第23話 熱砂×出陣
北アフリカ、ブシャ砂漠、【竜の背骨】にて。宇宙連合軍の秘密指揮拠点には、重苦しい空気が立ち込めていた。
「カーゼを7機も失ったぁ!?」
報告された損害に、CFの指揮官アント・マント少将は呻き声を上げた。この失態は、7機のカーゼ乗りを中立エリア:アハスカのBARで誘い出し、焚きつけて無許可で夜襲を仕掛けさせた【カーゼタンク乗りの傭兵】の仕業らしい。一夜の悪酔いが招いた、痛恨の7機喪失だった。
「ええい何をやっている! カーゼ1機とて! 宇宙ドームに住まう人々の未来がかかっているというのだぞ! それも7機だと!! ……傭兵などと所詮は地球生まれのシンパにそそのかされおってェ!!」
指揮官の怒声が地下の重力レンズ制御室に響き渡る。彼らにとってカーゼは、単なる兵器ではない。
「それが……WGの方舟に接触しやられたらしく。今はその居所がつかめず……」
「方舟だと……。噂の二つ目、グランドとかいうヤツか」
情報を伝達する兵士にも緊張が走る。「二つ目」「グランド」という言葉は、CFの間でも既に恐怖の代名詞となりつつあった。戦場で出会えば最期だと言われる、白き幻のような存在。
「何故砂漠に籠るか。不満もでる。酒に溺れる馬鹿もいる。ここよりDOMEの方がましだとのたまう闘志のないヤツもいる。だがなんのために我々はここにいるか。闘っているか!! 言ってみろ!!」
アント少将はCFの軍服の胸ぐらを掴んだ、お相手の足が浮くほどに。少将の大柄の圧が詰め寄り、片手で腑抜けた様子だった兵士の一人を持ち上げる。そしていつものように兵士に言わせた。
「世界政府軍をうっ、討つため! 宇宙DOMEの未来のっ、ため!」
「そうだとも!! 【竜の背骨】がその骨格を成すのだよ。二つ目がなんだという、地球にのさばる連中などいつ仕掛けて来ようと地獄の熱砂にもろとも沈めてくれるわ!!」
鼓膜に響き伝う熱き闘志に兵たちは汗をかく。アント・マント少将は吼えた。そして、竜の背骨に駐留する戦力を今一度洗い直すように部下たちへと告げた。
WGの旗艦ノアが合流したオアシスデルタから離れた、中央アフリカ南部、世界政府軍の中枢。そこには、今回の北アフリカ戦線における作戦を立案した中将がいた。彼にとって、この作戦は単なる戦略以上の意味を持っていた。
「ドザーとズザーの陸戦艦隊は予定通り旗艦ノアへ合流した模様です。これで一個の混成部隊、GR部隊として」
電話を取った秘書はそう報告したが、ソファーに腰掛けた中将は鼻で笑った。
「フンッ、GR部隊。そんなもの些事だよ。出揃った大局には影響しないであろう」
「そちらは失敗しても成功してもいい。作戦通りに竜の背骨を砕けたならば、それでよし。そうでなければ後で骨ぐらいは拾ってやればいい。なにより派手に合図を出せばいい、此度の戦いはそれだけのことよ。しょせん砂の城での蟻んこどもの諍い、激しい雨に打たれれば…………きちんと働くものよ、戦況は。ははははは」
ドウン中将は秘書の男が静かに一本のワインを開けたのを横目に、不穏な言葉を紡ぐ。「竜の背骨」攻略という大義名分の裏で、何か秘策じみた不敵な笑みを中将は浮かべている。
タキシード姿の秘書の男は、表情一つ変えた様子なく中将の話を聞いている。だが、世界政府その高官の実態は、やはり一枚岩ではないチグハグさが小太り男のその歪な笑みに露わている。
(必死の働き蟻もいれば、ナマケモノも必然にいるか。宇宙をおさめる器ではないよ貴様は)
秘書の男は差し出された穢れのない透明なグラスに、芳醇な赤を静かに注ぎ、器のなかで渦巻いた。
