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序章:フラウリーナ、嫁ぐ



 手入れを放棄したような庭園には好き勝手雑草が蔓延っていて、そこに花壇があることさえわからないぐらいに地面を埋め尽くしている。


 古びた屋敷の屋根はところどころ剥がれていて、外壁を蔓性植物が縦横無尽に覆っていた。


 鉄製の門は手で押すと、ぎぃぃと耳障りな音を立てる。

 

 フラウリーナ・ローゼンハイムは両手で扉を押しあけるために一度地面に置いたトランクを持ち上げると、晴れ渡っているはずなのになぜか薄暗く見える屋敷に向かって真っ直ぐに歩き出した。


 長く歩いてきたので、ブーツの踵が削れている。

 石畳をカツカツと踏み締める音に驚いたのか、いつからか屋敷なのか大自然なのかわからなくなってしまった敷地内に住み着いた動物たちがガサゴソと逃げ出す気配がする。


「どなたか、いらっしゃいませんの? いないのなら入りますわよ!」


 堂々とした声音で、フラウリーナは言う。

 意志の強そうな茜色の瞳には不気味な屋敷に足を踏み入れるのに何の怯えもなく、豪奢で美しい金の巻き毛には隠しきれない高貴さが滲んでいる。

 今にも朽ちそうな屋敷には不釣り合いなほど、彼女の全身からは溌剌とした生命力がほとばしっている。


 扉を開けて中に入り、埃の積もった玄関ホールを歩いていく。

 

 フラウリーナの来訪に顔を出す人はいない。そもそも人の気配がない。

 足の折れた椅子、何年も使われていないようなテーブル。

 蝋燭のない燭台。曇った窓。


 廃墟ではないかと疑いたくなるぐらいの室内を、それでもフラウリーナは淀みない足取りで進んでいく。


「レノ様! レイノルド・グルグニル様! いるのはわかっておりますわよ、返事をしてくださいまし!」


 腹の底から声を張り上げて叫ぶと、その声は静かな屋敷に響き渡り、残響を残して消えていった。

 返事がない。ただの廃墟のようだ。


「レノ様! レノ様! あなたのフラウリーナがまいりましたわよ! 大きくなって帰ってまいりましたのよ!」


 どばん、どばんと、遠慮なく扉を片っ端から開けていく。

 どう考えても誰もいない廃墟にしか見えない屋敷だが、フラウリーナにはここが廃墟ではないことがわかっていた。


 レイノルド・グルグニルが幽閉されている屋敷である。

 幽閉というよりも、蟄居だ。

 レイノルドはグルグニル宰相家の長男で、つい数年前までは王城で宰相を務めていた。

 優秀な魔導師であり、魔道具師であり、魔石研究者であり、魔物研究者でもあった。

 その多彩さから天才と呼ばれていた。


 けれどレイノルドのことを快く思わない政敵たちにより立場を引き摺り下ろされた。

 隣国と通じて国を乗っ取ろうとしたという罪で、誰も近づかない辺境の地に流刑となった。


 ここが、そのレイノルドが流刑となった屋敷、通称『悪魔の館』である。


 屋敷から一番近くにある街の人々は、レイノルドの立場も城での騒ぎも詳しくはしらない。

 大変な罪を犯した悪魔のような魔導師が幽閉されているので『悪魔の館』と呼んでいるのだ。


「レノ様!」


 二階の角部屋の扉を開くと、そこにはベッドがあった。

 どうにもカビ臭い。

 それもそのはずである。部屋にはやたらと不気味なキノコがはえている。


「エリンギですわね」


 正確にはエリンギではなく、ヴェノムマッシュルーム。毒である。

 そのキノコなのか部屋なのかよくわからない部屋のベッドに、男が死んだように眠っている。


 死んでいるのかもしれない。青白く血の気のない肌。カサカサの皮膚。

 黒い髪にも艶がなく、深く瞼が閉じられている。男の頭からもキノコがはえている。


 ヴェノムマッシュルームは寄生生物だ。つまり、男は完全にキノコに寄生されていた。


「レノ様! あなたのフラウリーナですわ! お会いしたかった!」


 ヴェノムマッシュルームに寄生されていようと、男が死んでいるように見えようとお構いなしに、フラウリーナはベッドにダイブした。


 それはもう華麗なダイブだった。

 そのまま男の体の上に飛び乗って、ぎゅうぎゅうと抱き締める。


「ぐえ……」


 フラウリーナの豊かな胸の中から、蛙を潰したような声が聞こえる。

 レイノルドは生きていた。だがあと数秒で豊かな胸による圧迫死を迎える可能性がある。

 

「レノ様の声、五億年ぶりに聞きましたわ! 素敵!」


 五年ぶりだ。レイノルドが都落ちした五年前から、フラウリーナはレイノルドに会っていない。

 五年前、フラウリーナは十三歳。

 その頃はまだ背丈も小さく、幼い少女だった。レイノルドは幼いフラウリーナにとって、手の届かない憧れの大人の男性だったのだ。


「レノ様、約束通り娶ってもらいにまいりましたの。お会いしたかったですわ」


 フラウリーナは今にも死にそうな男をぎゅうぎゅう抱き締めるのをやめると、花が咲いたように笑う。


「帰ってくれないか」


 レイノルドは死んだ魚のような目でそう呟いた。



お読みくださりありがとうございました!

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[一言] 人体からキノコ生えてるのはやべえ
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