第28話 裏切り×斬り
「二つ目め! 灰色め! WGの擁する間に合わせのグランドロボットごときに虎の子のレカーリー部隊がやられるなぞ、認めん、認めはせんぞ!! 断じて認められるものか!! ええい、このブシャ砂漠をみすみす奴等に明け渡す訳にはいかん!! こうなれば──」
レカーリー部隊を失いながらも二つ目と灰兎の元から辛くも逃げおおせたアント・マント少将の赤いレカーリーは、砂煙を上げながら砂上を滑り続けた。エイのようにしなやかなサポートユニットを足場に、少将機は急速に遠ざかっていく。
やがて、その急ぐ赤いレカーリーは前方にせりあがり出現した砂の「入り口」に、忽然と姿を消した。それは、宇宙連合軍(CF)の秘密基地【竜の背骨】へと続く坑道の神出鬼没なゲートであった。
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損傷した赤いレカーリーを乗り捨て、司令部へと戻ったアント・マント少将は、まず戦況の報告を受けようと歩を進める。その瞬間、突如として激しい爆音が響き渡った。
「何事だ!?」
少将が叫ぶ間もなく、周囲の部屋が次々と崩壊していく。悲鳴が響き渡り、砂と岩盤が降り注ぐ中、司令部はまるで巨大な生物に食い荒らされるかのように破壊されていった。
「爆撃!? まさか……!」
アント・マントは信じられない思いで、その光景を目の当たりにする。この攻撃は、紛れもなく世界政府軍のミサイル攻撃であった。当たらないはずのミサイルの雨をまたWGが気まぐれに始めたのだ、しかし、しかも今度は精度を断然上げて、竜の背骨のカタチをまるで把握したかのように、ミサイルの爆撃が近くで鳴り続けた。
辛うじて崩壊する部屋から抜け出したアント・マントは、怒りに震えながら、基地の中枢であるレンズ環境制御室へと赤いマントを翻し急いだ。
「何故だ! なぜっ!! 竜の背骨がWGどもの無謀な策に打たれ続ける!! DOMEレンズの重力場は砂丘のデコイをも作り出し、連中が骨格を把握することは不可能!! そうそうやられぬはずだ!! それだというのに!! ええいッッ!!!」
内部の裏切り者がいなければ、この精密な攻撃はありえない。
少将が制御室の扉を蹴破ると、そこには既に怪しい動きでコンソールを弄る者がいた。周りには事切れたように倒れたCFの兵士、自分の部下たちがいた。
アント・マントは躊躇なく裏切り者と思われるCFの軍服を纏うその者へと殴りかかった。少将の厳つい面持ちの頬を、兵士の既に「来るな!」と構えた小銃から放たれた銃弾がかすめるが、少将は勢いのままにその重い巨拳を裏切り者の顔面へと突き、構わず敵を制圧する。
「何をしているかぁ!!」
アント・マント少将の怒号が、天に重く落ちて響いた崩壊の音に紛れて響き渡った────。
時は、宇宙連合軍の竜の背骨が、WGのミサイル攻撃に焼かれ崩壊していくその運命よりも、以前のこと────
▽ノア艦内整備ドック▽にて
勝手に出撃した佐伯海魅の搭乗するフェアリーナイトを途中助け、補給をこなすために一度艦へと戻ったグランドとリバーシ。パイロットのマイトと銀河はハミング伍長から受け取った気の利く冷たいカットフルーツとアップルフラワージュースを急ぎ摂取しながら、たった今緊急整備をし終え追加装備を施した新たなパーツの説明を各々受けていた。
「ってなんでまたイロモノを!(なぜ.Ninの忍具が呼称を変えてここに)」
「俺だってリバーシちゃんにこんなのつけたかなぁーい!! ははははは、肉抜きして重量はアジャストしてある」
「まるで楽しんでるじゃないですか……気遣いあじゃっす!けど」
コックピットに収まった浦島銀河は、いつもの整備兵、可動式走行タラップを登ったメッカ・メイからあらたな武装の操作マニュアルを受け取った。レンズキャノンを戦いで失い、左腕に付けた事前に用意されていた予備の追加パーツは、銀河にとって「イロモノ」と言う他はなかった。
アジャスタブルモンキーレンチ:
極東の秘密企業.Ninの作ったグランドロボット用の忍具。アニメ「グランドネクストミッション」の劇中で【コーカNoiカスたむ】が1話限り使った、破壊力のある代物だ。
