第5話 固執×プラロボ
「その年齢でッ女子でッオリジナル持ちとは……っくぃーーーー」
それはただの佐伯海魅のオリジナルの台詞、ふたりの背に追いついた店長メイに海魅はそうかるく振り返り明かした。
一方、依然店主の動向を気に留めることなく、陳列するプラロボの箱を手に取りなにか掘り出し物がないか物色していく部長は──
「この人てきとうだから耳かさなくていいよ、もっと見て回ろうぜ」
「ほーいごろろーんっ、それなに」
「あ、これはな【グランドⅢ(素シルエット)】だ!」
「今見てるグランドと全然カオ違うじゃん」
「その通りそうだなこっから一気に時代が100年ぐらい飛ぶからな、二つ目ぐらいしか特徴は合ってない」
「そんなトブの? なにめんどくさくなったの?」
「はははグランドⅡで綺麗にケリのケリがついた感じだからそれもあるだろうな……! それに100年経てばまぁまぁ次のでかい技術革新が起きてるからステージも主人公もグランドロボットもリセットして新しいものを始めるのに丁度いいんだろうな」
「ふーん、じゃああの主人公のマイ・トメイロって子どうなんの? 100年ってもう死んでない?」
「それはそれはまぁ、まぁまぁ……カラメルはまだ早いだろ?」
「あっそ」
「おい」
学生たちの羨ましい会話劇がまたスムーズに始まった一方で、背後に控える地獄耳の店長メイは、ようやく途切れたその2人の会話劇にタイミング良く口を開いた。
「って耳関連! グランドⅢソラの旅人第23話! のいのーーい待ってぇ、私は待ったよぉお耳かしてよみみぃみみっちぃみみぃーーその耳ぃーー」
もどってこいこいと、せわしくジェスチャーするメガネ店長に対して、同時に振り向いたのは同じ白基調制服の2人。やがて、息を合わせ、どちらも平然としたクールな面持ちで──グランド狂の女店主に餌を与えた。
「「おまえてきとうじゃん、耳はかさないよ」」
「それ原点初代ぃ! 反抗期のマイ・トメイロおおおおのいのいッッ反抗期の学生! 待て待てっっ!くぃーーーーー」
「こういう風に使うんだぜ」
「ふーんなるほどね、便利じゃん」
「だろ? 俺の好きな勝率100の台詞だからなははは、あっこれ【フルムーン】だ!」
「フルムーン、満月ってこと? めっちゃ黒いのにおかしくない?」
「その通りのその通り! ちょうどそんな事をたしか主人公も言ってたぜははは。うんこいつはなグランド天の主人公の後継機(敵地で鹵獲した)で戦闘中昂った【天脳システム】の飽和度が上がると全身がめっちゃ光ってかっこ」
「ナナナ……なつかくぃーーーーー! 待ってよオ兄ちゃんッ【ハギングクロスアームズ】!!!」
背後から両腕をかっぴらき胸をつきだし、唐突に迫るは赤い髪の緑エプロン、そのボディー。なつかしい、かっこいい、商品を手に持っているシラガ頭の隙だらけの胴にがっちりと狙いをつけた。
「うがっ!? おいやめ!!! 背後から機体に抱きつくな【グランド天!】の抱きつき魔の妹────────にしては老けてるぅう」
「オマエはコロス! 永遠のプラロボ部女子としてッワタシに抱かれて砕け散れッ満月!! 【ハギングフルクロスアームズ】くぃーーーーー!!!」
▼
▽
「で学生諸君、天下のカモコウプラロボ部のおふたりが選んだのが90分の1【グランドⅠ】ですと、ふむふむくぃー? これまたおおきく王道でビギナーで」
まだ先ほど熱烈に受けた胴パーツ周りのダメージが残っていそうなシラガ部長は、辺りをさすりメンテナンス中……。かわりに大きなプラロボの箱をお暇なメイ店長に預けた佐伯海魅はいつものように受け答えた。
