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天才魔導師レイノルド・グルグニル



 ルヴィアが空高く飛び上がる。

 眼下には、今にも町を飲み込もうとしている濁流がある。


 川の流れは速い。フラウリーナがヴェスギドラと戦い草むらに倒れている間に、滝つぼから溢れた水は木々を薙ぎ倒しながら小さな町を押しつぶすようにうねりをあげて襲いかかろうとしている。


「ルヴィア、急いで!」


『急いでおる』


 町の手前で、水流を止めなくては。

 土を隆起させて壁を作る。炎で水を蒸発させる。木々をはやして防壁をつくる。

 その、どれかでいい。


(間に合う……? 間に合わないかもしれない……間に合わせる……!)


 町には多くの人が住んでいる。濁流に町が流されたら、その命は失われてしまう。

 けれど――。

 すでに濁流は、町のすぐ手前まで到達している。


 ルヴィアは町と濁流の間にその体を滑り込ませた。

 風の精霊さんで突風を起こして濁流を吹き飛ばそうとする。

 

「間に合わない……!」


 フラウリーナと契約した精霊さんは、フラウリーナの体を通して力を発現させる。

 精霊竜ルヴィアも同じくだ。

 フラウリーナはただの人で、大きな力を使えばとうぜんその反動は、体にかえってくる。


 スライムとヴェスギドラ。双方と戦った疲労で、目の前が霞んだ。

 突風が巻き起こる前に、フラウリーナごと濁流が町を押し流す――。


 その瞬間、巨大な手のようにフラウリーナたちを包もうとした濁流の先端が、ぴきぴきと音をたてて凍り付き始める。


 瞬きをするほどの一瞬で、町を飲み込もうとした濁流は一気に凍り付いた。

 見上げた先に、空にふわりと浮かんでいる人相の悪い男の姿がある。

 

 溢れ出る魔力に髪や服が風もないのに揺れている。

 その指先は濁流を示している。


凍てつく冷徹(フリオ・デスピアダト)


 小さな声音で紡がれる呪文は、精神集中のため長い詠唱を必要とする魔法においては、驚くべき短さである。

 レイノルドが天才と言われるゆえんはここにある。

 ともすれば詠唱さえしない破格の集中力で、最大級の魔法を使うことができる。


 放たれた魔法は、びきびきと音を立てながら濁流を上流まで一気に凍り付かせた。


「レノ様……!」


 フラウリーナは驚きに瞳を見開き、それから慌てて乱れた服や髪を整える。

 レイノルドが助けに来てくれた。町が無事だった。

 血を吐いたことを悟られたくない。明るく元気で、能天気で強引な女だと思われていたい。


 安堵と狼狽がごちゃごちゃに混じりあい、ともかく血の跡を消さなくてはと水の精霊さんにお願いして服や体を綺麗にしてもらった。

 そんな場合ではないとは理解しているが、レイノルドに余計な心配をかけたくなかった。


 町の人々が、家から出てきてフラウリーナに駆け寄ってくる。

 

「朝のお嬢さんじゃないか! これはいったいどういうことだい?」


「どうして、水が!? それに、魔物の群れが町に来たんだよ。だけど、町の柵に触った途端に逃げちまった」


「長くここに住んでいて、こんなことははじめてだ」


 凍り付いた濁流のオブジェを見上げながら、町の人々は口々に言った。

 フラウリーナは少し考えて、それから堂々とした仕草で胸をそらせた。


「水枯れの原因は、滝壺に詰まった水色スライムだったのですわ。水色スライムが暴れて、滝壺が壊れてしまいましたの……魔物はヴェスギドラ。冬眠から起こされて、怒って町を襲ったのだと思います」


 不安気に顔を見合わせる町人たちを安心させるように、フラウリーナは声を張り上げた。


「でも、安心してくださいまし! あなたたちが怖がっていた悪魔の館に住んでいる、天才魔導師レイノルド・グルグニス様が助けてくださいましたのよ! 町にも魔物避けの守護をはってくださいましたわ! 水枯れもこれで解決します、皆様、レイノルド様は心優しい天才魔導師様ですのよ!」


 高らかなフラウリーナの言葉に、レイノルドは元々悪い人相をさらに悪くした。

 何も言わずに、ふわっと飛んで、屋敷に戻って行ってしまう。


「レノ様は奥ゆかしい方なのです。ちなみに私はレノ様の嫁です。一緒に住んでおりますので、皆さんよろしくお願いしますわね!」


 あまりにも堂々と、よどみなくフラウリーナが胸をはって言ったからか、町人たちに疑問を唱える者はいなかった。


 元々、ウィスダイルの町は王国から見捨てられたような場所である。

 辺境伯の領地ではあるが、点在する小さな町まで守るほどに辺境伯には余力がない。

 神官たちの、守護のための巡礼の旅にはルートがあって、ウィスダイルはいつだって見放されてきたのだ。


 誰も近寄りたがらない悪所である。魔物が出れば、家畜は食われる。

 人はただじっと、家の中で息を潜めているしかなかった。


 水枯れについても、不安に思うものの日々の生活で精一杯な人々にとって、解決の糸口などはないものだ。

 ただ静かに雨が降るのを待つように、自然とおさまるのを祈り続けていた。


 フラウリーナに相談したら、レイノルドという魔導士様がそれを解決してくれた。

 町を、レイノルドが守ってくれたのだ。


「魔導士様……」

「ありがとうございます、魔導士様!」

「ありがとうございます!」


 小さな町の人々は信心深く、誰かが言い出した言葉はすぐに伝達して広まっていく。

 輝く竜を従えたフラウリーナと、濁流から街を守ったレイノルドはすぐに、町の人々の信仰の対象となった。



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