アルミラージでも、グレーシルエットでもなく、リバーシ。それは、浦島銀河にとって見慣れた愛機であるはずだった。
だが、彼の機体の左腕には、見慣れない巨大な武装が取り付けられていた。
「ってなんでキャノンにぃ!」
銀河は思わず叫んだ。格納庫に佇む彼の機体リバーシの左腕は、まさかの筒状のキャノン砲と化していた。今は無き元左腕にあったしなやかな指先などそこにはない、あるとすれば太い緑塗装の一本だ。アシンメトリーな左腕はそれはそれでいてグランドシリーズのファンにとって素敵なものだが、これを今から本番で動かすのは誰であるのか。
「あはは、【レンズキャノン】だ。お前もデータはデータ案件だとよ。テストパイロット」
「だからってぇ……」
「俺だってアルミラージちゃんにこんな仕打ちは不本意だが、メカニックは有り合わせの炒飯で我慢しなきゃいけないときもある!」
メカニックが笑いながら説明する。どうやら、彼、浦島銀河の愛機もまた「データ収集」の対象であり、合流したドザーが牽引してきた補給物資にあったグランドの予備パーツのひとつをリバーシが代わりにいただく形となった。
「そりゃ有り合わせを間に合わせてくれてお疲れですけど、そうなると、俺に使えってこと……ですけど?」
「そういうこと! 今から取り外してる時間は、ない!」
「んー……まぁその、左腕とキャノンありがとうございやす! あとコイツは」
「リバーシちゃんだろぉ! そっちも悪くない!」
メッカ・メイ整備兵から投げられた薄いマニュアル冊子を銀河は慌て受け取る。整備兵は宇宙空間での投げ癖がついているようだ。アルミラージあらためリバーシに呼称を訂正させることに成功した銀河は、笑みを作り────地をゆっくり自走するタラップに乗りながら、灰色巨人のコックピットへの道を元気に駆けのぼって行った。
一方、忍び寄る影がひとり……男たちの声でざわついてきた熱気の渦中を隙を見て、3・2・1のタイミングで侵入するも。目を見張っていたクルーによって止められてしまった。
「こいつは予備のGR!」
「は? ちょ、わわ!? わたしのフェアリーナイトなんだけど! 予備ってなに??」
「データスコアと艦長判断で決めた。パイロットは2人、GRは3機のローテ、有効に使うにゃその方が良いんだとよー! ほら、ここはもう戦場だ、格納庫に入らない!」
「ちょ、ちょっとぶちょーーーバカシラガーー!! なんか言ってたのとちがぁう!」
「はは……フェアリーナイトは昨日出たから今日は休んどけええ部員!」
「あんたもおおお」
「あぁ、だが、俺は【転】だからなっ! っし──リバーシいつでも行けるぞ、行けるよっ!!」
予備、その言葉に海魅は戸惑う。自分が乗るはずのフェアリーナイトに乗ることを大人たちに阻まれる。混乱する海魅は銀河部長に問うも、コックピットから身を乗り出して彼は手を振った。やがて、そのままクルーにつままれるようにして、格納庫から、部員で今は部外者の彼女は連れ出された。
そして、マイ・トメイロのグランドも出撃準備を整える。彼のグランドには、当然のようにまた新たな装備が施されていた。
「両肩のそれは【ミサイルコート】だ。グランドさんに相応しい上品な装備だな、扱い方はいつもの如くッ──そこにある!」
「またデータはデータ案件か。使えばいいんだろ。冗談も〝カラメルバッチリ〟とやらに」
マイトは自機の新装備と、やけくそに投げつけられ受け取ったそのマニュアルを眺めながら、不満げに呟くも、どうせ後戻りしている暇はない、慣れたように意気込んだ。緑の髪がタラップを段飛ばしで軽快な足取りで上がっていく。
