第3話 青春×ブラックッキン
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操縦方法…レバーペダル式のこれは。
記念すべきテレビシリーズ元祖1作目『水の星のグランド』での第1世代で活躍した乗機の操縦方法だ。
そして当然この風情ある操縦方法よりレスポンスが良いのは、【天脳システム】。
『水の星のグランド』→『グランドⅡ地球の意思』→『グランドⅢソラの旅人』──
と時代が巡り、ちょうどⅡの最終決戦における主人公機グランドⅡからグランドⅢの世代にかけて熟していった操縦システム、それが天脳システムだ。
天脳システムとは俺たちが己の頭脳で考えるそれを、もっと体の外側へと特殊な重力場で飽和させリンク・拡張したモノ。分かりにくいがつまり、例えばこのリバーシのコックピット内、この空間全体が大きな電脳の役割であり。俺がレバーペダルを動かす複雑で物理的な動作伝達手段を必要とせずとも、俺の頭脳とリバーシの電脳……つまりは天脳が上手く結びついて、こんな風に!
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リバーシは野を走る、跳ぶ、飛ぶ、逆さに宙返りして着地する。披露したそれはリバーシのパイロットの浦島銀河のほぼ思い描いていた通りのアクロバティックな動きであった。
「っと──天脳システムは思いっきりやりたい事を補助してくれるもう一つの精度の良い、機体に宿る機体を司る〝脳〟ってわけだ。つまり訓練学校を出ていない素人でも才能しだいですぐさま立派な兵士へ育ち、オールオッケーってわけ! ……でもなく」
『ちょっとおおおお無理! ナニが無料レクチャーーあたたたた……しかも頭いたっ!』
「そう実はこのシステム……原作同様に異常にアタマが痛くなるという。未だどのシリーズでも未完成なヤバイシステムなのだ」
『痛ったーー……』
「そうちょうどこんな感じでまともに訓練していない素人がやっちゃうと尻餅ついちゃう」
『ふざけてないで!』
ずってんと緑の野原にせいだいに尻餅をついたフェアリーナイト。フェアリーナイトを操る初心者パイロットの佐伯海魅が、逆さになってリバーシのコックピット内に表示された通信ビジョンに映っている。
(また、パンツ……昨日は白きょうは黒って……)
またもスカートの中に秘められていた少々のラッキーを、すこしだけ浦島銀河は見つめて、邪念を払うように首を振る。リバーシと銀河はすぐさまフェアリーナイトとパイロットの助けに向かった。
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「おっ、大丈夫かビギナー」
リバーシが差し伸べた手に掴まり、上からの手助けを得たフェアリーナイトはなんとか元の棒立ち状態に起き上がった。
(んー、これ地味にリバーシとフェアリーナイトの握手か……なかなかエモいな……)
『もうなんなのこれぇ……できないのわかっててやったぁ?』
ひどく、苦く、痛く、崩れたそんな表情の佐伯海魅が彼の通信ビジョンに映る。まるで誰かのせいでとんでもない目にあった……そんな表情だ。
「いやいやわずかながら若いパイロットが【天】である可能性にかけたぜ俺は」
『なにそれ……テン?』
彼女は依然痛そうな顔で、首をすこし傾げて問い返した。
「要するに争いばかりのグランドの世界におけるスペシャルな天才ってわけ。でも尻餅つく天才はいないからさ」
立ち上がったフェアリーナイトの通信ビジョンに映る明るいシラガ男の表情も、今の疲れて酔った女子パイロットにとってはイラないものだ。彼女は溜まっていた息をおおきく吐いた。
『はぁ…もういいやっ……うっ、吐き』
おおきく吐いた行為がトリガーとなったのか。その地獄の淵でも覗いたかのような青白く染まる女子パイロットの表情と、右手で口元を強く抑える仕草は…………ただならぬ〝あの予感〟。
「おいっ、まさかまさかマテ待てえええええヒロインがはじまって数話でゲロを吐くなああああ」
「ろろろろっろおrrrrrrr」
「のおおおおおおおおおおお」
ふたりの悲鳴がふたつのコックピット内にこだまする。
