第19話 タンク×タフ
「う、うん!」
「『うん』じゃない! 控えてちゃダメだろ、データだデータっ!新機体! ってグランドさんとマあああイ!? 『アタレ』と唱えて理想が降ってきやがった!! WGの暴れん坊貴公子グランドさんと、未知未知にそそる妖精フェアリーナイトちゃんのご対面(背中だがッ)こいつは最高の白きカッ──」
真っ二つに撃破された敵機カーゼの爆風を浴びる。追い詰められていたフェアリーナイトの前に現れたグランド、その白き背と光剣。そして、フェアリーナイトのパイロットの耳に伝った男の声をした主人公の叱責に、驚きの眼をした海魅はメカニックの戯言をBGMに……ただ素直に、グランドに乗り飛び去った彼の言葉に頷くしかなかった。
砂丘に顔を出し、遠くからマシンガンを構え狙い撃つ。だが、白く踊るその影にも弾丸は当たりはしない。再び懲りずに砂の頂上に顔を覗かせたそのとき、光のレイピアが盗み見る敵の三つ目を貫く。いつ詰め寄られたかも分からず、隠れながら狙い撃つ動きをみせていた姑息なカーゼの首は焼き斬られた。
緑に灯る二つ目のアイカメラごしには、遊んでいたように見えたカーゼの相手にグランドがレイピアを突き刺しかまけていると、どこからか砲撃が飛び交った。
暴れる白い機体の頭上、背を高々と追い越し、砂上を這う母艦ノアの方へとその砲弾は向かう。
白い機体は振り向いて構えた左手の銃、【レンズガン】の狙いをさっと素早くつけた。光はその放つ銃口から圧縮され放たれ真っ直ぐに伸び、空をゆく砲弾の軌道先に交差する。やがて見事に射抜いた光の矢が、砲弾をその狙いと威力が着弾する前に空に散らした。
「チッ、慎重な砲撃をするヤツっ……! ──次は────上か」
緑に鋭くきらめく瞳は、かすかに風音騒がしい夜空を見上げた。
HASUに乗ったカーゼが1機空にいた。地に敵の目を割かせ、上から仕掛けようとでもしていたのか。だが、その空をゆく円盤に乗るカーゼを、母艦ノアから先に出撃していた二機の黒い戦闘機トーキック部隊がその目論見ごとおさえていたようだ。
HASU:グランドロボットの空戦能力および移動力を補うための二足歩行ロボット用飛行足場。
WGとCF両軍の戦争状態が今もなお進む中で、GR戦での経験や様々な問題がデータとして蓄積されていく中、GRの空中での運用問題をクリアすべく生まれた。
蓮の葉の構造に着想を得たもので、飛行中の機体バランスの安定化を重視されている。細やかな姿勢制御を可能にするために計13基のバーニアを搭載する予定であったが、制作コスト削減の問題でその数を減らされている現品が多い。
戦場におけるあらゆる場所での迅速なGR部隊の展開および補給物資の運搬などを実現している。
円く平らなシンプルな構造のため、後から砲門を取り付けることなども可能である。
しかし、グランドロボットであるカーゼの相手はやはり楽ではない。戦闘機であるトーキックがスピードで勝り健闘するものの、武装火力とその装甲の差は歴然か。旋回しようとした黒い一機が、その左翼をカーゼマシンガンとHASUのバルカン砲の厚く放たれた弾幕につかまり、このまままともに戦闘飛行を続けるには無事ではない損傷を負った。
トーキック2は、被弾しゆらゆらと機首を下に墜ちていく僚機トーキック1を案じた。その一瞬の隙だったのだろう。円盤側面に備え付けられた砲門をぐるりと45度スライドし狙いを変える、HASUに膝立ちで狙い定める空を飛ぶカーゼの弾幕が、今度はトーキック2へと集中し激しく襲った。
「くっ!」
トーキック2の女性パイロットは、なんとか押し寄せた横殴りの殺気の雨に被弾しまいと慌てて回避行動を取る。しかし、そんな小鳥の慌て様を反面、ゆっくりと料理しながら……カーゼはついにその黒い小鳥のケツを取り────ケツを睨まれた。