工具のモンキーレンチに似た構造をしている。およそ普通の腕パーツとは言えない、整備兵メッカ・メイの熟練の手により肉抜き加工をされリバーシの左腕パーツとして強引にアジャストされた。
使い切りのレンズを三つ搭載しグラビティレベルを大幅に引き上げて、トルク力を大幅に上げることができる。
コストが高い上に取り回しにはパイロットの経験と技量がいるが、アジャスタブルMRに挟まれた敵機はただでは済まないだろう。
「どうもっ、そりゃメカニック冥利に尽きるさ! 自動修復機能までついてるこのオーパーツちゃんを今後も触らせてもらえればな! 耳は生えても左腕は生えてこないようだが?」
レカーリー部隊との戦いで焼かれ折れた片耳は、リバーシ機体自身の持つ「自動修復機能」それも「オーパーツ」といってもいいほどの不思議な力で、痛々しい姿から修復され元通りの可愛らしい灰色の両耳をピンとそろえていた。
「それはおそらく集めた内部のパワーピースを食って、って……! あんまり親戚の子みたいにべたべた触らないでくださいよ」
「ははは、なら、あまりヤラれなさんなよ! お隣さんみたいに丁寧になぁ!」
銀河がリバーシの中の球体クリアモニターでチラ見したお隣にはもう、追加装備の施された白い機体がいる。フェアリーナイトではない、伝説と名高い本物のグランドⅠだ。
五体満足なそのお隣と同じようにするのは、簡単なことではない。高くしようとした己の鼻をちょんちょんと指で軽く叩き、銀河はメッカに冷静に言い返した。
「やまやまですけど! 俺ってクロウトのノーマルなんで! 敵も……レカーリーですし!」
「ははははパイロットは自称ノーマルでもGRはどちらも俺の目には一流だ! 敵の新型にも負けちゃいない! 頼んだぞ! マコトなグランドさんに! あじゃっすなリバーシちゃん!」
「「はいはい、言われなくても!」」
「おいっ、いちいち俺の真似をするなテストパイロット」
邪魔になる可動式走行タラップをコントロールし移動させながらメカニックが放ったお言葉に、浦島銀河はついついマイ・トメイロの真似を声を重ねてしてしまう。
そんなもう何度目かの白髪のテストパイロットの冗談に対してお隣のマイトは軽く釘をさした。
「あはは、いちいち出ちゃうもんですいません。──あじゃ、浦島銀河テストパイロット! リバーシ(アジャスタブルMR装備)いつでも出ちゃっていいですか!!」
マイトの注意を笑いながらも銀河のリバーシは発進許可を急かすように言った。
「ったく(冗談を言えるぐらいならプロトマーズのことを引きずってはいないか……)──マイ・トメイロ、グランド、このハクジン装備で本当に出るぞ!! デンジワラジの履き心地には慣れないが!!」
マイトもつづき、文句を言いつつも歩を進め、やがて大きなGRの手で制し、生意気に前を行こうとした灰色兎より先に、自機のグランドを発進カタパルトにスタンバイした。
「文句はあとでメカニック衆が聞く、いってらっしゃいだ!!!」
補給と追加装備の装着を済ませたグランドとリバーシは旗艦ノアの前方発進ゲートを、両足をカタパルトに乗せ、勢いよく出撃した。
戦闘の模様がなおも眩しく光り彩る砂漠の目標彼方へと白と灰色のGRは意気揚々と飛び出し、作戦を遂行すべく、発見した秘密の入り口を目指し向かった。
▽竜の背骨13番ドック▽にて
宇宙連合軍の秘密基地内で暗躍する者たちがいた。CFの軍服を纏った二名の兵士が、何やら荷を急ぎまとめながら、実戦に配備されていなかった二機のGRの前でお互いに言葉を交わす。
「よし、上手くいったな。合図は出した、あとは爆撃が始まる前にコイツでここを離脱するだけだ」
「あぁ、図体だけの怒鳴り散らす少将の元はさっさと本日でおさらばだ。コイツは月の裏から仕入れたターボパックとやらを積んだ高機動カーゼの試作機と噂だぜ、ここを数十秒で抜け出せるはずだ」
「よし、コイツも手土産に持ち帰れば、WGとの密約どおり地球の永住ビザは念押しの確実だ」
「あぁ、白旗を忘れるなよ!」
「手筈はバッチリだ! 抜かりない!」
さっそく胸部ハッチを開きコックピットへとそれぞれ乗り込んだ二名の兵士は、二機の試作高機動型カーゼを起動し、坑道出口へと速度を上げて向かった。
雑に床に倒れ事切れた兵士たちの体を、無情にも吹き飛ばすほどの風が13番ドックに吹いた──。