こうなればレクチャーどころではない緊急事態。今いる難易度☆の練習エリアから────急ぎ学校へと戻った。そこそこに……いたたまれない……派手色に染まったヒロインをプラロボ部の部長は連れ帰って。
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(とにかく学校の自販機で購入したスポーツドリンクは渡した。その間に汚れてしまったあいつの白い制服はプラモ制作用に時々使っていた俺の白い予備ジャージに……なっていた。それを推奨したのは俺だが……)
そわそわと部屋の辺りをシラガ頭がうろつきだす。
(とにかくのとにかく……いきなり天脳システムを体験させたのはまずったか……。明確に俺のおふざけ半分が過ぎたものであったと思わざるを得ない、これは後悔。許されるかは運だけどここは素直に……)
「なぁ。すまんさっきのは俺のミスだ……」
「ほんとそれ……」
部長が部室に運び込んできていた小さなアースカラーのソファーに、彼女はぐったりと寝込んでいる。佐伯海魅の全身がすぽっと、その渋い色合いの茶ソファーに仰向けで収まっている。そんな姿勢と様子の彼女が、耳に聞こえた部長の申し訳なさそうな台詞に、どこかいつもより力のない返事をした。
「な、ナニ食いたい? 吐いた分なんか入れないと栄養がってグランドⅡのシーンであったんだ」
そんなロボットアニメで得た知識を今苦しむ彼女に言ってしまったのはふざけてしまったかと……浦島銀河は少し己の迂闊な発言を後悔しながらも、
「…………ぷりん」
そう一言、おもむろに天を向いた青い瞳から返ってきた。今耳にとどいたその一言をしおらしげに待っていた彼が逃すはずはなく、
「プリン!! お、おっけすぐもど」
「硬めのプリン」
「お、おっけ硬めのプリンか! 最近は硬め勢力が盛り返してきてるってきいたな! よしいって」
「硬めの牛乳プリン」
「お、おうっ硬めの牛乳プリンか! 最近は硬めの牛乳プリンせいりょ」
「って牛乳プリンに硬めもくそもないだろ! スタンダードなタイプしかそれもどこのコンビニも1種類ぐらいしか取り扱ってねぇだろ! 硬めと柔め2種類あればそれはきっと奇跡だぞ!」
要望を承った銀河が急ぎ部室のドアから出ようとしたら、何故かドア前でのやりとり応酬。プリンはプリンでも彼女が追加し指定する要望が細かく、ドアノブを握ったままの彼を何度もそこで足踏みさせた。
彼がソファーをもう一度振り返ると、じっとドア方を見つめる彼女の青い瞳がただある──
「あ、あーーっとにかく行って来るからなバッチリわかった硬めの牛乳プリンな! なかっても恨むなよおお吐くなよおお! 浦島銀河近場のコンビニへ緊急出撃! っし!」
急ぎ白い制服姿の白髪姿、白尽くめの部長の浦島銀河は部室を出て、近場のコンビニを目指してダッシュしていった。ドアが閉まる、やがて古びた鉄の階段を駆け降りる音が寝転んだソファーに当てた耳に響いていく。
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『なんでこんな目に……はぁ。ゲロったのみられてぴんぴんにサイアク』
『なんであんだ硬めの牛乳プリン……いやこれは新発売……性能は……できるのかコイツ?』
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駆けあがる震動が足早に近づいてくる────。
その様子は演技ではないようだ、息を切らした浦島銀河が戻ってきた。彼が出ていって5分程でまた部室へと、お使いをすませた様子で戻ってきたのだ。
「うぃ……なんでこんなに?」
走った息を整えて近付いてきた彼から横たわる海魅が今受け取ったのは、プリンひとつにしてはやけに大きいレジ袋。重い質量であった。
「プリンだけじゃなくて部長セレクトのカラダに良さげなもん、なんでも食えよフェアリーナイトより安いさ」
寝ていた体勢を変えてソファーに座らせ、海魅は傍らに置かれたレジ袋からさっそく気になる中身を取り出して並べてみた。
カットフルーツが透明容器に入ったヤツとバナナ1房、硬めの牛乳プリンとやらかめの王道プリンと、板チョコアイスとカチ割り氷。学生が5分という短い時間で買い付けたにしてはけっこうな品数であった。とりあえず部長の思う寝込んでいる病人に良さそうなものが一通り取り揃えられていたのだ。