「カラメル…トバッチリ……? なんだそりゃ! マイ! グランドさんを頼んだぞぉー!」
メッカ・メイは、せわしなく、今度はもう慣れ親しんだ白い機体と緑髪のパイロットに世話を焼く。そして軽口を終えて、後の仕事をできるパイロットへといつものごとく託した。
用済みのマニュアルが吐き出されるようにメカニックへと投げ返され、グランドの胸部のコックピットハッチが閉じてゆく。
「さんをつけんなよ。──マイ・トメイロ! グランド! 【ミサイルコート】で出るからナァ!!」
皮肉を込めつつ、マイトはそう鼓舞するように叫んだ。両肩に巨大な琴を一つずつ付けたような未知の追加装備を施したグランドが、先陣を切るべく静かに発進ゲートへと操作され向かう。
いつもの酔い止めをマジナイのように一粒飲み──彼のコックピットビューに光り輝く砂色の彼方が見える。吸い込まれそうな、明けた広大な景色に、素人ではない、吸い込まれやしない。進路はクリア──白い機体のその威厳が、今、風を切り裂くように駆け、熱砂の舞台へと舞い降りてゆく。
ついに、北アフリカ戦線その激しい戦いの幕が切って落とされた。
北アフリカのブシャ砂漠上空では、WGの第一次ミサイル攻撃が猛威を振るっていた。しかし、CFのアント・マント少将は慌てない。それどころか嘲笑うかのように、今、微振動した地下の指揮拠点から、砂粒の滴る空を見上げその野太い声を響かせた。
「情報通り痺れを切らして白昼に仕掛けてきたか世界政府軍め、だが、当たらぬミサイルばかりよ所詮は」
白昼の砂漠に降り注ぐミサイルの嵐。その爆音は凄まじいものの、地下深くにDOME資材を用いて築かれた【竜の背骨】その砂の城の急所には届かない。その正確な位置・骨格をデタラメなミサイル爆撃で割り出すことは難しく、非効率、そして届くはずがないのだ。
中将は「資源の無駄である」と呟き、WGの決行した無策ぶりに鼻で笑った。これを耐え凌げば、すなわち、ミサイル数100発分以上の弾薬を焼け焦げた砂場と引き換えに、タダで手に入れたも同然なのだ。
しかし、その派手に投じられた第一次ミサイル攻撃の喧騒に乗じて、活発に動き出した者たちがいた。
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左翼、汚れた煙の立つ砂漠の地平線から並び現れたのは、WGの旗艦ノアを中心とした、ドザー1隻、ズザー2隻の連動した艦隊の動き。戦闘機部隊は既に空へと出払い。艦内の発進ゲートから続々と発進したGR部隊が、今、迅速に、お熱いミサイルの雨で焼け焦げた熱砂のステージへと展開した。
「WGのグランドロボット……部隊!? 展開した……?? ……なんてな、へっ、筒抜けの想定内なんだよ!! GRだからって二つ目じゃないんっ…タッ──!?」
CFのパイロットが発した驚愕と勇猛の声もその刹那に掻き消えた。不意に戦場に現れたのはとてつもなく速い、白い影。蜃気楼に揺らめき斜め上空に浮かぶその白に、振り向いたときには妖しげに光る銃口を突き付けられていた。紺色のグランドロボットがその三つ目でみつめた白き幻影が、熱量を増し視界一面に真っ白に輝いた────カーゼのコックピット内の時が、ゾっと凍り付いた。
瞬く閃光が走り、銃口から発されたビームがカーゼの心臓部を正確に撃ち抜いた。貫いた光は一瞬にして紺色装甲の胸を焦がし、カーゼは二足で立っていることもできずに、やがて砂に埋もれて沈黙する……残骸が一機。
