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第21話 緑×誓い

 昨夜、宇宙連合軍の夜襲のこと。旗艦ノアの鹵獲機グレーシルエットで敵に立ち向かい、勝手にスコアを上げたという功罪のある自称灰色のそのGRのテストパイロットだと名乗る者がいる。

 他にも様々な嫌疑をかけられていたそのテストパイロット、浦島銀河は、夜ふかしした翌日の昼、なんの計らいか捕虜牢の中から一時的に解放されることになった。


 艦内の通路を看守役のクルーの男に連行され歩いていた銀河は、突然、何か今、ノアが揺れる騒がしい足音を耳と肌にキャッチした。


「ん?? 今はノアは前線の境界エリアを変えて、後方の支配エリアに下がったんですよね?」と、銀河はクルーの男に問うた。


「あぁ今なんか例の新型のテスト中らしいぞ? WGが俺たちのノアに二機も回せるほど作っていたんだ、すごいよな」


「新……型? っていえばあいつのフェアリーナイトと────!」


 立ち止まり考えていた銀河は、次の瞬間、形相を変え────走り出した。


「おい、急に走るな!!」


 クルーの男は、勝手に慌てたように走り出した白髪頭の少年の後を追いかけた。







 格納庫の宙陸両用で使えるバキューム機が、今舞い込んだ砂塵を吸い上げていく。


 旗艦ノアの後方ゲートから着艦したグレーシルエットが、グランドⅠの隣になった定位置に歩みを止め、着艦後も機敏に動かし遊ばせていた耳を脱力したように垂れさせた。


「よぉ、どうだったマイ! 新機体【アルミラージ】ちゃんの乗り心地は!」


 胸部灰色装甲をノックしたメッカ・メイ整備兵がうるさく声をかけると、新機体のテストパイロット役をしていたマイ・トメイロは、開いたコックピットハッチから顔を出した。そして、中を笑いながら覗くメカニックへと、ついさっき体験し終えた感想のほどを緑髪のパイロットは答えた。


「まだ気持ち悪い感じはあるけど、まずまず気に入ったかな。耳付きだけあって耳が付いているのが特にいい。それと【天脳システム】ってやつ、風で聞いた噂ほど難しくはないな。豪語していたデメリットの頭の熱量ってのも────レンジで5秒ほどのようだ?これだけ遊んで。ただ、ひょっとして前のヤツの癖が機体にまで染み付いてるんじゃないか? どこかしっくりとはいかない。あと片腕がないのがやっぱどうも気になったよ。このシステム……ある程度人型である方が本能的にやりやすそうだと思わない?」


「ふむふむ、左腕の方は至急か。(痛々しくてかわいそうだもんな!)そうだなパイロットの意思通りに動くってんなら、キュートな耳付きまでぐらいのオシャレが疎通しやすいか! んー、にしても天才に【天脳システム】搭載機のベストカップルか。いやーWGもノアへの支援に疑いなく本気を出してきたな!」


「どうせこれもグランドに取り付けるキャタピラやキャノンで遊ばされたデータはデータってやつの一環だろ、まだまだ冗談よせよ。それにそんなにすぐ新しい機体と仲良くなったら苦労しないしな。これもおそらくGR内蔵のレンズと機体の輪郭までを満遍なく展開コーティングする重力場の応用の産物なんだろ?(メカニックのお前が調べた資料のところ)この操作を頼りにしすぎたら肝心なときに足が攣りそうだ」


「はははは、おそらくのおそらく今調べ上げた俺の知見の範囲ではそうだが。仮に「失敗する」それは腕利きメカニックと愛しのグランドロボットちゃんのせいじゃなくて、これからはパイロットの腕と、足と、メンタルの責任になるぜ! こわいかマイ?」


「いいから整備しとけよ。機体がパイロットに引っ張られているのは分かるがな、その逆もあるってさっき言ったろ。こいつを俺の手足とうさ耳にするのはまだ考えものだ」


「ははははすなわち天脳システムはGRとのお付き合い、口説けるかだな! あぁバッチリ任せとけ、天才さんが完璧に、それも立派なうさ耳つけて乗りこなせるようにしっかりチューニングをシ──」


 足音が駆けあがる。タラップを急ぎ駆け上がる音に振り向いた整備兵の男は、狭い可動式階段に後ろから突っ込んできた白い気迫によろけ、止まらない危機を回避するために思わず道を開けた。