「私ってノーマルだからね、アブじゃなく」
「痛てててぇ……ハグでたまるか……らしいですよ店長」
「らしいね弟さん、アブだよアブ部長きみは本編と一切関係ないゲームで、かつ外伝なリバーシ使いの立派なアブだよ」
「それはまぁ俺も自覚してるんですけど。メイさんが一番ヤバそうで……どうせ愛機は甲賀流烈機のコーカNaiとコーカNoiカスたむでしょ? それって十分、王道からは」
「のいのいワタシのプライベートドックは弟さんとちがいアブアブな忍者だけじゃなく守備範囲広いよーー。この商売にさながら命懸けてやってるヒロイン店長はダテじゃn」
「いつまでしゃべってんの? 客なんだけど」
またもやおかしな用語のビームが飛び交うプラロボマニアの世界に、どっぷり入り込んでいた赤メガネとシラガを、冷たい青い女子高生のアイカメラが凝視している。
レジカウンターごしに唾を飛ばし合っていたマニア度マニアの2人は、無駄な感応をやめ、その突き刺さる青い眼光と冷気に我に返り────
「のっとぉいけないいけない。くぃーー、プラロボ女子のお客様じゅもんをとなえてごめんごめんね!」
「じゃ、早くこれおすすめして」
「「はい?」」
かるく、とんと、指差すのは90分の1グランドⅠの大箱。「おすすめして」と海魅がクールに発した一言を、メガネ女とシラガ男は稼働させた各々の脳内で読み込み処理し……やがて、どちらも勘づいていった。
どうもその人はその場でその商品を店長おすすめの品にしてもらい割り引くのだという。それが1度してもらった女子高生割引の正体の一端。おすすめはするものではなく、してもらうもの。おかしいところはない。
そのすこし強引な若者、佐伯海魅のやり口は、玄人のメイ店長がすこしずれた眼鏡をくぃっと指で直しながら、赤髪をぼさっと掻きながら、冷静なリアクションをしながらも──通ってしまい。
「君ら今日はなんでこのおおきな子を買いにきたのい? 伝説の機体はいつもどこでもファン、ファン以外のみんなのあこがれでだーい人気。おねえさんが畏れ多くも割り引かなきゃけっこー高いんだぞー」
「んー。なんで?」
ちいさな店内のレジ前。店長はようやくまともに本来の仕事に取り掛かりつつ、客である学生諸君2人に、お姉さんパイロットのような柔らかな物腰で問うていた。
そして部員の海魅も同調するそのメイ店長の問いに対して、発端の部長浦島銀河はいたって普通の面持ちで答えた。
「そりゃ【第11回アオきハルのプラロボコンテスト】にこいつを出すためだよ」
「は? なにそれ?」
部員の海魅は唐突にイマ聞かされた、なにやら壮大そうな新情報を発言した部長を訝しんだ。
「言ってなかったっけ? アレ?」
視線の合った男はとぼけるも……。
「冗談は冗談……」
▼
▽
「ふむふむ。なるほどなるほど」
「って知ってたでしょメイさん」
「もちろん把握済みだよ弟さん。きハルの開催じっきーはぁ────ちょうどたしか今から2週間後だねぇ、きハッルきハッル!」
プラロボカテゴリーに関しては無敵である店長が記憶する……思考のカレンダーに書かれたそのイベントの未来開催予定は2週間後。今、正確に思い出しメイは明るく学生の客たちへと告げた。
「は? 2週間後? きはる?」
「2週間も、だ。きハル」
「──痛ッ!!! おいっ痛いって!!?」
炸裂したうみーみキックはいつもより一発一発が重い。イチゲキ、ニゲキ、サンゲキが、レジ前でえらそうに突っ立つ部長の右脚部パーツに届いた。