「悠長だなっ!!」
後ろから唐突に吹き抜けた風に三つの目をくれる。しかし赤く睨むも、もう遅い。
カーゼがマシンガンの銃口を向けようと反応する間もなく、熱い光の刃が右の肩口からその心臓部へと差し込んだ。その小さな鉄色の蓮の上には、今はもう温めていた紺色の尻はない。
不意に空を駆けた傲慢な純白に全てを奪われる。レンズレイピアの眩き光に貫かれたカーゼは、上空から地上、砂のマットへと蹴落とされた。主人なき空を漂うHASUの上にはそれよりも強き存在、旗艦ノア所属の一機のグランドロボットが我が物顔で着席した。
「ふぅッ……! 宇宙連合軍のカーゼにもリバーシはバッチリ、通用した……か!」
自機に流れ込む輝く紺色のピースを回収しながら、浦島銀河はシリーズ違いの愛機のリバーシで今は敵のGRであるカーゼを倒せたことに、心を強く昂らせていた。
しかし冷めやらぬ興奮を少し抑え、銀河はパイロットとして冷静にその先を考えた。この起こってしまった宇宙連合軍と方舟ノアの戦いの先だ。
「ノアの戦い方と守り方を知ってるのは、マイトと艦長、クルー達だけだ。いま浮いたような駒の俺が守りに加わっても、現場はきっと混乱するだけか……? なら、俺は────さっきから玄人風吹かしている! 後ろを、たたきにいこう!!」
リバーシは母艦ノアの守りに加わらず、そのまま後ろに隠れ潜む敵勢力を叩きにいくと決めた。灰色の兎は不用意に砂地を跳ねず、耳を立てず耳を凝らし、夜の砂漠を移動していく────。
▼
▽
「酔いどれのカーゼが7機……泥船を沈めるには十分かと思ったが、敵さんの組んでくスクラムがこれ程とはねぇ。それに、浮かべた直撃の星を綺麗に撃ち抜くような怪物もいる……。マァ、次は当たりぃや。せっかくだ、二発ぐらい焦げた唾付けとかないとねぇ」
三つ目を赤く点らせる。キャタピラを走らせポイントをちょこまかと変え、レンズ重力場影響下の戦場にて的を絞らせない。されど敵母艦の動きや位置はもう手に取るように掴んでいる。砂の迷路に見つけた射撃ポイントにまた立ち止まり、これまで自機が放った11発の射撃砲撃データを参考程度に、老兵は今搭乗するグランドロボットの赤い三つ目をよく凝らす。
赤い三つ目の先にある長鼻の砲身を漆黒の夜空へと向かい上げ、射角を上げる。最高の射角が決まったら、息を沈めて……心のトリガーを引く。そのときばかりはパイロットの老兵は酔わない笑わない喜ばない。だからこそ、その刹那に全集中できる。静かに高めた集中力で、いざ、何もない夜空へと浮かべるのだ「直撃の星を」────
長鼻をもたげたグランドロボットは足を止め、キャタピラを止め、音を止める。肌身に感じずとも、コックピット内には拾い上げた夜風の音は老兵の耳に聞こえている。
そして万全たる時は来た。老兵は老いてもなお鋭い眼光で、遠いターゲット、その方舟へと挑む。どっしりと砂地にキャタピラの足で接地し鎮座するその機体から伸ばす、サンドカラーの土汚れた熱い鼻先に────。
甘い……何かの匂いがふとよぎり、混じり込んだ。それから、老兵の高めていた集中が乱れた。
砲弾を装填したその鼻先を、たった今、嗅ぎ取った違和感へと向けた。そして、長鼻のGRがうっかり放った砲弾は、身を捻るグレーシルエットの左脇、あるはずの腕がない、いびつな虚空を掠めた。
長い鼻から熱を上げ吐き出した、当たらぬ「星」が明明後日の果てへと、舞い飛んで行く。
そして、月夜の光を浴びて耳をいきり立たせたグレーシルエット、砂粒のシャワーを散らしその宙に浮かぶ灰色の兎が、大きく、大きく、熱焦げた鼻先へと迫った────。月の中から跳びやってきた灰色兎は、見上げてばかりいたその長鼻の三つ目顔を蹴り上げた。