「ってなんで乗ってるううううう!!!」


 白髪を宙に浮かばせそのまま飛び込んできた、佇む巨大灰色メカのコックピット内部まで。そして今、ラフな私服姿の緑髪の男の至近に、白い制服姿の白髪の男の凄まじい慌て顔が、唾が当たるほどの距離で向き合った。


「【天脳システム】良かったぞ? 口だけじゃないな、コイツ耳もついてる」


「冗談でざけんなっっ!! ってまさか昨日のスパゲッティ!?」


「コーヒーでなつくと噂なら、スパゲッティもよく合うだろ? 兵器の妄想やパイロットの仕事だけで完結しないんだよ、二流のテストパイロット──ははは」


 不敵に笑う伝説のパイロットの軽い冗談といらない煽りが耳に聞こえ、いつの間にか上に被さるポジションでいた銀河の体は、手をかけられ掴まれた肩ごと反転させられた。汗をかいた緑髪が横、やがて前を通り過ぎ、代わり座らされた銀河の視界から下に消えていった。


「な、なんつぅ……」


『いたぞ、艦内ではしゃぐ白い座敷童を引っ張り出せ!!』


「ってうわっ!??」


 追いかけてきたクルーの男と、中を調べたいメカニックの男に、逃走中だった白髪の少年は座っていた尻ごと、溜息を吐く間もなく、リバーシのコックピット外へと引っ張り出された。







 宇宙連合軍の夜襲から一夜明けた。敵軍となおも争い二分する北アフリカにおける世界政府軍の支配エリアへと、旗艦ノアは一時場所を移し、後方に下がっていた。

 さらに今日の昼頃に至るまで、鹵獲した未確認のGR2機のテスト運用・適性検査を、ノアに所属するパイロットたちは艦内で保護中のプラロボ部の彼ら2人に内緒で、密かに進めていたのだ。


 そして、現在────


 銀河は艦内格納庫で勝手に行動していたところをついに捕まえられた。その時間、彼の看守役だったクルーの男に元の目的の道へとしっかりと連行され……今、白髪頭の少年が入室した、尋問室にて。

 重苦しい空気が、用意された椅子にかけさせられた浦島銀河のことを包んでいた。机を隔て正面にはのっけから厳しい表情をしたロベリー艦長が座り、その奥には記録係のシマナミ通信兵が控えている。


 艦長の声が尋問室に低く響く。例の重大な作戦間際でいろいろと多忙を極めるロベリー・ストロー艦長が、わざわざ銀河のことを捕虜牢からここへと呼び出したのだ。銀河は「いよいよ処遇のほどでも決まったのか……」と目の前の艦長の面持ちを訝しみながら、緊張の息を飲んだ。


「無許可での軍用機操縦。情報隠蔽、身元の詐称。そして命令違反、独断専行──」


 艦長は、銀河に突きつけるように、ここまで彼の引き起こした罪状をつらつらと読み上げていく。その事務的な渋い声に、銀河は耳を凝らしたが──耳が痛い。厳しくも現実的なお叱りが多い、白髪の少年に対する誉め言葉などはまだないようだ。


「お前は我々の発見した鹵獲機を持ち出し、自らをテストパイロットなどと宣ってそのまま【グレーシルエット】に乗り勝手に動かしてみせた。だが、我々の知る補充兵のリストに【ウラシマ・ギンガ】──お前の名などどこにもない。これを怪しまないと言うのは無茶だというのは分かるな」


 艦長の言葉に、銀河はゆっくりと頷いた。調子付くと変なスイッチが入り余計なことを喋る実績を持つ銀河は、この件に関係のない要らぬ口は開くなと、艦長に事前にそう釘を刺されていたからだ。どうもロベリー艦長は自分のペースで彼に問う物事を進めたいようだ。


「そして、お前のだと一貫して主張する機体、【グレーシルエット】についてはこのまま一時的にこの艦、ノアが預かることになる」


 その言葉に、反応した銀河の心臓は少し跳ねたが、事態がこうなる事は銀河自身にも予想の範囲内であった。


「預かる……接収、ということですか?」


 しかし人間は動揺を隠せはしない。銀河の声は、僅かに震えている。だがさっきあえて強い言葉を使わなかった気がするロベリー艦長へと、「接収」かと銀河は問い直した。


「そうなる」


 艦長の返答は一切の情を含まなかった。はぐらかすことをやめ、【グレーシルエット】の所有の真偽はどうであれ、これが事実上の「接収」にあたると断じた。覆らない事実である。


