第6話 最終話×せいぞろい
シラガ部長はふたたび追いつき先をゆく、しばらく前を走り──後ろでぜぇぜぇ息を荒げ走る黒髪の彼女に振り向いた。
「はぁはぁ……なんでそんなにプラロボ部がなぞにタフなわけっ……ハァ」
「プラロボ部部長でリバーシのパイロットだからな! ってちょっとおまえ。そんなに無理せずちょっと止まっていいからサボれよ。さっきアッチ行ったばっかだろ、校長も見てないぜ」
「耳はかさないっ」
「は? っておおーーい────……走っていきやがった」
「────うん若さかな(耳はかさない使いすぎだろ……便利だけど学校の先生にはやめとけと言いたいぜ)」
海魅はアスファルトをまた急に駆けて、立ち止まり話しかけていた銀河の姿を抜かしていった。
「にしても校長がカーゼタンクって言ったとき、びびったな。意外過ぎるだろ……だが似合ってる、はは。みんななにかしらプラロボのこと知ってんだなぁ。グランドの歴史は俺の生まれる前から……長いしな。メイさんも俺より断然くわしいし、校長もなんか良い感じにくたびれてて40歳ぐらい? 原点をリアルタイムで見てた羨ましい世代であってもおかしくないよな……」
ちいさくなっていくがんばる黒髪の背を見つめながら、銀河は佇むように立ち止まる。
「すごいなぁグランド────」
立ち止まりながら銀河は、そんな大人たちと偉大なグランドの歴史のことをなんとなく思い耽ていた。
「────ア、止まった……おーーーいビギナーパイロットぉーー」
道端の電柱に右手をつき見つめる遠い青い瞳を、白髪を乱しながら元気に追いかけていく。
▼
▽
運動した後はスポーツドリンクでしっかりと水分補給。グランドナイツのパイロットたちは体力作りのトレーニングをほどほどに切り上げて、ジャージ姿のまま部室へと戻った。
「おまえ明日どうする?」
「ぷはぁ……2週間しかないんでしょ?」
うなじに引っ付くべたついた後ろ髪をかきあげながら、水分補給を終え生き返った女子部員は淡々と部長に答えた。
「そうだけどそりゃ……おまえ、水の星のグランドを全話観るってなったらさ1日10話のハイペースでもあと3日はかかるな? そのうえアッチで訓練もしてるし、こうしてパイロットとしての体力作りも校長さんに渋く追加されちまって、無理なら無理って言ってくれた方が俺も分かりやすくていいぞ?」
「……それってぜんぶ、あそびのことじゃん。あそびに無理ってあるの?」
銀河は部長として、すこし心配そうに聞いたが、今日のプラロボ部としてのすべてのメニューをこなしていった部員の彼女はそれを〝あそび〟と言い放った。
「あそび……一応プラロボ部としての部活動のつもりなんだけどな……否定はできるわけもない……。そうだな、たのしいあそびに無理はないな! でもおまえいくら水の星のグランドとフェアリーナイトに乗れるのがたのしいつづきだからって、またゲロ吐くなよ?」
「はぁ?」
いつまでソレ引っ張ってんの、とでも言わんばかりに銀河と見合う海魅の顔は引き攣っている。
「ま、まぁじゃな! 今日はもういい時間だしこれにて部活動終了、俺は明日もいるけどっ」
また迂闊の発言をしてしまったと悟り、そそくさと荷をまとめ逃げるようにドア出口の方へと銀河は急いでいった。
「────また明日、カラメルバッチリ」
汗がべたつくうっとうしい前髪を上げたスタイルになっている……そんないつもとはすこし雰囲気の違う女子部員は、オリジナルの名台詞を最後にそえて、部長の彼の別れの挨拶にこたえた。
「お、おう! バッチリ……筋肉痛なら無理に来なくてもいいぞーー!」
ドアは「バン」と音を鳴らし慌てたように閉まる。シラガの彼はもうそこにはいない。
「────ふっ」
(ふーん。部活動とはいうけど……巨大ロボットを動かせるのはプラロボ部だけだよね。正直意味不明の連続だけど、グランドについてわかることも増えたよね。フェアリーナイトにだってわたしは乗ってるし、パイロットだし、うん)
「だるだるだった1年2組の佐伯海魅さんが、なかなかおもしろくなってきたところじゃない? ね、アオハルレーダー」
そんな事をひとり呟く。ひとり自然に溢れる良い微笑を浮かべながら。
「あっ鍵」