「カーゼも寝ぼけるのか……もう戦場だというのに。──ナラ、この調子で寝ぼけていろよ!!」
ビームを圧縮して撃ち放った、右手に握るレンズガンの銃口から白煙が上る。緑のアイカメラを輝かせた厳かな白、ノアから発進し先陣を切ったGRグランドは、まだ暴れ足りないようだ。
砂漠に止まった一機をいただき、拍子抜けしている場合ではない。マイ・トメイロは次なる敵を探し、グランドのその性能をもっと活かすべく、〝迷わず〟前へと脚部のブースターをふかし推進した────。
砂埃の厚きカーテンをくぐり、白い影がまた白昼の戦場へと溶け込んだ。
ブシャ砂漠の広範囲に着弾した第1次ミサイル攻撃に加え、WGの爆撃機スターサンドおよび戦闘機サイドキックによる本格的な航空攻撃が始まった。
だがしかし、これら侵攻してきた航空戦力に対し、ミサイルの雨をやり過ごしたCFのカーゼ部隊が既に【竜の背骨】の複雑に入り組んだ様々な出口ルートから続々と出払い、忽然と砂中から姿を現す。
そして、その戦争のあり方を変えた強大な〝個〟グランドロボットとしての性能アドバンテージを活かし、ブシャ砂漠に駐留していた宇宙連合軍のカーゼたちは対空砲火・迎撃を開始した。
白昼の戦場。熱砂最前線では、既に激しく両軍がレンズ搭載艦・搭載機のグラビティレベルを上げ重力場を重ねレーダーの類いをかき乱しながら交戦中。
中でも爆撃に乗じて左方より疾風怒濤のように進撃した旗艦ノア・陸戦艦ドザー・ズザーの艦隊および展開したGR9機もの部隊は、宇宙連合軍の擁する屈強なGRカーゼたちを次々に打ち破るほどの異例の勢いを見せた。
そんな突然現れたWGのGR部隊、CFにとっても異色の存在ともいえる集団の勢いもあってか。最初は艦砲射撃を中心とした射撃戦になっていたものの、戦場を着弾し彩り始めた激しい光の方へ、敵のグランドロボットに搭載された重力レンズの方へと、不慣れなGR部隊は不思議と引き寄せられていった。
プロトマーズを操る新兵たちは、特大のビギナーズラックともいえる奇襲の勢いに乗ることに成功し、空を見上げるのに夢中であった敵軍のカーゼを見事に倒し、闘志と自信に火をつけたように調子付いていた。
しかしプロトマーズは、その武装こそグランドが試用したお下がりを貰いさらに戦闘データを元に改修をほどこし立派であれど、出力が安定しない機体が多かった。熱量や殺気、駆動し軋むパーツ、そして足にする地形をも、万全に近いシミュレーターとはちがう実戦では、そのプロトマーズの見えずにいた欠陥の数々が徐々に露呈しつつあった。
「レンズキャノンがッっ!?? やっ、やられ!?」
シミュレーターで倒したカーゼ2機以上の戦果を──3機目を撃たんと意気込み、今、右腕一体の大筒から放出したエネルギーがしかし安定せず、激しくビーム射撃は噴きあがり、機体バランスを砂地に崩す一機のプロトマーズ。
そして、プロトマーズは冷たい殺気に再び慌てて向けようとしたその取り回しの悪いレンズキャノンに、狙い澄ましたカーゼマシンガンの銃弾を被弾した。さっきカーゼ2機を討ったはずのプロトマーズの自慢の右筒が蜂の巣にされおしゃかとなってしまった。
新兵が経験したシミュレーターでは起こり得なかった。転倒、そして武器のロスト、砂漠に足を取られて、焦燥に埋もれていくそんな数々の事態。
シミュレーターより微細で多大、複雑な要素が絡み合い悪いバグのようになる。そんな困難を重く経験してしまい、これから向かう先は、どうしようもない死の淵か────ただ右腕をやられただけで抗う術を大きく燃やされてしまったプロトマーズに搭乗する新兵は、それでも額部のバルカンの砲口を唸らせ、コックピットで叫び、鼓動の速まる命の熱を上げていく。