「だが……もちろん、君が言う『テストパイロット』の件をこちらとして完全に考慮しない訳ではない。実際に、CFのカーゼ1機。カーゼタンク1機。持ち出したグレーシルエットを操縦し倒したというのは、それで間違いはないか?」


 ロベリー艦長は、昨夜の銀河の功績を認めつつも、その渋い表情と淡々と進める口調は変わらない。


「はい」


 銀河は短く答える。それは疑いなく自分がやったことだ。もっともこれほどあっさりロベリー艦長が、リバーシが昨夜の戦闘で記録したその撃墜・撃退スコアを認めてくれるとは銀河自身も思わなかったが。


「既に知っているかと思うが、軽いテストをしてみた。詳しいことはこの報告資料の情報のとおり。まだまだあの特殊システムを搭載したグランドロボットを扱うにはパイロットの訓練と機体の調整が必要だ。一人、高い適性を見せたこちらのマイ・トメイロパイロットもやはり今まで通りグランドに乗せることになるだろう」


 艦長はそう言って、さっきマイトがテストした新型機の報告データを参照しているようだった。さらに、机上に並べられた旗艦ノアの所属パイロット計5名分の『グレーシルエット及びホワイトシルエットのテスト試乗』のデータ資料を、銀河の目に通すこともなぜか許可してくれている。


 大事な自艦のパイロットに関する情報を得体の知れない自分にいま開示する意味は────玄人の銀河には、ロベリー・ストロー艦長の深いふかい思惑の内が、なんとなく察しがついた。そしてこの後に出てくるであろう彼が言いそうな台詞をも────。


「このままお前の荷物だというものを預けて、艦を降りるか、それとも──『テストパイロット』として、一時的に新型と共にここに残るか」


 ロベリー艦長の最終宣告が、銀河の胸に突き刺さる。同じ黒い眼で、赤髪の艦長が目の前の若者の瞳を見つめて重大な選択を迫った。


(もちろん俺の目的はここをクリアすること。この迷い込んだシミュレーターを……。プラロボ部の部員を連れて、元通りに帰ってみせなきゃならない。それにリバーシは、俺のグランドロボット、グランドナイツだ)


「もちろん俺は────────!!」


 それはもはや彼という人間にとって選択肢になっていない、答えははじめから一つ。

 悩んだ末ではない、これからプラロボ部、己がリバーシと挑む先のことをもう考え始めた。

 彼のしっかりと選んだ言葉には、揺るぎない決意が宿っている。


 いま聞き入る銀河の言葉に、そして今見つめるその立ち上がる情熱に、艦長は己の瞬きを忘れ、目を見開いた。部屋の端でキーを打つ記録係のシマナミも、空間を支配したまるで気力湧き上がる白き熱源へと……そっとその横顔を向けた────────。








 今は尋問室となっている扉の前。中から漏れ出た若者の大きな声を聞き……壁につけていた背を、その者はおもむろに浮かせた。


「お熱だな──こっちも」


 シャワー後で濡れた髪を包んでいたタオルでこすりながら、やがて、静かにその場を去っていく。緑の髪が、通路をただ真っ直ぐに歩いていった────。





 さっき閉ざされた部屋で執り行われた尋問、そして艦長からの提案。迫られた重大な選択に意志ある決断を迷いなく下した。浦島銀河はその大きな決断と引き換えに、重苦しい雰囲気を抜け出した今、お馴染みの牢には戻らず自由な時間を得ていた。


 珍しいカラーの白髪揺らす、彼の騒がしいスニーカーの足音が、道行くクルーをぶつかりそうになりながら走り通り抜け、通路から通路、出会う人から人に情報を聞き集め、部屋から部屋へと移動していった。


