第18話 御伽話×伝説
▼ノア グリーンスペース▼にて
「サボテンの花は夜に咲くふふふっふふふ~~ん♪」
霧吹きで踊るように水をやる。まるで虹を描くようにハミング・ハナヤはご機嫌だ。
ノア艦内にあるグリーンスペースは閉鎖空間にこもりがちのクルーたちの憩いの場として設けられた。ハミング・ハナヤ伍長はその飾られた草花たちの彩る空間の管理を一任されている。今日もまた新たな子たちを艦内に迎え入れて、彼女ははしゃぎがちだ、いつもより多めに水をやる。
「はぁはぁ……ハミング伍長。これはッ……ここで? 置いときッ…ますが」
(なぜ、サボテンを……わたしが? グリーンベルにはこんな部屋はなかったわ。ノアはずいぶんのどかで自由なのね)
ノア艦内の捕虜牢に捕えていた2人の若者が艦を抜け出した。その失態を上に報告したためか、シマナミ通信兵は罰としてハミング伍長のサボテンの搬入を手伝わされていた。
「あぁそこそこ、うんバッチリィ! ありがとうねぇシーマちゃん──はいこれ、アップルフラワージュース!」
(シーマ……私もハミィと呼んだ方がいいのかな? アップル…ジュースはこどもなら花よりうれしいですが…アップルフラワー?)
今運び迎え入れた子は随分とデカイ、そんな立派なサボテンはそうそう拝んだことはない。シマナミは疲れた腕をもみながら、キンキンに冷えたアップルフラワージュースをハミングからありがたく受け取った。
またハミング・ハナヤは霧吹き片手に舞いつづける。ご機嫌な鳥のように大きなサボテンに潤いを吹き込んでいく。
サボテンのほうがより丁重に扱われているのかもしれない……さしたストローを吸いながら、かぐわしいリンゴ味でシマナミが喉を潤していると。
「ふっふふにゅ!??」
「なに?? 砲撃??」
シマナミはついストロー管を噛み、口に含んでいたジュースを放り投げ、踊りつまずいたハミング伍長の体を引っ張り起こす。後頭部が突っ立つサボテンに接触する前に、ハミングの後頭部と臀部をささえた。左の甲にささるサボテンの針よりも、さっき生じたおおきな震動にシマナミは警戒する……。
『総員戦闘配置、総員戦闘配置につけ!!』
ハミング伍長を垂直に起こしたシマナミ通信兵はお気に入りのハンカチで手をぬぐい、指令の通り艦橋へと急いだ。
▼
▽
「グラビティオン! O字に展開レベル6まで上げろ! 上げ過ぎても不自然だ、当てずっぽうの連中に重力場のジャミングエリアを悟らせるな」
「了解グラビティオン! レベル6! O!」
ノア搭載の巨大グラビティレンズをレベル6まで上げオンにする。特殊な重力場を発生させることで、敵のレーダーを屈折させ遮断する。レベル3で休息状態であった旗艦ノアは近場に落ちた勘の良い敵の砲撃を受けて、ロベリー艦長の指示により対抗策をすぐに敷いたのだ。
「【トーキック】部隊を全機だせ」
【トーキック】:
グラビティステルス機能のある超小型レンズを搭載したWGの漆黒カラーの戦闘機。
宇宙連合軍の開発したグランドロボットに戦闘力の劣る戦闘機であれど、まだまだ働きどころはあり戦場からその姿を消したわけではない。
中でもノアに2機補給配備されたトーキックは世界に11台しか存在しないある意味CFのカーゼよりコストのかかったWGの最新鋭機である。
もはや現代の戦場の必需品となりつつある革新技術レンズ、しかし超小型のレンズの搭載となると精密なパーツを作るための技術がまた別にいり、量産体制をとるのは不可能である。
すなわち量産可能な通常規格のレンズを搭載するならばグランドロボット大の大きさがあらゆる面においてちょうどいいのである。
「マイのやつ……このタイミングでアチラ側から夜襲を仕掛けてくるとは、連中もWGの勢いのある反攻と学習力に焦っている証拠か」
「ぐっ、グランドの出撃は? レフト曹長が艦長に確認をと」
「……まだだ。砲撃の頻度と精度は甘いそうそう墜ちはせん、出撃したトーキックだけでもカーゼの1機や2機はおとせる。レフト曹長は次の指示があるまでそのまま待機させておけ。出さずとも敵の目には脅威のはずだ(作戦に必要なグランドをこの程度の小競り合いで傷付けるわけにはいかない……ノアを多少盾にしてでもな)」