恐怖・焦燥、そして自惚れ。様々な思い、感情が前方の紺色の装甲を目掛けてまき散らされる。しかし、それは子供が戦場で駄々をこね、泣きべそをかくようなもの。紺色の機体は、そんな打ち寄せるバルカンの小雨の悪足掻きを凌いだ。
そして、どちらのGRどちらのパイロットが果たして優れているのか、自信げにカーゼマシンガンを構え直した。泣きべそのように乱雑なバルカンを放ち、砂でもがく美しくない鉄塊を、赤い三つ目に見下しながら。
「みっともないことを、お前はもう終わったんだよォ!! WGのパンっっ鉄屑がぁぁ!!」
だが、その時、敵の雄叫びをも掻き消し響く聞き覚えのある声が、胸の鼓動がいっぱいいっぱいに高鳴り、死の切れ端に触れ……冷たくなっていた絶体絶命のプロトマーズの鉄色のコックピットの中に響いた。
「データはデータ! 十分取れたら右腕をパージして味方の艦に戻れ!」
その言葉と共に、一筋の光の矢が突き刺さる。冷たい殺気を放ち、尻餅をついたプロトマーズを睨みつけていた恐ろしげであった赤い三つ目のカーゼの頭部を、不意に宙を走った光の矢が消し飛ばしたのだ。
やがて誘爆し、紺色の機体カーゼが地へと力尽きたように無い頭から倒れ込む。
倒れたプロトマーズが振り返る隣に見上げて、現れたのは────白き機体、美しい緑の瞳で見つめるその名は【グランド】。新兵の彼も噂と目に知る、マイ・トメイロの操るGRグランドであった。
「は、はい!? たすか…はぁはぁ…」
通信で言われた通りに使い物にならなくなった右腕を、それ以上厄介な誘爆を起こさないようにプロトマーズは安全にパージした。そして大人しく味方艦へと向かいその損傷した機体は後退を開始した。
WG上層部の思惑通り、新兵ばかりで構成された彼らはまさに「データ収集」の駒として使い潰されていたのだろう。抜擢したテストパイロットに疑似シミュレーターで成功体験を幾度も与えて……。
しかし、そんなプロトマーズ隊の慣れぬ動きを尻目に、グランドを駆るマイ・トメイロは冷静に戦場を俯瞰していた。グランドのパイロットはいつものように一人と一機で母艦であるノアを守りながらも時間の許される限り、好きに前で暴れ敵の戦力を削ぐのが常だったが、今日この砂漠の戦場に吹くような風はそうではなかった。
今入ってきたノアの通信兵からの情報をもとに周りを見回し戦況をあらかた理解したマイトは、同時にただこのまま前で暴れるだけの戦術的アプローチを面白くないとも思った。
誰かの灰色の姿と起こしたアクションに今日は倣い……。敵を見つけると同時に、この砂塵が舞い弾丸と爆発の入り乱れる戦場で、それ以上に味方のことも見つけてあげる。グランドの性能をもってすれば、新参の〝テストパイロット〟だけでなくグランドのパイロットである自分にもでき得ることだ。彼はそう考え、思い立ったのだ。
マイ・トメイロは未だ損傷のないグランドを操り、まだ戦闘力を持つ他のプロトマーズ部隊としかたなく連携し、白昼の砂漠に潜む敵機を確実に仕留めていく方針にした。
旗艦ノアのグランドⅠがその性能たる活躍と、これまでのグランドⅠの搭乗パイロットの性格からは予想外であった動きを見せる中、
同じように3隻の艦隊9機のGR部隊で攻め込んだブシャ砂漠の左翼、白い機体の緑の二つ目の届かない戦場の一方でも、熱き砂塵巻き上げるグランドロボット同士の戦いが巻き起こっていた。