作業台に置かれていたのか、置き忘れていたのか、部屋にひとり残されていた佐伯海魅は部室の鍵をはじめて手に取り。今日のプラロボ部の後始末の鍵閉めを、あわてんぼうの彼に代わりバッチリしてあげたのであった。
▼▼▼
▽▽▽
時は流れた────────1日だけ。
若干の筋肉痛を押して日曜日にも部室に顔を出した海魅部員と、既に早くからそこに居た銀河部長が合流を果たした。
そして昨日のように今日は25話から視聴スタート。プラロボ部ふたりの部活動の流れはこ慣れてきたようにほぼ一緒だ。
そして当然今日も────────
例のシミュレーター世界と称される、例のエリアに、2人はやって来ていた。訓練内容は、昨日と同じ、手を繋いでリバーシのグランドパワーをフェアリーナイトに流し、天脳システムの一部感覚とコツを共有する高効率の方法をまた採用し、始まっていた。
やがて、そのコツをつかみ1人でも無事問題なしに自由に歩ける走れるようになったフェアリーナイトとその女子高生パイロット佐伯海魅。今までこなしてきた訓練の成果があったということである。
「リバーシの補助なしでもすっかり大したものだな。兄貴分としてマイトお前は最高だぜ!」
『マイトじゃないけど、ふーーん。マイトの1話は超えたかな』
「伝説のパイロット、マイ・トメイロをライバル設定するのはいいことだけどさ……はは。────じゃあさっそくその辺散歩しに行くか」
『ふんふーー、ん?』
佐伯海魅部員の操るフェアリーナイトが、一応の動作ができるようになったところでレクチャーは次の段階へと。部長が今シームレスに提案した散歩と称した難易度☆エリアの探索を始めた。野をともに歩いていく、先導するリバーシとその後をゆくフェアリーナイトは各々の巨大な足裏で進みゆき……やがて────
既に接敵。野を探索し見つけたスクラップの小山から生まれたように現れてきた、3匹の鉄犬。リバーシの腰の高さほどの全高の敵である。
「こいつは【犬メタルドッグ】だ」
『え、なに、敵!? は……それって犬なのにグランドロボット?(って犬とドッグくりかしてるし)』
「いやさぁなっ、ただの知らないその辺の野良犬! ははは、よしいい感じにエンカウントしたところでさっそく次のレクチャーだ、ビギナーナイト!」
召喚したグランドナイツソードを手持ち──先行した一匹の鉄犬が飛びつく前に、巧みに一歩高速で前に踏み込み、リバーシは剣を振り下ろしさっそく敵をぶった切った。
切れ味は鋭く、天から地へと狂いなく迷いなく縦に真っ二つに両断された犬型だった敵機が、そこにいる。取り返しのつかないダメージを受けたのは明らかであり、やがて爆散した。
「【グランドナイツソード】、グランドナイツのみが持つことを許された魔王討伐の意思を紡ぐ最高の剣だ。帯剣しなくても召喚すればどこでも応じて主の手元へと出現する便利さがある。まぁ言ったらこいつはRPGの通常近接攻撃だな!」
『これが通常……』
戦闘中に部員へとレクチャーしている暇は本来ない、敵はその間にも攻めてきた。今度は2匹左右から同時に、さっきの一機は、けしかけさせた捨て駒だったのだろう。
リバーシは迫る敵に対して、いつの間にか左腕に装着した小盾、バックラーを構え防御姿勢をとる。赤熱する牙と爪を剥き出しで飛びついた左の犬型一匹と、ぶつかる瞬間よりも一手速く、ピンクのレーザーが撃たれる。渦模様の構造で収縮するバックラーの中心から、現れたブラックオニキスの瞳から一筋鮮やかにビームが放たれたのだ。閃光が貫いたのは飛びつき攻撃を仕掛けたはずだった犬の下顎、その部位に見事に直撃させ、敵機が地に落ちる。
「【灰マジック:霞散布】」
さらにグランドパワーを使用しリバーシはマジックを発動する。即構築された灰色の魔法陣が灰色の霞を散布し、右から同時のタイミングで襲ってきていた鉄犬がその霞のナカへと入り込み……
勢いよく霞を通り抜け、出てきたのは一瞬にして──斬り捨てられたモノの姿であった。切れ味鋭く口から胴へと横真っ二つになっている……。後方にいたフェアリーナイトの足元、緑の野に転がる、鉄犬だった残骸がそこにあった。
次から次に爆散していく。破壊された鉄犬は光るちいさなジグソーピースへと変わり、リバーシの元へと不思議にも吸い寄せられていった。