そんな部長セレクトの軍勢をプラロボ制作の作業台に並べてみて、寝ていたときより見開いた青い目はしばし……眺めてみては答えた。
「んー。保健室いけばよかった」
「なっ!? おま……たしかにそうだった!」
「ばーぁか」
「……たぁぁ」
彼の耳に響いたのは嫌味な馬鹿ではない、目を合わせては一言「ばーぁか」と彼女に言われてしまった。言い返す言葉もなくその場にたじろぎ、少々己の犯した失策にうなだれるしかなかった部長、白髪玄人の威厳などそこにはなく。そんな様子の彼のことをくすりと笑い、海魅は「んっ」と彼の方に手を伸ばした。
「んっ、これ開けて」
「おぅ! って硬めの牛乳プリンのぺらぺらな蓋ぐらい開けれるだろおおおお握力2のお嬢様ヒロインかああああ」
「うんっ」
「たわけえええええ! ──はい」
すぐさま小走りで近付いて受け取る。即びりっと白と赤の絵柄の牛乳プリンの蓋は開かれて、中身のまっしろに詰まった容器は、世話を焼いた部長の手から悠然でソファーに座り待つ病人のヒロインに手渡された。
「スプーン」
「すぷあっ」
「すぷあっ?」
そのときは「スプーンいりますか?」とは聞かれなかった。最初から気を利かせて入れてもくれなかった。つまりあの顔も覚えていない店員のミスであり、これは急いだ顔を隠さずにいた客である浦島銀河のミス。
ともかくスプーンがなければお嬢様ヒロインはプリンをいっさい食べれないのだ。お嬢様じゃなくてもプリンを素手や箸で食べる人は稀だろう。
彼をじっと見つめてくるのは「当然あるよね?」「スプーンよこせ」の物言わぬ圧。この青く妖しく灯る……圧に対する策を、シラガの部長は目を泳がせながら考えていく。
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導き出された答えは────黒。
「仕方がないこれでクエ」
「なにこれ?」
首を傾げる女子に手渡されたのは、ちょっと濡れた110分の1の黒いパーツ。
「パワーシャベ、スプーン」
「ちがうでしょこれ」
「チッ、インフィニットフルパッケージホーク金剛夜叉のパワーシャベルだ。そしてホークじゃなくて今はスプーン! なんてな!」
「馬鹿じゃん」
「バカです、洗ったよ」
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ちゃんと洗ったよと言われている黒いパワーシャベルはおそるおそるすくう。丁度いい感じに白い大地を掘削しチョウドいい量をすくう。頼りなくしなるコンビニスプーンよりも力強く、ガッシリとした武装が硬めの牛乳プリンの白をすくう。
そしてつやめく海魅の唇へと、口内へといま運ばれていく。その目を閉じゆっくりと味わう……佐伯海魅のファーストシャベル、その感想を、固唾を飲みプラロボ部部長浦島銀河は見守る。
「うん、これは」
「これは?」
「硬すぎる牛乳っプリン!」
「硬めであってすぎちゃいけないだろ! 新発売ですよ!」
「だねっ? 硬いよ」
「だなっ、硬そうだな」
「「あはははは」」
部室は謎の笑いに包まれた。その後に牛乳プリンがまた、ひとくちふたくち彼女の口へと運ばれていく。「うぃーーん」なんて言っちゃう可笑しなテンションになっている海魅。そんなおふざけを見てはつい指をさし笑ってしまった銀河。
なんとも銀河のさっきまであった負い目はいつしか知らずなくなる。ヒロインの彼女はふざけながらも彼の買ってきた新発売の牛乳プリンを、楽しくつぎつぎに食していくだけ。
やがて彼女は一人では見舞いの品を全部食べ切れないとおっしゃるので、銀河部長もインフィニットホークのバックパックから外し、拝借したもう片方の金色のパワーショベルで参戦したのであった────。
(わたしの今日のアオハルはシラガのぶちょーの無料レクチャーからはじまった。結果転んでわたしもフェアリーナイトもゲロまみれ、なんてもうそれ今おもいだしてもサイアク)
(でもしおれた謝罪なんかより男子はテキパキ行動で、当然見舞われる女子わたしがいて? タッタッタ~で帰ってきた見舞いの品は多すぎてちょっときもかったけど、華のアオハル女子高生……お嬢様ヒロイン待遇なんてこれからは一学期に一度ぐらいあってもいいよね?)
