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第7話 青い×遠い

「話は平山から私の耳にも届いている。本題だが君たちは、【きハル】に向けてのプラロボ制作をやっている様子や痕跡がないが────忘れているわけではないな」


 第11回アオきハルのプラロボコンテスト、略して【きハル】。

 校長は中央作業台に置かれたままでいた大きな開かずの箱を見ながら、そう学生2人に向けて問うた。


「あーそれに関しては……この初代原点グランド」


「ふむ、私が一度来た時も進んではいなかったな。未開封の新品のままにみえる」


「わたしが全話みてからって言ったから」


「ほやぁ?」「ん」


「…………」「おい黙るな、目配せするな、そこはバッチリつづけろ……」


 ソファーから勢いよく立ち上がり、校長の話を遮るように発言したはいいものの。威勢の良い様子から一変、佐伯海魅部員の青い目は部長の銀河を見つめ、「援護射撃をおねがい」と……可愛げのないウィンクで促した。


「……水の星のグランドを全話視聴してから、この伝説のマイトパイロットの搭乗する【グランドⅠ】を作りたかったらしい。この彼女、女子部員は。で部長の俺もそのビギナーのこだわりと意気込みに、大賛成したってわけです!」


「です。うん」


 女子部員の代わりに部長は熱弁する。部員の彼女もうんうんと頷き、彼の補足した内容に追随するように同調した。


「ほおぉぉ! ちぱちぱちぱにっぱぱぱーー。なーにそえええプラロボ女子ちゃんまじ感動じゃん! ないないっ。いや、のいのいっ!」


 学生たちの熱い発言、その意気込みを受けて拍手をし、いたく感心しながら立ち上がる平山明、ひまらやのメイ店長。


「全話視聴して何が変わるという? プラロボを組み立てるだけだぞ?」


 対して、依然ソファーで脚を組んだまま、サンドカラースーツの男は渋い表情を深め、やがて平然と平山明とは真反対のことを言ってのける。


 しばらく、耳に伝った渋い声とお言葉に。「驚き、何も言えない」そんな表情でいたこの場の皆は、校長の方を一斉に見つめた。


「のいのおおおおおおい!!! いやないない……校長ないないっ」

「ええええ……」

「っ…………」


 校長はまた元気に騒ぎだした赤髪メガネの大人を、離れた手のひらで己の視界から隠し、邪魔だと暗に制する。


「私はプラロボ部の学生たちに聞いている。プラロボコンテストで全話視聴したかまでは審査はされない。この工程の何がどうエントリーする作品に差異を生み出し活かされるというのだ?」


 まぎれこんだプラロボ屋の女に耳は貸さない。校長はただ浦島銀河と佐伯海魅、プラロボ部に属する2人の学生たちに再び問うていた。


「んー……どういかされるの、ぶちょー?」


「おい……全話視聴したビギナー本人がバッチリ投げ出してどうする……」


 女子部員は答えない……託されたのはやはり部長。鋭く睨む校長の瞳に、部長の彼は今、練り上げた、強い意を持って──


「お言葉ですけど【水の星のグランド】という何年も語り継がれる良質なアニメーションを全話視聴した今だからこそ、伝えられるものもありますよ校長。このプラロボ部2人の熟考する脳のフィルターを介してッ、これからまさに組み立てるプラロボそのプラスチックのボディーを介してッ、まぁ見ててくださいこの90分の1伝説のグランドロボット、【グランドⅠ】でバッチリ優勝もぎとってやりますよ!!!」


 部室内に勇ましく響く、腹の底から流れ出てきた青年の声。きハルに懸ける、そしてプラロボに対する情熱が言葉にして、今プラロボ部の部室内に居合わせた全員の耳を震わせ伝った。