旗艦ノアの主力で唯一の艦搭載GR機であるグランドはまだ出撃させない。ロベリー・ストロー艦長は砂の舞台を揺らし焦がす敵の的外れな砲撃にも焦らず、そう問いかけてきたハマダ通信兵へと命令を告げた。
WGのうわさのグランドの姿が見えないのは敵にとっても脅威。果たして方舟ノアの選んだこの戦略は吉とでるか凶とでるのか……運命の鍵を握るのは……。ロベリー艦長は制帽のツバを無意味に正しながら、リアルタイムに押し寄せてきた戦況をみつめた。
『そこにメカがあるならばそこにメカニックがいる』byメッカ・メイ整備兵
彼の興味は敵の砲撃の音が鼓膜に響いても冷めない気にしない。他の整備仲間が母艦ノアへと引き返していても、彼だけは灰色の装甲に特殊な作業工具片手にかじりついていた。そして今、胸部装甲板をつなぎ目からひとつ外し、なんとか未だ開かぬコックピットハッチ内部へと潜れないかを四苦八苦……手を変え工具を変えスパナを変え、メッカ・メイ整備兵は未知の機体にのりかかり、宝を掘り返すかのように熱意と集中をもって挑んでいた。
「戻って何をすんでぇい、メカニックはメカのそばでカミさんのように働くんだよ! だからそろそろッッ────愛してると言ってくれ、片手のもげた灰色耳兎ちゃぁん!ノヲッ!!??」
灰色の斜面をそこに置いていたメカニックの小道具がすべる。機体の上でよろけたメッカ・メイは、ひっぺがしかけたちいさな装甲板に慌てて手をかけるが────
『そこの偏愛メカニック、邪魔なんで降りたらどっか散ってくださぁーい!』
「じゃっ、邪魔だと?? ヘンアイメカニってウゴッ!! おれちゃんのアルミラージがしゃべった!?(雌じゃなくて雄だったァ!?)」
大きな灰色の右手のひらにキャッチした焦げ痕やオイルに汚れたツナギを着た小人を、そのメカは丁重に足元の砂場へと下ろした。
そして、砂地にずっこけ仰向けになったメカニックのへそを大きく跨ぎ、影が覆う──過ぎ去る。
さっきまで砂地に埋もれ倒れていた灰色の巨大ロボットが、ひとりでに動き始めたのだ。しかし、冗談を喋っているのは敬愛する機械ではない、その中にいるメカニックの知らぬパイロットだ。
冷汗をかいたメッカ・メイは慌てたように身と面についた砂を払いながら、その灰兎のグランドロボットの背と挙動を見上げ、目をおおきく凝らした。
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▽
巨大なソレが埋もれていた砂のベッドから立ち上がって2、3歩……。運悪く接敵してしまったのは、灰色の機体操るパイロットが、戦況が全く分からず、今まさに探り始めようとしていたそんな時だった。
突然に、横殴りに吹く弾丸が、目覚めたばかりの灰色の耳元をするどく掠めた。
搭載されたレーダーアセンサーよりも大事なのは目と耳と思い切り、ときに敵のいどころを察知する嗅覚だ。重力場を乱すレンズの登場により様変わりした戦いの要素と様相、砂漠をのうのうと闊歩していた灰色のグランドロボットはそのイニシアチブを既に敵に取られてしまった。
敵、夜の闇にまぎれた紺色の機体カーゼだ。まぎれもない宇宙連合軍CFの主力を担う量産機その一機が、砂の地に立ち特徴的な三つ目を赤く点らせ、両手で構える武装カーゼマシンガンを灰色兎に向けて乱射する。
「見つけたぞスコアああああ!! はははは裏を嗅ぎまわって出会ったのがWGのグランドロボットたぁさっきの悪酔いも醒める程ついてるぜ、そぉれリッキン・マシボリー曹長様のお通り…おとおりだーー!! はははは宇宙式はチマチマは呑まねぇ星の数ほどくれてやる俺様のカーゼさばきに酔いつぶれやがれーー地球の野兎ぃぃいい!!」
暗い砂漠を騒がせ、砲口が熱く光り垂れ流される豪快なその弾幕は────
「ぃいいいい────イッ!?? は、はねぇっ!??」
一機のカーゼがご機嫌に乱射するマシンガンの的にしていた灰色野鼠が、消えた、いや消えたのではなく跳ねた。
そして瞬く間に、長耳の見たこともないグランドロボットが、宇宙連合軍のカーゼの目の前へと大跳躍で着地し姿を見せた。