「でこれが、盾とビームとマジックだ。次世代グランドナイツたち。なんてな」
灰色のマジックが明けて振り返る。見えてきた灰色の顔には目元を覆う黒い横長のバイザー、垂れたいつもの灰耳がぴくりと一瞬愛らしく跳ねた。そんなリバーシと浦島銀河のコンビをただ後ろで突っ立ち見つめていたフェアリーナイトと佐伯海魅……。
『さんぽ、いきなり、いぬ、せんとう……』
エンカウントした野良犬3匹は瞬く間に華麗に殲滅され、今、地に勇ましくグランドナイツソードを突き刺し────彼の愛機リバーシは、堂々と大地に立っていた。
▽
フェアリーナイトの武装:
・グランドナイツソード
・妖精のハネ
▽
海魅部員がコックピット内で読むのは、フェアリーナイトのプラロボの箱についていたぺらい説明書、のようなもの。通信ビジョンのように電子データホログラム化された機体内蔵の特別な説明書である。しかし、摩訶不思議にもただの紙のように手に触れることのできるSFじみたシロモノだ。
今はまだ意味深な空欄と空白がその電子シートの説明書には目立つが、フェアリーナイトの武装項目についてはそこに書かれていることが全てである。
『え、これだけ? 剣とハネ?』
「うん。そうだぜ。うすうす気づいていると思うけど、こいつらはマイトたちが搭乗しているような純粋なグランドロボットじゃないからな。っていっても珍種であるグランドナイツにはその代わりにマジックがある」
『あんたのさっきのケムリ? ──【エメラルドトルネードバイン】?』
「それはグランド級の最強の術だな、そいつあちょっと気が早いが……そそ俺のケムリもマジック。例のロンリースリーウルブズがマイトに使ったカラーアイみたいに、目くらましに使う感じだな。うまくいけばさっきみたいに避けながら犬にカウンターを入れれるぜ」
(様々なマジックを撃つにはおそらく敵機を倒して得られるあの謎のピースやグランドパワーが足りてない。今まで1人でエリアを攻略してきた感じではピースを集めるほどに機体は強くなれるし、技を解放するためのパワーを得れる……そんな気がする。あの電子シートの説明書に書かれているリバーシもまだまだ全力じゃないしな……)
『そういえばなんでこの子、羽が出ないの?』
「あーそれはな、グランドパワーとピースがやっぱ足りてない」
『はぁ?』
「言ったろ全盛期だってあれは、グランドパワーを高めりゃその内解放されるとは思うけど。全盛期は【煌翠の妖精術騎士フェアリーナイト】、いうなら今はただの【妖精術騎士フェアリーナイト】ってわけ」
『いみふめい……なんか同じことまた2回言ってないそれ?』
「まったくそうなんだよな……ツッコマレるとおりで! 制作者は繰り返すのが好きみたいだグランドロボットのグランド……とかなっ。はっ、でも安心しろフェアリーナイトもおまえももう一人前のマジックを使えるはずだ、次の」
『レクチャーね。さっさとさっさと』
「……よーーし!」
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▽
「────ってことで基本はそのさっきやった【エメラルドスナイプ】で援護射撃してくれればいい」
『この剣は?』
「ま、それは応用のおいおいで。フェアリーナイトは後ろでマジックを連打している方が、今は似合ってる。俺のやったゲームでもそうだったしな」
『ふーん』
【翠魔法:エメラルドスナイプ】
手のひらから放つ基本的なマジックビーム。
放つのに必要な魔法陣は慣れれば即構築可能であるので、一般的なグランドロボットのビーム武器と変わらない使用感を再現でき、使い方次第ではそれよりも優れているともいえる。
海魅は銀河にマジックを放つためのグランドパワーの込め方を、リバーシとフェアリーナイトの繋いだ手を介して学び、一応放てるようにまで急成長していた。
(この方法はおもったより効果覿面のようだけど、俺とリバーシが手を離せば後は本人とフェアリーナイトの実力……だが、案外筋がいいのかもな? うーん。これがマイトの兄貴分ライト・アライのきもちか。まぁマイトと女子高生のコイツでは……アレ? どっちのあいてが大変だ?)
