決戦、水色スライムの群れ
大小さまざまな石が転がる河原を、上流に向かってフラウリーナは歩いていく。
ブーツの底でごろごろした岩を踏み締め、フラウリーナの頭ぐらいにそびえている大きな岩は、軽々と飛び越える。
数々の師匠たちに弟子入りしたフラウリーナは、病弱だったとは思えないほどの健脚を手に入れていた。
ルヴィアのいる孤島まで、一人用の船で旅をしたフラウリーナにとって、川歩きなどはちょっとしたお散歩程度のものである。
「はやくすませて、お昼ご飯までには帰らないといけないわね。レノ様のお腹が空いてしまうもの」
レイノルドに空腹のまま待たせるなど、よき妻とは言えない。
確かに町人たちの言う通り、川の水量は減っている。
もともと水があっただろう場所は剥き出しになり、その部分だけ石の色が変わり、草は折れていた。
しばらく行くと、滝にさしかかる。
滝壺に落ちる滝が、飛沫をあげている。
森の中に唐突に現れた瀑布だ。轟々と、水音を響かせている。湧き水が作り出す滝は清廉で、飛び散る水飛沫が、空気を湿らせている。
「ここを、のぼらないと……って、あら?」
滝を見上げていたフラウリーナは、滝壺の異変に気付いた。
滝には十分な水量があるのに、滝壺から流れる川が浅いのだ。
よくよく目を凝らすと、滝壺の水面が妙にぽこぽこと隆起している。
それは、滝壺を埋め尽くす水色スライムの群れだった。
広大な滝壺にひしめいている水色スライムは、巨大な器に入った大量のしらたまのようだった。
「わぁ」
水色スライムと精霊の皆さんは少し似ている。
だが、あまりの量の多さにさすがのフラウリーナもぞわぞわした。
鳥肌のたった腕をさすって、大きく息を吸い込む。
「水色スライムの皆さま、滝壺の水を吸ってぷるぷるに膨れ上がるのはおやめなさい! 今すぐ滝壺から退去していただければ、攻撃はいたしませんわ!」
名乗りは大切である。
どんな時でも正々堂々と、とは、フラウリーナの師匠たちから習った。
水色スライムの皆さんは、ぷるんとした体にゴマのようについている目で一斉にフラウリーナを見て、ふるふると震えた。
滝壺いっぱいの水色スライムの皆さんが震えると、地響きが起こる。
今にも滝壺を破壊して、堰き止められた水を下流に一気に流し洪水起こしそうな様子だ。
「思ったよりも、危険ですわね……」
下流に人々の町があるなど、魔物には関係がない。
魔物はそれぞれの習性に沿って生きているだけだ。
だから、彼らを責めるのは間違っていると、フラウリーナは理解している。
それでもフラウリーナは人間である。人間として、人間を守らなくてはいけない。
「あなたたちに恨みはありませんが、話し合いができないとあれば、強制退去していただきますわ!」
フラウリーナが手を掲げると、そこには光り輝く剣が現れる。
ルヴィアとの契約の証、精霊竜の剣である。
曰く、全ての魔を祓い、全てを手にする神代の剣。
その輝きは暗雲を退け、世界を光で満たす。
かつて王国の権力者たち皆が欲しがり、王国全土を巻き込んだ争いを起こした剣である。
その争いで、王国民の数は半数まで減ったのだという。
白く輝く美しい剣の周りに、光、炎、水、獣、愛、緑、風──七大精霊の皆さんが集まってクルクルと回った。
「滅せよ、邪悪よ。照らせよ光よ。荘厳なる精霊の王の剣! さぁ、ご覚悟を!」
名乗りも大切だ。名乗りとは騎士道において欠かせないものである。
さぁ今からあなたたちを攻撃しますよ! と宣言しておけば、不意打ちをした卑怯者という汚名を着せられなくて済む。
危険を察知したのか、水色スライムが滝壺からうにょんと顔を出した。
全ての水色スライムが一塊になり、滝壺から飛び出す一塊のスライムへと姿を変えている。
そのスライムから何本もの透明な腕のようなものがフラウリーナに伸びる。
滝壺から顔を出すスライムに比べて、フラウリーナはあまりにも小さい。
大岩と蟻ぐらいの差がある。だがフラウリーナはうねうねと掴もうとしてくる腕を、木々を足場にして避けて、空を飛ぶように跳躍しながら腕の一本を剣で切り落とした。
じゅっと音を立てながらスライムの腕が切れる。切れた腕は再び滝壺に落ちて、元の体に吸収されてぷるんと揺れた。
「燃やして蒸発させて仕舞えば……けれど、滝壺を壊すわけにはいきませんわね。どうしましょう」
スライム退治など、すぐに終わると思っていた。
だが、思ったより難儀だ。
倒すことは簡単だが、下流にある街のことを思うと、あまり乱暴なことはできそうにない。
それに、矢継ぎ早にフラウリーナに伸ばされるスライムの腕は、溶解液に覆われている。
スカートのドレスが僅かに溶けて、フラウリーナは眉を寄せた。
頭の中に『苦戦しておるのか、フラウ』と、ルヴィアの声が響いた。