(スプーンがなければシャベルですくえばいいじゃない? なんてだれのふざけたセリフ? ふんふぅん、お嬢様でもそれぐらいの冗談はできるし?)
(────カレとおそろい…なぞの食器ですくって食べるのはちょっと硬めの牛乳プリンだった……なんて)
(ここ最近、わたしのアオハルレーダーはやっぱりすこし……バグっちゃってるみたい)
プラロボの部品で共に食べる見舞い品。時刻は気付けば午後5時半過ぎ、少し曇った空模様。硬めの牛乳プリンを器用にも完食した佐伯海魅はまだ新鮮な色をしたバナナを一本もぎ取り(浦島銀河にもぎ取らせ)ほおばり始めた。
「ってフツウによく食べんな」
「これ晩飯の先取りだもん、ふーん」
「先取りってなぁ、」
「じゃおかゆつくって」
「はぁなんてった今?」
「お・か・ゆ」
「? おかゆ、それまさか俺?」
「オレ」
「……ちなみに作らなかった場合」
「割とムシ」
「なんだそりゃっ、なんでおかゆ作らなかったらムシされんだ……」
「あぁまた頭痛い……」
「おまえな、状況をフル活用しやがって……」
「ふんふーん」
(まじかよ、学校でおかゆを作れというのかよ。どうなってんだこのヒロイン……前代未聞だぞ)
小ビニール袋に詰めたカチ割り氷をアタマに当てながらソファーに寝ころび、彼の目に映る彼女の病人仕草は隙がなく万全だ。あの彼女の青目がニヤニヤとこちら、彼の方を見ている……。大きなフェアリーナイトを動かしてみせた天脳システムのダメージと熱量がまだ多少、そのビギナー女子には残っているようだ。
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(というわけで部活棟から校舎の方にある料理研究部にやってきた。そもそもなんで学校で俺が何らかの方法でおかゆを作らなければならないのかとは思ったが、きっとここに行かないと始まらない。寝込んだ……か演技でもどうでもっ、謎ヒロインの無理難題をクリアしてやろうじゃないか。どこまでいっても今日はとことん俺が悪いみたいだしな……はぁ! っし!)