(マジック……どうしよ町子、わたしビームうてちゃったみたい。バスケ、バトミントン部の佐伯うみーみじゃ、さすがにビームはうてないよね? うん)
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▽▽
フェアリーナイトの放ったエメラルドの閃光煌めく援護射撃が、通信ビジョンを介した彼のレクチャーどおりに、今よく狙いを付けて……ついに初めて鉄犬の額を打ち抜いた。
『やったてんさい! ふんふーん!!』
「よしいいぞっ! うおおおお」
レクチャー、訓練はまだつづいていた。プラロボ部の2機2人は、さらにエリアを散歩しながら、そしてまたも敵部隊にエンカウントし交戦状態に移った。
前線で剣と小盾を躍らせ戦うリバーシと、後衛で言いつけの援護射撃をつとめるフェアリーナイト。積み上がるスクラップの大山から次々と湧いて出てくる鉄犬を、2人で協力し迎撃していく。
そんなプラロボ部の2機、2人の勢いは止まらず────
鉄犬を散々にけしかけては不意をつくように現れた赤い一つ目の鉄人形は、鞭のようなものを隙ありとばかりにリバーシの横顔に向けて伸ばし放った。
「お約束の電撃流すクビワかよおおおおよっとおおおお!!!」
それは鞭ではなく首輪。新手の鉄人形から投げられたクビワにがっちりと絞められ捕まってしまったリバーシの左腕は送電される電撃をものともせず、力強く身体を回転させながら、豪快に後ろへと引っ張った。
引っ張り合いの決着は一気に、そして一瞬にして────宙に浮かんだ鉄人形は、リバーシの剛力にクビワのリードごと引き寄せられそのまま、胴を二つに袈裟斬りにされた。右手に持ったグランドナイツソードの刃その威力は、勢いよく地までを抉った。
鉄犬の飼い主、鉄人形、そんな最後の1機を倒し勝敗は決した。スクラップの大山での攻防は、鉄犬13機、鉄人形1機を倒し、ピースへと変えてプラロボ部は祝う勝利と得難き経験を手にした。
「よっと、【ドッグキーパー】撃破!」
『くらってた』
「電撃は一度くらって引っ張るのがグランドロボット流だからな。アレはくらってないのははは(わざと隙を演出してヤラせたのだ)」
『はぁ……イカれてない?』
「大丈夫イカれちゃいないリバーシは無事だ。なにはともあれ、おまえもおつかれ!」
『……ふぅー、おつかれーリバーシ』
「え、俺は?」
『冗談は冗談』
「おいっ意味がわからん!」
『ところであんたの前やってた変身みたいなやつ、しないの?』
「あー、あれはな。あのときは、ぶっつけ本番の……そうバグだった」
『はぁ? バグぅ?』
「いやー、ごめん。だってこのリバーシの130分の1のプラロボキットは追加装甲なしの素の灰色だからな……。(もしかしたらプラロボにないパーツもお取り寄せできるとは思ってたけどあのとき……できちまうとはな? リバーシやっぱりおまえはすごいぜ)ま、まぁ……ここらではまだ使う必要もないだろ。バッチリ問題なかったろ? ぜ!」
『はぁっ、冗談は冗談』
「おまえそれ好きだな……」
勝利、雑談、冗談、余談。グランドロボット操作のレクチャーがてらの切りのいい大戦果をあげたところで、巨大プラロボの世界からプラロボ部は秘密基地へと戻っていった。
眩しいアオの光を抜けて────────
天井裏の秘密基地に戻ってすぐ、銀河は中央にある機器、宇宙マップのモニターを確認した。さっそくコンソールを慣れたように操作し確認する。今、拡大したちいさな【難易度☆エリア】は浄化度100%と記録し表示していた。
「エリア浄化度は、おー100%だな」
「ってことはゲームみたいにクリア? さっきの散歩コース?」
「俺がやってきた感じでは一応そうらしい」
「よし次、星2」
JKのするピースサインが、ぐっとゆっくり伸びて彼の方へと突き出された。星1をクリアしたからと間髪なく平然と、女子部員が部長にそう言うのだ。