「はぁ胴の次は脚かよプラロボ屋でこんなに機体ダメージを負うとは……。仕方ないだろ突然途中で入部しやがったんだから、しかもコンテスト用の【インフィニットフルパッケージホーク金剛夜叉】にもダメージ与えやがっておまえ……」
「ふんっ……2週間って、このデカイ子のパーツニッパーでやってる間に終わるじゃん」
「「いやいやッ、ないない」」
その場でその場の総ツッコミが入る。両耳にツッコミ声を斉射されたビギナー佐伯海魅は……「冗談は冗談」だと本日何度目かの酷使する名台詞をそえて、微笑った。
▼
▽
「出世払いだよーーーーっばーーーん」
「メイさんあざーっす! ってそれ自爆忍者のいの死に台詞!」
「さっすが弟さん! 英才教育のたまものだねぇくぃーーーーーのいのい! ゴリ押し女子ちゃんもバイビーまたプラロボ女子同士、今度はヤロウはぬきで語らおうぜ。ないなーーーい」
店長メイ自ら店外まで付き添い、最後まで元気にお客様をお見送りする。思ったより長居しすぎたちいさな店の終始あかるい雰囲気を、プラロボ部のふたりは手を振り返し後にした。
「ふぃーーーーー。つかれたな……つかれたろ?」
夕暮れの道端に吐いた息は多量、解放されたように解放感のある帰り道に浦島銀河は息を吐く。
(部費が浮いたのは幸運だけどな!出世払いらしいけどのい…。──にしてもさっき目の当たりにしたこいつのヒロインごり押しパワーえげつないな……。ま、ビギナーそれもプラロボ女子には悪い扱いできないよなメイさん店長も)
「わたしが行ったときはフツウだったのに」
ぼそりと平坦な音量で告げたヒロインのその台詞に、銀河の耳はぴくりと反応した。
「ええ? あの人がフツウ? ……想像できねぇ、いつものいのいないない言ってるし。フツウかぁ? 想像するとなかなかきもちわるいなソレ……」
「あんたがプラロボ部部長でおかしいから実は合わせてたんじゃないの?」
「はぁ? んなわけ、いや……プラロボファン同士のスイッチとか入れちゃったのかもなぁ? ここ近辺じゃ、確かに深く話せる生身のパイロットもそこまでいないか?」
銀河は今脳裏に浮かべる赤髪店主から眼鏡パーツを外したりつけたりしながら考え込む。おおきな紙袋に入っただいじな大荷物を両腕に抱え歩きながら。
「くぃーーーー」
そんな様子でいると、いきなり彼のとなりから奇声がきこえた……。虫の音でもない。
白制服姿の女子高生が真顔でしているそれは、人差し指親指をニッパーに見立てた……あのメガネの店長以外には流行っていない、あのジェスチャー。
「おまえそれやめろよ、おまえそれ気に入るなよ、ゼッタイ……!」
銀河が海魅が披露するソレにたいして釘を刺していると──
「くぃっ」
彼女の妖しい手つき、指先、その素手のニッパーは荷を抱えがら空いていた彼の右脇腹をつねる──不意に。
「ぬにゃっ!? おいつねるな!!! ってマテっ!!!」
「くぃっく、くぃーーーーすたたたた」
「おまえそれゼッタイ習得するな! ってアーー! 走るナ俺!! せっかくの90分の1【グランドⅠ】にダメージがいっちまう!?」
「すたたたた」────クイックリーに少女は動き、夕暮れの町を駆けていく。
大事な荷をかかえる部長はその素速い影を追いかけようとしたが追いかけられない。
やがて、一本道を走り飽き振り返った彼女は、夕暮れのオレンジに光りながら、そのシルエットをぼやけさせる。
────ニッと、遠くで笑っていた。
▽▽▽
▽▽▽
(いにしえの伝説の機体。グランドロボットのグランド、グランドⅠ。あの梯子の先のマイ・トメイロたちは結局どうなっちゃったんだろう……。んーーそれとも……またも始まるのはなんだというののい?)