「!? ────うおおお!!」
「オイオイっ、来るやい!?」
顔面をいきなり蹴られたキャタピラ機は、地に長鼻を叩きつけられ引きずり、ノックバックする。長鼻を折れたように下げたGRはそのまま蹴られた反動を利用し、キャタピラを忙しく後ろへと駆動させ距離を取り下がろうとしたが、ソイツは速い。
ソイツは今成功した奇襲とキックだけでアクションと思考を完結しない、乗じた勢いのままに知らぬ兎型のGRが、長鼻のキャタピラ機に乗る老兵パイロットのひどく揺れるコックピットビューの至近にまでまた迫ったのだ。
「タンク……いや、カーゼ!?? ッ──ならっ! ナガっ鼻なら!! これでッ──どうだ!!」
老兵が操作し急いでもたげたメインウェポン、長い鼻の砲口の先には──既にいない。迫った兎は、既に懐。既に構えるのは、勇ましい騎士のようなその剣。しかし、それは隻腕の灰兎。勢いだけでここまで乗り込んできたその未知の機体と若きパイロットの、兎蹴りで酔わされた老兵の視界に映る勢いは止まらない。
灰兎と若造の勢いは止まらない──突き刺すように振り下ろされた、月光を妖しく宿す右の刃は、突如下から勢いよく伸びた老兵の操る細く長い左のアームに掴まれた。
剣を振り下ろさんとしたその危うい灰色の右手首を、がっちりと作業用のパワーアームで挟み、掴み、捻り上げる。砂漠に馴染むサンドカラー、魔改造されたGR【カーゼタンク】と、
剣を振り下ろせない──そんな予想外の状況に陥るも、白髪の若きパイロットは天脳システムでコマンドを送る……だが今は無き幻肢の左腕で敵を倒さんと欲するも、できない【リバーシ】。
夜の砂漠を唸る風に巻き上げて、奇襲──接近、そして刹那と至近に絡み合い、挑み合い、今────二機の未確認グランドロボット同士が邂逅した。
「おっとぉー、それ以上は頼んでもねぇ餅つきやい。ホははは、次の手はグーかいチョキかい!! 整備不良、出す手はないねぇ……! 逆に!!」
「!? ナラ、パぁッとだ!──バァァァルカンッ!!」
飾りにしては兎の耳が不自然に前方を向く。危ない玩具の剣を持つ目の前の灰兎の手を、上手く捻って抑えていたつもりでいたカーゼタンクは、受け止めていた手をあっさりと離し、伸ばした左のパワーアームを引っ込めて元に仕舞いその場を離れようとした。
右の剣を封じられ、考えて即座に実行した次の手、至近距離から放とうとしたリバーシのイヤーバルカンは敵機へと直撃した。
だが、そのリバーシの目の先には大きなサンドカラーの壁がいつの間にか組まれ、立ち塞がっていた。カーゼタンクは両腕の装甲をシールドのように広げ使い、左右に展開したシールド装甲を隙間なく胸前に合わせる、長鼻のように出していたバレルも短く仕舞う。それですっぽり、まるで己の甲羅の内へと籠る亀のようにシルエットは綺麗に納まり、脆さを内に上手く隠し守りを一瞬で固めたのだ。
それでもリバーシの撃ったバルカン砲の威力は硬いシールド装甲を焦がした。だが、致命傷には至らない。「そんな武装はそのGRのプラロボの説明書には確か無かった」銀河の予想に無かったカーゼタンクの構えたその堅牢なギミックで上手く阻まれ、せっかくの攻撃を防がれてしまったのだ。
「両腕がシールドに!?? いきなりこんな亀みたいなカーゼタンクッッ!? ありかよ!! うおっ!? あぶワッ──!??」
「ホははは、可愛くない良い耳だぁあああ!! だが、そこの若ぇ兎さん【アキレスと亀】を知っているかい。亀に追いついたアキレスは……大方、こうなっちまうのよ!!」