「失礼しまっす。あのー、ここの部長います?」
「なんですかあなたは?」
ガラガラと開けた戸、事前にバッチリ用意していた台詞を彼が口にすると、その部屋にはひとりエプロン姿の女性がそこにいた。青赤黄黒白灰の混じったモザイク柄の珍しげな頭巾を被った黒髪、グレープ色の瞳をしている。黒基調のシンプルエプロンで凛と立ち、少し鋭い紫のアイカメラが、前触れもなく勝手に突然ここにやって来た場違いで部違いの浦島銀河、彼のことをじっと捉えている。
そんななんとなく感じた余所者への圧にも動じず。銀河は、少し離れた距離で未だ訝しんでいる黒エプロンの彼女に、続けて口を開いた。
「あーー、ちょっとわけあって…お米ちょうだい!」
「何者ですかあなたは」
「あっとすまない1年1組プラロボ部部長浦島銀河、お米が好き過ぎて髪まで白米になっちまった一介の男子生徒さ」
浦島銀河なる者は自慢のホワイトカラーの頭を両手で抑えながら、即興で組み立てたものを何故かおきまりの決め台詞のようにそう言う。そんな斬新な自己紹介を受けてしまった彼女の訝しむ目は、だが一層に強まり、
「……ふざけているのですか」
「ごめんさない!」
すぐにおかしなテンションだった頭を下げて浦島銀河は謝った。
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「おかゆですか。──いいでしょう。病人がいるのならば仕方ありません。最初にそうおっしゃってください」
「そでした……」
叱られて冷静になった銀河が状況を説明したところなんとか彼女からの理解を得られた。初対面から悪くなっていた印象の方はどうか彼にも分からないが、この場の状況の方は幾分か持ち直し、
「ではそこのクッキンエリアを貸すので、作ってみてください」
「え、【クッキンエリア】?(あれ?? いや…まだはやい。はやいぞマイ・トメイロばりに反応がっ。…普通にそう呼ぶものなのかな?)──なんでその、え、俺が?」
「誰が、というのですか?」
彼女の手のひらの先に指し示されたそこが、クッキンエリア。作るのは浦島銀河ただ一人。
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ぐつぐつと土鍋に10分程水に浸されていた米は炊かれていく。彼女からの指示はなしで、ある食材はすべて彼の自由に使っていいということであった。
(感覚的にだいたいこんなもんでおかゆ完成だよな。よーし!)
「できました! ちょっと味見してください料理研究部部長」
こいこいというジェスチャーで手を扇ぐ。料理中であった男子は、ノートに何やら書き込んでいた料理研究部部長をそんな仕草で誘う。
仕方なくといった感じで彼女は書く手を止め、彼のいるクッキンエリアへと足早に近付いていった。そして、その男子生徒に手渡されたスプーンでさっそくよく冷まし、味見を────。
「ふぅ、いいでしょう。────これはショウガと塩ですね。なぜショウガを入れたのですか」
「えっと、体に良さそうだから」
「そんな事だと思いました、明らかに入れすぎです。これではショウガの味が強すぎます。それにまだ少し米が硬いですよ、体に良いからといって味のバランスを放り投げていいというものではありません」
「はぷっ……ほ、ほんとだ……ショウガが強いしまだちょっと芯が……」
彼女にダメ出しをされた通りの味を、感覚を、銀河も味見したところ感じた気がした。
「わかるなら何故さいしょに自分で味見をしないのです」
「だってさ。全然料理しない……俺の舌の性能なんてしれてるだろ? 何回もアジミしたら病人の分まで減っちゃいそうだし部長に任した方が一発で」
「……そんな理由で馬鹿なのですか?」
「ええ!?」
長ったらしい言い訳台詞をよく聞きながらも、彼女は強烈な一言だけで彼の口を閉じさせた。
「はぁまぁいいです。それに塩をあまり入れなかったのとショウガを擦って入れなかったのは不幸中の幸いです」
「あ、やっぱりよかったぁー。プラロボと同じでまだ取り返しつきますよねこのおかゆ! 部長!」
ぐっと近づいてきた白くも熱い彼の表情を──部長先生の彼女は右手でさえぎり、冷静に制した。
「……ネギを切ってください、まずはそれからです」
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料理研究部の部長先生の彼女主導での手直しされたおかゆは完成し、ここでひとつ言い忘れていたマル秘情報を銀河は彼女に告げた。