「まいどのツボ押しの成果かな? いや【ハギングフルクロスアームズ】が効いたかいオ兄ちゃん? ふぃーーーー、────────これがぼうきゃくのせいしゅんの外伝…をオマージュするそのつづきものだというのならば……ワタシは前世代グランドナイツたち同様、このセカイで年老いすぎたかねぇ……。ふぃーーーー、あっ──グランドⅠわたすも作りたくなってきたのい! メガネかけたろか、いや超硬化コーカマントを纏わせるのも乙な物、ふむふむよし! 今日という日、訪れた学生カップルアオハルパーツ超補給で! わたすの身体にもふつふつとッッ! 憎悪? 嫉妬? 悔い? リベンジマン? フェアリーナイト? インフィニットホーク?? いや……私の内に眠るいにしえのグランドパワーがいまかいまかとっっ湧いてきた気がするぞおおおおおお」
今日はもう店仕舞いのひまらやの店内。平山明(27)は若くてアオい青春の一端をしみじみと、いつぞやの自分たちとかさね味わった。
たとえあした世界が滅んでもあの日々を忘却することはない。エプロン前ポッケに忍ばせていた相棒の赤いニッパーを掲げて────────
なんでかふざけあった帰り道を────戻ってきたころには時刻は18時を過ぎていた。プラロボ部のふたりは四角い大荷物90分の1グランドロボット【グランドⅠ】の入った箱を、今日は部室に丁重に寝かせて……その日は終わった。
次の日は土曜日。
学生に定められた素晴らしい青春の舞台はお休みであり、部活動に入っていない者は学校に来なくてもいい。
だが、昨日、2人の口約束で結ばれた休日の外伝はそこにある。ちいさな部屋に巻き起こるちいさな伝説は、その古びたドアを開くたびにつづいていくものであり……。まだカモコウを照らす太陽は燦燦と高く────
ここはいつものプラロボ部、通常授業をスキップしひたる休日のちょっと晴れやかな気分のプラロボ部。あの伝説のアニメのつづきが家にいるときより大音量で流れている。
例の90分の1、その伝説の機体を組み立てていくのはちょっと待ったと声がかかった。女子部員はそうさらっと部長の彼へと言ってみせたが、彼が見たそこに宿る青い目の意志はたしかに強いものであった……。
『なんだよっ横から出てきて。おまえてきとうじゃん、耳はかさないよ』
『なっ、なんだとマイト! 兄貴分の俺になんて口』
『てきとうもそれもイヤなんだよアニキブン、ほんとうの兄弟でもなんでもないだろ! ついてくるな!』
『がっ!? マイトこの馬鹿野郎! 恩知らずの浮かれたおまえなんてなぁッ、マイに戻っちまえ!!!』
つまり彼女は「水の星のグランド」の全部、つまり全話を余すことなく観てから、そのプラロボ制作工程をやりたいと言い出したのだ。
(ファンとしてはひじょうに分かる気もするし、そんな男みたいなこだわりがこいつにあったとは。まことにおどろきだ)
作業台には昨日手に入れたばかりの未開封のプラロボの大箱と、立て掛けた絶賛喧嘩中であるタブレットの映像画面と。もうすっかり馴染んだ姿、渋いアースカラーのソファーに腰掛けもたれた部員、佐伯海魅。
真剣な様子で見入る彼女の一席空けた隣に、シラガ部長の浦島銀河はいつもの空いた右隣りのポジションに座っていた。
「よっと────今日は何話まで見ちゃうんだ?」
「あんたてきとうじゃん、耳はかさないよ」
「待て待て……普通に兄貴分の部長にぶん殴られるヤツだぞそれ、マイトじゃないんだ言葉で殴るんじゃなくて、会話をしろ会話を」
「会話は会話、冗談は冗談」
「それは俺が冗談を言うか、光って目潰ししてから言え!」
(このビギナー部員、ハマってきてやがる……。今はまだ覚えたての台詞を使いたがる可愛いもんだがいつかメイさんみたいになるのかなこいつも……。────いやいや、ないない! グランド語を知ってくれて学校で部活で話せるのはうれしくはあるけどそれは……なんかヤダ! まぁ、あの『くぃーー』な領域まではならないだろうな……。いや、なってくれるな……もはや別の生命になっちゃうぞ)
そんなこんなでちいさなソファー上での雑談を繰り広げつつ連続視聴していった、水の星のグランド。主に地球を舞台に繰り広げられていく世界政府軍WGの、地球に下りた宇宙連合軍CFに対する反転攻勢。その一端を担うのは主人公マイ・トメイロたちを乗せた母艦ノアである。