「チパチパチパツインニッパーーーー!!! くぃーーーーーー弟さんまさかの大きく出たねぇ」


「おおぉ優勝……おおきくですぎじゃない? くぃ」


 元気な拍手に釣られて、もうひとつ、ゆっくりと拍手の音が流れる。女子たち2人分の拍手が、彼の勇ましいその言動をたたえた。


「大きく出るのはいいが、優勝ではなく【最優秀プラロボ作品賞】だ」


 シラガ部長はじっと校長に勇敢にも指を差したままだ。それは人によっては失礼にも捉えられる。だが校長が指摘したのはさっきの銀河の言動、誤って吐いた言葉の方であった。


「あはははは……そ、そうでした! すみません校長また言葉のセレクトを間違えました!」


 笑って取り繕うようにかきむしる、いつも見たような白髪の情けない姿に、女子たちの拍手は合わせたようにぱたりと鳴り止んだ。


「え、ドヤったのになんも知らないんじゃん……」


「ドヤって大地にふんぞり立ってたねぇ。カナカミ通信生も今のは、ないないってね。恋もバッチリさめるれべるぅ」


「謝れるだけ……では期待しておこう、全話視聴の成果とやらを」


 軽く部長のことを蔑む女子たち。交差させていた二脚を大地にしっかりと立て直し、温めていたソファー腰を上げた校長。


 青年の熱意に当てられたのか校長は「期待」という肯定の意の言葉を込めた。渋い声が銀河と海魅たちの届き。


 やがて、すぐに頷き合った学生たちのいい返事が、大人とこども4人では狭い、プラロボ部の部室に響いていった。





「とりあえず明日にしようぜ……」


「うん、でも優勝とか無理じゃない?」


「いやいやアッレっは! 意気込みというか……だろ? あと最優秀プラロボ作品賞だ(クールに渋く校長っぽく)」


「ふーん校長だましたんだ」


「人聞きの悪い……校長も男! パイロット同士、最終回のマイトとハークみたいに分かってくれてるって。あの人もプラロボとグランドに詳しいみたいだし。いやー、今までなんか怖いと思ってたけど校長はいいひといいひと! たぶん」


「ふーん」


 少し前に2人の大人のゲストは部室を去っていった。

 部室に残った学生の2人はそれぞれの重さの肩の荷を下ろし、息を吐いた。そして、吐き出してのこった余韻に、先程のプラロボコンテスト優勝宣言のことを話題に話し合っていた。


 実際のところ最優秀プラロボ作品賞を手にするのは並大抵のことではない。堂々と意気込んだところで簡単にはいかない、それはそれはハードなことであると、やんわり銀河はビギナーの海魅に察してもらうよう告げたのであった。


「あ、おまえそういやさっきのでとうとう水の星のグランド! 全話見たってわけだけど──どうだった?」


「んー、マイトの勝ち」


「おい。感想それだけって。難敵の校長とメイさん相手にひとりでやり合ってた俺が馬鹿みたいじゃないか……。あと全部代弁させやがって俺はおまえの保護者か!」


「ぶちょーでしょ、バッチリしてよね」


「カナカミ通信生に言われたらうれしいんだけどな……」


「にひひ、カラメルバッチリ」


「それは、いらん」


 時刻は午後6時を過ぎ、女子部員の笑いながら放ったカラメルバッチリな正拳突きには、手のひらで受け止めた部長は苦笑をお返しした。





▽▽▽

▽▽▽





「余計なことは極力やめてくれ」


「のいのいなっにが校長?」


「浦島銀河のことだ」


「と言われても弟さんはワタシの太客だっからねー。ワタシというプラロボ女子に貢いだ金額は相当だい。ないないっ」


「あまりに度が過ぎると、あのわけのわからない店をカモコウ近場から撤去させるぞ」


「え、こわっ!? やめてやめてプラロボお姉さんの老後のおたのしみを奪うとか、ないないっ!! ってそんな事無理なんだからね小市民はしぶといよぉ」


「なら彼のゆく人生とお楽しみを奪うこともやめておくんだな。ろくでもないヤツはいなくなり、こびりつく一部の者以外の記憶から消え去った、何故だとおもう? その方が世のためにいいからだ、そう善悪を司る神が審判をくだしたからだ。今はただのこの世界に存在しないマジックにすぎん」


「あの梯子があるじゃん」


「あんなものはもう10年は出ていない、無駄に期待するのはやめろ。甘くて苦い味のする青春に囚われてばかりいると、また歳を取るぞ平山」


「ててててて、鉄くんには言われたかぁなぁい! 見た目渋すぎんよ! その見た目で校長は無理よ! まるでカーゼタンクに似合うベテランパイロット! いやバッチリ校長だわ、のいのい」