索敵もへたっぴのソレがそんなに俊敏に動くとはカーゼのパイロットは思わなかったのだろう。片腕のもげた野兎が、黒い謎の目隠しをした異様な面が、灰色のグランドロボットが、今、砂を蹴散らし敵機を睨んでいる。黒のバイザーがピンクにせわしく点滅し、──睨む。
カーゼのコックピットごしに対面した野兎は可愛くなどない……今まで蹂躙していた小物とは対峙するスケールがぜんぜん違う。そんな灰色のグランドロボットが放つ勢いと差し迫るプレッシャーに、一気に呑まれてしまったのは……とある一人のカーゼ乗り。
GRのカーゼに乗る戦いがこれほど大きいとは思わなかったのだ、これほどロボットが跳ねるとは思わなかったのだ。宇宙連合軍の軍服を纏うそのパイロットの体に、どっと冷汗が伝う。
まだ、怯えていたのを誤魔化すようにマシンガンを至近で撃ち放とうとするが────弾切れだ。ご自慢のカーゼでその野兎のことを楽に狩れるとばかりに高を括り、無駄弾を撃ちすぎたせいか。
やがて、カーゼは使えない鉄の塊を怒り地に捨てた。そして怒りのままにカーゼのパイロットは体を機体を奮い立たせる。腰部にさげていた最終手段を今手にし、冷汗とありかのない自信に酔いながらまだ暗示する……目の前、灰色のスコアの塊へと刃を向け走り出した。
勇猛か無謀かそれとも無策か、カーゼは赤熱する右の電磁チョッパーをあたかも右フックで殴りつけるように勢いよく振るった。
だが今、力と右腕の駆動のままに振るった赤いお熱い包丁が切ったのは、灰色の耳でもなく影でもなく────虚空。
「ふらふら…デジャブか!」
「オレはッ、俺は不乱のおおおおおお」
思わず後ろにスウェーし避けたデジャブと、繰り出された荒々しい右フックのデジャブ。
ならば今度はBARの時のように後悔しないように、灰色のパイロットは覚悟を決めて、そのチャンスへと────飛び込んだ。
「イッパツ!!!」
リバーシは右手に顕現させたグランドナイツソードを刹那に刺し込んだ。歪んだ砂上を踊る歪んだ姿勢の敵機体カーゼ……その脇腹へと、グランドパワーを込めた魔法の刃がすっと通った。
やがて敵機は両膝を着き、赤くギラついていた三つ目が順次その光を失う。そして、夜の砂漠にあざやかに爆散する紺色ピースの雨がふる。
それは魔法かファンタジーかあるいは新たなグランドロボットの成す超常現象、奇跡の類いか。
浦島銀河操るリバーシは迷い込んだグランド世界における初めての宇宙連合軍とのGR戦闘で、正真正銘のカーゼ1機をそのパワー滾る刃で倒し、勇ましい初の撃墜スコアを刻んだ────────。
「ここをこうして……────。だいたいよぉ。政府軍の過保護するグランドさえあればやれるんだろ。弘法は筆を選ばない英雄は武器を選ばない、嘘さ。バットなしに野球ができるかグローブなしにピッチャーが育つかグランドロボットなしにCFと戦ができるか? チャンス到来そういうことだ、俺が来たからにはあんな民間人のクソガキに任せてられるか、リトルリーグはここまでだ。証明してやるよこのレフト・コマツが数合わせやお使いではなくデンセ」
ドック内で武装し待機するうわさの最高の機体の中に乗り、ある一人の補充兵は気がおおきくなっていたのだろう。コックピットシートに足を組み次の出撃命令まで待機する。頭に浮かべ身にまで纏った過剰な自信が、夜の砂漠をいろどる彼の活躍する獅子奮迅のイメージの先を描きながら────突然、ハッチがひらいた。
「準備あたためご苦労、あと俺地獄耳。ピッチャーは俺でいいか」
「ちゅ…」
我が物顔から驚き顔でかたまり鎮座する補充兵は、そのハッチあけた天にギラつく緑の瞳に睨まれて────
揺れる……近場に着弾する砲撃の精度は上がっている。それに敵影も夜の砂漠を慎重かつ大胆に進み見え隠れしていた。複雑にぐねる大砂丘を盾にし身を潜む旗艦ノアの居所は、もはや敵に掴まれている。
空隊の戦闘機トーキックが索敵しながらちょっかいをだし応戦するも敵機の数は予想よりも多い。ノアから出撃した戦闘機二機だけでは効果的な足止めにも限度があった。
もはやレンズのつくる重力場にたより息をひそめているフェイズではない。ノアの各員砲撃手は配置・銃座につき集中し目を凝らした。そんなとき────
「ウッ、動かずにいた艦後方未確認のGRグレーシルエット、それにホワイトシルエットがポイントを移動し動き出しました!!」