「待て待て、俺たちの目標はアオきハルのプラロボコンテストだろ。見境なしにプラロボに乗って野良犬とたたかってどうする」
「なにいってんの、たたかった方がプラロボのことわかるじゃん」
「それは……そうともいえるけど、な……今日はもう慣れないマジックも使ったし天脳システムも使い過ぎたろ」
「────そうみたい」
彼に冷静に言われてから自分のおでこを手で抑えてみて熱量を確かめる彼女。なぜだかやがて……そんな彼女が歩き近付いてきて、きょとんとしていた彼の────そのおでこをさわった。
「わたしよりアツくない?」
「そ、そりゃぁ」
それはゆっくりで突然すぎた。そして、そのヘッドパーツへの攻撃を浦島銀河はまったく避けることはできなかった。ずっとその細い指の右手を当て、じーっと海魅の青い瞳がおどろき固まった銀河の表情をみている。
触れられて増した、彼のおでこの熱が、彼女の右手のひらへと伝っていく…………。
「くぃっ」
ニヤリ、目の前の女子部員は形作る笑みにその歯をみせる。そして後ろにお上品に隠していた左の手から、今、「べっちーーん」と叩きつけたような音が銀河の耳に大きく響いた。
「いってーーーーーー」
思いもしなかった平手を受け、おもわず額をおさえた。銀河のおでこにはそのだましうちで勢いよく貼られた、なにやら冷たいブツがある。
「うん、バッチリ」
目を笑わせ、けらけらと笑いながら親指をサムズアップしていた女子は、すでにスカートを揺らし、遠く。そして梯子を下りてゆき、秘密基地から沈んでいく。
「ちょっと待てーーーー痛いだろ俺にも貼らせろおお」
「どこ貼るの? ヘンタイ」
「だれがヘンタイだ! よーしやってやる! でこ出せビギナー! お前も強制クールダウ────────」
仮称シミュレーターセカイでの本日の実りある訓練は終了、そして唐突に始まったのはそこそこ育った高校生ふたりの鬼ごっこ。浦島銀河部長は新品の冷えたシールを片手に、アオい梯子から今、元気に飛び降りた。
▼エリア6022難易度☆☆▼
エメラルドとピンクの弾幕が、鉄犬を射抜いていく。フェアリーナイトの構築する魔法陣と、リバーシの魔装バックラーミラーから撃つビーム。荒地を駆ける鉄犬たちを部長の立てたいつもの作戦と陣形で対処する。
フェアリーナイトは狙い済ました援護射撃を継続。リバーシは前へと躍り出て、グランドナイツソードとバックラーの兵装を駆使し巧みに前衛を務める。
☆のときよりも敵機の数が多い☆☆。多頭飼いした鉄犬たちを突撃させまたも隙をつくようなタイミングで、飼い主の一つ目の鉄人形が襲い掛かる。
今度は以前と違いドッグキーパーが2体、メタルドッグを囮に、左右からリード付きの送電クビワを「ビュッ」と真っ直ぐ、前で派手に暴れ続けていた灰色の機体に投げかけた。
左右から挟み撃ちのクビワが飛ぶその並々ならぬシーンに、ステップを踏み剣は踊る。見えていた危うい軌跡、リードの中途をスベテ斬り裂き──灰色の機体を操るパイロットは見事に対応してみせる。
「そう驚くなよ、リバーシが賢く動くなら浦島銀河もこれぐらいはやってのける!」
『スキあり当たれぇ!』
【エメラルドスナイプ】佐伯海魅とフェアリーナイトは青いアイカメラを凝らし集中────狙い済ましたマジックが、突っ立つ鉄人形1体の横腹をぶち抜いた。
「うおおおおおおお」
仲間の活躍に触発された灰色機体の疾風迅雷の攻勢に、犬も人形もついては来れない。無双のグランドナイツソードが機械を両断し、勢いよくハシッタ────────
「しゃあああ一丁上がりだな」
『犬とクビワニンゲンしか出てきてないけど』
「【クビワニンゲン】じゃなくて【ドッグキーパー】だ。あっ、あんま近付くなよ。案外痺れて、シビれ慣れてないと危ないからなアレ」
『んーー。おつかれ』
「おい会話って、おつかれさん!」
『もどろ』
「もち戻る!」
(なんかたのしいな。当たり前だけど仲間が増えると。まさにグランドナイツRPGの序盤か?)