「相変わらずさわがしい。不審者は通報されないうちに帰れ。望みどおりにできるのは学生たちの特権だ、お前はもうそれを味わったはずだ」


「くぃぃ……しゃーないぃ……今日は良い感じに育ったプラロボ好きの後輩たちと、水の星のグランド最終話ぁぁぁなアオハルも見れたし!! だれかさんの校長らしい変わらない姿もみっれたことだし、このへんでドロンのいのいっ! あと鉄くんッッ、たまにはうちにプラロボ買いに来なよねえええバッチリおすすめするからあああ」




 おなじ青春をとうに消化した2人には、沈みゆく夕日のその色がよく似合う。なつかしの部室棟からはなれ人影のすくないグラウンドをゆき、昔をすこし語らい、影は、それぞれに別れていった────。









 また一日が経ち、最終回は迎えない。

 新たな朝を迎えれば、学生たちは平日の学校へと登校しなければならない。


 架模橋高校の教室で学業に励む──眠りにつきリフレッシュした体力を消耗しながら、あるいは節約しながら。そしてやっと迎えた放課後を告げる始まりのチャイムに、隣合わせ1組2組の教室からぬけだした2人の部活動は始まる。


 しかし、そのまた隣のクラス1年3組から出てきて早歩き気味で寄ってきた女学生がいた。そんな近づいて来る、よく知る声に振り向いたのは、1年2組の佐伯海魅であった。


「おーいウーミん、最近付き合い悪いよぉー」


「わるいね町子、部活だからね部活!」


「ってほんとにプラロボ部入ったの!?」


「うんバッチリ」


「あ、噂をすればアレじゃんシラガの。もももしかして好きと」


「冗談は冗談、男女は男女、じゃねっ町子しばらく【きハル】でいっそがしいから他の子と帰って」


「ええええ! 親友だよ、マチコウミ親友! きはる?」


「友達だけどまだそこまでじゃないでしょ。ふふーん、まちこはちょうどいい感じにまちこだっからぁぁ」


「ちょっとウミぃ! ちょうどいい感じってなにそれええぇ。…………どうなっちゃったぁ? なんか目と目で話しちゃってる……はぁ! わかっちゃったこれ、女同士の友情より男取るパターンだ。そして不気味な足音を立てジェンガみたいにくずれていくカモコウでの青春の日々、やばいぞマチコ! 築いた友情がばらばらに、海にすってられるーー。ウミだけに。はい。むなし……」


道町子(どうまちこ):

茶髪のショート。外はねのくせっ毛もといおしゃれなカールがかなりかわいい女の子だよっ!

架模橋高校1年3組帰宅部、弟と妹が一人ずつおります長女でございます、将来の夢は看護師27辺りでノリの合う男と結婚、幸福を営む東京での生活からベストタイミングで故郷に戻ってお父さんの経営する喫茶店の後をできれば継ぎます。人生設計はオッケー!

友達はなかなかたくさんおりますが、今いちばんノリが合うのはウーミんなんだよねぇ。

ウミは私が見つけたし、あの子もマチコを見つけた。

出会いはねぇ、友達同士で数珠つなぎして何人かのグループ同士でボーリング場で集まって話し込んでいくうちに、メアド交換して隠れて2人で仲良くなっちゃったパターンです。

まそれはよくあるパターンなんだけど、それはそれはもうアレよあれよあれよと……それまでの友達を差し置いて、気付いたら一番一緒に帰ってたってパターン。

とにかくあの子といると、いっつも、ふんふーんって感じで楽だからさぁ。

それがまっさかオタク部しつれいプラロボ部に入っちゃったなんて、しかもあのシラガくんと……あやしい。私の筋の情報網ではウミの隠れファンはまぁマチコさん並に多いけど、例の男子一人が玉砕してからみんな様子見みたいなんだよね。あの子、『きもっ』て感じでけっこー冷たく容赦ないし、もしかするとだけど、気を遣わないのが気を遣うと思ってるとこあるじゃん? まぁ生贄になったソイツは相当落ち込んだみたいよあはははは身の程ね身の程。