 だが、浦島銀河は憧れでもある旗艦ノアの中で、子供のように好き勝手はしゃいでいるわけではない。


 そういえばいないのだ。会っていないのだ。昨夜の夜襲後、牢に入れられてからというものの、彼女、部員である佐伯海魅の姿を彼は見ていない。


 そして探し回った末に、たどり着いたのは────




▽グリーンスペース▽にて


 急ぎ乱れていた白髪頭は、気配に振り返る────。だが、入室したすぐそばにあったのは大きなサボテンだ。花も何もつけていないが、大人の人間のサイズほどあった。


 そんなものに今は用はない。浦島銀河はドア傍のサボテンから視線を切り前を向いた。そして、かき集めたクルーたちの目撃情報を頼りに、ここも探してみることにした。


 花、草花の匂いが漂う。丸や三角や星や柱状や棚のように、実験でもしているのか、様々な形のプランターに入れられた草花を眺めながらも……。中央に配置されたガラス張りのドーム状、鉄骨に蔓の絡み付くそちらへと引き寄せられるように銀河の足は向かった。


 生命力豊かな緑のカーテンを今開けると、このグリーンスペース、部屋の外側よりも濃い緑と草花の匂いが入ったドームの中にはこもっていた。


 より自然に近い。方舟がもつ、そんな艦内施設にして特異なスペースに歩みを進める。幾度か葉を避け、蔓を避け、進んでいったその先には────



 緑の木漏れ日のなかに、佇んでいる背が銀河の視界には見えた。白い制服と黒い髪の背だ。


「いたっ、おい! ぶい……」


 のんびりそこに立っているその背が今、草をかき分ける音と、呼びかける銀河の声に、振り返った。


「おそっ────」


 呼びかけるように伸ばした銀河の手のひらの先には、ゆっくりと振り返った……青い瞳の女性が、黒艶の髪にユレル木漏れ日を浴び、背景と化す緑のセカイの中心に立つその彼女の姿は、なぜか……とても目立っていた。


 そう、一言だけ、やわらかな音量で唇から発した。彼女は、白髪の上に草の飾りを散らした彼の顔を青く見つめている。そして、幻想がとけたように彼女は無機質なストローを今、その微笑する唇に含み、何かを飲みだした。


「探し回った……第一声がそれって……うお??」


 手をやわく伸ばしたまま、時が止まったような姿勢でいた間抜けな部長の顔へと、海魅はいきなり下手で投げつけた。


 銀河の慌てキャッチしたアップルフラワージュースは、少しぬるくなっていた。





「────────てことになった」


「ふぅん。まぁ、そう。じゃあ、言ってた通りじゃん」


 緑豊かなドームの中にあった木製のベンチに2人は腰掛けた。各々手にしたジュースをいただきながら、銀河は部長として部員である海魅へと、あの小部屋でロベリー艦長と交渉し決めた決断とこれからのノアでの処遇のことを報告した。


 「言ってた通り」話を聞かされた海魅は以前牢で部長と話していた通りに、物事は良く進んでいると、そうあっさり解釈した。


「あぁ、なにはともあれな……」


 艦から降りることはない。大方これからの流れしては予定通りに、ノアの戦力としてプラロボ部は組み込まれることになるだろう。そしてノアと協力し、この迷い込んだグランド世界のシミュレーターと彼が称したもの、その次の作戦にあたる北アフリカ戦線のミッションをクリアすること。

 そのクリア目標に近付いたのだが、どことなく……彼女の青い瞳の覗く、彼の横顔は浮かない。部員の彼女には、どこか今形作る部長の彼のその表情が、いつもと違い歪に見えた。


 吸い上げる蜜がほぼなくなった意味のないストローから、口を離し。佐伯海魅は憩いできていた沈黙の間に、おもむろにその口を開いた。


「たのしいの? ここ?」


「な!? それは、だな……」


 飛び出た言葉、その部員のした質問はまさかだ。だが、簡潔な質問だった。

 しかし、部長である銀河は言葉に詰まった。言いかけたが、言えない、そんな様子であった。

 やはり、彼女の目に映るその彼の表情は、彼らしくないのだ。


「腕が鳴るじゃん」


「……は! そうだな……ッ!!」


 求めていたのはそんな顔だった。右腕を左手で叩いた、そんな海魅がした陽気なジェスチャーを、銀河はすぐに真似して答えてみせた。そして、やがて、お互いに釣られたように口角を上げた。



「カラメルバッチリ」


「それは、いらん」



 ただ、応え合い、若者たちは笑い合った。口に出しそうだった不安要素などあえて語らずに。2人腰かけるベンチでやがてアップルフラワージュースを飲み干し、【チームプラロボ部】はガラス天の緑木漏れ日に……今、各々、目一杯の背伸びをしながら立ち上がった。

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