(ふー。これがコックピットってところからマイトの見ている世界? ……にしては緊張感ないかも。うん。でも、今日もビーム撃ちまくってわたしってなかなかやるじゃん? シラガはあいかわらず無茶苦茶だけど、わたしはわたしだよね? ふんふん、フェアリーナイト)
無事数多の敵機を殲滅し☆☆のエリア浄化度は100%を記録する。現在、接敵状態ではないリバーシとフェアリーナイトはプラロボの箱の中にでも入るように、周囲に大きな四角の青いグリッドを展開し──二機の巨大な存在は、やがて、そのエリアから失せて、秘密基地へと帰還した。
▼▼▼
▽▽▽
今日は水曜日、学生たちは学校の授業に、巨大ロボット操縦訓練に、パイロットとしての体力作りのランニングも。このところ濃密にそんなカリキュラムを詰め込み大忙しである。そして余った時間は放課後のアニメ視聴にあて────
『マイ・トメイロおまえは地球の外のモノを食ったことがあるか!』
『何をいきなり?』
『何故我々ニンゲンが宇宙にまだ生息圏を拡大し苦しい思いをしなければならない、その根本を考えたことがあるか!』
『それはこの星に生まれたから、学者と子供たちがソラを飛ぶように夢見てもいいだろ!』
『そうだその夢、夢でしかない。そして夢物語のつづきは誰かの手で終わらせなければならない、真実を知る宇宙を生きた我々は水の星へと還る。そうすることでだ!』
『故郷に帰ってヤルことがこれか! おまえらニンゲンのおおきさじゃないだろ!』
『これがこの星に対する最大限の礼儀だ、これ以上の汚染は私が許さん!』
『礼儀知らずには礼儀だ!』
『来いッ地球のグランド、マイ・トメイロ!』
『ゼンブで呼ぶな、俺はたたかうマイトだ! カーゼ・グランド!』
『私はハークだ! そしてグランドを討つのは天から降りてきた私とこのラカーゼだという!』
明かりを消し暗くした部屋、巨大なスクリーンから聞き見る主人公と突如終盤に間に合わせて姿を現した見覚えのある敵パイロット。舞台は相変わらず青い地球で、巨大ロボット、グランドとラカーゼが激しく交わりあい……エンディングソングが流れていった。
いつものソファーで、いつものちいさなタブレットとは今回は違う。吊り下げ式のプロジェクタースクリーンにながれる迫力の映像を見ていた海魅は、ぼーっと視聴後の余韻にひたり、やがて──
「ど……どういうこと?」
「【カーゼ・グランド】。あの中盤で一時退場した敵のハークと名乗る手強いパイロットは、実は宇宙的大企業ラムーンの御曹司だ。カーゼってグランドロボットがあったろ。それはこいつの本当の名前から付けたんだ。そしてグランドはラムーンを支配する華族の名前だ。マイトのあやつるグランドの改修作業にも嬉々として協力していたあの人らだよ、何をなりわいにしているか明確だろ?」
「なにそれ狂ってない? そんなことぶちょーで解説役はひとことも言ってなかったじゃん……しっかくだし」
「その件はあえて解説しなくてごめんごめんはは……そうそう見方によっては狂ってる。それだけじゃなく、月まで中継基地と工場を作った資源を独占する地球の宇宙開発企業ラムーンが、この大きくなりすぎた戦争の根源のひとつってわけ」
「え? 地球の企業? ならこのハークって宇宙がどうたら言ってるけど宇宙人じゃないじゃん。めっちゃ優雅に暮らしてんじゃん」
「いやこいつが地球をぜんぜん知らないのは本当。生まれも育ちも宇宙DOMEのなかで、ハイスペースっていう特殊人材育成機関に通っていたひとりだ。そして育ての親は本当の親じゃなく、ラムーンの社員だったんだ。本当はグランド一族の血を引いていて。何度かそれっぽい話が本人が退場してても間接的にあったろ?」