「プラロボ部ぶちょー、これって全部で何話あんの」
「部長って呼ばれたのまじで久々な気がすんな……んんッと元は42話、終わってから人気が過熱して再放送で全51話にパワーアップだ」
「え、なが。なんでパワーアップしてくれてんの」
「むしろ足りないぐらいだろビギナー、ははは」
早送り倍速はなし、それは暗黙の了解であり海魅も察しわきまえているようであった。しかし、オープニング、エンディングを飛ばし次回予告をとなりで部長が簡潔にわかりやすくする事で佐伯海魅部員の最速での視聴を可能にしていた。
本編おおよそ1話20分。あれから10話までは海魅がなんと家で観てきたと自己申告しており、今日はこちらにやって来て部長の解説付きのプラス10話を視聴していくことに。
気付けば時刻は早めに学校に集まり来ていたのに、もう休日の午後1時。いくらたのしい時間、良質のエンターテインメントといえど凝らした目に疲れは蓄積するものであり。ごしごしと瞼をマッサージしていく部長と部員がソファーにふたりしてもたれかかっていた。
「ほあぁこの達成感。20話まで一気にいくとはな……。大丈夫かおまえ、バッチリ内容入ってる?」
「ほああぁ……んー、『ばちばちのバッチリ!』」
胸辺りからもちあげたのは見えない十字架のネックレス。海魅はバッチリ微笑んで、白い歯をみせている。
「か、カナカミ通信生からバッチリにプレゼントされたおかしな十字架で、バッチリと答える吹っ切れたマイトさん……!」
緊急出撃つづきで待遇の悪い母艦ノアからキレて外に繰り出したマイトを追いかけた、同い年のカナカミ通信生。
彼女がなにか彼を元気づけようと、出店で適当に購入したのは安い十字架のネックレスだった。
そして、手渡されたそれは、何かを重く背負いこみ悩んでいたグランドのパイロット、マイ・トメイロにとっておかしいものであり……。
水の星のグランドの屈指の名シーン、マイトとカナカミふたりの間のバッチリな名台詞へとつながっていく。
「学生デートで十字架プレゼントはやばすぎでしょ。──そんな天然ちゃんはそうと、もう20話だったんだ」
「そうだな。──ん? もう?」
「もう20話」部員の彼女から出てきたその言葉は部長の頭にはなかったもので、疑問符を浮かべた顔で左隣の女子の顔を見た。
「なんでそんなじっと見てんの……? ────急にきたマイトのながいうじうじも立ち直ったわけだし。ロボットアニメだから舐めてたけど案外……そこまでの若干ひとり以外はみんなちゃんとした軍人のプライドってやつぅ? 主人公の態度にもう敵意爆発したりしてたじゃん? でも逆にそれでみんな吹っ切れて本音になって次につながるのが、たのしかったかなぁ、──これでバッチリ?」
ファンのように、ファン以上にすらすらと視聴感想を語りしゃべる隣の女子に、部長の瞳が彼女がしゃべるほどに深く呼吸するように見開かれていく。
「おっおお、なかなかバッチリ見てんな……! だろう? はははロボットアニメって舐めててもかまわないさ、それぐらいが俺も丁度いいと思うぜ、むしろそれ推奨! うんうん! むしろフラットで助かるぜ。だが、さすがに原点だけあるよなー、戦い疲れてやさぐれたマイトの成長にここでカナカミ通信生が関係していくのは、母艦ノアに共に乗り込んだ1話2話から一貫性があるし、今見てもバッチリ面白いぜ! グランドに乗ってみんなに表面で褒められても褒められてもどこかやるせないっていうけど、それでも最後までバッチリいじけた主人公を褒め切り前を向かせる、そんなヒロインの寄り添うパワーって……知らず背負っていた十字架を本人にさらに背負いこませてプレゼントするのって、すごいよなあははは。あそこまで軽くておもい十字架はアレ以上ないぜ」
負けじとマイトとカナカミのことを語り足すように、銀河は初代であり原点であるグランド熱を共に高めながら笑った。
「カナカミってヒロインなの? さいしょは明らかにおまけの負けヒロインだと思ってたけど」
「あーー! ネタバレになっちゃったか!? すまんビギナーははは例の十字架の登場でかなりテンション上がっちゃってたぜ……。まぁ、こうご期待!」