ちなみに一番呼びたいうみーみ呼びは何故か本人から禁止されております。なのでウミまたはウーミんと日替わりで呼んでおります、はい。

とりあえず今日は私もその辺で男を漁ろう……。

あ、マチコさんの未来人生設計に、ダブルデートも追加で。




 佐伯海魅は友の道町子に手を振り、廊下の先を行く目立つシラガの背をはなれて追っていった。







 放課後はプラロボ部の部活動を、たどり着いた部室で合流した男女2人は────


 部屋の明かりはパチリと点けられる。さっそく中央作業台に大事に取り置いていたプラロボの大箱を見つめ、部長と部員の2人は頷いた。


「よしついに念願のだ、やるか」


「うんやる。でもわたしがやっていいの? 優勝だよ優勝。フェアリーナイトみたいにまたパーツ曲がったり傷つけちゃうよ」


「はぁ……もちろん優勝……じゃなくて最優秀プラロボ賞は出る限りは目指すけどさ。そんなに曲げたりなんやかんやなんて気負わなくていいだろ。プラロボってのは普通に全国で当たり前に売られてて子供も学生も大人も老人も当たり前に買えるんだからさ、だからフツウに作ろうぜ。90分の1のこいつも今にも全話視聴してくれた誰かさんに作ってほしそうに待ってるって」


「……ふーん。ならそうする、でもポエムはやめて」


「プラロボ部部長の部長らしいありがたいお言葉をポエムと呼ぶな……! 人間そのうちなんにもしゃべれなくなるぞ……(そのポエム法案が通っちまうとな…)」


「ところでこれってナニ?」


「んーー。そ、それはなぁ……」


 作業台の【90分の1グランド】の横に小さな青いプレゼントラッピングがある。昨日まではそこになかったものだ。当然目に入る、佐伯海魅はその手帳程の大きさの包みがさっきから気になっていた。


 しかしナニとは海魅が聞くものの、銀河部長は後ろ髪をかきながら、なんとも言いきらず……いつもは見せない困った変な様子でいる。


「開けていい?」


「ん、んんーーいんじゃないかァー?」


 挙動も声色もヘン。そんな白髪男からしっかりと許可を得た海魅は、今、近付き手に取ったその包みの紐をしゅるしゅると解いてゆき────────



「デデーーン! プラロボ制作キッズツールセット!!!」



「は?」


 海魅が手に持っていたのは白い革製のポーチ、すこし重量感のあるものだ。梱包されたその中身があらわになると同時に、いきなりおどけて彼女を指差す男は続けて喋った。


「プラロボの制作道具とかニッパーは俺の使っている古いヤツしかなかったからさ。お前が水の星のグランドを全話観るって言うしその間ほら、暇だろ? だからなんか〝これ〟おまえにいいと思ってさ。それはーまぁ、新入部員入部祝いってことで部長からのプレゼントだ。あ、言っとくけどな部費じゃないマジの俺の自腹!(余った部費はちゃんと学校に返すぞ)」


 長々と男が語り彼女が分かったことは、これは自分宛のプレゼントであるということ。

 そして気になるポーチを開いて見ると。ニッパーやピンセット、カッターにヤスリ、小筆。などなどプラロボ制作における基本的な道具が小さくまとまって中に綺麗に整列していた。


 しばし彼女の青い目は、白いポーチにおさまる青いニッパーを見つめたまま……。


「……うーん。これって、やめてももらえる?」


「第一声がそれはないだろ、あまのじゃくヒロイン……」


「ふーん、さんきゅーぶちょー」


「謎のワンクッションがなければな……どうもっ」


 銀河部長からのプレゼントを受け取った海魅はくすりとクールに微笑んだ。彼はほっと、一息をついた。





 真新しい青いニッパーの出番はすぐにきた。パチっパチッとリズムよく響く良いニッパー音。ふんふーんと唄う女子部員の鼻歌も部室に自然と奏でられていく。


 銀河部長と海魅部員の2人は小気味よく丁寧にヤスリを擦り、脚部腰部プラロボパーツの全ての不恰好なバリを取っていった。


ヤスリハイ:

それは至高の鉄ヤスリである。

磨きの仕上がりが非常になめらかになるプラロボ界のオーパーツ。

ひまらやの店長おすすめツールセットということで、お高いが今回とくべつに白ポーチの中に入れてもらえた、便利なツールのひとつである。


「ふぅー、足できた。すごいねヤスリハイッ、めっちゃ切り口が綺麗じゃん、すりすりヤスリハイ」


「うん、ヤスリハイで削ってけばみんなプロ級だからな! でもそれだけじゃなく、おまえもニッパーの切り方と残し方が上手くなってきたじゃん」


「切れ味がくぃって新鮮な感じだからね。ふんふーん、あとわたしの腕。てかヤスリハイがこんなにマジックみたいに便利ならフェアリーナイトのときに出してよ、ナニやってんの、バカなの」


「あー……んーなんか記念すべきプラロボ作りの一発目からヤスリがけってのもなぁ。まっ、アレはアレでほんとうのビギナーにしか出せない良い味だと俺は思う、ははは」


「えっ、きも」


「いやきもくはないね」


「ふーん」



「おいっ」



 初代であり原点であるグランド(腰から下までの姿)がいま完成した。伝説の白い機体の下半身はプラロボ部部室のミドリの作業台の上に立つ。


 「んーー」と背伸びした女子部員は一段落した背筋を伸ばしほぐし。


「次は? ぶちょー?」


「おっ、どこからいきたい? 部員?」


 ここで切り上げるにはまだ外のソラは青い。放課後のふたりっきりの部活動、置かれた青いニッパーをもう一度その手にとって────。








 依然、第11回アオきハルのプラロボコンテストにエントリーする予定のプラロボ制作作業に取り掛かる。銀河部長はパーツをまたひとつ慣れたように切りながら、あらたまった態度で海魅部員に話を切り出した。


「テーマを決めないといけないのだよ、佐伯海魅部員」


「はじめて名前で呼ばれたんだけど、なんで?」


 いきなりシラガの男にフルネームで呼ばれた彼女は表情訝しむ。そしていきなり返しで、男があげた議題とは直接関係ないことへと追及が及んだ。


「いやさすがに部員の名前は調べとかないと部長として、まずい(おまえが一向に名乗らないからな)」


「えぇ……」


「って引くなよ。お前がここまでイチドも名乗らないからだろ!」


「あんたも名乗ってないじゃん」


「ん? たしかに? ……いや名乗った名乗ったそれはもうマイ・トメイロばりにみんなに覚えてもらえるようアニメの第1話で名乗るように名乗った!!」


「ぜんっぜん覚えてない、1回じゃん、ちゃんとしてよぶちょー」


「回数を覚えてんじゃねぇか、はぁそれもそうだ。──1年1組浦島銀河、プラロボ部部長をやってる、ご存知かもしれないが改めてよろしくな」


 女子部員のペースにやられて崩していたその表情を直し、作業中の姿勢を立派に正して、銀河はあらためてしっかりと1人の部員へ向けて自己紹介をした。


「2組佐伯海魅、よろしくぅ浦島銀河部長」


 そんな白髪のかしこまった姿を見つめ返して淡々と、向かい席に対面する彼女もまた。


「おぅ、よろしく佐伯海魅部員」


 部長がよろしくと言葉を返すと、おしゃべりな空間はなぜか一時の静寂にのまれ、ニッパーの音も止まり鳴らない。

 そのまま2人して作業に移ろうとしてもやはり耳に心にひっかかり移れず。もう一度同じタイミングで男女互い顔を見合い、


「────やっぱりやめない? なんか慣れそうもないかんじできもいかも……」


「だな……」





 フルネームでの呼び合いがあまりしっくりこなかった2人は、一旦さきほどまでのやり取りをリセットし、お互い元の正しく思える状態へと戻った。


 それから少々プラロボ部の2人は集中し作業に耽った。やがて、リセットしていた記憶がふとよぎり、用件を思い出した銀河部長は、議題をさっき言いかけていた事に戻した。


「ってことでテーマだ、女子部員」


「うん、ぶちょー。テーマってなに」


「だからさ【きハル】に出すプラロボ作品のテーマだよ」


「たとえば?」


「そう聞かれると思ったからこれだ、これまでの最優秀プラロボ作品がここにな」



第1回

Gの創造──破壊と再生の先  仮面のUNKNOWN


第2回

決闘、グランドⅡ(天脳システム搭載機)VSウ・ラカーゼ(ラカーゼⅡ)  windy soft(プラロボ愛好会)