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その時、ノア艦内では一本の緊急事態を知らせる通信が入った。
「ナニ!? 第二次ミサイル攻撃、大規模爆撃の予定が早まった!?」
ハマダ通信兵からたった今司令部から入った報告を受けた、ロベリー艦長の声が焦りを帯びる。
「なんということだ! 味方がまだいるというのにWGの作戦指揮は一体何を考えている! っ……マイたちはどうなっている! 通信状況がつながり次第、至急敵基地の坑道内部から即刻退避し帰還するように伝えろ!! ……戻ってこい、天才というのならば、気付け、マイ、ウラシマ・ギンガ……」
ロベリー艦長は己の偉そうに被る制帽を叩きつけようと思ったが、寸前で堪えた。WGの作戦指揮が、友軍の状況を顧みず大規模爆撃の予定を早めたことに、艦長は激しい憤りを覚たが……補給をし、先ほど送り出した並のパイロットじゃないマイ・トメイロとウラシマ・ギンガの事を彼はただ信じるしかなかった。
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旗艦ノアを出撃したGR部隊の選りすぐりの二機、グランドとリバーシは、予定通りに砂中に発見した「ゲート」のロックを武力行使でこじ開けくぐり、既に、敵基地である【竜の背骨】の坑道内部へと到達していた。
それと同時に奥へと進むグランドとリバーシの視界に現れたのは、
「何!? WGのGRがここまで!! しかしこちとら新型、腐っても少将への手向けだ、最後の一仕事ヤってやる!!」
試作高機動型カーゼに乗る兵士の一人が、突如現れたグランドとリバーシ、見知らぬWGの擁するグランドロボットに驚きながらも、片手にカーゼマシンガンを撃ちながら、もう片手に電磁チョッパーを構え、突っ込んでいった。
「待てアレは二つ目!?? 白旗だ、しろはたヲ──」
試作高機動型カーゼの機体性能とスピード、その素晴らしき乗り心地は、搭乗した者にとって想像以上であった。坑道をスピードを上げ新型のカーゼで突き進む一人の兵士は気が昂っていた。「少将への手向け」などと宣い、意気揚々にも目の先の道を阻むWGのGRへと迷うことなく攻撃を開始した。
一機が昂り勝手に敵の二つ目へと突っ込んだのを見て、もう一機が慌てて背部に仕舞った白旗を取り出そうとするが、時はすでに遅かった。
「──!? 斬る!!」
グランドの足に履いたデンジワラジは雷電を上げ前方へと滑った。そしてグランドの腰に差していた棒状の兵器【ハクジン】が、その封を一気に解いた。まるで鞘から刀を抜き居合斬りをお見舞いするように、純白の戦士は駆けた。
白い雷で成した荒々しい刃が、すれ違った試作高機動型カーゼの胴を一瞬で切り裂いた。
試作高機動型カーゼは二機とも真っ二つに駆け抜けた白雷の刃に斬られた。一機が取り出そうとした白旗をも今ではもう、それが上げようとした白旗か抵抗しようとした武装だったのか分からぬほどに……ハクジンの威力が火を吹き燃やし尽くした。
「やっぱ……か、かっこいい(ハクジン装備のグランドは、シッ、痺れる!! まるで凄腕の剣客、しかもそれだけじゃないんだ! あのシンプルな棒きれ一本で射撃武器にもヌンチャクにもなる、俺の大好きなグラ──)」
浦島銀河は、ハクジン装備のグランドの神々しい姿を改めて見てそう思った。マイト操るグランドは居合で抜刀したその雷刃をエネルギーを無駄にしないように鞘へと戻し、また元の白い棒状の得物にし、手早く腰に差した。
「ふぅ……さっきの機体はカーゼか? いきなり猛スピードで飛んできたぞ、比べてもう一機はトロかったようだが──て、お前今なんつった?」
「あはは、えっと! あ!! さっきのもしかして高機動型カーゼかも!! ん? でも、なんかシルエットが……変だったか?」
「高機動だと?? ──フッ、だとしたらソイツはグランドほどじゃないな。よし、この調子で行くぞ!! 突っ込んできたヤツは今みたいにとりあえず斬れ!」
「はいっ!! って俺の左、斬れないんすけど!! あとでそのハクジン貸してください!」
「あぁ!? お前にゃ無理だなテストパイロット!!」
グランドとリバーシは、敵基地の中枢を叩き、敵の指揮系統を内部から撹乱すべく竜の背骨の【13番坑道】を振り返らずに共に駆け抜けた。