CFのカーゼが、突出していたプロトマーズの射撃を避け、みるみる内に肉薄した。そのカーゼのパイロットは思い切りがありつつも狡猾であり冷静だった。世界政府軍のプロトタイプのグランドロボットとその中身、パイロットである新兵が、慣れていない白兵戦を苦手としていることを見抜いていた。
「白兵戦ッ、できないだろぅ! 宇宙DOMEの外周暮らしは地球人とは歴史がぁッ!!」
宇宙連合軍CFの兵士は砂漠の砂粒を散らすほどのボリュームで嘲笑った。世界政府軍WGのGRはただ残弾を垂れ流しているだけだ、戦闘機も戦車も刃を持たない、GRに必要なスキルを培った訓練時間・訓練方法そしてなんといっても経験値が違うのだ。GRを用いての白兵戦の歴史においてはCFのカーゼとそのパイロットに一日の長がある。
腰部に折りたたんで格納していた電磁チョッパーの刃を剥き出しに、その右手に取り、急接近するカーゼの気迫に、プロトマーズとWGの新兵はうろたえた。
しかし、その三つ目の紺色が発した嘲笑は、次の瞬間、驚愕へと変わった。
振り回したカーゼの握る包丁へと突然割って入ったのは、【リバーシ】垂れ耳の灰色の機体がその右手の剣で危ない刃を受け止めた。
電磁チョッパーを押し込もうとするカーゼと、リバーシのグランドナイツソードが激しくぶつかり合う。
「兎!? が白兵戦!? ハイイロが、立ったァ!?」
CF兵士の動揺が走る。だが、リバーシはそんな声を意にも介さない。
「歴史は、グランドナイツだ!」
ウラシマ・ギンガの叫びと共に、今、リバーシの勇ましく立てた耳が揺れる。つばぜり合いから今、刃と刃を弾き合った一瞬の隙を突き、砂上をかろやかにステップした。
死を誘う灰色兎の踊りだったか──そんなものを見たことはない。虚空を切った電磁チョッパーは兎の耳をちょん切れない。グランドロボットがそのようにかろやかに動くなど、CFのそのパイロットは知りもしないのだ。「カーゼより華麗に動くなんて」。
ビュンと吹いた風にしなる灰色の耳は、いつの間にやら紺色の側面を華麗に抜け、敵機の背面へと駆け抜けた。
リバーシはそのまま流れるような体捌きで、手首を真逆に捻り逆手に変えたグランドナイツソードを、紺色の背にブッ刺した。背を見事にまで貫かれたカーゼは、頭部の赤い三つ目を点滅させ、機能停止し、熱砂のベッドへと頭から埋もれていった……。
「白兵戦のデータは俺が取ります! プロトマーズ隊は突出しすぎないでノアとドザーズザー艦隊を手厚く援護しちゃってください! あんまり目先の光に寄せられないで、敵はそこからでも撃てますからッ! あとその右腕、無理しないでくださいよー」
大きな耳を僚機へとお辞儀するようにぺこぺこと傾けた灰色兎の声が、通信回路を通して後ろのプロトマーズのコックピットにまで届いた。
「おっ、おう! はっ、はい! 右手首をヤラれただけです、左だけでもレンズキャノンは撃てます! (────同じ灰色、なのに騎士道……プロトマーズとはデキがちがうのか……!)」
混乱しつつも、プロトマーズは突出していたところを助けられた。白兵戦に挑もうとレンズダガーを握っていた右手首を失った一機のプロトマーズは、リバーシに搭乗していた浦島銀河テストパイロットの指示に従った。
だが、まだ左腕一体のレンズキャノンは使い物になると、新兵は生意気な気概を見せる。そんなことも見透かしてか、リバーシは自身の左腕にもあった同じ砲筒を天へと掲げて見せた。プロトマーズもその灰色兎の気の利いた所作に呼応し、誇示するように同じ砲を天へと向けた。