「少女漫画じゃん」
「少女漫画……なのか? しらないけどこいつが地球とマイトのグランドにこだわるのは宇宙での生活を知っていて、しかも自分という存在が地球と大きな鎖で繋がれていた、その表裏を知ったからだろうな。ってか今の少女漫画ってそんなのやるのか……?(ロボットも出んの?)」
「ふーん、もしかしてマイトじゃなくてこっちが裏のメイン? 何10話も退場してたのに、マイトよりさっきのじゃれ合い筋が通ってない?」
「いやいや、いやぁ? まぁ理屈では若干マイトは学者とか夢とかふわっとアレだけど? そこはどっちが正しいか……次回最終回ってことで。ついにここまで観ちゃったプラロボ部の女子部員さん!!! が、判定してくれればいいんじゃないの?」
「────ふーん……。でも思い入れはだんぜんマイトかなわたしのライバルだし、ねちねち言ってないで夢のあるほう。その方がよくない? それにずっと巻き込まれててかわいそうだし、カナカミの十字架パワーもあるし。勝つでしょ」
「でしょうね。あなたはずっとバッチリ主張が一貫してますね!」
「わたしってノーマルだし? アブじゃなく」
「アブだってハークさん! ここまでの活躍でマイトがただのノーマルとも思えないけど……俺もバッチリそっちに一票!」
両腕をどっしりと組んだ海魅と銀河は目が合った。そして彼女の青い目は暗がりに輝きワラい、頷いた。
最終回に備えて銀河の家から持ってきたホームシアターのプロジェクター。初視聴の彼女にどうせならばと、迫力のある映像で観てもらおうと思い立ち、その思いが学校の部室でカタチとなった。
白幕に照らす大きな画面に映りかがやくのは、いよいよの「水の星のグランド」最終回。銀河部長と海魅部員のふたり……いや、それ以上の数の瞳たちが、食い入るようにアニメ映像を見つめて────────
パッチリ──暗い部屋に、天の照明のスイッチは押され、明かりは点けられた。
「というわけで……」
「ほあぁ……さっすがマイトわたしのライバル……で、ハークって死んじゃったの?」
「ほぁあぁのいのいねむねむ。どうなのどうなの弟さん?」
「ふむ」
最終回、これほど緊張感のある最終回を経験したのは浦島銀河、彼のグランドファン歴で初めてであった。部屋の明かりを点けるため立ち上がりその3人の集いから離れていた浦島銀河部長は、いつものソファーに座る女子たちと、黄土色のスーツ脚を組む渋顔の男……そんな者たちの自分の白髪へと注目する視線を見つめ返した。
「……あぁ確実に死んだぞ。以降復活はない」
「ふーん……なんか言い分はわかったしもうちょっとあってもよかったじゃん」
「わかるわかるプラロボ女子的にわっかるぅうう乗っていたラカーゼもイケメンちゃんだし」
「ふむ、どう考える。私も同意見だ。宇宙で育った外モノのヤツは主人公たちより、世界政府軍、そして地球と地球人の心に根付く巨悪にひとりで立ち向かっていたようにみえる」
つづく賑やかな3人の矢継ぎ早の質問攻めを、シラガ部長は今、聖徳太子より耳を凝らし、各々の話を聞き分け、耳をかさないマイトより耳をかした。