第3回

心海のグランドVS暴風のラカーゼ  TOYOSHIMA工業高校月面支部


第4回

冗談はゴ冗談  広島ミナミ高校


第5回

ゴ冗談はゴ冗談  TOYOSHIMA工業高校月面支部


第6回

逃走……闘争!ソラの旅人  GⅢじぇねれーしょん


第7回

地球到達、降下攻防グランドⅢターボシルエット  TOYOSHIMA工業高校月面支部


第8回

最強のミッション!  ニッパーパレード西福岡


第9回

最狂のミッション…  TOYOSHIMA工業高校月面支部


第10回

みんなで還ろう  TOYOSHIMA工業高校月面支部





 タブレットに映し出される情報と画はひとつひとつ、タッチ&スクロールされていく。


 歴代の最優秀プラロボ作品賞を勝ち取った作品がすべて【きハル】の特設ウェブサイトで見ることができる。渡されたタブレット端末を海魅は操作していき閲覧する。銀河もその逆さに映る画面を共有し眺めていた。


「ふーーん、なんかしょっぱなからレベル高くない……。なんか普通に作るだけじゃなくて土台とか光の演出とかもやってんじゃん? アニメみたいな宇宙空間も作っちゃってるし、あとこんなにプラロボ並べていいの??」


「高い……高いよ! 見てて思ったわ、こいつらマジでおかしいよ。はい。ってことで参考になったか? ちなみにプラロボを何機使おうがいいらしいぞ(このルールもたいがいな気がするが、それでこのスゴイモノ……が作れるなら拝めるなら仕方ないな)」


「いやならないけど」


「だよな」


「もはやプラロボじゃないじゃんこの人ら、本物みたい。そっち方面のアーティスト志望?」


「んーそうとも言える……かな? どっち方面かは知らないが。なんか第1回からレベルがおかしくて、年々競い合うようにキレが増してきてんだよな。見世物としてもかなり毎年盛り上がっているみたいだ」


「わたしたちとちがってガチってこと? それで、このTOYOSHIMAっての倒して優勝できんの?」


 第10回最優秀プラロボ作品賞を取った、宇宙をゆく戦艦と数多のグランドロボットたち、その迫力の1枚が大きくタブレット端末に表示され、部員から部長の元へと返された。


 部員の彼女は腕を胸のまえで組み、すこしクビを傾げたままだ。


「…………もちろんっ!」


「嘘だよね」


「いや、気合と言ってくれ……」


 凝らし睨んだ彼女の青い目は即座に部長のついた嘘を見抜き、はぁっ、とかるい溜息を流した。





 どう考えても優勝、最優秀プラロボ賞をもぎとるのは無理なのでは……?という懸念を若干プラロボ部の2人は共有しながらも、ともあれ先ずは【きハル】にエントリーするにあたって定めるべきものを定めなければならない。

 作品の方向性にも関わる大事なテーマを定めなければならないのだ。


「────とグランド」


「ん? そいつぁかなりまともなテーマだな?」


「うん。わたしってノーマルだし」


 海魅本人の口から発された、その短くもまともなテーマ。目の前のちょっとあまのじゃくな女子高生から出た、全く邪のないテーマに部長はおどろきつつも……。


「おまえそれも好きだな……(おまえのじんせい何話目の台詞だよ)。……──よしそれでいこう!」


 浦島銀河部長はあっさりとそう返答してみせた。


「は?」


 こんなに普通のテーマが採用、それも即決の採用をされるとは思わなかった。言った本人である海魅自身も一音でおどろき……。


「ノーマルはノーマル、アブノーマルにはノーマル、平均超えたアブノーマルな奴らにはノーマル!!! その嫌味の無いテーマで入賞目指すぞ!!!」


「にゅうしょう……」


 テーマは決まった。掲げた優勝の旗印は一旦心深くに置いておいて、ブラロボ部の2人は現実を見据え【きハル】での〝入賞〟を目指すことに決まった。



 そして今、バッチリと決まったテーマからさらに細部を詰めていく。

 やがて、切りの良いところで90分の1グランドの制作作業を中断し、赤い表紙の学習帳に出し合ったアイディアを書き連ねていく。とにかく2人の脳から取り出した良さそうなアイデアを積極的に並べてみた。部長が言うには詰めすぎたものを冷静にふるいにかける作業は、後日、またすればいいということだ。


