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敗れた恋の記録



 朝食を終えると、レイノルドは自室に戻りベッドの中に入り込んだ。

 何もせずに寝る気満々のレイノルドにフラウリーナはせっせと掛け物をかけて、髪を撫でてぽんぽんと体を撫でて「ゆっくり休んでくださいましね、レノ様」と挨拶をした。

 

 食器の後片付けなどを行なったあと、時間を確認する。

 まだ昼まで数刻。レイノルドは無理やり起こさなければきっと寝ているだろう。


 あくまでフラウリーナには無関心、関わるつもりはないという態度を貫いているレイノルドではあるが、強引に促せば食事はしてくれるし、アロマ煙草も気に入ったようだ。


 フラウリーナには、無理やりレイノルドの元に押しかけたという自覚がある。

 レイノルドが本気を出せば、フラウリーナなど屋敷の外にぽいっと捨てられるのだろうが、それをする様子はない。

 

 このまま受け入れてもらえるだろうか。受け入れてもらえなかったとしても、フラウリーナにはレイノルドの傍を離れる気はないのだが。


 レイノルドを起こさないように静かに、フラウリーナは屋敷の屋上へと向かった。

 屋上に続く屋根裏部屋は、どうやらレイノルドは物置として使っていたようだった。


 昨日の掃除ではここまでは手が回らなかった。

 天窓から差し込む光の中に、埃の粒子が散っている。雑然と重ねられている本は、今までレイノルドが積み重ねてきた魔物の研究書である。


 屋敷の他の部屋には無かった、レイノルドがこの場所でまともに生活をしていた時の記憶の品々だ。

 捨てるのも燃やすのも忍びなかったのだろうか。だが、もう見たくないとでもいうように、屋根裏の隅へと積み上げられている。


 フラウリーナは本の表紙に触れる。手で払うと埃が舞い散り、咳き込みそうになったのでもう片方の手で口を隠した。

 開いてみると、几帳面な文字で魔物の絵と生態、分布図などが書き込まれている。

 フラウリーナは魔物研究者ではないので読んでも「すごいな」ぐらいの感想しかないのだが、専門家のものたちにしてみたら喉から手が出るぐらいに欲しい貴重な資料だろう。


 フラウリーナの治療中も、レイノルドはこの几帳面な文字で色々な記録をノートに残していた。

 体温や、呼吸の回数や脈の回数。眠った時間、食事の量。

 幼かったフラウリーナは半分うとうとしながらレイノルドの声を聞き、綺麗な文字が書き込まれていくノートを眺めたものである。


 大切な記憶だ。忘れないように、何度も頭の中で反芻している。

 あの時と同じ文字を見ていると、つい昨日のことのようにレイノルドに命を救ってもらった時のことが思い出される。


 研究書を見ている場合ではないかとフラウリーナは本を閉じた。

 そしてふと、本と本との間に隠すようにして挟まれている手記を見つける。

 他の本とは違う。それは紙の束を、紐でまとめたものである。


 なんとなく気になって抜き出してみる。屋根裏に来たのはレイノルドの過去を探るためではないのだが、目を通さずにはいられなかった。


「……日記、かしら」


 そこには、ここに来てからのことが綴られていた。

 何もない。退屈。やることがない。何もかもが嫌になってしまった。

 そのうち元に戻るだろうか。どこで間違えたのだろう。何がいけなかったのだろう。


 答えのない問いや、疑問や、苦しみの感情が日付とともに書かれている。

 けれどある日を境に、レイノルドは日記を書くのをピタリとやめてしまっている。


 日付は、三年前。レイノルドが蟄居となったのは五年前なので、二年間は人としてまともに生活をしていたという可能性がある。

 三年前に何かがあっただろうかと、フラウリーナは首をかしげる。

 三年前といえば──レイノルドを陥れたシャルノワールがニの姫君イリスと結婚をした年だ。

 レイノルドとイリス姫は恋仲という噂があったことを、フラウリーナは知っている。


 風の噂で、それをレイノルドは知ったのだろうか。

 だから生きる気力を失ってしまったのかと、フラウリーナは日記の最後の日付を指先で撫でる。


 最後の文章は『疲れた。面倒だ。もうやめよう』と、それだけ書いてあった。

 

 フラウリーナはレイノルドの幸せを願っている。

 それはレイノルドが好きだからだ。竜巻のような恋はフラウリーナの中身を、大人しい少女から強引で気が強く逞しい女へと変えた。

 レイノルドのためなら、何をしてもいいとさえ思っている。

 フラウリーナの望みは一つだけだ。レイノルドが幸せな人生を送ること。


 そのためには、イリスをシャルノワールから取り戻す必要があるだろうか。

 パタンと手記を閉じて、フラウリーナは目を伏せる。


 ここにイリスがいれば。屋敷を訪れたのがイリスだったら。

 レイノルドはもっと、元気になるだろうか。世を儚んだりしなくなるだろうか。

 そこまで考えて、フラウリーナは首を振った。

 まずは、水枯れ問題だ。レイノルドを町人たちの焼き討ちから守るのが、フラウリーナの今しなくてはいけないことなのだ。


 屋根裏から屋上に続く階段をあがる。

 外に出ると、眩しい光が網膜を焼いた。フラウリーナは目を細める。風に髪やドレスが揺れて、精霊さんたちが風に乗って吹き飛ばされては、空中を跳ねてフラウリーナの元に戻ってくる。


「ルヴィア、行きますわよ」


 フラウリーナの呼びかけに、どこからともなく白い竜が姿を現した。

 神々しく輝く竜はフラウリーナをその背に乗せると、空高く飛び上がったのだった。



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