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元天才魔導師の知恵



 買い物を済ませたフラウリーナは、意気揚々と帰路についた。

 屋敷に戻る前に、来る時に触れた街を囲む柵にもう一度触れる。


(町長にはあとで伝えたらいいわね)


 町人たちの安全の方が大切だ。

 精霊の皆さんにお願いすると、皆さんは「ぱあー」と言いながら、柵に魔除けの守護を施してくれた。


 町から屋敷までは歩いて半刻ほど。

 町のはずれ、木々に囲まれた小道を進んでいくと屋敷は姿を見せる。

 鬱蒼とした雑草やら針葉樹や苔などに囲まれた場所だ。昼間でも薄暗い。

 今まで幽閉されていた貴人たちの怨嗟が煮詰まったような不気味さが、ちりちりと背筋を焼いた。


 フラウリーナは、実を言えばお化けの類が滅法苦手である。


 屋敷の中にレイノルドがいるのが分かっているからこそ、不気味な屋敷も愛しい二人の愛の巣に変わるのだ。


(レノ様はまだ寝ているかしら。朝食をつくってから、起こしに行きましょう)

 

 調理場に食材を置いたフラウリーナは、幸せを噛み締めた。

 愛する旦那様のために料理ができる。

 この日を夢見て、公爵令嬢らしからぬ家事という家事を完璧にマスターしてきたのである。


 調理台に乗って重なり合いながらうぱうぱ歌っている精霊の皆さんと一緒に、フラウリーナは野菜スープとほうれん草のキッシュ(レイノルドには鉄分が足りない)、薄切り鶏肉のオープンサンド(レイノルドにはタンパク質も足りない)を作った。


 すっかり準備を終えたところで、寝室に向かう。

 ぱたんと扉をあけて、すうっと息を吸い込んだ。


「レノさ……レノ様?」


 レノ様おはようございます──という元気いっぱいな挨拶が、途中で途切れる。

 ベッドにはレイノルドがいない。

 開け放たれた窓から、湿った植物と土の香りに満ちた風が吹き込んで、カーテンをゆらしていた。


 フラウリーナは導かれるように窓に向かう。

 窓の向こうはバルコニーになっている。


 バルコニーの手すりにもたれかかって、レイノルドがアロマ煙草を吸っている。

 風に靡く髪、長い足、ずるっとしたやる気のない服。薄い背中がとても淋しげにうつる。


「レノ様! 早まらないでくださいまし!」


 慌ててその腰にぎゅっとしがみついたフラウリーナの瞳に、驚いた顔をしているレイノルドが飛び込んでくる。

 まるで──フラウリーナがここにいることが、信じられないと言っているようだ。


「お前、何故いる?」


 てっきりレイノルドが世を儚んで「くだらない人生だったな……ふ……」などと言いながら、バルコニーから落ちようとしているのかと思ったフラウリーナは、目を丸くした。

 この反応は、世を儚んでいるわけではなさそうだ。


 というよりも、まるで、風に吹かれて寂しさを紛らわせていたように見える。

 フラウリーナが来るまではレイノルドは部屋にじっと閉じこもっていたのだ。

 何かしらの心境の変化があったのだろう。つまり──。


「まぁ、レノ様! 私がいなくなったと思って拗ねておりましたのね。ふふ、嬉しい」


「違う」


 レイノルドは視線を逸らした。

 それから、ぷはと、アロマの煙を吐き出す。


「離れろ。折れる」


 どことなく、ばつが悪そうだ。

 違うと否定するが、その態度は肯定しているようなものだった。

 あまりの可愛らしさに卒倒しそうになりながら、けれどフラウリーナはぐっと堪えた。

 年上の男性にはプライドがあるので、可愛いと思うのはいけないのだと自分を戒める。


「私、買い物にいってまいりましたの。レノ様、朝食ですわよ。沢山食べて、元気になってくださいましね」


 嫌そうな顔をしているレイノルドを連れて、フラウリーナは上機嫌で食堂に向かった。

 椅子に座ったまま微動だにしないレイノルドの口にぐいぐい食べ物を押し込みながら、フラウリーナはそういえばと口を開く。


「レノ様、辺境で水枯れが起こる原因とは、なんでしょう?」


「なぞかけか?」


「はい。そのようなものですわ。辺境は雪解け水が豊富ですわよね。水枯れなんておこらないはずなのに」


 精霊の皆さんがもごもごフラウリーナの作った食事を食べているのを、レイノルドは薄気味悪そうに半眼で睨んだ。


 ついでに精霊さんのうちの一人を指で弾く。精霊さんはころころ転がって、ずりずりテーブルを這いずって元の場所に戻った。


「フラウリーナ、自分で食える」


「遠慮しないでいいのですわよ、旦那様。私がいなくて寂しかったですものね」


「違う。俺はお前に帰れと言った」


「この問答は無駄ですわよ。私は帰りませんし、お側を離れません」


「覚悟もないお嬢様が、よく言う」


 レイノルドは元々の高貴さなどゴミ箱に捨ててきたような態度で、テーブルに肘をついた。


「私、いつでも覚悟はできておりましてよ。な、なんせ私、数々の男性を手玉に取ってまいりましたので」


「その演技はもういい」


 呆れたようにレイノルドは嘆息して、それからオープンサンドを手づかみすると、ばくりと食べた。

 皿にぼとぼとと具材が落ちても、口がソースで汚れても気にした様子もない。


 フラウリーナも気にしないどころか、にこにこしながらその姿を見つめた。

 どれほど仕草が粗野でも、フラウリーナは「まぁ、わんぱくですわね」としか思わない。


「水枯れだが」


「あっ、はい! 水枯れの話をしていたのですわね」


「辺境の水源は、北にあるヴィルル山脈。あの山は、水色スライムの生息地だ。水色スライムを捕食するヴェスギドラも生息している」


 水色スライムとは、あまり害のない魔物である。

 赤色スライムや緑色スライムは溶解液で人を襲うことがあるが、水色スライムは水辺を好み、近づかなければただふるふる震えているだけのもので、魔物界のくらげとも呼ばれている。


 ヴェスギドラは、襟巻きトカゲを巨大にしたような姿をしている。

 こちらは危険だが、食料さえあれば生息地から降りてくることは少ない。


「今年は夏が寒かっただろう。ヴェスギドラは寒さが苦手だ。敏感に気温の低下を察知して、早めに冬眠に入った。そのせいで、水色スライムがヴィルル山脈に異常発生しているのだ」


「……どうしてわかるのです?」


「気温の変化を肌で感じていればすぐにわかる。水枯れの原因だ。水色スライムが、水源を堰き止めているのだろうな」


「さすがはレノ様ですわ! すごいです、素敵! 教えてくださってありがとうございます」


 大喜びするフラウリーナをレイノルドは一瞥して、黙り込む。

 それからもう食事は終わりだと言わんばかりに、新しいアロマ煙草に炎魔法で火をつけた。




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[一言] 天才はどうしても天才なんやなあ
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