「期待もなにも今の艦内の感じだとネタバレって程じゃないけどねぇ。ふんふーん、十字架で反抗期マイトが即反転かぁまぁまぁ納得いった。そうだね、〝カラメルバッチリ〟!」
「なんだそれ! ってカナカミ通信生の台詞にナニをかけてんだ……」
「ふんふーんバッチリふーんカラメルバッチリ!」
それは十字架ではなく────プリン。小腹の空いていた彼女は左手にのせたコンビニプリンの容器を、右手のプラスチックスプーンですくった。カラメルは小袋のおまけに別添えされ、あとでかけるタイプのプリンには、既にカラメルソースがバッチリかかっている。
「おいカラメルかけてパクんな! ッ食うな! たった今語り浸っていたせっかくの初代原点ヒロインと主人公の名台詞を!」
新たなオリジナルの名台詞を生み出せるまでに……ビギナー、佐伯海魅のグランド熱も高まってしまったようだ。彼の目の前のソファー掛けのヒロインはコンビニプリンをさぞ美味しそうに、その微笑む口に運び味わっていった。
▼
▽
それからしばらく、バッチリよりはだらっとした雰囲気で時は進み────この部室に充満していた若々しいグランド熱に釣られてか……また例の不思議な梯子が出ていたのは。
アニメ映像のなかでノアを出ていったマイ・トメイロを追いかけるのはカナカミ通信生。アオハルレーダーを昂らせ勝手に駆ける佐伯海魅部員、彼女を追いかけたのは浦島銀河プラロボ部部長、彼であった。
(なんでこうなった、そしていつにも増してこのヒロインさんはヤル気だ)
『マイトよりわたしの方が上!』
「なにげにすごい事言っちゃってるよ!」
野を走り出した白きフェアリーナイトは天脳システムを介して海魅の思考に呼応している。だがリンクするその繋がりはまだか細く完全ではない。まだまだ未熟な女子パイロットと白きグランドナイツは────ずってん。トバシ過ぎた両脚がもつれて、前倒れになった。訓練の成果もあってか、以前よりは比較的ながい距離を走れるようになったものの、結局────。
「あーー。熱意が無茶してんな。バッチリたのむぜ、こけヒロイン」
『うぐっ痛────こけてない……ばちばちのカラメルバッチリだからぁ!』
「いつもの省エネボイスとちがって、ビギナー今日めっちゃ熱いな……!」
『省エネボイスとかヘンなのつけない────でっ!』
いつもと違う気合と熱意のこもっている彼女はすぐに近寄ってきたリバーシの手腕を、コックピットの中で彼女が操るその機体フェアリーナイトでぐっと掴み起き上がった。
「カラメルバッチリの方が……ってお?」
フェアリーナイトは確かに起き上がって、すっかり2人と2機の訓練場と化した難易度☆の野に今立っている。1人と1機そのどちらも青い宝石のアイカメラが美しくヤル気を見せているが、部長の彼が愛機灰色のリバーシごしに見ていたのは、その熱意や部員と機体の瞳の色よりも。
「おまえさぁ、起き上がんのは……めっちゃ人間みたいに上手くね?」
『はぁはぁ……はぁ? ────たしかにぃ。バッチリ?』
そんな部長の放った言動を受けて、通信ビジョンに映るすこしお疲れの青目の妖精が顎に手をあて、さっきの起き上がりの動作の感触を思い出していく。そしてたしかにバッチリかつスムーズに起き上がれていたのではと……海魅は問う銀河の顔にすこし疑問符をつけながらも、ゆっくりと頷いた。
「なるほどそういうことかぁー。ハァ! 灯台下暗しとも若干違うけど……ばちばちに分かったぜカナカミ通信生、ギンガバッチリィィィ! になッ」
彼は笑う、どちらかといえば不敵に。
繋いだ手と、今離れた手、その差異を今一度かんがえ、浦島銀河はひらめいた。これから先のプラロボ部2人ならではできるバッチリな訓練方法を────────。
レクチャーはひらめいた次の段階へ────
手を繋いでの二人三脚ではないが、リバーシとフェアリーナイトは互いの硬い手をかたく繋ぎ、共に野を巨脚を前に出し歩行スピードを順調に上げてゆく。
「やっぱりレスポンスが段違いだ!」
『そうだけど! ……なんで?』
「俺がグランドパワーを送っているから!」
『は? ぐらんどぱわー?』