「灰色が動いた? 白いのも?? なんだと!? 状況はどうなっている!!」
「グランド出撃しました」
「なにぃ!! だれだ、レフトか!!」
「パイロットは……今入ったレフト曹長の報告によるとマイ・トメイロ、通信回線を切ってます」
「マイ!! やっと戻って来たか……よし、敵の砲撃に負けるな。これ以上の接近を許すな! 発進したグランドを援護しろ! かまわずジャンジャンだ! 目視索敵も怠るナよ!!」
「あのー! ロベリー艦長……射線に別の白いのが……絶妙にじゃん…じゃまぁ…」
「っておい誰だ!! 邪魔しているのは!! そこの白いグランドもどきの素人に射線に入るナと通信で伝えろ!! 3秒でどかなきゃその背を撃つとナ!!」
『じゃんじゃん砲撃』のいつもの勇ましい号令がロベリー艦長から下ったものの。艦砲射撃の射線に入る絶妙なポジションを取る白いグランドもどきの背が──どかない。敵か味方か、味方のふりをしている厄介者か。だが、突っ立つその背は地に踏ん張り、懸命にエメラルドのビームを敵に向けて垂れ流していた。
「こいつはビームか……重力場を綺麗な紋様にし圧縮して撃ち放つ新たなレンズ兵器? すごいぞすごい!! とにかくすごいぞっっ!! 戦う姿うごくそのあなた様の姿!! ビューティフォーに綺麗だぞおお俺のホワイトチョコフェアリーちゃぁん!!」
「だからうっさい!! 集中できないし!! わたしのフェアリーナイトだからぁあ!! あたれあたれいつかはアタレええ!!!」
「しつれい、いや、中身はすこしイマイチか?」
「マイトはわたしのライバル!!」
「あらま、でもメカも人間も理想は高いほうが優秀だ好きだぜ、いけいけぇい!! もっとデータだ活躍だぁホワチョコフェアリー!!!」
乗り合わせたメカニックの男の茶々を聞きながら、フェアリーナイトの女子高生パイロットはビームを垂れ流しつづける。しかし威勢はいいものの、命中はせず……じりじり迫る紺色の三つ目の動きを捉えられない。それでもいつかは当たるとポジティブなのか念の類いなのか、グランドパワーを込めた白い手のひらから、魔法陣を構築し摩訶不思議なエメラルドのビームを撃ち続けた。
しかしそんな素人の数撃ちゃ当たるの射撃が効かない敵もいる。自称玄人のここまでGR戦を生き抜いてきた宇宙連合軍のパイロット、連戦無敗動きの染みついたカーゼ乗りだ。グランドロボットの操縦に関してはケツの青いWGの地球人パイロットなぞより彼らがずっと先輩なのだ。
「WGのしょんべんパイロットおおおおそぉんなしょんべんビームじゃ止まるハエもオとせるかよ!! ハハハハ、これがつよいと噂のグランドか!! だとしたら資源の無駄だ!! 持ち腐れて死にやがれっっおばかな地球人にGR戦は百光年はぇ──」
ぬるりぬるり焦るエメラルドの風を心地よくすり抜けて、うまく踊るGRカーゼは、マシンガンで白い装甲を削りいじめながら、距離をつめた。そして、三つ目を凝らすGRカーゼが窺うは刃と狂気剥き出しの白兵戦、電磁チョッパーでその硬くて、のろくて、生意気な、グランドもどきにトドメを刺そうとした。そのとき────
走るカーゼに突如舞い降りた光のスピードは速すぎた。
砂を荒らす白い二脚、赤いワンポイントが脚の袖を引き締める。しなやかに流れた煌めきは熱く、紺色のキャンパスを鋭く描いた。スマートな光の剣は駆け抜けて、無情にも絶命のイチゲキを下す。
空を駆け下りたレンズレイピアの鋭き威力切れ味が、宇宙連合軍のカーゼに必殺の袈裟斬りをお見舞いする。一瞬でかっさらうのはただの命ではない、今は昂る撃墜スコア、戦場に顕れたその白き機体の名は────
「おいそこは邪魔だパイロット。前にも目をつけれないなら、やられないように後ろで耳を凝らしてろ」
WG初の試作グランドロボット、【グランド】。
特徴的な二つのアイカメラが深いミドリに染まり灯る。玩具の剣を腰引け構える白き妖精の前に突如現れた、白く厳かな存在。
その誇り高き白い存在が今、悪しきを討った光のレイピアを地に払い、立ち止まる用はもうない。マイクアセンサーが拾い上げ、耳に聞こえた次のターゲットへと〝伝説〟は瞬く間に飛び立った。