カーゼタンクはまだ続いたバルカンの威力を受け止めつつ、避ける。キャタピラの足は複雑な砂漠の地形を添うようにそして酔うように踊り、兎の耳では動きを捉えきれない。やがて、カーゼタンクは盾を解き構えた両腕に仕込まれた連装ロケット砲が火を吹いた。
盾の役割から近中距離のサブウェポンと化ける。そんな左右両腕のギミックから順次発射された小型ロケット弾、六つが、リバーシを襲った。隠しバルカンには隠しロケット砲か、いきなりカーゼタンクから放たれた小型ロケット弾のぐねる六つの軌道の中を、なんとかリバーシは身をかがめ搔い潜り、避けた。
しかし、その不格好な低姿勢になったリバーシへと──猛進するカーゼタンク。キャタピラが忙しく音を立てて砂を後ろに蹴散らし、前へと一直線に爆走する。轢き殺そうとでもいうのか、まさかの突進に追い込まれたリバーシは、飛び跳ねて避けようとしたが────「ガガッ」響いた……頭が削れる嫌な音にリバーシのコックピットが激しく揺れる。
なんと飛んだのは兎でもアキレスでもない、キャタピラ脚のカーゼタンク。リバーシの頭上へと蹴り上げるように、意趣返しか、兎の蹴りより何倍も重い飛びそうにない地を這っていたカーゼタンクのキャタピラ脚が、灰兎リバーシのヘッドパーツへと炸裂したのだ。
コックピットが揺れる、パイロットの意識まで揺れる。天脳システムで伝達し合いリバーシと銀河が繋がっていた弊害か、酔うほどのまさかの蹴りがリバーシと銀河を襲った。
灰兎はよろり……くらつく、機械でありながらまるで人間のように。兎の背を追い越したカーゼタンクはそんな隙を逃さない。仕舞っていた長鼻のメイン砲身を突き出し、反転するように首をターゲットへと向ける。
「やはり酔いしれるのはこの刹那、先走る若さを砕く〝直撃の星〟よ!」
蹴りだけは終わらない、それもまたやられたことを真似するようか。手早く迷いなく、カーゼタンクの誇示する長鼻の孔から、砲弾は放たれた。
酔っぱらう灰色兎の背を襲う、老兵のギラつく眼をしぼり凝らした〝直撃の星〟が風を巻き真っ直ぐに疾る。
夜の砂漠の迷路で鉢合わせた二機。いきなり相見えて、数10秒足らずで致命の技と知らぬ武装を互いに激しく繰り出し合う。この戦い、GR戦に容赦や遠慮など存在しない。
容赦なく火を吹いたチェックメイトの一撃は────鋭く、爆発した。
射角、タイミング、シチュエーションどれも完璧。免れない灰色兎を襲った〝直撃の星〟は────刹那手前で鋭く、爆発した。
「────なにぃ!?? ソイツは若いっ、若すぎる!??」
「ハァッハァッ! これが水の星の実戦……ッ冗談じゃねぇ……ゴチャついた魔改造のカーゼタンク一機に!! スタイルなリバーシをやらせるか!!」
直撃コースを疾った砲弾は、鋭い刃に斬り払われた。ソレは振り返り、うさ耳を疾風にいきり立たせる。ソレが右手にしなやかに力強く払う剣は、虚空ではない──鳩尾に飛び込んできた〝星〟を確かに砕いた。
うろたえるカーゼタンク、吠えるリバーシ。
興奮し耳を立たせた兎は怖い。星を切り裂いた天才的芸当は狙ってか、まぐれか。どちらでもいい……昂る気迫のままに、銀河はリバーシを操り、目の前の偉そうに伸ばした長鼻のGRへと仕返しすべく駆けだした。
「おお!? それ以上は悪酔いだろぉお!? ……だがっ!! 悪いねぇ!!」
駆けだしたその兎の足跡は、蛮勇の足跡だ。灰色兎のグランドロボット、それを操るパイロットはやはり若い。若さゆえに冒険し星を砕き、若さゆえに今勇んで駆けだしたのだ。
機体からまるで滲み出ているのだ、その勇ましき剣で功を立てようと必死な時代遅れなそのパイロットの様が。カーゼタンクを操る老兵の目にはそう映った──。