通信ビジョンの海魅は初めて聞いたようなその用語に首をゆっくりと傾げた。
「グランドパワーってのは外伝であるゲームの設定の中じゃ、グランドナイツが持つマジックや技を撃つための気合のことだ! つまり部長でリバーシな俺の気合を、部員でフェアリーナイトなお前に、同じ外伝機体、グランドナイツ同士、手を通してごらんのとおりッパワーをかして共有してんのさ。ギンガバッチリにな!」
『普通に全然わからないけど……たしかにいつもよりッカラメルバッチリできてる……! あ──今ならっ!! くぃー、ヤーー!』
確かにいつもより機体バランスが良くスムーズに歩けている。リバーシを通してフェアリーナイトを通して分け与えられたいつもよりいい感覚に、気分を良くした佐伯海魅パイロットは、
「っておい急にジャンプを!?」
高まるテンションに任せて白き妖精は微笑み飛んでいく、繋いだ灰色の手を逆に引きながら────────。
▼
▽
(まさか2人して転けるとは……。今日の訓練はいいところで切り上げ終わったが、アイツはおおきくステップアップした気がする。天脳システムにこういうやり方があると閃いたもう一つの要因は、インフィニットホークのパイロットの寺での修行シーンをヒントにした。その金髪パイロットも坊主と手を繋いで精神の庭を共有して修行していたシーンがある……。システム、シリーズは違えどとんでもなグランドパワーを持つグランドナイツ同士なら可能じゃないかと……思っていたがその通り上手くいったな! びっくりするぐらいだ。だが、────自分でも何言ってるかちょっとわかんねぇ……今日は少しばかり使い過ぎた天脳システムのダメージが、俺にまだ残っているようだ)
アオい梯子を下り部室へと無事戻った部長と部員は、冷えていてピタるあの魔法の白い長方形を、おでこへとそれぞれ貼り付けていった。
ソファーで相変わらず天を向き寝転ぶ女子部員がいる。若者が暇がありしだい絶えずするスマホの操作も、今はかえってアタマパーツへの熱量がたまり邪魔だ。
「うーー。くぃーー」
「グランドの名台詞は取り入れても、くぃーーを取り入れるなくぃーーを……」
「ふぅぃーー。────マイトって天?」
「ん、そりゃネタバレになっちゃうな」
「いいし」
ダウン……クールダウン中の海魅部員に銀河部長は今、暇つぶしの雑学披露を求められている。質問され求められれば答えるのがプラロボ部部長。もう一度しっかりとおでこのアイテムを意味もなく抑えながら、椅子に座る男は語る。
「じゃあ。元々【天脳システム】ってのはあらゆるパイロットの持ち帰った戦闘データのバグの蓄積でできた産物なんだよ」
「バグのちくせき? どういうこと?」
「うんっ──だからさお前がさっき能力以上にフェアリーナイトで跳べたみたいなもんだ。それが今日持ち帰ったひとつのバグと言えるな」
「────んーーたしかに? まっ、わたしの能力通りだけどね、ばーんっ」
「おまえ寝ぼけながら主人公撃ちとは器用だな……。さておきだからな、グランドⅡの後期から本格的に出てくる贅沢品のテスト品である【天脳システム】は、今日みたいなバグ挙動のデータがいっぱい、とくにマイトの戦闘データからいっぱい取れていたから早々に作れたシステムってこと。つまりマイトはグランドⅠに乗っていたときから超天才のバグ挙動満載の最強のパイロットってわけ!」
「…………さすがわたしのライバルじゃん」
「冗談は冗談って言わせたいのか……」
伝説の最強のパイロットがちょっとかわいいプラロボ女子のライバル、それは冗談。笑える冗談には笑いながら、2人はもうぬるくなった額の追加シールを新品のものへと貼り換えた。
▼
▽
おでこに白いシートをつけたまま────視聴していく。男女がソファーに並んで水の星のグランドのつづきを。そして今、せまいアースカラーのエリアで、華の女子高生を挟んで座っている男が2人……。
シラガ部長、黒髪青目の女子部員、サンドカラーの珍しいスーツを着こなし渋い面持ち目元のクマが深い男。
部長は今プラロボ部が置かれたただならぬ事態ただならぬ雰囲気に、顔に汗をひとすじ垂らしながら……今話の解説や雑談を畏れ多くもつづけていく。
「えっとその……あっそうだ! ──お好きな機体は?」