「しかしそいつコンビニの硬めの牛乳プリンを完食するぐらいには元気でさ(バナナも食ってたな)」
「硬めの牛乳プリン、バナナ? そんなものを食べれるのならおにぎりもいいのでは」
「ほー、おにぎり? あ、じゃあさ! ────────」
「────────……いいでしょう。ここはまさしく料理研究部なので、ある食材でとことんやりましょう」
彼のその突然の提案・思いつき・ヒラメキを、料理研究部の部長の彼女は無茶ぶりにも慣れたように否定せずに、まずは一旦できるところまで受け入れてみた。
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そしておそろしく手早く完成したもう一品────
「【生姜焼き巻きほうれんそうおひたしおにぎり】出来ました」
「うわ、ほんとに生姜焼きでおにぎりできてる! うわすげぇプラロボ並に精巧な三角と食欲をそそる肉の巻き方だ! ……これってもしかしてそのイカした名前から察するに中にほうれんそうまで入ってんの?」
「はい。ほうれん草とショウガと豚肉の組み合わせは合いますよ。中に余った生姜焼きのタレを入れてますので食したときによりしっかりと味がノルはずです」
「あなたもひとつ試食してみてください」
「いいのか? じゃあ! あむっ────!」
出来上がった良い色と匂いをした茶色い三角をお言葉に甘えて銀河はいただいた。大口を開け豪快にかぷりと────
「こ、これは。て、天だ!! うますぎるだろおい!!!」
うんと見開かれた黒目、彼の想像を超えたあまりのうまさに彼の黒目は見開かれた。
「テン? なんてんです?」
今見せた彼の並じゃない表情に淡々と彼女は問う。
「そりゃもう100天の天!!!」
「100点のてん?」
出てきたのは100天の天。それはきっといい言葉であり。彼女は疑問を浮かべながらも、閉じた口の口角はわずかに上がっていた。
「それより早く持っていってはいかがですか」
「おっとそうだった! さんきゅーな料理研究部部長さん! ────オあっつうううううううう!!?」
「馬鹿なのですか! すぐに冷水で冷ましてください、氷をもってきます」
土鍋を素手で触るという予想外の料理素人の愚行を玄人の彼女は叱った。最後の最後でいらないヤケドをもらい、急いだ氷が部室の冷凍庫から黒いエプロンを揺らし運ばれてきた。
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浦島銀河の手指パーツのクールダウンとメンテナンスは完了した。そして大きなおぼんに乗せて、今度は怪我無くミスなく、長い距離を経て運ばれてきたのは────
▽プラロボ部部室▽にて…
「え、これあんたが?」
「だな。これぐらいプラロボ部部長だからな」
「嘘くさ……どっかで買った? おにぎりまで? なにこの肉巻き」
「そっちは硬めのおかゆだ」
いつもプラロボを作るミドリの作業台の上が今はプラロボ部の食卓。彼が移動させたソファーに腰かけたお嬢様待遇の女子生徒がさっそく、ラップされ運ばれてきた品をいただいた。
「おもしろくないけど、はむっ────え、なにこれ、おいしいんだけど」
至って平然なトーンで、だがおどろいている。滅多に大きくは見開くことのないブルーガーネットが見開かれその瞳の奥が輝いている。その特別アレンジされた珍しいおにぎりが今実食してみせた海魅にとって余程おいしいということだ。
「そりゃそうだろ部長が作ったんだからな」
「うそ……あ、これタレ中に入ってる」
「それがミソだからな! 天才だろそれ!」
「んー、ふーん、はむっ、ふふふーん」
上機嫌そうに海魅は食していく。笑うように食べるとはこのことであった。しかし、しばし、銀河が眺めていても彼女が手を付けるのは3つあったおにぎりばかりで、
「ってお前おかゆを食えおかゆ、おい病人」
「無理バナナでそのりょうは腹いっぱい。これ硬めのおかゆだし絶対こっちの方がおいしいでしょはむはむふんふん」
「おまえ……」
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仕方なしに銀河は病人に向けて作られたはずのおかゆを、今度はプラスチック製のパワーシャベルより大きいちゃんとした銀のスプーンの正規規格の食器でいただくことになった。
「え、うま。うおおおおお、このおかゆめっちゃ沁みる!」
「え、自画自賛しちゃうの? オーバーすぎて引くんだけど……」
「決してオーバーじゃないぜ。もうやらないからなこれは俺の【天】だ」
