!」


 床にうずくまってふるふる震えるフラウリーナを、レイノルドは半眼で見つめる。

 特に声はかけない。眠いからだ。


「レイノルド様からはえていたキノコを、浄化してしまうなんて……! 綺麗にキノコ狩りして保存して、いつでも眺められるように肌身離さず持っていたかった……!」


「やめろ。お前も寄生されるぞ」


「まぁ! 心配してくださっておりますのね! うふふ、お優しい! 愛しておりますわ!」


「……お前は一体何なんだ。先程の魔法も、常人で扱えるものではない」


「花嫁修業の成果です。私、レノ様に嫁ぐためにこの十数年、花嫁修業を頑張っておりましたの。全ての精霊と契約し、精霊竜と契約し精霊の乙女となりましたのよ」


「聖女か」


「聖女ではありません、あなたの嫁です」


 ひとしきり失われたキノコに思いを馳せたフラウリーナは、再びレイノルドの傍に駆け寄った。

 ベッドの上で上体を起こしている、寄生されてはいないがひたすらに不健康で白く細いばかりの男にすり寄って、ぎゅっとその体を抱きしめる。


「フラウリーナは幼い頃の約束を果たしてもらいにまいりましたの。ふつつかな嫁ですが、よろしくお願いしますわね」


 フラウリーナの体からぽこぽこと乱舞するハートが、レイノルドの顔や頭に突き刺さった。

 幻か――と、レイノルドは思っていたが、そうではない。実際痛い。


 よくよく見ると、フラウリーナの背後で小さな丸くて頭の上にリボンの乗った愛の精霊が、ハートをぽこぽこと部屋中に飛ばしていた。



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