「ロンリースリーウルブズ並みの波状攻撃だな……。ごほんんっ……マイトは地球と母艦ノアのみんなのために一貫して戦ったわけだし、なにも悪くはないと思う。ちょっと理屈の通っているイイヤツがいたからって、これは戦争だしな。そもそもがディベート勝負じゃないし、地球への個々人の論文発表会でもない。宇宙進出・開発の歴史で権力の肥えすぎた大企業ラムーンが、グランドロボットの生みの親でこの争いに焚き付け加担したといっても、発端はどうであれ、今更潰すのは現実問題、力を持ちすぎて無理があるだろう。でも……宇宙から地球に生活圏を縮小するってのは現実的に少しは可能だと思うし、いったん見る夢は落ち着いて、俺も人は地球にちゃんと住んでみるべきだと思うし、それから宇宙のことをまた考えてみるのも、ただこの先宇宙の果てを目指して突っ走るより、違うモノがみえてきていいんじゃないかな。それこそ、このなかなか相容れないお互いの主張……戦争のようにな。────うん、だからハークのその闘い様、その意思や言葉は、マイトや地球人宇宙に住む人々のココロにも紡がれていくんじゃないか? 例え何年、時が進んでも、薄れても、忘れても、カーゼ・グランドの闘い生きた証はきっとまだどこかに、残っていると思うぜ」
最後はひろげた両の手のひらを「どうぞ」とおおきく前方に返した。そんあ長台詞を吐き切った銀河部長のことをじっと見つめる……ご清聴のお三方全員を、銀河はそれぞれ見つめ返した。
「ふーん……」
「ふむ……」
「おおーちぱちぱちぱにっぱーー!!! マ、Ⅱでまたバッチリ盛大に戦争するんだけど、マイトもいるよくぃーー」
「それに現実問題とはいうがしょせんアニメだ、キミはその区別がまだついていないようだ」
「なに、紡がれていくとかいうの嘘だったの……? 良い感じにまとめてた風にしてたけどまた戦争するならマイトってただの戦闘狂じゃない?」
ぐさりぐさり、ソファーに座る3人からのはげしい口撃・弾幕が、銀河のヘッドパーツに集中、直撃する。同い年の女子部員にまで、これには部長の彼もたまらず……。
「いやいや!!! これは嘘じゃなくてマイトは戦闘狂でもなくてむしろ逆逆!! って……初視聴の部員に最終回の余韻を残そうとしたのに、Ⅱの事言われたらそれは人気アニメの制作上の都合の……現実問題って言葉のセレクトは間違ってました、校長先生……」
しゅんと落ち込み、熱のさめ冷静になった白い頭をゆっくりと一度、校長へと下げる。浦島銀河はさっき己が出し切った、見識の足りない長いだけの台詞について深く反省した。
「弟さんはまだまだ若いねぇー、周回周回」
「間違いを謝れるだけ先はある」
「ぼこぼこじゃん」
「アァっ、ぼこぼこだよ! ってそもそもなんでいるんですか……メイさん、校長?」
何故かこの場の登場人物が4人になっていた。そう、そもそもこの状況はすごくおかしい。ひまらやのメイ店長といつものサンドカラーのスーツと顔が渋い校長が、「水の星のグランド」の最終話で、ひっそり乱入し、プラロボ部の部室で同時視聴してきていたのだ。
「ワタシの天脳システェムが、マイト並みにバグって最終話のただならぬ【気配!】を直感したからねぇ。ないないっ、天脳システムはこの時代まだないないっ」
「キミたちの異常な連続視聴ペースから計算すれば、そろそろと思った。ひとつのシリーズのまとめた感想をはっきりと述べるのも、部の活動成果の僅かなひとつぐらいにはなるだろう。そして確かにバッチリと、この耳で聞かせてもらった。後はさっき総括した感想の誤りをブラッシュアップし報告書にまとめてくれ──浦島銀河、プラロボ部部長」
ニタニタわらう明るい赤髪メガネと、眼光鋭い校長。そんな最終回に間に合わせふらっと現れた大人たちの台詞と理由と御用事を、今、しかと聞いた浦島銀河プラロボ部部長は……渋い苦笑いを浮かべるしかなかった。