「さすがにその数の人間は……よし、イチから作るか!」


「まじ」


「おおまじ!」


「ありなの?」


「ありだろ。グランドに乗るのはパイロット、人だからな。てかさっきのなんでもやってんの見たらこれぐらいアリでしかないだろ……。時刻はそうだなぁ、あいつらの酷使しめいた革新技術に倣って、繋いだ簡易プロジェクターでショーケースを照らして夕暮れ時でいいか?」


「うん普通にいんじゃない。夕暮れのグラウンドに立つグランド」


「ダジャレかよ。──いや、いんじゃないか。子供がだれもが通っていたのが学校だし、シチュエーション的には違和感なくそれでいて万能でバッチリだ? それで行こう」


「じゃあ学校も作るの? 学校ってプラロボなの?」


「んー普通のプラスチック模型もありだが、ネクストミッションにでてきた学校戦艦をカモコウに改造して今回は使うぜ、ははは」


「なにそれ??」


学校戦艦メガメダカ:

最新作グランドネクストミッションに登場する学校を背に乗せた巨大メダカがモチーフの戦艦である。

普段はただの主人公の通う学校であったが数々のミッションを成功させた終盤にかけて、地下の巨大メダカがついにネムリから覚めて、それは学校戦艦となり、最終ミッションまで主人公ヒロインを含む皆を乗せ、活躍した。


「残念だが全40話のそいつを観ているじかんはなさそうだ……。また今度一緒にみようぜ?(そすると俺は三周目)」


「ふーん。それより他のがいい」


「そうかいそうかい……。そりゃぁまたおまえのセンスにバッチリまかせますよぉー」


 今日という日はこれにて解散。しっかりと戸締りをし部室から出ていったプラロボ部の2人。

 部活棟2階からみえるグランドの夕日に、なぜかいま物思いに耽る。年季の入った手すりに手を置く彼を、


 ──「パシャリ」青いスマホのデフォルトのシャッター音が鳴る。


「おい、なに隠し撮りしてんだ」


「絵になりたそうだったから」


「おまえそれ俺が言ったら8割方きもいって反応するやつだろ……次、俺の番だからそこに立て」


「ふーん、────いぇい」


 珍しく言われるがままに彼女は動いた────あわてて取り出した灰色のスマホは、静止してみせたそのポーズ、そのシーン、その彼女の姿をカメラに収めた。


 部活棟2階の視点から広がるあかく焼けたグラウンドと通う学校とちいさな町景色と。夕日のオレンジ、逆光に、手の甲を見せた左のピース、少し左方を後ろ見る青い特別なアイカメラが輝いている。


「……(だまっていたらバッチリヒロイン)」


「撮ったの? じゃあ送って」


「あ?」


「メアド、送ったらソレちゃんと消しといて」


 コツンと青いスマホの先端が灰色のスマホ裏を小突いた。機器同士が無線通信し、共有した灰色のスマホ画面に見知らぬアドレスが送られていた。


「はぁ?(メアド……)っておまえ消しといてってなんかその言い方がなっ」


「だって隠し撮りされて保存されてたらイヤじゃん」


「許可撮り許可撮り! 俺はちゃんと言って撮ったろっておまえナラ俺のも消しとけよ!」


「わたしは女子だからいいでしょ」


「おーいっ! 俺は男子だぁ! 水の星の人類の恥じらいは宇宙に至るまで平等だぁあマテえええ!」


「まったない、また来週! ふんふんくぃーー」


 駆け下りていく錆びついた階段の音が重なり連続しさわがしくなる。

 急に始まった男女の鬼ごっこは、元気な足跡をひっしにえがくグラウンドの果てまでつづいて────。


 この日、佐伯海魅と浦島銀河のメールアドレスは交換された。


 結局、例の写真データは彼女の言った思惑通りに彼はイチド捨て……。しかし、のちのち切り札として使えるかもしれないと……灰色のスマホのメモリーの中に、フッカツされたようだ。

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