さっきのキャタピラで踏みつけて兎の耳はイカれて詰まっている、バルカンを撃ってこないのがその証拠だ。どちらが有利か、隙を見せたが風を読めているのは老兵だ。一直線に怒り吹いてきたその若い灰色の風、その勢いに飲み込まれず、すぐさま自機の長鼻に仕込んでいた次の弾を老兵は冷静に発射した。
「二度目ェ!? おいおいぃ!? 方舟にグランド以外にも冗談の上手い兎が、そいつぁ話が」
「三度目も……あるぞ!!!」
されどまたもだ、剣一本で「直撃の星」を砕く。カーゼタンクのメインウェポンである頭の砲を、その放つ砲弾を、リバーシのグランドナイツソードが切り裂いた。右手一本の芸当で、さっきよりも至近に撃たれた弾をものともしない。
天脳システムの力か、パイロットの技量か、それとも冗談か。
灰色のプレッシャーが迫る中、老兵は灰色の実力を疑う時間もない────ならばと腹をくくった。
老兵が今、腹をくくって決めたその選択は並ではない。頭のネジを外さないとできないだろう。砂を蹴散らし、カーゼタンクのキャタピラが突き進むのは────前方。勇ましく迫るリバーシへと、白煙を鼻水のように垂らすその長い砲身を前に、突進を仕掛けた。
「若いねぇえええ!!!」
「!? バレルで!?」
砲身を槍のように扱う。吹いてきた若さにあてられたのか、前へと自分も負けじと勇み走り出したカーゼタンクのまさかのカウンターに。剣で挑んだリバーシが、自身の刀身よりも何倍も長い、長い、その鼻先に激しく接触してしまいそうになった、そのとき────
「アレェェ!?? 撃たれた!? 鳩のフンがッ上からだと!?」
「──! 下からだ!!!」
唐突に射した光が、斜め上からカーゼタンクの左腕を射抜いた。全く予期しない天からの精度の高い援護射撃に老兵は痛く驚き、同時に反面、脳天にまで電撃の走った若兵は熱く吠えた。
灰色の風は退かない──長いバレルを下から掻い潜り、潜り込む。姿勢を低く、されど勢いは凄く、剣をそのまま前に兎の耳をしならせて駆ける。
だが、老兵の身にも危機を察する経験は染みついている。なんとか身を捩り、前方へと爆進したままだったじゃじゃ馬なキャタピラの走路を右に反らす。ついさっき左腕に被弾した悪運の勢いも借りて、運よく兎の突きを脇腹を抉られる程度の損傷で抑え、カーゼタンクは回避することに成功した。
「ホははははは!!! 酔えば悪運、潰れなきゃ幸運や──」
「上から、ダ!!!」
ふらりキャタピラは酔い走り、GRを熱く乗りこなし、肌に噴いた冷汗に一安心した……。──そんな曲者の老兵が今は「隙だらけ」だと、自分では知らず、気付かず。
今、大きく飛び跳ねた兎が月より下り顕る。砂粒は水のように爆ぜ、地まで切り裂いたその刃、月光の妖気を宿したグランドナイツソードが、漲るオーラで断ち斬った。
赤熱する……切断面から綺麗さっぱりに、高くなっていたその鼻がへし折れる。砲身を斬られ、カーゼタンクの目の前に再び舞い降りた灰色の兎。
その老兵の揺れるコックピットビューに映る光景は、出会った兎に蹴られた時のデジャブ、いや、それ以上に漲った……若さだけでは説明のつかない──ただならぬ「凄み」と「気迫」。老兵の目に映る得体の知れない灰色のグランドロボットには、「それ」があった。
「〝老いて、翼は広げるな────〟。アたりすぎると、こうなる……ぜ」
アたりすぎたのは良い夜風か、それともただの冷たい死の風か。
老いてもなお広げたくなる、求めたくなるものがこの大戦乱の時代にはある。
乗りこなし酔いしれるGR戦、良い汗をかき過ぎたコックピットシート、天に立ち上がった兎の耳、その灰色、透けるモニターに煌めいた美しい刃を、今宵たったの一機、一勝負に、熱くなり過ぎた老兵は目に映るスベテを見つめて……それでも動き出したカーゼタンクのキャタピラは、砂にもがいた────────。