「またわけわからないこといってる……ふーんいいもん、おかゆなんて」
「おまえが作れって言ったんだけどな……設定を忘れるな病人の設定を……うまい!」
そして男女くだらない事を語り合いながらも────早々と完食。お腹が事前にそこそこ見舞い品で満たされていた2人も、その料理は美味しく手がスプーンが次々とすすんだのである。
「いやー、最高だったなショウガの効いた取り返しのついたおかゆ」
「んー、こっちはまぁまぁのB級グルメだったかな」
ぺろりとタレのついた指を一本一本舐めあげていく────女子高生。その向かい席にいる彼女の元気な姿を見ていた銀河は、目を細めて苦笑した。
「あのぉ恥じらいとかないの」
「はぁ? うっわ……そんな目でみてたの、うわーどんび」
「わかった何も言わないから許して!」
言おうとした何かは言わせない。作業台に身を乗り出したシラガ部長の必死な瞳に、
「ふーん、まぁギリ。必死すぎて笑えた」
「ギリ……」
彼女との距離感はまだ……「迂闊に思ったことをしゃべるべきではない」と浦島銀河は思ったのであった。くすくすと笑っている佐伯海魅のそんな表情を見ながら────────。
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天脳システム、硬めの牛乳プリン、おかゆとアレンジおにぎり……様々なイベントが起こり過ぎた激動の昨日。そして、その翌日────夕暮れ天の時計の短針が2周手前しまた訪れた放課後の、今日。
浦島銀河部長にはプラロボ部の活動より先にやらなければいけない事があった。再び校舎の階段をのぼりあの場所へと向かう────────
しっかり洗って、約束通りに一日経って料理研究部の元へと返された土鍋とスプーンと赤いおぼん。そして────
「何でしょうかこれは?」
「あー俺プラロボ部だから。昨日のおかゆと生姜焼き巻きおにぎりの料金分のお礼なんだけどこれ」
「お礼ですか?」
「ちょうどいいお礼かなって! マ、まぁいらなきゃ庭にでも飾っといて────部活があるからじゃな!」
そう言い告げるとシラガの彼は風のように料理研究部の部室からそそくさと勝手に去っていった。勝手に彼女の両手に大きく収まるそれを残して。
彼の言っている意味が分からず。だけどもこの眼下の四角さに良くも悪くも受け取った彼女の期待と妄想が膨らんでいた。黒と白紐にラッピングされた110分の1のサイズのその包装を紐解いていくと、
「……この箱が、お礼? ────────これはプラロボの────ブラックッキン……」
ブラックッキン:
アニメ、烈機激闘グランドガイアバトル伝に出てくる黒を基調とした機体その名もブラックッキン。
トレードマークである黒いコック帽から様々な武器暗器を取り出し翻弄する戦闘スタイルを得意とする。
パイロットの実力が高いがゆえに作中でもトップクラスに強いグランドチャイナ製の機体である。
ちなみにブラックッキンのパイロットは炒飯しか作れない。
「プラロボ部……100天の天ですか……」
両腕を組み仁王立つ、初めて見る……当時はなかった110分の1サイズのブラックッキンの映る箱を眺めながら。彼女の紫の瞳に……遠い昔のこの場のことがよぎってきて、勝手にめくるめくよう回想していく。
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お弁当を作っていくと喜ぶのですあの人は。
なにも知らずにかった…ブラックッキンは出せず。
あの輪には白いカノジョのように…入れなかったのです。
奇妙な縁であの人に無茶ぶりのお弁当を作るだけだった私。
あの人はいつも笑って取りに来るだけ。それが唯一のつながり……それで満たされた気に……。
イチドでもすっぽかしでもすれば何か…変わっていたのでしょうか?
────私のブラックッキンな青春。
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「なぜここにきてまた…………」
(ひとりのプラロボとはわくわくと…しかし組み終わったときには気付けば寂しいものです……。プラロボ部……どうしてなのですか。わたしに遠いアオい夢をみせないでください)
回想するシーンは輪郭のぼやける刹那と刹那のあの日の光景をつぎはぎし脳裏に去来する……。ながれていった記憶と、知らずながれていった涙が一筋。
かがむ彼女の膝上に置かれた110分の1ブラックッキンはいつまでも仁王立ち……彼女と同じ色のアイカメラで見ている。