「君はよくしゃべるな」
「はは……えっとはは……」
21話を終始無言で、22話に入り、その部長の真横にいる渋い登場人物がやっと口を開いたと思えば、そう淡々とひとこと。
(なにやってんの……)
(まじごめん……)
間でなぞの緊張感に挟まれてしまっていた海魅に口パクでそう言われ、銀河部長は短く部員の彼女に謝った。
スーツの男の放った鋭いひとことには部長の浦島銀河もたまらず、大人しくなる。そして銀河はべらべらと横から語るよりも切り替え集中して見てみる、タブレットに映る水の星のグランドの22話の途中へと視線の在処を共有した。
解説なしで視聴し終えた22話、砂漠の激戦の模様は次回23話へと持ち越された。玄人好みの余計な茶々はいれず、しゃべらず、真剣に観るのもまたおもしろいものだと、黙していた銀河は何度かひとりおおきく頷いていた。
「やはり【カーゼタンク】などいなかった」
不意にサンドカラースーツの渋男がそんな突拍子のない事を言う。22話を観終えたその男は既にソファー席を立っていた。
「え、【カーゼタンク】? ────あー。それは原点初代にはいないっすね。カーゼのバリエですから……でもさっきのブシャ砂漠の攻防とかに、絶対いそうですよね!」
カーゼ:
紺色のカラーリングで三つ目をした機体。すべてのグランドロボットの祖といえる宇宙連合軍の多数所有する傑作機であり主力量産機である。
カーゼタンク:
量産機カーゼの脚部をキャタピラに変えたバリエーションのひとつである。
プラロボ製作企画担当者に作られた後付けのひとつともいえる。
グランドⅠグランドⅡグランドⅢいずれのアニメ本編にも登場はしないが……。
もちろん、【カーゼタンク】のことを知っていた銀河は、同じ目線に立ち上がりその渋男と目を合わせた。
「ふむ……ところで君達これが部活といえるのか」
「え?」「……」
渋男は銀河の話に特に興味は示していないのか、「ふむ」、とだけかるく反応し。そして、のびやかにサンドスーツ袖の両手を広げてみせ────雰囲気にそぐわず愉快に流れはじめるエンディングソング。
「これ」とは部室にあるスベテ・状況をも含めたことである、とでも渋顔のその男、架模橋高校の校長先生は言いたげであった。
▼▼
▽▽
「なんで走らされてっ……!」
「このシーン、ソラの旅人であったな……はははは」
「なんで笑ってるの……あんたのせいじゃない?」
「パイロットは最終的に体力勝負! 校長はそう言いたいんだろ!」
「まじさいあくなんだけど……っては? なに先行ってんの」
天は曇ってきた、走るのには涼しげでちょうどいい時間帯だ。
校舎外周を10周、プラロボ部の部室へとサプライズ登場した加模橋高校の校長である男はそう言い残して、その部室を去っていった。
熱の引いた額のシートを剥がし、白い上下カモコウのジャージ姿に揃って着替えた学生2人は、ここのトップから告げられたノルマを達成すべく、人気の少ない風のはしる、歩道アスファルトを駆けてゆく。
▽▽▽
▽▽▽
「いそうか……」
一杯のフルーツコーヒーが香る。男が独り思考するにはこの珍しい一杯があったほうがいい。校長室の机上に両肘をついて、両手をかるく念じるように前へと組み合わせた。
「やはり【ヤツ】は、あらゆるモノを刺激しては変えて不幸にする。それが【ヤツ】の求める馬鹿げたモノだからだ」
「プラロボ部、────そこにのこされた呪いはまるで変幻のマジックだ。カタチを取り戻そうとソレにみなが遠き妄想を重ね組み立てる、だが出来上がるその味はきっとまたひどいものだろう。誘われれば痛い目をみる、気まぐれなプラロボのみせる夢幻に浸りすぎるとヤツと今の私のようにな」
「ブシャ砂漠にカーゼタンクはやはりいない」
「正史には存在しないこういう古い箱入りの紙ぺらにのこされた台詞がある。『老いて翼は広げるな────』、それは期待ではなく固執だ」
「正々堂々と、俺はこのヤツの捨てた現実をゆこう。地を這い、天の陽光を浴びる……カモコウの校長として生徒たちのことは正しく見守るだけだ────」
握る黒いカップはもう冷めていた。ぐっと手にチカラを込めて天を仰ぎ────彼はそれを一気に飲み干した。